週刊READING LIFE vol.338

一品が融合すると“逸品”と為る 《 週刊READING LIFE Vol.338 「 こだわりの一品 」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/1/8 公開

記事 : 山田THX将治 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

誰にでも、好きなものが在る。

好きなものに対しては、少なからず拘りをもつものだ。

 

そんな拘りが詰まると、独自の一品と謂えるものが出来上がる。

 

 

拘りが強い私だが、この処、特に拘って居るのが落語、それも、古典落語に限定して。

 

古典落語とは、江戸時代を舞台にした噺で、明治以前から高座で演じ続けられている芸能だ。

噺自体は、多少の時代的アレンジが加えられて居るものの、大筋では変わっていない。即ち、明治初期の噺家さんも、現代の落語家さんも、同じ筋廻しで落語を口伝されて居るのだ。

それでいて、

 

『立川○○の“△△”は良いなぁ』

 

とか、

 

『先日の林家✕✕の“**”は聴けたものじゃなかった』

 

と、評価が分かれるのだ。

何故なら、個々の噺家さんに依って、語り口やちょいとした仕草が違って来るからだ。

この、ほんの少しの違いで、同じ真打(噺家の最高位)でも、評価されなかったり、片や“名人”“上手”と呼ばれたりするのだ。

果ては、“大名跡”や“人間国宝”に出世することと為るのだ。

 

これは、クラシック音楽と同じだ。

16世紀頃から楽譜化された音楽は、現代でも同じ楽譜で演奏されて居るからだ。

これまた、落語と同じ様に、

 

『“幻想交響曲(ベルリオーズ作)”なら小澤征爾の指揮に限る』

 

とか、

 

『先日の第九(ベートーヴェンの交響曲)コンサートは、今一だった』

 

と、謂った言われ方としたりする。

同じ楽譜を演奏しているのに。

これは、楽譜に書かれていない部分の表現が、各演奏家に依って違って来る訳だ。

人間の指紋や声紋が、全て違う様に。

これに依って、ファン間の評価も変わって来るのだ。

 

これは、クラシックファンの多くが、贔屓の作曲家が居り、同じく好みの演奏家が居たりするからだ。

即ち、クラシックファンには、拘りが多く、それと同時に、極め付けの一品(一曲? 一演奏?)も多く存在する訳だ。

 

 

先に御断わりを入れさせて頂くが、今回の題材は‘落語’の為、ネタバレは前提とする。

何故なら、噺の筋や下げ(オチ)は、全て同じだからだ。

丁度、モーツアルトの協奏曲は、誰が演奏しても同じ旋律で有る様に。

 

 

子供の頃、初めて、

 

「落語って、面白いなぁ」

 

と、思ったのは、立川談志師匠の噺を聴いた時だった。

記憶を辿ると、その時の演目は『蜘蛛駕籠(こもかご)』だったか『ぞろぞろ』だったかだ。どちらも、子供にも解り易い噺だ。

 

それからと謂うもの、幼い私は当時(昭和40年代)数多くテレビ放映されていた、落語番組・寄席番組を楽しみに観ていた。

そこで、落語には談志師匠が口伝する様な“古典落語”と、現代を取り入れた“新作落語”が有ることをしった。

子供ながらに、拘りを持ったのだ。

 

私は小学生だったにも拘らず、“古典落語”の方が好みに合っていた。多分、当時から始まった、大河ドラマの世界に近かったからだろう。

充分に理解出来ないまま、数多くの“古典落語”を享受した。

 

そうこうする内、立川談志師匠に次いで、贔屓と謂える噺家さんが見付かった。

その名は、古今亭志ん朝。

後年、落語知恵を積んだ後に、大名人と称された古今亭志ん生師匠の御子息(次男)だと知る。

 

早口の江戸弁で捲し立てる様に落語を語る志ん朝師匠は、『大工調べ』『たが屋』と謂った“啖呵(たんか・喧嘩口調のこと)”が聴き処の噺を得意としていた。

一方の立川談志師匠は、『芝浜』『紺屋高尾』と謂った、人情味を必要とする噺が上手かった(子供ながらに、少し偉そう)。

 

同世代だった立川談志師匠と古今亭志ん朝師匠は、互いの得意噺も、高座に掛けることが多かった。

平たく言うと、どちらの師匠も、大ネタを得意とし、難なく口伝して下さっていたのだ。

 

 

そんな古典落語の中で、唯一席、古今亭志ん朝師匠のみが高座に掛ける演目が有った。即ち、贔屓の立川談志師匠は口伝されない噺だ。

 

その噺とは、『火焔太鼓(かえんだいこ)』だ。

 

私は、古今亭志ん朝師匠が定期的に口伝される『火焔太鼓』が大好きだった。

特に、

 

「半鐘はいけないよ、お前さん。おジャンに為るから」

 

と、謂う下げを子供の頃から理解出来たので、虜に為ったのだ。

‘半鐘(はんしょう)’を知っていたのは、親戚に寺の住職が居たからだったと記憶している。

 

 

『火焔太鼓』の内容を少し記す。

商売人と思えない程呑気で、御調子者の商い下手な古道具屋の甚兵衛さんは、或る時、古くて汚い太鼓を仕入れて来た。

 

「そんな、売れそうも無い物を仕入れて来て!」

 

と、普段から気丈な奥さんに𠮟責されて仕舞う。

仕方なく一先ず、丁稚(でっち・店員のこと)に埃を叩(はた)かせる。ふざけながらはたきを掛けた丁稚は、太鼓を叩(たた)いて仕舞う。

 

通り掛かった殿様が、太鼓の音を聞き付け、屋敷に持って来させる様に部下に言い渡す。

言い付けを聞いた甚兵衛さんは喜ぶが、奥さんは、

 

