週刊READING LIFE vol.337

言葉が追いついた日《週刊READING LIFE Vol.337 「フリーテーマ」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2025/12/25 公開

記事 : 藤原 宏輝 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

「私たちさぁ、あのままだったら、きっと別れてたね」

 

ある日、彼女はそう言った。

察して欲しい彼女と、確認したい彼の結婚論。

 

 

恋をしていた、あの頃。

「何が? どっちが?」

「別にいい」

「もういい」

という言葉を最後によく、会話もLINEも止まった。

お互いに主語がなく、コミュ力が低い。

感情だけが、ぶつかる恋だった。

 

 

彼女はその夜も、スマホを握りしめていた。

LINE画面には、彼からのメッセージがひとつ。

 

「それは、どうなの?」

 

この “それ” が何を指すのか、彼は一切書かない。

主語は行方不明。文脈も半分しかない。

 

彼女は、ちゃんと気づいてほしいし、言ってほしいタイプ。

構われたいけど、縛られたくないという、

‘繊細ゆらぎメンタル’の持ち主。

 

それなのに、「別にいいし」

 

と返信。もちろん「別にいい」わけでは、全然ない。

むしろ「もっと聞いてよ、察してよ、気にかけてよ」

というヘビー級のサインだった。

 

彼は彼で、その空気圧だけの返信読みながら、

「いや、何が‘別にいい’なの?

気にしてほしいなら、ちゃんと言葉にしてよ」

そう心の中で、つぶやいていた。

 

しかし、彼もまた

‘言葉にするのは、ちょっと負けっぽい’

とどこかで思ってるタイプ。

彼女の気持ちに、全力ダイブできない。

だからこうして、いつも曖昧の応酬が続く。

 

「なんで、そんな言い方すんの?」と彼が返信すると、

 

「そんなって何?」と反撃、ここで話の本題から少しズレる。

 

「いや、だから“それ”のこと」

 

とうとう、沈黙。

 

既読にはなるが、彼女からの返信は届かず……。

スマホ画面の向こうで、2人とも同じタイミングで、ため息をついていた。

 

“自分のことを、察してくれない彼”にイライラする。

“言わないくせに、構われたい彼女”にモヤっている。

 

ついに、

「結局、どっちの話? 何のこと言ってるの?」

挙げ句の果てに、彼は問い詰めた。

 

彼女は、胸がキュッ! となり、目が熱くなる。

「分かってよ、私に言わせないでよ」

 

たった、ひとこと。だけど、

この言葉を口に出せば、負けた気がする。

主語を出せば、関係の温度が変わるようで怖かった。

また彼女は、短く返信する。

 

「もういい」

 

‘もう、いい’のではない、本当は全然良くない!

と、自分の気持ちを知りながら。

 

彼の指が、とうとう止まる。

「ほんとは、歩み寄りたい。

でも、どう歩み寄れば、彼女に踏まれずに済むか?」

それが、分からない。

 

結局その夜、2人はほぼ同時に、スマホを伏せた。

言葉にしないまま、求め合って、スレ違って、面倒で、可愛くて、どうしようもない2人。

 

恋って時々、主語のない戦場みたいだ。

相手を想っているはずなのに、言葉が足りないだけで距離が生まれる。

 

だけど、ほんとの問題は

「どっちが、良いか? 悪いか? じゃない」

「気にしてほしい」

「でも言うことは、聞きたくない」

という、お互いの不器用さ。

まさに、そのシンクロだった。

 

 

この関係が、終わるか? 続くか?

 

ほんの少しだけ勇気を出して、主語を置くこと。

「私は、こう感じた」

「俺は、こう思った」

このひと言で、お2人はきっと変われる。

未来がまったく別物になる。

 

 

翌朝の彼女の目覚めは、もちろん悪かった。

睡眠アプリなら真っ赤のコンディション。

けれど、そんな現実もスルーしてスマホを開く。

 

昨夜、送った「もう、いい」は未読のまま。

固まったトーク画面が、胸に重くのしかかる。

 

そして、彼女は初めて主語を置こうとした。

文脈を整理し、まるで報告書のように、自分の気持ちを文章化していく。

 

「ねえ、私のこと好き?

