週刊READING LIFE vol.333

この対価はビジネスと言えるかもしれない。《週刊READING LIFE Vol.333「ビジネス感覚」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/11/27 公開

記事 : ひーまま (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

2001年9月11日

 

私と娘はスイスのヴェンゲンのこぢんまりとした小さなホテルのロビーにいた。

 

ユングフラウヨッホまでの観光を終えて、自然がいっぱいの街中を歩いて帰ってきたところだった。

 

ロビーに入ると緊張した雰囲気が漂い、観光客の多くがテレビの前に集まっていた。

 

テレビからはアメリカの大統領の険しい表情と「ニューウォー」の言葉が聞き取れた。

 

一緒に旅をしている仲間たちも不安な表情で、何とか英語が聞き取れる人の周りに集まっていた。

 

テレビの画面からは2つのタワーに飛行機が飛び込んでいき、爆発の煙が天高く舞い上がるさまが何度も繰り返し流れていた。

 

なにも様子がわからないまま、まるで映画の一コマだ。

 

21世紀は平和の世紀になるのではなかったのか?!

 

世界平和の祈りを毎日胸に生活している私には、本当に胸にこたえるニュースだったのだ。

 

スイスとウイーンをそれぞれ3泊する旅のちょうど半分が過ぎたところだった。

 

まさか第3次世界大戦にはならないだろうが、いったい誰がこんな悲劇を作り出すというのか。

 

翌日からウイーンに移動した私たちは、ここが日本ではないことを実感することになる。

 

街中は半旗が掲げられ、正午のサイレンと共に多くの人が立ち止まって黙とうをささげていた。

宮殿の前には兵士が物々しい銃を肩にかけ警戒している。

お土産店もシャッターを閉じて世界の動向を注目しているようだった。

 

航空機はもしかしたら飛ばないかもしれないと、旅行会社から日本の家族に連絡を取るように促された。

 

なかなかつながらない電話を前に旅の一行は列を作って、心配そうな表情で連絡を取っていた。「パパ、もしかしたら帰国に手間取るかもしれないから、子供たちをよろしくお願いします」と主人に電話がつながってほっと胸をなでおろしたことが思いだされる。

 

娘は当時、大学を休学しており、その旅を企画された作家の、神渡良平先生に相談すると、「良い魂の発見の旅になりますよ」と声をかけてもらったのが旅のきっかけだった。

 

そんな中のまさかの出来事に娘も私も本当に世界の危うさを肌で感じた出来事だった。

 

作家の神渡良平先生とは「マザーテレサへの旅路」という一冊の本との出会いからのご縁である。

 

いちファンの私からの手紙に実に親身な返信をもらい、メールのやり取りを重ねていたのだ。

 

スイスのファンの集まりに講演会があるので、懇意にしている人たちと「魂の旅」を企画しました。と案内が来たのだった。

 

ちょうどその頃、義母を半年の介護の末にあっという間に看取ったところだった。

 

「魂の旅」のフレーズに引かれて思い切って娘と参加したのだ。

 

海外旅行など初めてで、出発前からドキドキの旅だったが、20人ほどの参加者の一人一人が家族のように話せる人ばかりだった。

 

特に広島から近い岡山からの参加者の一人はあれから25年たった今でも交流が続いている。

 

いま思い返しても「魂の旅」だった。

 

ウイーンの街中が緊張の雰囲気の中、帰国便が無事に飛ぶという。

いじましいものでこんな状況の中でもやはり「お土産」が買いたい。

幸いと言うのか、空港では免税店が営業していた。

 

しかし、である。浮かれてお土産を買いあさっているのは日本人観光客だけだったような気がする。

「平和ボケ」とかいう一言が頭をかすめたが、留守を守ってくれている主人と双子の子供たちにはきっちりお土産を買ったのだった。

 

無事に予定通り帰国をしたのだが、私には実はもう一つの祈りがあってこの旅に参加したのだ。

 

神渡良平先生は先哲の「安岡正篤の世界」の出版でベストセラー作家のひとりだ。

 

その著書の出版を決意されたのが、36歳の時に脳梗塞で半身不随の経験をされたが、懸命のリハビリによって不自由なく作家活動をするまでになったという経緯がある。

 

ちょうど旅の半年ほど前に主人の友人が脳梗塞にたおれ、半身不随となっていた。

 

まだ40代、彼はリハビリの成果が見えない中で、自暴自棄になり、一切のリハビリも放棄していたのである。

 

何とか彼を励ましたくて、神渡先生に励ましのビデオレターを録画できないものかと機会をうかがっていたのだ。

 

