週刊READING LIFE vol.328

本当はラッキーな神様のくせに 《週間READING LIFE Vol.327「あなたは運がいい? それとも悪い?」》 


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/16 公開

記事 : パナ子 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

急に雨が降ってきてカッパを持たずにチャリにまたがっていた私は、もうずぶ濡れ覚悟で信号待ちをしていた。

(ハーッハッハッ! 恵みの雨よ! 我をとことん濡らしたまえ!!)

 

すると突然、私の頭上に雨を遮るものが現れた。

「うふふ。少しの間だけど」

振り返ると、お上品なマダムがいた。スッと伸びた手からは大輪の花を咲かせた美しい傘が、ずぶ濡れ未満の私に差されている。

 

オー! ジーザス!! なんということか。

しかも私に恐縮させまいと「青になったらスッと行ってね」と微笑んだ。

 

アイム ラッキーガール!(ガールの年齢じゃないけど)

世の中には、こんなに優しくて品がこぼれ落ちそうな人がいるのか。マダムの優しさに何度もお礼を言いながら束の間のギフトみたいな時間を過ごさせてもらった。本当にありがたかった。

 

普段の生活のなかで、たまにこんな事があるとスキップしたくなるような衝動に駆られる。周りの空気が一気に華やぐステキな瞬間だ。

 

しかし。

長い人生のなかでは、本当は運がいい事が「アンラッキー」な顔をして登場することがあったりする。渦中にいる時にはわからない、深くて豊かな実りあるラッキーな出来事だ。

 

現在小学4年生の息子は、一年生の入学当時、学校に通えなくなった。幼稚園に元気に通っていた息子はこのまま小学校にもハツラツとした表情で通うものと信じて疑わなかった私は、当初学校に行けない現実を受け入れることができなかった。

 

(なんで? なんでうちの息子だけ??)

夜寝る前から「明日は行きたくない」としくしく泣き出し、朝起きてもご飯が喉を通らず泣いている。それでもなんとか学校に連れて行き、教室の前で先生に引き渡そうとするも号泣して断固拒否の毎日。次第に(何かがおかしいのだろうか)と悩むようになった私は子供と一緒にメソメソ泣くようになり、最後にはエネルギーが切れて自宅に二人でこもった。

 

私の育て方が間違ってたんかなぁ……。

もちろん子育ての自信はゼロどころかマイナス、周囲の順調そうに学校に通っている子供たちの話を聞くのが辛くなった。5月の運動会で踊る予定だった曲がラジオから流れてくると(本当は息子も踊るはずやったのになぁ)とまたメソメソしたりしていた。

 

いったん学校に行くことは諦め、私営のフリースクールに通った。更にその後夫が登校から下校まで一緒に通うというガッツのある協力体制をみせてくれ息子は2年生の半ばくらいから一人で学校に行けるようになったのだ。その間にはたくさんの出逢いがあり、子供も私も一気に視野が広がるという経験をさせてもらった。

 

話がそれだけでは終わらないのが人生の奥深いところなのかもしれない。

 

今年の春、次男が一年生として入学する番がやってきたが、同じクラスに行き渋りしている子がいるらしかった。次男と同じ幼稚園にお子さんが通っていたEちゃんママからのLINE相談でわかったのだ。

Eちゃんと行き渋りのR君は幼馴染でとても仲良しらしい。

残念ながらEちゃんはパパのお仕事の関係で遠くに引っ越してしまっていた。

 

「身体的症状が出ていて、親子共々疲弊してしまってるみたいで。お辛い時期を思い出させてしまったら申し訳ないのですが、フリースクールのことなどアドバイスもらえませんか?」

Eちゃんママがそう言ってきた時、私はR君とママを思いとても心が痛んだ。

 

お腹が痛くなったり気だるさを感じたり、そんなR君を見てママは心配したり焦ったり……。

なぜ我が子だけが行けないのか。他と違う様子を感じて気持ちが落ち込む。そしてこのまま行けなくなったらどうしようと思うと一気に心が塞いでいくのだ。

あの時の私たち親子のようで、感情の揺らぎが手に取るようにわかった気がした。

 

「もう全っ然! 私なんかでよければ! じゃんじゃん使ってください!!」

結局、R君ママとも連絡先を交換させてもらい、直接やりとりすることになった。

 