突然、ごめん。

私は、あなたのことが大好きで、結婚したいから。

あなたの気持ち、知りたくて」

 

ここまで書いた瞬間、胸がドクッと跳ねた。

そのまま、送信ボタンへ指を伸ばす。

しかし、その指は止まり固まった。

 

頭の中は、カオス。

 

「なんか、反応してよ」

「なんでなんにも、言ってくれないの」

 

やっぱり、彼に本音を聞く瞬間を想像しただけで、足がすくむ。

「こんなLINEを朝から送って、重いと思われたらどうしよう」

「いつもの朝のように、何事もなかったように『来週どこ行く?』で済ませた方がいいのかな」

 

気持ちが高速回転しすぎて、論理も感情もごちゃごちゃ。

仕事に行く気力さえも、なくなっていく。

 

そこへ、ピロリン。

「おはよう」

彼からの、平常すぎるモーニングLINE。

 

昨夜の嵐が何も存在しなかったかのような、見事なスルー力。

その能力、ビジネスなら優秀なのに恋愛だと厄介なやつ。

 

彼女は反射的に、

「おはよう」

と返信したが、また未読のままで画面が沈黙した。

 

2人とも、こういう“はっきりしない関係性”を変えたいと思っている。

なのに、変えるための最初の一手が怖くて打てない。

恋愛版PDCA(計画・実行・評価・改善)が、停止状態……。

 

夕方になり、ようやく“既読”がついた。

その瞬間、彼女は昨夜からのモヤっと感より、嬉しさが勝ってしまった。

朝のモヤモヤも、昨夜の涙ぐみも全部リセットされた。

 

こうして、何もなかったことにする。

そんな2人の関係は、変わらないまま時間だけが、ただただ流れた。

 

 

半年後。彼女は突然、

「ねえ、今日はブライダルフェアに行こっ!

 もう、予約しちゃった。

お料理の試食も無料で、出来るんだって」

 

友人が1人2人と結婚し始めると

「私も結婚したい! しなくちゃ、急がなきゃ」

と何かのスイッチがONになったように、いきなり行動し始めるようだ。

 

彼は、あまりの驚きに何も言い返すことができず、黙ってついて行くしかなかった。

 

そして、お2人は当社のプランナーとともに、レストラン・ウェディングの会場を2ヶ所巡った。

婚礼料理を試食し、テーブルコーディネートを眺め、

「ウエディング・ドレス、素敵」

と彼女は、嬉しそうだ。

 

「結婚式のお日にちは、いつ頃をご希望でしょうか?」

と聞かれた。その瞬間、

「来年の春くらいを、考えています」

彼女は迷いなく、嬉しそうに答えた。

 

「えっ、知らない。聞いてない」

と一瞬思ったが、何も言えず黙ったままの彼。

 

その後、仮予約というかたちで会場が先に決まり、日にちは2つのどちらか?

と、準備が少しずつ始まり、

ご両家お顔合わせの日程を、慌てて後から決めた。

 

いろんな事が、逆転の発想のようにも思えた。

これが、今どき。なのか?

