週刊READING LIFE vol.329

火種になる人。火種を守る人。《週間READING LIFE「フリーテーマ」Vol.329》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/10/30公開

記事 : 志村 幸枝 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「リーダー」と聞いて、どんなことを思い浮かべるだろうか。

子どもの頃なら、班長、学級委員長、生徒会長。大人になってからなら、係長、課長、部長、社長。子ども時代のそれはクラスや会を牽引するイメージが広がるが、大人のそれは「責任者出てこい!」の「責任者」。そんな短絡的なイメージが浮かんでしまう。「コンプライアンス」という言葉をよく耳にするようになってからはなおさらだ。トラブルが起きたら素早く対応し、炎上を鎮める。会議室で火花が散ればすぐに消火器を取り出す。お客様からのクレームは瞬時に鎮火。安心、安全、安定。確かにそれも仕事の一面だろう。でも、それだけをリーダーの定義にしてしまうと、大事なものを見落とす気がする。火消しばかりしていると、いつしか火そのものを信じられなくなる。火が恐ろしいものだと教え込まれて、誰も火を起こそうとしなくなる。結果、灰と静けさだけが残り、そこに灯りも温もりもない。

 

私は、リーダーの本質は「火消し」ではなく、「火種を守ること」や「火種を起こすこと」にこそあると思っている。火種とは、誰かの心の奥でふっと生まれる小さな光。理屈よりも先に湧き上がる好奇心、胸の奥をくすぐる微かな情熱、何の根拠もないけれど「やってみたい」と感じた瞬間にだけ立ち上がる、かすかな灯。それは時に本人すら自覚しないほど小さく、息をひとつ強く吐いただけで消えてしまいそうに頼りない。けれど、そのわずかな揺らぎを見逃さず、「おもしろそうだね」「やってみよう」「やってみたら?」と風を送って育てていく。それができる人。

 

そして、守るだけではない。

自らが燃え、周囲を照らし、時に火花を散らしてでも道を切り開く。そんな「火そのもの」になる覚悟もまた、リーダーの役割だと思う。自分自身が燃えていれば、周りは自然と温まり、心の奥に潜んでいた火種が思いがけず着火することもある。

 

 

 

思い出すのは、先代の社長のことだ。

社長は圧倒的に燃える炎だった。火種どころか、いきなり焚き火をつけて、ついでにガソリンまでぶちまけるような人。煌々と燃えさかるキャンプファイヤーの熱を体表で感じながら、私たちスタッフは、日々その爆発的な勢いに振り回されていた。常識を超えた企画や、こちらの想定を軽く飛び越える発言。正直、社長の後を走るのは大変だった。世間にどうチューニングするか、理解してもらえるように、どうやって整えるか、それが私の役割だった気がする。

 

社長が退いてからは、社内はまるでエンジンを失ったように静かになった。暴走もなければ、翻弄されることもない。安定していて、安心できる。その後の会社は、社員それぞれが落ち着いて力を発揮できる場になったと思う。あの頃のように「今日は何を言い出すのか」という不安と期待の入り混じった緊張感はなくなったが、その代わりに「一人ひとりが主体的に動ける余地」が増えた。これはこれで、とても健全で大切な状態だ。

 

ただ、私自身はどこか物足りなさを感じていた。やはり、常軌を逸するような火種があった方が、人も組織もぐっと前に進む。想定を超えること、逸脱すること。それがあるから発展や改革がある。火を守るだけでなく、時には無茶を言ってでも火を起こす人、周囲を驚かせ、世界をざわつかせる。それがリーダーだ。そして不思議なことに、そういったエネルギーの周囲には必ず、調整役が集まる。社長が暴走していた頃の私は、まさにその調整役だった。ガソリンをぶちまけられても、火事にならないように風を読んで水をかける。正直、うまく立ち回れた事ばかりではなかった。大変ではあったけれど、不思議と誇りも感じていた。

 

振り返ると、翻弄されっぱなしの日々だった。けれどその非常識さこそが推進力になっていたのも事実だ。社長の放つ火花は、私たちを疲弊させつつも、同時にどこかワクワクさせた。思いもしない方向に物事が進み、気づけば会社はいつも変化のただ中にあった。

 

 

 

