天使の微笑みを守ろう! と決めた時にプライドは……。《週刊READING LIFE Vol.331「仕事と私のプライド」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/11/13公開
記事 : 藤原 宏輝 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
秋の陽がゆっくりと傾き、チャペルのステンドグラスが金色に光っていた。
「あらためて、よろしくお願いします。家族3人で幸せになろうね」
ご新郎様が、ご新婦様の耳元で優しく囁いた。
その腕の中には、柔らかな白いドレスと小さな命。
1歳になったばかりの女の子。
チャペルの扉が開く瞬間、ご新郎様の腕に抱かれた小さな手が、天井の光を掴もうと伸びた。
その瞬間、会場中が笑顔に包まれた。
赤ちゃんの笑顔に、会場中の空気がほどける。
「どうして! 私がこれ以上仕事を、長期で休まなきゃいけないの!」
結婚式に向けて打ち合わせの休憩、真夏の太陽がギラギラ眩しい、ある日の午後。
「育児は2人で頑張ろうっ! てずっと、話してきたよね。
ここにきて私に、仕事をやめろっ! てこと?」
落ち着きの中に、苛立ちを明らかに含めたご新婦様のお声が、静かに響いた。
他にご新郎・ご新婦様がいらっしゃったので、周りの空気が一瞬、少しだけ重くなった。
ご新郎様はソファに体を沈めたまま、困ったように笑った。
「仕事をやめろとは、言ってないけど。子どもを預けるところが見つからないなら、仕方ないんじゃない?
もしも預けられる場所が見つかっても、オレはお迎えとか無理じゃん」
その言葉に、ご新婦様の目が一瞬、鋭く光った。
「私にだって、子育てと仕事を両立したい思いがあるの。
ここまで女性の私が、社内で昇格してきたからこそのプライドがあるの!
育休をこれ以上伸ばしたら、部下にも抜かれちゃうかもしれない。
そんなの、我慢できない!」
ご新郎様は、銀行員。真面目で、誠実で、安定を何より大切にする人だった。
ご新婦様は、外資系化粧品メーカーに入社し、周囲が華やかなブランドのイメージに酔う中、
冷静に数字と人を見ていた。
お2人は、仕事でもプライベートでも多くの価値を手にしながら、
「まだ、何かが欠けているように感じていた」
という思いが、そっくりだった。
「俺は、家族を守れる男になりたい。」
その言葉に、彼女の心は動いた。恋に落ちた時、彼女は35歳。
しかし、コロナ禍がお2人の運命を変える。
リモートワークの日々。
外の世界が静まり返る中で、お2人は互いの呼吸を知った。
そして、結婚を決意した。
だが世界は落ち着くどころか、どんどんコロナは感染拡大。
結婚式は、延期、また再延期。
その間にお2人は、同棲を始めて、すぐに入籍した。
その後、ご新婦様が妊娠出産、母となった。
赤ちゃんを抱くご新婦様の細身の腕は強く、優しかった。
ご新婦様は、学生時代から努力の人だったという。
同期の男性社員との昇進試験でも、ある時は敗れ、悔しさに涙を流した夜もあった。
「女性だから」という理由で、後回しにされる現実。
それでも自分の力で、壁を壊してきた。
会議室のプレゼンでは英語で堂々と話し、外資系のブランド理念を肌で感じる。
常に数字と成果で語り、ミスの許されない空気を吸い込んできた。
男性上司の間をすり抜けるようにして立ち、堂々と自分の企画を提案した。
「ビューティーとは、誰かの評価で決まるものではありません。自分をどう誇れるか、です。」
会場が静まり返った。
その瞬間、彼女の中で何かが確かに変わった。
妥協すれば、楽になれる瞬間もあった。
けれど、誇りを置いてまで手にした成功に価値を感じなかった。
ご新婦様にとってのプライドとは「自分で自分の価値を証明する力」だった。
仕事と私のプライド。
それはいつもぶつかり合いながらも、結局、同じ方向を見ていた。
ご新婦様のプライドは、挑むための翼だった。
