パワプロ誤発注で思い出す、実は最高だった贈り物たちのこと《週刊READING LIFE Vol.336「クリスマスの思い出」》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/12/18 公開
記事 :パナ子 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「ねえ、本当だってば! わたし絶対に見たもん! あれは間違いなくそうだった!」
鼻息荒く昨夜の出来事を語るユキちゃんの話を、同じ熱量で聞いてあげられたらどんなによかったか。
毎日一緒にいても飽きない大好きなユキちゃんが、枕元に現れたというサンタクロースについて熱弁している。
薄目を開けてそっと様子を伺ったユキちゃんの視界の端っこには、赤い衣装に身をくるんだおじさんがいたらしい。
そこまで聞くと、私は心底感心した。
ユキちゃんのおじちゃん、わざわざ着替えまでしたんか。すごい熱の入れようだな。
ユキちゃんのおじちゃんは「Mrスマート」という感じの、細身で物静かな人だ。普段は喜怒哀楽のほどがあまりわかるようなタイプではない。そのおじちゃんが子供のために衣装まで揃えて聖夜に挑むとは……。
子供の夢を壊さないための全力投球を思うと、私は目頭が熱くなった。
ええな。ユキちゃん、愛されとるやんか。
ユキちゃんに熱弁させたのは、私のせいでもある。
最初にその話を聞いた時、私が半笑いで「ふーん」と言いかけたからである。
その態度が、ユキちゃんに火を点けたのだ。
無理もない。
私たち姉妹の枕元には、でっかい赤かぶがゴロンと転がっていたのだから。
そもそもクリスマスにおいしいものを食べさせようとか、お友達と集まってホームパーティをしようとかそんな事には興味のあった母親が、なぜか子供がリクエストした品を枕元に置くということには考えが至らなかったようなのだ。
手作りのおやつを作ってくれたり、子供のためにミシンや編み棒で洋服を作ってくれたり、たくさんの抱っこをして母の温もりを教えてくれたり、申し分ないほどに愛情を注いでくれたのだからまったくもって文句はない。
ただ、クリスマスのサンタクロース神話に関してだけは、クールな子供になってしまったのだった。
ユキちゃんが枕元に置いてあったプレゼントの包装紙を丁寧に開きながら「わぁ」とか「すごーい」とか感嘆の声をあげていただろう頃、私と姉は枕元に転がる赤かぶを見ながら目が点になっていた。
その後「ちょっと、お母さん!」と台所に立つ母に怒りの抗議に行き、母がやっと気づいたかという顔をしながら「あらぁ、ちょうどいい! 今夜の料理にそのカブを使おう!」と言ったあたりで諦めの境地に至り、母のキャラクターも手伝って姉と爆笑した。
ダメだ、こりゃ。
我が家に笑いはあっても、聖なる夜は存在しない!
仕方がないので、私はこの家庭に生まれたことを、存分に受け入れることにした。
あれから約三十年の時を経て親となり、今度は自分自身がサンタ役を仰せつかることになった。
奇しくも、夫が育った家もドリーミーでワンダーなクリスマスを過ごす家庭ではなかったらしいのだが、夫は自分がサンタになれることを喜んでいた。
「サンタをやらせてもらえるって、ありがたい事だよね」
目を細めて言う夫からは、幸せのオーラがにじみでている。
どうやらクリスマスは、贈られる側にとどまらず、贈る側もギフトを受け取っているらしい。
二人の息子に恵まれ、彼らが物心つく頃からサンタとしての業務は毎年順調に執り行われてきていたが、昨年はちょっぴり怪しい雲行きに焦りを感じていた。
「俺、何が欲しいか秘密。家族にも言わない」
これまで嬉々としてサンタへのリクエストを親に教えていた長男(8才)が口を閉ざしたのだ。
ここ数年は仕事のはやい夫が子供たちのリクエストを聞くや否や、ネットで発注して品物を確認しラッピングを行うという一連の業務を行っていたため、何が何でも聞き出そうと必死だった。
「サンタさんは世界中の子供たちにプレゼントを配るやろ? 前もって『これがほしい』ってわかってないと〇〇のところにプレゼント届かんかもしれんぞ? サンタさん困るぞ?」
焦る気持ちを押し殺した夫がこう言うと、長男はこう返してきた。
「じゃあ俺、12月23日に窓にお手紙貼るわ」
試されてる~ッ!