そんな旅の中での9月11日の出来事だった。

 

夕食の時に、それとなく友人への励ましをビデオに撮影させてもらえませんか?と聞いたところ、「明日の朝、村の教会の前で撮影しましょう」と快諾してもらえたのだった。

 

早朝朝日がアルプスの山々を赤々と照らし出していく。

 

教会の鐘が「ゴーン ゴーン」と響いてくる。

 

自然界が一斉に朝の訪れを喜ぶかのように、山の斜面のあちこちから牛の首にかけられたカウベルの音が聞こえてきた。

 

静かにビデオの録画スイッチをオンにする。

神渡先生の声は静かにそして温かい祈りとともに始まった。

 

「Hさん。いま脳梗塞の半身不随の現実に生きる気力も失うほどだと思います。私もそうでした。

 

だけどまだ生きている。という現実を思うとき、Hさん、あなたにはまだこの人生でやり遂げないといけないことがあるのだ。と天が語り掛けていると思うのです」

 

「自分もそうでした。

 

多くの書物を読む中で人間はただ生きているのではない。

 

人生は一度きりだ、その人生を有意義なものにするために一歩一歩歩み続けることが必要なのではないでしょうか?」

 

「今は結果が出なくて苦しいかもしれません。

 

それでも懸命にリハビリを続けてみてください。

 

天が必ずあなたに成し遂げてもらいたいことを気づかせてくれると思います。

 

私もHさんのリハビリの成果が出ることを祈ります。

 

もう一度頑張ってみてくれませんか」

 

神渡先生の頬は涙でぐしょぐしょだった。

 

録画する私も涙を拭くことさえできず、画面を見ていた。

まわりの旅の仲間の顔も涙でいっぱいだった。

 

このビデオレターをわたしは帰国してすぐに彼に届けに行った。

 

最初はなんだ説教しに来たのか。

と言いたそうな表情の彼がビデオレターをみながら、滂沱の涙を流していた。

 

「わざわざスイスでこれを取ってきてくれたんじゃ……

 

ほんまにありがとう。

わしもう一回がんばってみるけえ」

 

それだけを静かに伝えてくれた。

 

3か月後彼は、なんと!杖を手に廊下の端から端まで一人で歩くことができたのだった。

 

スイスの「魂の旅」は、そこから物語はまだ続く。

 

彼が半身不随からの驚異的なリハビリ回復の姿を見て、私の耳に天からの声が響いてきた。

 

(多くの半身不随になっている人にこの話をお伝えしなさい)

 

自分でもびっくりするのだが、なんのコネも仲間もいない中、私たち夫婦と半身不随の友人夫婦で「神渡良平講演会」を開催することにしたのだ。

 

その年の12月の末に神渡良平先生にお願いに行き、翌年の3月30日の開催で企画を立ててみた。

 

今から思えば、何故そんな忙しい季節の変わり目に日程を立てたのか? 

 

現在から過去へ戻って新学期目の前、税金の申告時期、社会人も忙しくて講演会どころじゃないのでは? とアドバイスしたいほどである。

 

その時の自分は、神渡良平先生は五木寛之先生と並ぶ有名人で、どんなに忙しくてもきっと多くの人が殺到するであろう。と信じて疑わなかったのだ。

 

そして新しい年が明けて、2組の夫婦は講演会に向かって動き始めたのだ。

 

コネもつてもないことがどんなことを意味するのかは、知らぬが仏という事である。

 

まず会場を手配した。

 

ベストセラー作家の先生の講演会だ、小さな会場では申し訳ない。

広島でも少しは大きな会場を押さえなくては! 

 

張り切って市内でも大きなアステールプラザという会場の中で唯一空きがあった中ホール定員260人の会場を押さえた。

 

次に定員が260人だからと1000枚のチラシを印刷。

チケットも同時に作った。

 

すこし大きなポスターも何枚か作成。

 

ここまで、全くの素人の想像で、見よう見まねで頑張った。

 

さて、チケットを売りに行く段になって、宣伝の方法をいろいろ考えたが、私と友人の妻はパートで働いていて自由にあるのは週3日くらい。

 

我が家の主人は会社勤務だし、半身不随の友人は自力で動くことは難しい。という状況だった。

 

私はきっと人間学ファンのグループにお願いに行けば、チケットは飛ぶように売れるであろう。 いや飛ぶように売れてほしい。

そんな気持ちでいた。

 

当時の私は、地球環境問題に興味があり、広島市の「環境サポーター」のボランティアをしていた。

 

その環境仲間の人にお声をかけるが、誰一人「神渡良平」を知らないという。

 

私自身がびっくりした。(人間学を知らない人がいるなんて!)