だからこそ、子育てと仕事の両立に向けた社会のギャップにぶつかったとき、彼女は戦った。
だが、家族の幸せの裏には、また新たな葛藤が生まれた。
復職を前に、夫婦の間に小さな溝ができた。
「オレだって、ここから5年が勝負なんだ!」
ご新郎様の声には、焦りがにじんでいた。
「男は仕事にプライドを持って突き進む。それは、家族を守るためだ。
どうせなら、今の仕事に人生をかけて、とことんやりたい。上がりたいんだ。それを支えるのが、妻の役目だろ」
その言葉に、彼女は静かに立ち上がった。
「支えることはできる。でも、犠牲になるつもりはない。
私だって、この仕事に人生をかけてきたの。」
空気が張りつめた。
ベビーベッドで眠る小さな息が、唯一の音だった。
厚生労働省の最新調査によると、
育児休業を取得した男性の割合は、2024年度で約20.4%。
確かに増えてはいる。
けれど、現実には、妻に育児の大部分を委ねている家庭が多い。
数字と心の距離は、まだ埋まっていない。
‘たとえ、入籍してすぐに子どもが出来ても……’
それは、ご新郎・ご新婦様にとって幸せな事だった。はずだった。
しかし、ご新郎様の夫としての「男のプライド」は責任感の化身だった。
銀行という保守的な組織の中で、昇進と成果が人生の指標になる。
「俺の勝負は、これからの五年だ」
という言葉には、家族を守るために闘う男の覚悟が宿っていた。
しかし、その“守る力”が時に“押しつけ”に変わり、
妻の心を追い詰めたことにも、彼はまだ気づいていなかった。
ある日、彼女は電話の向こうで、泣きながら言った。
「ねえ、社長。プライドって、時々自分を苦しめるよね。」
それは、強くなろうとした人だけが知る痛み。
その言葉を聞いたとき、私は心の奥で静かに思った。
プライドとは、曲げないことではなく、
“折れた瞬間にもう一度立ち上がる心の筋肉”だと。
仕事をしていれば、必ず傷つく場面がある。
理不尽な評価、すれ違う想い、報われない努力。
けれど、そのたびに人は少しずつ“自分の仕事観”を磨いていく。
かつて、私もそうだった。
どんなに疲れても、お客様の
「ありがとう」
の一言で、また立ち上がれた。
誇りは、他人に見せるものではない。
自分が自分を信じられるために、持つものだ。
そして今、私は思う。
プライドとは、他人と比べて築くものではなく、
“誰かのために続ける勇気”の別名だと。
ご新婦様のプライドは、母となった瞬間から進化した。
肩書きではなく、子どもの笑顔に支えられて働く彼女の姿は、かつてのどんな成功よりも美しかった。
この会話を通じて‘私もまた、変わらなければいけない’と気づかせて頂いたのだ。
仕事のプライドを貫くだけではなく、その意味を“次の世代へ”渡していくことが、今の私の役目。
‘私のプライド’仕事の先にあるもの……。
仕事とは、自分を磨くための場所であり、
プライドとは、その磨きを支える心の支柱。
けれども、人はいつか気づく。
プライドは“守るための壁”ではなく、
“誰かに手を差し伸べるための橋”
でもあるということに。
そして、迎えた秋。
お2人の結婚式と、愛娘の1歳の誕生日。
チャペルの扉が開く瞬間、ご新郎様の腕に抱かれた小さな手が、天井の光を掴もうと伸びた。
その瞬間、会場中が笑顔に包まれた。
誓いの言葉の途中、ご新婦様の目には涙が浮かび、
「この一年、いろんなことがあったね。」
ご新郎様の声が、少し震えた。
ご新婦様はうなずき、涙をぬぐいながら笑った。
「でも、あなたとだから、ここまで来られた。」
その言葉に、ご新郎様の目にも光が宿った。
誇りは、戦うためだけのものじゃない。
守りたいものができた時、形を変えていくのだ。
私は後方の扉のそばで、静かに結婚式を見守っていた。
延期を重ねたお2人の結婚式。
コロナに奪われた時間を、ようやく取り戻した日。
誰もがマスク越しの笑顔で、けれど目だけはしっかりと光っていた。
フラワーシャワーで拍手喝采!