ブライダル業界的には、かなりイレギュラー。

プロポーズの“プロ”の字も出ていないまま、進行するプロジェクト。

最近ではこのケース、稀ではないのだ。

 

彼からの、プロポーズはなしでも、彼女は結婚したい。できれば早くしたい。

彼は、まだ結婚して生活していく自信がない。

彼は、ポツンと置いていかれた。

正直、気持ちがついて行ってない。

でも、彼女の事が大好きだし、ずっと一緒にいたい。

とは思っている。

もちろん、別れるつもりは全くなかった。

 

 

そして、あっという間に、結婚式1週間前。

司会進行の、最終打ち合わせ。

 

ご新婦様が席を外すと、ご新郎様が急に深刻な顔で、

 

「相談があります。

ここまできて、この場でこんなことを言い出すのは、違うって分かってるんですけど。

実は僕、彼女にプロポーズしていないんです。

関係が長く続いたら、もちろんそれは嬉しいし、そうだったらいいな。

とは、思っていたんですけど……、

まさかこんなに早く、本当に結婚するとは思っていなくて」

 

担当プランナー、司会者、そして私。全員、同じタイミングで心の中で、

「えっ、いま? ここまで来て。何を今さら……、

まさか! 彼は、結婚したくないの?」

と、ドキドキした。

 

会話が進んでも、その核心は、霧の中。

 

ただ、分かったことは、

ご新婦様のことを“止められないほど大好き”だということ。

 

そこで、私たちは彼に、

 

「では、ご披露宴の中で、プロポーズしましょう」

 

と提案した。

プロポーズ・サプライズで、気持ちに遅れていた言葉も、ちゃんと追いつける。

披露宴という“舞台装置”は、言語化の背中を押す最高のインフラだ。

 

ご新婦様の幸せそうな横顔を思い浮かべ、ご新郎様は小さく深呼吸してうなずいた。

その笑顔を止める勇気なんて、最初から持ち合わせていなかった。

 

 

結婚式は1週間後。お2人は、幸せの絶頂にいた。

 

正しいとか、間違っているとか、

良いとか、悪いとか、

そんな二元論では語れないお2人。

 

ただ、一緒にいると落ち着く。

不器用なままでも、そのまま続く関係。

 

もし、お2人の間に“言語化”というツールが、最初から存在していたら、

愛は、もっと早い段階で深くなったはず。

 

でも、これがお2人の“令和の愛のかたち”なのかもしれない。

言葉が、足りない。

勇気も、足りない。

でも、離れるという選択もない。

 

世の中には、こういう恋が確かに存在する。

誰もが完璧じゃないからこそ、その不完全さもまた、愛の一部として残っていく。

 

 

‘ご披露宴での、サプライズ・プロポーズ’

 

「どっちが? 何が?」 で止まった夜から、止まっていた‘言葉が、やっと追いついた’

 

ご新婦様は鏡に映る自分を、何度も見つめていた。

幸福のスイッチが入り、目がきらきらしている。

 

一方、ご新郎様はネクタイを直しながら、深呼吸を繰り返していた。

緊張で喉が、ギュッ! と細くなる。

それでも、覚悟を決めていた。

 

「今日、ちゃんと言う。逃げない」

 

ご披露宴がスタートし、お料理が運ばれ、笑い声が広がり、お2人の過去を語るプロフィールムービーが流れる。

 

「ここで、ご新郎様から皆様へ、お伝えしたいことがございます」

 

司会の声が、会場を包んだ。

ご披露宴会場が、一瞬ざわつく。

「え? なに?」

とご新婦様は、ご新郎様の方を見た。

 

すぐに彼は立ち上がり、マイクを握りしめていた。

「あのお、ゆかり……」

手は震え、声は少し上ずった。

その一言で、ご新婦様の目に涙が滲んだ。

 

「俺さ、ゆかりとずっと一緒にいれたらいいな。

って、前から思ってたけど……、

まさか、結婚するなんて、正直、想像できてなかった」

 

彼が言葉に、主語を置いた。

しかも、出会ってから結婚式の今日まで、彼女の名前を呼んだ事はなかった。

初めて‘ゆかり’と呼んだ。

 

会場は静まり、空気がやわらかく揺れた。

 

「僕は自分でも気づかないうちに、どんどんゆかりを好きになっていきました。

ふと気づくとプロポーズしてないのに、結婚式の準備が進んでいきました。

それなのに俺の言葉は、まったく追いついてなくて。

幸せそうな彼女を見てると、結婚式する事を止められなかったんだ」

 