 

そこで、神渡良平先生の著書を大量に仕入れ、講演会の宣伝と言うよりも「神渡良平宣伝ガール」になってたくさんの人に会いに行った。

 

ひと月立ってもチケットは全然売れない……。

 

売れたのは、15枚くらいだったか。神渡良平宣伝ガールは少し焦ってきた。まだ何か多くの人に宣伝が足りていない。

 

スイスの魂の旅で一緒だった岡山の税理士さんが丁寧に講演会の開催の仕方を教えてくれた。

 

「とにかくチラシを配って回るんだ」

 

「次にどんな媒体でもいいから宣伝を無料でしてくれるところにお願いに行きなさい」

 

「頼める人には必ず何枚もチケットを預けるように」

 

「週に一回は集計して仲間になってくれる人と情報をシェアすること。売れ行きと目標」

 

「いろんなご縁のある会合に参加して、講演会の宣伝をすること」

 

当時はまだ盛んではなかったインターネットを使ってブログを書いて宣伝するように。と言う指導もしてくれ、四苦八苦なんとか毎日口のようになりそうになるブログを書いたのだ。

 

ここまで記憶を頼りに思い出してみると、何とも涙ぐましい努力。

 

これって今でいうと、マーケティングではないのか?

毎日プランドゥチェックの繰り返し。

不自由な体の彼も電話作戦だ。

少しづつ、チケットを引き受けてくれる人が出てきたときには、本当に嬉しかった!

 

テレビの無料告知のコーナーには、当時高校生だった子供たちが頑張って宣伝してくれた。

 

新聞の告知欄にも!数社取り上げてもらい感激したのも覚えている。

 

そうしてまたひと月が過ぎてあと一か月のカウントダウンが見えてきたころ、チケットはまだ半分も売れてはいなかったのだ!

 

心の焦りは高まり、勢いチケットをプレゼントして回ろうか?と何度考えたかわからない。

 

そこでまた天からの声が聞こえてきた。

 

「ただで人が来るなら、このメッセージを本気で受け取る人間ではないという事じゃ。本当にこの講演を聞く必要のある人だけが来ればよい」

 

「じゃから、この情報を必要なひとに届けるだけでいいんじゃ」

 

その天の声は本当に自分でびっくり!

 

本当だ。この講演を聞いて幸せになれる人がくればいいんだ。

 

気持ちを切り替えた私は(そうだ! 私が今まで知り合った人には全員にお知らせするんだ)と、幼稚園から現在まで私が知ってる人にはみんなに伝えよう。と先生の著書を片手にたくさんの人に会うことができた。

 

中には「あなたが勧めてくれるならどんな先生か知らないがチケットを買いましょう」と言ってくれる人が出てきたり、

 

思わず愚痴っぽくなりそうなブログを読んで、ぜんぜん知らない人がチケットを申し込んでくれたり!

 

ついに迎えた当日。

 

驚きの270人を超える立ち見が出るほどの会場になったのだ。

 

一番泣いていたのは……なんと!

神渡良平先生だったという当日を迎えることができた。

 

半身不随から自暴自棄になり、一時は死に方まで考えたという彼は当日参加者のみなさんに挨拶するほどに回復していた。

 

支えてきた奥さんも涙、涙。

図らずも、まさにビジネス感覚でやり遂げた講演会。

 

収支は黒字。助けてくれたメンバーみんなで美味しい夕食会ができるほどの数万円だったが、そこから生まれた対価はその何倍もの経済効果を生んだと、今思い出しても胸が熱くなる。

 

最後に、神渡良平先生が書かれた安岡正篤先生の本から言葉を紹介したい。

 

「一燈照隅、万燈照国。」

 

一燈を掲げて一隅を照らすものでありたい。

 

そうすれば自ら同行の士が集まるようになり、ついには国をも明るく照らすようになる。との意味だそうだ。

 

そんな生き方が、これからのビジネス感覚のような気がする。

 

□ライタープロフィール

大阪生まれ。2歳半から広島育ちの現在広島在住の66歳。2023年6月開講のライティングゼミを受講。10月開講のライターズ倶楽部に参加。2025年9月からの新ライターズ倶楽部を受講中。様々な活動を通して世界平和の実現を願っている。趣味は読書。書道では篆書、盆石は細川流を研鑽している。

                                                                                                

 

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2025-11-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.333

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