フリースクールの詳細や、利用していた臨床心理センターのカウンセリングについて、息子はどんなことを不安に思いどうやって学校に復帰していったかなど、次々と飛んできた質問にお答えした。そして、個人的に一番大事だと感じていた「お子さんも心配だけど、お母さんのメンタルが心配。無理しないでね」というメッセージを伝えてR君ママを泣かせてしまったりもした。

 

私がいた「長くて暗いトンネル」に今R君ママがいるのかもしれない。そう思うといてもたってもいられない気持ちになった。私は専門家じゃないので具体的アドバイスなんてもってのほかでただ自身に起きた経験を共有することしかできない。紆余曲折あって今は明るい気持ちでいられるようになった私がR君ママに少しでもより添えられたらいいな、ただそれだけだった。

 

その後公園で一緒に遊び「相談してよかったー」と涙目で言われた時、心底ホッとした。

 

アンラッキーな顔をしてやってくるラッキーの神様の足元が見えた瞬間だった。

あぁ元々私は一を聞いて十を慮れるようなタイプでは全然なかったけど、人として深く豊かにさせるためにあの出来事はあったし、こんな私でも少しは人様の役に立てたのかなと思ったら、辛く苦しかったあの出来事を経験できた私は運がよかったのだと初めて思えた。

 

ちなみにフリースクールへ初訪問した際、校長が明るく放った「今はね、学校に行けない理由聞いてないんですよ? だって子供もわかんないんだもん。そんな事追及したって意味ないでしょ?」という言葉に心底頷いた私は、これもR君ママに伝えた。

「やっぱそうだよね!? 私ももう『なんで』って考えない!」と彼女は気分が落ち着いたようだった。

 

ラッキーだったことはこれだけではない。

不登校の時期に通っていた臨床心理センターで、心理士の先生相手に一ヵ月の間に起きた息子と私の生活を報告しアドバイスをもらう時間は何よりの宝物になった。

 

生まれてきたら待ったなし、ぶっつけ本番という状況のなかで、ああでもないこうでもないと頭を悩ませながら手さぐりのなか子育ては始まっていく。子育ては免許がなくてもできるわけで「自分の中の確固たる信念」みたいなものがなくズルズルとここまで来てしまった感があった。もちろん愛情は確かにあったのだけれど、繊細な長男への対応が難しいと感じる事も多く育児はハッピータイムというより苦行のイメージだった。

 

感覚が変わったのは、やはりカウンセリングを受けてからだった。

 

「その場面で、〇〇君は何か言っていませんでしたか?」

「お母さんにそう言われた時、〇〇くんはどんな反応でしたか?」

 

先生に質問されるたび、私は今まで息子の何を見てきたのだろうかとハッとした。カウンセリングに通い出してから彼が紡ぐ言葉を本当の意味で受け取るようになり、それに伴って心がしっかりと通い合うような感覚が訪れた。今まで以上に抱き締めるようになり、彼の体温を愛おしく思った。正直なところ(この繊細さがネック)などと冷たいことを心のどこかで思っていたのに、(いいや! この繊細さがあるから物事に対する感受性が豊かなんだ!)と本気で思えるようになった。すごい進歩だ。

 

あの時、何の問題もなく学校に通っていたら、勘の悪い私は子供と向き合うことの大切さがわからないまま時が過ぎてしまっていたかもしれない。

 

フリースクールの仲間やキャラの濃い校長、プロの目線でたくさんの事を教えてくれた心理士の先生、同じ悩みを抱えているママさん……すべての出会いは息子の不登校が連れてきてくれたものだった。

 

よく「人生に無駄なことなんて一つもない」なんて言うけど、渦中にいる時にもしこれを言われたら「冗談じゃねえ!」とちゃぶ台をひっくり返してしまうかもしれない。だけど、本当にぜーんぶ繋がってるんだよな。最近ではそう思っている。

 

これから先も人生はまだまだ続く。

アンラッキーな出来事に襲われたとき「とかなんとか言っちゃって、本当はラッキーの神様なんでしょ?」と心の片隅で思うくらいには遊び心を持っていたい。

 

❑ライターズプロフィール

パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!

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2025-10-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.328

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