週刊READING LIFE vol.331

半社会人《週刊READING LIFE Vol.331「仕事と私のプライド」》

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/11/13公開

記事 : 茶谷 香音 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「大学生の女の子が相手だと、お客様も厳しい意見を言いやすいのかもね」

 

社員さんが私の表情を伺いながら、一文字一文字の言葉を選んでいるかのようにゆっくりと言った。

いつも仏さんみたいにニコニコしているのに、神妙な面持ちをしているのがかえって申し訳なかった。だからちょっと強がって、「まぁ、そりゃあ、そうですよね」と何気ないふりをした。

 

ぼんやりと思った。人間っていうのはやっぱり動物だよなぁ。

誰でも自分よりも弱い相手には意見を言いやすいし、強い相手には委縮してしまうものだ。もちろん私も例外じゃなく。

 

男女平等。多様性。差別はいけない。……そう言うけれど。

 

数年後に社会人デビューを控えている私は今まさに、足がすくんでいる。

未熟なまま社会に放り出されて、ちゃんとやっていけるのだろうか。

 

町ですれ違う大人たちが、かっこよくも見えるし、少し怖くもある。

動物園のライオンの檻がいまにも壊れそう、みたいな。……いや、檻の中で守られているのは私の方か。

 

 

 

私は大学1年生のころから長期インターンシップをしている。2年生になった今では営業チームのリーダーを任されていて、お客様と電話をしたり直接話したりしながら商品を売っている。

正直私は営業向きではないと思う。マイペースで人見知りで、そして臆病だ。それでも学生のうちの自己投資だと思って、シフトのたびに自分を奮い立たせている。

 

ある日、電話で営業をしている中で、お客様から厳しい声をいただいた。

そのことで後輩と話し合いをしていた。

 

「さっき、今どき電話してこないでって言われたんだよね。前も他の人から同じこと言われたし」

「私も言われたことあります! 電話じゃなくて、メールとかにした方が良いと思うんですよね」

 

そんな私たちの会話を聞いて、近くで聞いていた社員さんが驚いたように言った。

「えー、そんなこと言われたの?」

「そうなんです。社員さんは言われたことないですか?」

「僕はないなぁ」

 

後輩が「私、何度も言われたことあります」と言った。

すると社員さんは神妙な面持ちで、こう言った。

 

「大学生の女の子が相手だと、お客様も厳しい意見を言いやすいのかもね」

「まぁ、そりゃあ、そうですよね」

何気ないふりをして返事をした。

「とりあえず、分かった。ちょっと一旦作戦考えるわ」

社員さんはいつも大学生の話を真剣に聞いてくれる。なんて恵まれた環境だ、と思う。

同時に、「大学生の女の子」という自分の社会的な立ち位置を、もどかしく感じた。

 

私は「女の子」としての世界しか見ていない。社会で活躍している人たちとか、「男性」とかが、どんな経験をしてきているのかは分からない。

もっと言うなら、私は私の世界しか経験していない。

それでも私が確かに実感しているのは、社会に片足を突っ込んでから、自分が周りの人から「大学生の女の子」という属性で見られるようになったことだ。高校までは狭い世界だったけど、「〇年〇組の茶谷香音さん」という個人だったのに。

 

別の日、こんなこともあった。初めて直接お会いして、お客様に挨拶をした時のこと。

「え、大学生? 大人いないの?」

「社員もおります。よろしければ社員とお話されますか?」

「そうしてください」

そう言われて社員さんに代わってもらったら、さっきまでムッとしていたお客様が、急にニコニコとした大人の顔になった。

 

大事な場面で、相手が大学生なのは心もとないというのは、当然だと思う。私がお客様の立場だったら同じことを言っていたかもしれない。だから私はあくまでも、自分にできることをやるだけだ。

 

ただ、性別とか年齢とか、国籍とか役職とか既婚・未婚とか、そういうものがこの先ずっと付きまとうのだと思うと、やっぱりまだ学生のままでいたいなぁ、なんてことを思ってしまう。結局私は、臆病なのだ。

 

 

 

社会のなかで、個人よりも属性が重視される場面は、きっとよくあることなのだと思う。

 

「ディズニー実写版映画の、リトルマーメイドや白雪姫のヒロインに、有色人種が起用されたことが話題になりましたね。皆さんはそのことをどのように捉えているでしょうか」

 