思わず笑ってしまいそうになるのをこらえ、事の成り行きを見守る。
夫がバレないように頭を抱えているのを見て、まあサンタっていうかあなたですもんねと思いつつ、SNSに助けを求めるとこんな回答をいただいた。
「我が家はサンタ株式会社制度なので親が所定の日までにサンタに送らないと要望が届きません。今までは親がこっそり確認してメールを送ってたんだよと言ってます」
すごい……。
子供の夢を壊さず、理想通りのプレゼントを必ず届けるというその心意気、もうそれだけで十分素敵な贈り物じゃないか!!
早速、こんな感じのことを長男に言いつつ、彼の心変わりを待つ。
数日後、希望するプレゼントを聞き出すことに成功すると同時に私は泣くはめになった。
長男「俺、スマイルのペンダントが欲しい」
母「えっ……、お母さんが少し前に欲しいって言ってたやつ?」
長男「そう。それで、同じのが二つ欲しい」
母「もしかして、お母さんとお揃いにしたいの?」
長男「うん」
私が少し前になんとなく言ったひと言を覚えていたのだ。
恥ずかしいのかなんとなくぶっきらぼうにそう伝えてきた長男を私は抱き締めずにはいられなかった。私へのサプライズにしたくて、家族にも言わないと言ったのか。
お母さんとお揃いのモノを身に着けたい、お母さんにも秘密にしてビックリさせたい。彼の健気な気持ちを思うと、じわっとにじんだ涙で視界がぼやけた。
実行役の夫に事の詳細を話すと、「そっか」とまた目を細めて彼はネットサイトで手ごろな金額のスマイルをかたどったネックレスを二つポチったのだった。
サンタなら俺の気持ちを言わなくてもわかってくれるはずというまだまだ純粋な気持ちと、母を慕ってくれる愛情を見せつけられて、私のクリスマスは開催前にクライマックスを迎えてしまったのだった。
子供が大きくなるにつれて、もうこんなに甘美な陶酔に浸ることは少なくなるのだろうかと考えていたら、今年のクリスマスは違った意味でエモい感情に溺れることになった。
11月も半ばになり、仕事のはやい夫が早速クリスマス仕事に手をつけた。
「もうすぐクリスマスだね。何をお願いするか決めた? サンタさんにお手紙を書こう」
何事もギリギリの私と違って、余裕を持ってあらゆる事をすすめたいタイプの彼は、子供がリクエストしたものが品切れになってしまうことを恐れている。早々に手元に置いて、聖なる夜に備えたいのだ。
言葉で聞くだけじゃ「やっぱり違うのにする!」と言われると困る。
サンタさんへお手紙を書かせることによって言質をとる。用意周到だ。
このところ、確実に業務を遂行してくれる夫にすべて丸投げしている私は(今年もこの季節がやってきましたねえ、冬ですねえ)と微笑みながら、リビングでお茶を飲んだ。
のんびり構えるだけが仕事だった私に、数日後、夫から一通のLINEが届き状況は一変した。
「〇〇(長男)希望のクリスマスプレゼント、さっき購入手続きをしてたんだけど、自動で我が家のゲーム機に転送されちゃったかもー!!!!!」
ムンクの叫びのような絵文字と共に送られてきた内容は、冷静沈着がウリの夫とは思えないような慌てぶりだった。
な、なにぃ!?!?
まだ12月にもなっていないというのに、うちのサンタはあわてんぼう過ぎるだろー!!