「あんな汚い太鼓を殿様に見せたりしたら、無礼打ちに遭う」

 

と、脅かす。

甚兵衛さんは、言い付けなので殿様の屋敷に向かう。

紆余曲折有って、汚い古太鼓は、三百両の高値で買い上げて頂けた。

 

帰宅しても、古太鼓が売れたことを信用しない奥さんに対し、甚兵衛さんは目の前に三百両の包みを差し出す。

大金を目にした奥さんは、一転して、

 

「お前さんは、商売が上手いねぇ」

 

と、褒め始める。

気を良くした甚兵衛さんは、

 

「これからは、音の出る物を仕入れよう。半鐘とか、」

 

と、甚兵衛さんが言い掛けると、横から奥さんが、

 

「半鐘はいけないよ、お前さん。おジャンに為るから」

 

と、下げと為る言葉を出す。

『火焔太鼓』は、私にとって、拘りの一席と為った。

 

 

ところが2001年、古今亭志ん朝師匠が63歳の若さで逝去されると、『火焔太鼓』は、とんと聴く機会を失った。

その理由は、10数年後に判明した。

 

 

天狼院では、初期の頃(10年程前)から、“天狼院・落語部”と謂う部活が在った。コロナ禍で、活動が止まって仕舞ったが、その落語部で出逢った(指導して頂いた)のは、泉水亭錦魚(せんすいていきんぎょ)という高座名の二つ目(真打の一つ前)の噺家さんだった。

聞いたことが無い亭号だったので、

 

「錦魚さんの師匠は、何方ですか?」

 

と、私は訊ねてみた。

すると、

 

「はい。立川談志師匠の弟子です」

 

と、返答された。

私の頭上には“!”が、幾つも立って居た筈だ。

何しろ、常連に為り掛けていた天狼院で、拘りの噺家さんの弟子に出逢ったのだから。

 

その後、真打に昇進され“立川小談志”と謂う、拘らずには居られない高座名に為られた師匠に、私は、

 

「師匠の噺が大好きなのですが、『火焔太鼓』は御持ちですか」

 

と、訊ねた。

小談志師匠は、

 

「いえ、持って居りません」

「『火焔太鼓』は、古今亭一門で門外不出の噺なのです」

 

と、丁寧に答えて下さった。

 

何でも、『火焔太鼓』は古今亭志ん朝師匠の御尊父、古今亭志ん朝師匠が大きく手を入れ改作し、“十八番(おはこ)の中の十八番”と言われる様に為った噺だそうだ。

これにより、古今亭一門の噺家さんしか高座に掛けることを許されないとも教示された。

 

私は、かなり落胆した。

何しろ、拘りの一席を聴く機会が無く為って仕舞ったのだから。

 

 

時が過ぎ、或る落語会で立川一門の某師匠が、『火焔太鼓』を高座に掛けたことを知った。

プロフィールに在る通り、天狼院・落語部の発展形として、現在“書店落語”の席亭を務める私は、小談志師匠に、

 

「師匠。『火焔太鼓』を稽古して高座に掛けて下さいよ」

 

と、事有る毎に頼んだ。懇願した。

小談志師匠は、中々、肯定の返答を下さらなかった。

いつしか私は、メキメキ腕を上げられている小談志師匠の『火焔太鼓』を諦め始めていた。

 

拘りの師匠の御弟子さんと、拘りの一席なのに。

 

 

立川小談志師匠は、真打に昇進されてから、コロナ禍で一時中断は有ったものの、年に三回の独演会を開かれている。

独演会で師匠は、必ず‘新ネタ’を口伝して下さる。

 

立川談志師匠譲りの『芝浜』『富久』『品川心中』『居残り佐平次』『文七元結(ぶんしちもっとい)』と謂った有名噺を、次々と下ろされた。

 

 

先日の令和7年12月14日、第26回を重ねた立川小談志師匠の独演会が開かれた。

私は勿論、馳せ参じた。

 

「今日のネタ下ろしは、何かな」

 

と、考えながら。

 

『風呂敷』『宿屋の富』と、聴き覚えの有る噺で中入り(休憩)と為った。

ネタ下ろしと為る後半、短い‘まくら’の後、小談志師匠は、

 

「世の中には、お人好しで商売下手な商人が居るものです」

「こんな商人に限って、気丈な女房が居たりします」

 

と、語り始めた。

私は思わず、

 

『『火焔太鼓』だ!!!』

 

と、心の中で叫んだ。

自然と体勢が、前のめりに為った。

 

 

小談志師匠の『火焔太鼓』は、本当に見事だった。

特に、気丈な奥さんが、立川一門独特に可愛らしく味付けされていた。

 

“おジャンに為るから”の下げの直後、私は思わず、

 

「お見事!」

 

と、客席から声を掛けた。

私は、特別な『火焔太鼓』を体験した。

良い新年が迎えられると、幸せな気分に為った。

 

 

それはそうだろう。

拘りの噺家さんと、拘りの一席が融合したのだから。

 

 

私は、大きな発見をした。

‘こだわりの一品’と‘こだわりの一品’が融合すると、この上ない“拘りの逸品”と為ることを。

 

 

12月14日、世間では『忠臣蔵』の日と認識されている。

 

然し、これからの私は、12月14日を、こう記憶することにした。

 

 

12月14日は、拘りの『火焔太鼓』記念日と。

 

 

 

 

 

〈著者プロフィール〉

山田THX将治(天狼院・新ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役

幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余

映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る

これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿

ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている

本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」

映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり

Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載

続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載

加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する

更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている

天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

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2026-01-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.338

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