大学の講義で、教授がそう問いかけた。

 

私は正直、最初は戸惑った。

幼いころからディズニーが大好きで、自分の中でのプリンセス像が壊れてしまうと思ったからだ。

けれど、実際に映画を観てみたら、すごく面白かった。新しい魅力がそこにあった気がした。

 

教授は続けた。

「世の中にはアファーマティブアクションという仕組みがたくさんあります。人種や性別、障がいの有無などによって差別されてきた人たちに、公平な機会を与えるためのものです。大学入試の人種考慮、女性管理職比率の引き上げ、障がい者雇用の義務化などがその例ですが、ディズニーの有色人種起用も、その流れの一部と見ることができるかもしれません」

 

講義室内の空気が、色んな感情で濁った気がした。

有色人種起用は良かったんだ。

いやいや、それは逆差別では?

自分にはあまり関係ないなぁ。

誰も口に出さないけれど、確かにそんな空気に包まれていた。

 

「この授業では、学問の立場からアファーマティブアクションの是非を結論付けることはしません。ただ、皆さんに覚えておいてほしいことがあります」

 

「予言の自己成就」という言葉が、教室のスクリーンに映し出された。

 

白人よりも、黒人の方が賃金が低いという現実。

男性よりも、女性の方がリーダーの数が少ないという現実。

そんな現実を見て、人々はこう言った。

「やっぱり。白人は黒人よりも優秀だ」

「女性は男性よりも劣っている」

こうして、長い歴史の間、差別は繰り返されてきた。

 

しかし、「現実」だと思っていることの多くは、人々の期待や行動の積み重ねによって作られているという。

 

「未来を予測したり期待したりすることが、実際に現実をつくりだしてしまう。これが予言の自己成就です」

 

たとえば雇用の面接の場で、面接官が男性を雇用したいと思っていたとする。それでも差別は許されないので、男性にも女性にも平等に接しているつもりである。ところが、面接官の些細な期待や行動が影響し、第三者がみても男性よりも女性の方が劣っていると判断されてしまう。その結果、女性のほうが有職者が少ないという「現実」がつくられてしまうことがあるという。

 

差別というのは、個人の些細な行動やコミュニケーションの中で「現実」として育まれてしまう。そんなつもりは、一切なくても。

 

嘘みたいだけれど、これが「現実」の現実なのだ。

私たちは無意識のうちに相手を属性で判断している。そしてそんな自分の期待や行動が、意図せずとも、現実の社会をつくりあげている。

私たちは、属性というフィルターからは逃れられないのだ。

 

 

 

私はこれから、もう数年「大学生の女の子」として営業を続けた後で、「新人の女の子」として社会に飛び立つ。

 

初の女性総理大臣が誕生した昨今、世の中は少しずつ、多様性や平等に寛容になろうとしている。

それでも、日々の些細なコミュニケーションの中で、私は性別や役職といったフィルターを通して見続けられる。

そして私も、相手をフィルター越しに見続けるに違いない。

 

だから差別はなくならないんだ、と腹立ちもするし、フィルターを持っているのは人間だから当然であるとも思う。

 

差別はなくさなければならない。

ただ、様々な現実があるなかで社会人としてこれからを生きていくために、自覚と誇りを持ち続けたい。

 

私たちはフィルターをもっている。「現実」とか統計的な数字とか、客観的なエビデンスに見えるものは、案外頼りない。それらは私たちの期待によってつくりあげられた可能性があるからだ。

そうした現実を意識的に自覚し、差別に繋がらないように注意するのは大切なことだと思う。

 

性別とか役職とか国籍とかが、これから私の背中を押すかもしれないし、あるいは足を引っ張るかもしれない。

出世したら偉いとか、女性だから頼りないとか、日本人だから真面目だとか、社会からそんな目を向けられることがあるかもしれない。

そんなときに、属性に対する社会からの評価に左右されずに、自分を持ち続けたい。社会に順応しながらも、生身の人間としての自分を好きであり続けたい。

 

出世したから自分はすごい。

私は日本人であることを誇りに思っている。

そういうことも大切だけれども、属性や立場に頼らず自分を誇れることが、本物の自己肯定感ではないだろうか。

 

私はこれからも生きていく。

半分は、社会の一員として。

もう半分は、何者でもない自分として。

 

 

茶谷香音(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2025-11-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.331

関連記事