夫との話し合いにより、子供に聞かれた時は「サンタが間違えて早く送ってしまったのではないか」と口裏を合わせる事に決まった。
長男が希望していたのはswitch2の「パワフルプロ野球」のソフトである。
もちろん夫はパッケージ版を購入して24日の深夜に綺麗なラッピングをしたパワプロを、長男の枕元に置くことを楽しみにしていたわけだが、手続きしている間に誤ってダウンロード版を購入してしまったらしい。
購入したが最後、あれよあれよという間に、「転送されました」の文字が出てきたという。
もう送られてしまったものはしょうがない。
とはいえ、それから数日、習い事や外遊びでゲームをする機会がなく、もしかしてクリスマスまで気づかないという奇跡が……? と思い始めた私の期待は簡単に裏切られることになった。
宿題を終えた長男が、まだ宿題を終えてない次男に気を遣い、誰もいない奥の部屋にゲーム機を持っていき、マリオに興じようとしていた。
数分後、血相を変えて、部屋から飛び出してきた長男は半分涙目だった。
「お母さん! お母さん! ちょっと来て! なんかおかしいんだけど!! 俺なんにも触ってないのに、なんか勝手にパワプロが……! どうしよう! こわいこわいこわい……」
長男の手のなかにあるゲーム機の画面をのぞくと、ハッキリとパワプロのアイコンがそこにあって「ダウンロード中」という文字と共に、ダウンロードの残量を知らせる虹色の棒が出ていた。
ゲーム機の起動により、ダウンロードが始まったらしい。
ついに、この時がやってきてしまったか……。
よし、何とかしてこの局面を乗り切るしかない。私は気合いを入れた。
「え……本当だ。何もしてないのに、この場面になったの?」
自分でも白々しい! と思いながらわからないフリをする。母も意味がわからないよ、から物語を始めないと信憑性がなくなるからだ。
「うん、遊ぼうと思って電源入れたら、急にこれが出てきたのー!」
なんなら目にうっすら涙がたまりはじめた長男がおかしくて笑いが込み上げる。
笑うな、笑うな、私は女優、私は女優。心で唱える。
あれだけ熱望していたソフト相手にホラーさえ感じていて、パワプロに申し訳なくなる。きっとパワプロも今頃「いや、あなたのお父さんが購入したから、俺いまここにいるんすよ」と困惑していることだろう。
謎解きをするように、腕組みをしながらとりあえず「うーん」と言ってみる。
「でもさ、サンタさんしかなくない? だってさ、あんたがこれサンタさんにリクエストしたって、うちの家族とサンタさんしか知らんやん? ちょっと早すぎるけどさ……」
最大限に眉毛をハの字にして、困った顔でそう言ってみると今度は6才の次男が私によじ登りながら言った。
「おかーさん、ちょっとだっこして」
どうやら、この誰の仕業かわからないサスペンスな劇場は、6才には刺激が強すぎたらしい。
私は腹の底から笑いが込み上げてくるのを必死に抑え込みながら「大丈夫、大丈夫、多分これはサンタさんからのプレゼントだから、安心して遊びな」と伝えた。
こうして我が家にはクリスマスの温かくて尊い思い出があらたに誕生したのだった。
クリスマスの贈り物は、その朝だけのサプライズではない。
私たち姉妹を呆れさせた母の赤かぶも、ほろっとさせたお揃いのネックレスも、あわてんぼうサンタのパワプロ誤発注も、すべては私の心に刻まれ、10年後もまた新鮮な気持ちでこのことを思い出すだろう。
すべては、親から子へ、さらにその先へ受け継がれていく。
ちょっと不器用で奇想天外なプレゼントこそ、親子の愛情を紡ぐ最高の贈り物かもしれない。【終わり】
パナ子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
鬼瓦のような顔で男児二人を育て、てんやわんやの日々を送る主婦。ライティングゼミ生時代にメディアグランプリ総合優勝3回。テーマを与えられてもなお、筆力をあげられるよう精進していきます! 押忍!!
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