週刊READING LIFE vol.328

運がいいとか悪いとか。それって本当? 運は自分で決めるもの。  《週間READING LIFE Vol.327「あなたは運がいい? それとも悪い?」》 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/16 公開

 

記事 : 松本 萌 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

今年の9月、ニュージーランドに行くことになった。海外に行くのが好きで毎年のように海外旅行に行っていたが、コロナの影響で行かなくなり、5年間日本から出ていなかった。

ニュージーランドには行ったことがあるものの、その時は添乗員付きのツアーだったので、気楽な旅だった。今回は個人旅行だ。英語で話すのは5年ぶりだし、そもそも堪能ではないので不安な気持ちもあるが、なんといっても久しぶりの海外だ。旅行の日が近づくにつれてワクワク感が高まり、前日には職場の上司から「なんだか浮かれてるね。もう心はニュージーランドに飛んでいってるんでしょ」と指摘されてしまった。

 

行きは20時成田空港発の飛行機でニュージーランドのオークランド空港まで行き、その後国内線に乗り換えて、クイーンズタウン空港まで行くという行程だった。飛行機の時間まで余裕があるため、昼ご飯を家ですませてから、のんびり空港に向かうことにした。

ワクワクする気持ちを抑えられないまま昼ご飯の後片付けをしていたら、洗剤で滑りやすくなっていた手元から皿が落ちて割れてしまった。

 

これから飛行機に乗って旅行に行くというタイミングで皿を割ってしまったら、あなただったらどう思うだろうか。

「旅行前だっていうのに不吉だな…… もしかしたらよくないことが起こるかも!? あーなんて自分は運が悪いんだろう」

5年前の私だったらこう思っただろう。

 

「割っちゃってごめんね。もしかしたら私の身代わりになってくれたのかな。今までありがとう」

これが今の私が思ったことだ。

 

事実や出来事に対し、とかく人というのは良し悪しをつけたがる。事実に感情を付けず、そのまま受け入れられたら楽なのに、どうしても感情をなくすことができないのが人間。だったらどんなことに対しても「『これで良し』『これで良かった』『私は運がいい』と思えばいいんだよ」と教えてくれたのは、アラスカで出会った大自然と、ある一冊の本だった。

 

 

 

ポジティブ思考か、それともネガティブ思考かと問われたら、私はポジティブ思考だ。自分でそう言えるようになったのはここ数年のことで、それまでは完全にネガティブ思考だった。

 

以前の私は、良いことや嬉しいことがあると最初はウキウキしているのに、その後不安に駆られることが多かった。「人生はそんなにうまくいかないよ。この前いいことがあったから、今度は良くないことが起こるんじゃないのかな」と戦々恐々としていると、本当にそうなる。

営業の仕事をしていたとき、成績が好調だと「頑張ったかいがあるな」と思っていても、急に不安になる。「人生良いことばかりが続くわけがない」というネガティブな考えがムクムクと生まれてきた途端、ミスが発覚して青ざめる、なんてことを何度も経験した。「ほら、やっぱりね。私に限って、良いことばかりが続くわけがない」と、自ら「ミスを待っていました!」とばかりの後ろ向きな思いに囚われていた。

 

さほど運に恵まれているわけではなく、むしろ「運が良いことなんて、そうそう訪れない」と気を引き締めて生きていく方が、反って諦めがついて生きやすいんじゃないかと本気で思っていた。

 

 

 

「それって本当?」と私に問いかけてきたのは、アラスカの大自然だった。

 

子供の頃から写真家の星野道夫さんの写真が好きだった。ある時、星野さんが文章を書いていたことを知り読んだところ、はまってしまった。星野さんがアラスカに魅力を感じるようになった経緯や、アラスカで出会った人達、そして動物達とのエピソードを読んでいるうちに、「いつか私もアラスカに行きたい」と思うようになり、程なく友人とアラスカに行った。

白夜のため夜でも薄明るい空、雄大なマッキンリー山、果てしなく草原が続くデナリ国立公園。どの景色も今まで見たことがなく、自然の力強さを感じさせるものだった。

 

旅行の終盤に氷河クルーズに参加した。港を出て少し経つと、全面海と氷河に囲まれたエリアに辿り着いた。ずっと同じような景色が続く中船が進んでいき、あるところで停まった。間もなく地鳴りのような音が聞こえてきたと思ったら、目の前の氷河が大きな音を立てながら海の中に崩れていった。デッキで見ていた観光客から歓声の声が上がった。

 

私は氷河の崩れる音にビックリすると同時に、悲しさと寂しさで心がいっぱいになった。数千年から数万年かけてできあがった氷河が、目の前であっという間に崩れてしまったのは、人間の引き起こした温暖化のせいなのだろうか。そのうちここにある氷河もどんどん海の中に消えていってしまうのではないか。氷河がなくなったら、北極の海で暮らす動物達は、どうなってしまうのだろうか。もし氷河に心があるならば、自分の一部が崩れて無くなってしまうことに対し、どう思うのだろうか。

 