この言葉で会場全体で、様々な反応が起きた。

そして、大きく深呼吸。

 

「言うのが遅くなって、ごめん。」

 

その“ごめん”という言葉の破壊力に、ご新婦様は手で口を押さえた。

ご新郎様が、ちゃんと自分の言葉で謝っている。

それは、お2人の歴史の中では、前代未聞の大事件だ。

 

「ゆかり。俺は……、

俺の言葉で、ちゃんと言いたい。」

 

ひざまずき、小箱を開いた。

リングが、光を受けて輝く。

 

「結婚してください。

俺はこれからもキミのこと、大事にしたい。

言葉でちゃんと愛を伝えられる、そんな夫になりたい」

 

会場がどっ! と、沸いた。

拍手と笑いの渦。

 

彼女は「はい」と嬉しそうに答えた。

 

そして、お2人が抱き合った瞬間。

何年も曖昧に漂ってきた感情が、ひとつの場所に着地した。

 

「これより、ご参加の皆さまに証人になっていただき、人前結婚式を執り行いたいと思います」

 

それは、言葉が遅れてきたお2人にとっての

‘愛の正式なスタート’だった。

 

 

そして、お2人の結婚生活が始まり、半年ほど過ぎた休日。

 

食器洗いをめぐって、火花が散りかけた。

妻の「察してほしい」精神が、たまに顔を出し、

夫は「言ってくれないと分からない」モードが発動する。

 

しかし、夫がふと立ち止まった。

「これは‘どっちが良いとか悪い’じゃなくて、‘どっちが、言語化したか’なんじゃない?」

その言葉に「確かに」と妻は笑った。

 

こうして、ご夫婦の合言葉は、

主語から、話すこと。

気持ちと事実は、分けて伝えること。

勝手に察するより、相手に確認すること。

 

恋愛最大の弱点だった‘言葉の不足’ が、ご夫婦の‘最強の武器’になるとは、誰もが想像していなかった。

 

「私、今日は気持ちが下がり気味なの。

とくに理由はないんだけど、ちょっと構ってほしい日」

 

初めて自分の‘甘えニーズ’を、真正面から妻は言語化した。

夫は、にこりと笑った。

 

「任せて。今日は俺、タスクよりゆかり優先で動くね」

 

と言い、腕を回しバッグ・ハグ。

言葉は、ご夫婦の関係を守る装備になっていった。

 

「私たちさ、あのまま言語化しなかったら、たぶん別れてたね」

 

「そうだな。言葉がない恋ってさ、いつか限界が来るかも!

って、身にしみた」

 

ひとこと「私は、こう思うよ」と言うだけで、こんなに関係は変わる。

さらに夫は、まっすぐ妻を見つめながら、

 

「ゆかりと一緒にいて、やっと分かった。

愛って気持ちだけじゃ、ダメだな。

言葉って愛を伝える為の、燃料みたいなもんなんだよな」

妻は、照れくさそうに

「そんな名言みたいに、言わないで」

夫は、笑いながら

「じゃあ、これも言っとくね。俺はゆかりのこと、大好き。」

 

あの頃、

「何が? どっちが?」

「別にいい」

「もういい」

感情だけが、ガチンコにぶつかりあった日々。

今は曖昧さの中でも、言葉を選び、言葉を怖がらず、言葉で関係をメンテナンスする。

恋は感情で始まり、結婚は“伝えあう夫婦”へ。

言葉で、未来が繋がっていく。

 

あなたは、どんな言葉を紡ぎますか?

 

 

 

 

 

 

❒ライタープロフィール

藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』

愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。

伝統と革新の融合をテーマに、人生儀礼の本質を探究しながら、現代社会における「けっこんのかたち」を綴り続ける。

さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。 

と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。

ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか? 

をいつも追い続けています。

2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。

 

 

 

 

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2025-12-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.337

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