「うちの店が発展するだけじゃあかん! 業界全体が盛り上がらな、意味がないんや!」

 

会議のたびに、社長はそう吠えていた。店の営業を終えてからの会議だというのに、いつも力が有り余っていた。しかも社長は一番の年長者である。日頃、漢方薬を浴びるように飲んでいるのもあると思う。いやはや、漢方薬の効果もほどほどにして欲しい。

 

そんな調子で社長はいつもエネルギー全開だった。

競合を蹴落とす発想なんてまったくない。ただ抜きん出るだけの力を出し続けること。「昨日の自分を超えろ」「ベストを尽くすんじゃダメだ!」「越えろ!」「超えろ!」「こえろーーー!!」が口癖だった。「口角泡を飛ばす」という言葉があるが、実際に唾が飛んできたことは一度や二度ではなかった。

 

そんな社長が立ち上げたのが、代替医療に取り組むドクターや街の相談薬局・薬店を巻き込む会だった。代替医療の啓蒙、業界全体の活性化、そして取引先からの協賛金も募るという、なかなか壮大なプロジェクト。大きなうねりを作ろうとした。志は間違いなく素晴らしかった。けれど、勢いだけが前のめりすぎて、周りはついていけなかった。置いてきぼりになり、結局大きな花にはならなかった。

 

企画の説明が「ええやろ? な? 協賛頼むで!」の3秒で終わってしまうから、周りはポカンとしていたと思う。いや、ええかどうかの判断材料をください、と思うのに、もう社長は「よっしゃ決まりや!」と次の話題に突入してしまった。

 

そんなこんなで、当時の私はついていくだけで精一杯だった。本来なら社長の本気の思いを咀嚼し、周りの人たちに「社長語」を「世間語」に通訳するべき立場だったように思う。でもそのエネルギーがなかった。未熟で、社長の思いを十分に支えられなかった。今なら、もっと寄り添えただろうし、社長の火種を一緒に守ることもできたのに、と思う。

 

 

 

私がやっている「漢方相談」という仕事は、放っておけば、静かに縮小していく業界だ。脈々と受け継がれた学問が根底にある一方で、生活に溶け込む実践論は、声高に伝えていかない限り、人々の生活から消えてしまう。だからこそ、薬局の隅でひっそりやっていたのでは、誰にも届かない。この世界では、火を恐れず声高に伝えていく人が必要だ。常識の枠を少しはみ出してでも、「それ面白いね」と火をつける人。そうでなければ未来はない。火種を大きな炎に変えていく強さが必要なのだ。周囲の目を気にしてばかりいると、あっという間に消えてしまう。

 

 

 

リーダーとは、結局のところ「火を起こす人」だ。常識の枠をはみ出し、みんなを戸惑わせながらも未来を切り開く。その炎は時に迷惑で、時に暴走で、しかし確実に希望の種を含んでいる。周囲の役割は、その火をかき消さずに、燃えすぎないよう整えること。社長のそばで私は、まさにその調整役だった。そして今も、漢方相談という小さな炎を消さないために、火種を守る人でありたいと思う。

 

火を消すのは簡単だ。「危ない」「無理だ」「効率が悪い」、そう言えばいい。

冷静さという名の水を一杯かければ、どんな火だって一瞬で静まる。けれど、火を守り続けるのは難しい。勇気も、覚悟も、時には世間の視線や孤独に耐える力さえ必要になる。火が小さいほど、周りには見えにくい。「そんなものに意味があるのか」と笑われても、手を離さずに守る。

 

社長がそうであったように、火を恐れないこと。燃え尽きるかもしれないリスクを引き受けてでも、灯を守り、次へ渡そうとする意思をもつこと。そうやって自分が燃え続けることで、誰かの心に新しい火種を生む。時に煙たがられてもその可能性を信じたい。

 

 

 

❏ライタープロフィール

志村幸枝:しむらゆきえ(READING LIFE編集部 ライターズ倶楽部)

京都在住の道産子。2025年1月より、ライティング・ゼミに参加。天狼院メディアグランプリ66th Season総合優勝。2025年5月より、ライターズ倶楽部へ。神戸で漢方相談に携わる。わかりやすいたとえ話で「伝わる漢方相談」をするのがモットー。

 

 

 

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2025-10-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.329

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