そこまで考えたとき、我に返り、氷河には感情がないことを思い出した。

私は崩れる氷河を見て勝手に寂しいと思ったけれど、氷河にとってはただ「崩れた」という事実しかない。崩れたことに良し悪しもなく、運が良いとか悪いとかもない。

氷河のように、自分に起こったことに対して良し悪しをジャッジすることなく、運が良いの悪いのと一喜一憂することなくいられたら、どれだけ生きやすいだろう。

 

 

 

そうは言っても人である以上、感情を持たずに生きていくことはできない。「あの人は良いな。それに比べて私は、良い運勢の下には生まれなかったんだな」と思いながら過ごしていたある日、一冊の本に出会った。和田裕美さんの「人生を好転させる『新・陽転思考』」だ。

 

「事実はひとつ、考え方はふたつ」

「目の前の事実から「よかった」を探す」

本にはなるほどと思うことがたくさん書かれているが、その中でも心に強く残っている言葉だ。

 

事実は一つだが、それに対して人はどうしても「良かった」もしくは「悪かった」と、ジャッジしてしまう。それならば良かったことにフォーカスをしてみよう、そしてなぜ「良い」と思えるのかを考えてみよう。

とは言っても、どうしてもネガティブな思いから抜け出せない時もある。そんな時はネガティブを一旦受け止め、ただいつまでもネガティブに囚われず、その中からプラスを探して切り替えてみる。

これを習慣化していると、いつのまにか目の前にある事実から良いことを自然に探せるようになったと、著者の体験談が書かれていた。

 

私は氷河のように、ただただ事実を受け入れるということができない。

でも、もっと軽やかに生きたい。

「私なんてどうせ運良くないし……」と自分を卑下する人生は終わらせたい。

せっかくなら物事の良い面にフォーカスしながら、これからの人生を歩みたい。

 

そう思い、「人生を好転させる『新・陽転思考』」を通勤鞄に入れ、電車に揺られながら何度も読み返した。「ついていないな……」と思った出来事があれば、本に書かれているように「よかった」と頭の中で言ってみた後、「なぜ?」と自分に問うようにした。

 

仕事でミスをしたとき、まずは「よかった!」と言ってみる。「どこがよかったんだよ……」と一人ツッコミをしながらも考えていると、「余裕がなくて見直しをしなかったからミスしちゃったんだ。今度はチェックする時間を設けよう」と反省しながら、今後の対策を練ることができた。

 

ウケを狙って言ったことで、結果友人と気まずい雰囲気になったとき、「あーもう自分って最悪…… センス無し!」と思いつつ、「よかった!」と言ってみる。そうすると、会話をする上で大切なことは笑いのセンスではなく(勿論あるに超したことはないのだけれど)、相手への思いやりであり、時に言い辛いことであっても、きちんと自分の思いを伝えることであることに気がつく。

 

陽転思考をすることで、どんな出来事も自分次第で、どんな解釈にもすることができる。

 

旅行前に皿を割ったこともそうだ。「これから不吉なことが起こるんじゃないか」と暗くなっていたら、せっかくのニュージーランド旅行を楽しめなかっただろうし、本当に不吉なことが起こったかもしれない。実際はそんなことはなく、8日間丸々楽しく過ごし、心配だったカタコト英語でも現地の人達は優しく接してくれて、もっとニュージーランドが好きになった。

皿からしてみれば「洗っている人の手元が滑って落ちたので割れた」という事実だけなのだけれど、「うわっ…… 割れちゃった。不吉だ」と思われるよりは、「私の代わりに身代わりになってくれてありがとう」なんて感謝されたら、満更でもないんじゃないかと思う。皿に感情はないのだけれど。

 

 

 

陽転思考をするようになっても、ネガティブな思いから抜け出せないことはある。自分責めをして苦しくなったり、いつまでも怒りがおさまらない時もある。

そんなときは、「私はアラスカの氷河」と自分に言い聞かせるようにしている。海に崩れ落ちることを良いこととも悪いことともせず、ただ崩れる理由があったから崩れただけ。目の前で起こったことは自分が望むも望まざるも関係なく、ただ起こる理由があったから起きただけ。目を背けることはしないものの、自分の思いや感情を込めずにただ事実を受け入れるようにする。気がつくとネガティブな思いが昇華していて、「こういうことがあった」という事実が自分の中に残る。

 

良いとか悪いとか、運が良いとか悪いとか、物事をジャッジせずに生きられたら、自分の感情に振り回されることなく生きられたら、楽かもしれない。でもそれじゃあ人間らしくない。せっかく人として生まれたのだから、人間らしさを大切にしながら、自分の望む人生を歩んでいきたい。そのためには、まず「自分は運がいい」と言ってみよう。「それ本当?」という言葉が生まれてきたら、「運がいい」理由を探してみよう。そんなことできないと思うかもしれないけど、だまされたと思ってやってみて欲しい。今のマインドになるまで5年は掛かったけれど、私も変われたから。

 

 

ライタープロフィール

松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。東京都在住。

2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。

「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

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2025-10-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.328

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