ご新婦様の視線が、ふと私を捉えた。
涙で少し潤んだ瞳。私に向けて口の形だけで
「ありがとうございました」
と言った。
その瞬間、彼女の中で“プライド”が“愛”に変わったのを、確かに感じた。
ご披露宴がおひらきに近づき、ご新婦様が少し震える声で、感謝のお手紙を読み始めた。
「お父さん、お母さん、私をここまで育てて下さり、ありがとうございました。
この子を抱いたとき、私は初めて両親の気持ちが、少しだけ分かった気がしました。
でも正直に言うと、これまでのように、仕事が出来ない不自由さに悩みました。
でも今はもう、“仕事をやめたくない”という焦りじゃなくて、
この子の為にも、主人の為にも“仕事を続けたい”という、希望を持てるようになリました。
それを教えてくれたのは、この子と本日こちらにいらして頂き、これまでこんな私を支えてくれた全ての皆さんです」
会場に大きな拍手が湧いた。私は、
‘ご新婦様のプライドは、もう戦うための剣ではない。誰かを照らす灯火になっている’
と感じた。
ご披露宴がおひらきとなり、控室に向かう途中。
ご新婦様は、少し照れたように笑い、
「社長。私、仕事が好きで本当によかった。母になっても、この気持ちは変わらないと思うんです。
でも、まだまだですね」
と言った。私は、
「おめでとうございます。本当に、素敵なご家族になられましたね。」
すると、
「仕事も、母親も、妻も。全部を完璧にはできないけれど、
それでも、どれも大切なんです、欲張りなのかもしれないけど」
とても幸せそうなご新婦様の笑顔に、その言葉が、私には何より嬉しかったし眩しかった。
誇りを持って働く女性が、次の世代を育てていく……。
それは、社会を静かに変えていく希望のかたち。
プライドとは‘過去の自分を裏切らないこと’と‘未来の自分に恥じないこと’
その両方を大切にできる人こそ、本当に“仕事を愛している人”なのだと思う。
小さなテーブルの上には、ベビー用のマグカップと、彼女の急ぎの資料が広がっていた。
かつてプレゼン資料を束ねていた指が、今は赤ちゃんのガラガラを握っている。
彼女の中の“二つの人生”がぶつかり合っていた。
そして、ご新婦様が言った。
「私も誰かの人生に、灯をともせる仕事がしたいです」
その言葉に、私は小さく頷いた。どんな言葉よりも、嬉しかった。
「完璧じゃなくていいと思います。誇りって、欠けながら磨かれていくものだと、私は思っています」
かつての私は、プライドを“曲げない心”だと思っていた。
今の私は、プライドを“磨き続ける心”だと思っている。
仕事が私を変え、私のプライドもまた、仕事を進化させてきた。
その後、ご家族3人の笑顔を見送りながら、私は静かに思った。
誇りとは、変わることを恐れない勇気。
そして、愛を信じる強さ。
チャペルの外には、秋の風。
夕陽の中で、花びらが舞っていた。
そして、それぞれの人生のプライドが、柔らかく光っていた。
一方、私のプライドは、静かに灯る火のようなものだった。
ブライダルという仕事の中で、誰かの人生の節目に寄り添い、裏方として“支える美学”を磨いてきた。
現場で大声を上げるよりも、静かに背中で伝える。
主役はあくまで「お客様」であり、私ではない。
けれども、その瞬間の幸福を支えきる覚悟こそ、私のプライドの中核にあった。
ご新婦様と私のプライドは、似ているようで、まるで鏡の表と裏だった。
そして、ご新婦様の誇りは「挑戦」で、私の誇りは「守り」
どちらも自分の存在を賭けて仕事と向き合う姿勢であり、それぞれの場所で光っている。
しかし今回は‘育児’という“もう一つの現実”を前に、ご新郎・ご新婦様の2つのプライドが試されることになった。
プライドとは、誰かの幸せを願える強さ。
そして、どんな環境の変化にも自分らしく在り続けるしなやかさ。
夜の空気が少し冷たくなった頃、会場の外に灯るガーデンライトがゆらめいた。
ひとつ、またひとつ。
その光はまるで、未来へ続く道を照らしているようだった。
❒ライタープロフィール
藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』
愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。
伝統と革新の融合をテーマに、人生儀礼の本質を探究しながら、現代社会における「けっこんのかたち」を綴り続ける。
さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。
と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。
ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか?
をいつも追い続けています。
2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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