気遣いがスレ違いになるとき、恐ろしいのは相手ではなくて《週刊READING LIFE Vol.340 「この世で一番恐ろしいもの」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2025/12/25 公開
記事 : 藤原 宏輝 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「社長、どう思いますか……?」
朝のミーティング前。
スタッフが少し困った表情で、スマートフォンを差し出した。
画面には、ご新婦様からのLINEが……。
「明後日の打ち合わせ、熱が38.3°
もしかしたら、インフルエンザかもしれません。」
2日後の午前11時から、ウエディング・ドレスの最終フィッティングとヘアメイクリハーサル。
最低でも、時間は5時間から6時間を要する。
結婚式において、極めて重要な打ち合わせで、結婚式の完成度を左右する大切な時間。
担当のプランナーとしては、どう返信すべきか分からず、
私に相談してきたのだ。
‘最終打ち合わせは、いったんキャンセルで日程変更’
と私は、反射的に思った。
しかし、スタッフにそのまま伝えずに、少し考えてもらう事にした。
最終打ち合わせの日程変更は、正しい判断であり、ご新婦様の体調を気遣っての事。
と私は思い込み、それは正しいはずだった。
ご新婦様の体調が万全でない状態で、ウエディング・ドレスの最終フィッティングもヘアメイク・リハーサルも、お身体の事を考えると、そのまま行うのはきっと難しい。
むしろ、無理をさせることでリスクが高まる。
しばらくすると、スタッフは
「やっぱり、明後日はキャンセルして、日程変更した方がいいでしょうか?」
と答えたので、
「まずは、ご新婦様の体調を最優先にしましょう。
いきなりの最終打ち合わせをキャンセルしましょう。という話ではなく、日程変更も視野に入れて丁寧に返信してね」
と私は伝えた。
それは、長くブライダルの現場に立ってきた者としての、ごく自然な判断だった。
翌朝、打ち合わせの前日。
再びご新婦様から連絡が入る。
「インフルエンザではなかったです。
夕方まで、様子を見ます」
「明日の打ち合わせ、ご無理なさらないでくださいね。
お日にち変更でも、もちろん大丈夫ですので、
また、ご連絡をお待ちしています。
どうか、お大事になさってください」
このようなニュアンスで、言葉を選びながら、ご新婦様に返信するように指示した。
もちろん、気遣いのつもりだったし、スタッフも同じ意見だった。
プロとしての配慮だと、私たちは疑いもしなかった。
その日の夕方まで待つ。
という選択を、しなかったわけではない。
あくまでご新婦様の体調を配慮して、現段階で打ち合わせの日程変更も視野に入れた。
ただ、それだけだった。
しかしその後、ご新婦様からのスタッフへの返信が、途絶えてしまった。
そして、打ち合わせ当日の朝。
ご新婦様から、10:00になっても連絡がない。
体調がさらに、悪くなってしまったのだろうか?
脳裏に心配と不安がよぎった。
「このまま、待った方がいいでしょうか……?」
スタッフは、不安そうに言った。
その瞬間、私は過去の自分を思い出していた。
以前の私なら、きっとご新婦様からの連絡をひたすら待った。
ご新婦様から連絡が来る、そのギリギリまで。
お衣装屋さんと美容担当さんにも、連絡をせずに待った。
打ち合わせ開始時間の11:00までに、来られれば問題はない。
来られなければ、発熱で体調不良という
‘仕方のない理由’がある。
だからギリギリまで待って、それから各方面に連絡をする。
でも、今の私は違った。
ギリギリまで待つという行為が、
どれほど多くの人を巻き込み、
現場全体に負荷をかけるのかを、
知っているから。
ちゃっかり、昨夜のうちにお衣装屋さんと美容担当さんに、ご新婦様の現状を予め連絡しておくよう、スタッフに指示していた。
迅速な判断と対応。
それが、プロとしての責任。
「LINEだとご新婦様の様子も分からないし、こちらの思いも上手く伝わらないといけなから、まずは電話してみて」
とすぐに、電話をかけるよう言った。
「あっ、はい」
と怪訝そうに電話に出たご新婦様は、咳き込んであまり体調が良くない様子だった。
しかし、次の瞬間。
受話器の向こうから返ってきたのは、体調が悪いのか? どうか?
という事よりも、
「昨日、夕方まで様子を見るってLINEしましたよね?
それなのに、日にち変えますか? って。
どういう事ですか! 失礼じゃないですか!
私は最終打ち合わせに、行くつもりだったのに。
昨日のLINEで、熱はまだ下がってませんが、テンション下がりました!」
いきなり! 喉を痛めたガラガラの声で、感情を抑えきれない、怒りの声だった。
私たちには、予想外の思いもよらない反応だった。
ご新婦様は、スタッフから送ったLINEの
‘どの言葉’に反応して、こんなに怒っているのか?
ご新婦様の突然の怒りに、スタッフはそのまま言葉を失った。
こちらからの返信には、ただの一言も、最終打ち合わせのキャンセルや日にち変更
とは、伝えていない。
「お熱が下がらず体調が良くないようなら、お日にち変えても大丈夫です」
ということだったのに……。
それでもスレ違いとは、突然! こうして起こるものだ。
ご新婦様が寝込んでいた状態で、
スタッフからのLINEを、全文読んだか?
内容を、理解出来ていたか?
今となっては、そんな事よりも、明らかにこちらの意図が伝わっていない。
という事実と、
ご新婦様が怒っている事は、理解できた。
とにかく、まずは怒りを抑えて頂き、体調を万全にして頂く事が大事。
私はすぐに電話を代わり、まずは丁寧にご新婦様にお詫びを伝えた。
さらに、ご新婦様の体調を確認すると、まだ熱が37.8°だという。
「午前中になんとか、熱が下がったら大丈夫ですから」
ご新婦様は、最終打ち合わせを決行しようと食い下がった。
そこを私は、
「結婚式を2週間後に控えて、当日何かあったら大変な事になりますので、今日はゆっくりお休みください」
と、なんとか宥めた。
結果、最終打ち合わせは延期となった。
事実は、とてもシンプルだった。
3日前の38.3°の発熱から、今朝の37.8°の熱。
その状況から、無理をさせるわけにはいかない。という判断。
でも、ご新婦様から見れば、
「ただの風邪なのに、プランナーさんが別の日で。って、いきなり言ってきた。
おかげで楽しみにしていたのに、テンションが下がってヤル気をなくした」
という事だった。
「大丈夫です! ってLINEしたのに、日にち変更なんて。勝手にヒドイ!」
完全にご新婦様の思い込みだが、
「担当のプランナーが悪い! 勝手に日にちを、変更しようとしている」
という事で、かなり怒っていた。
スタッフは、そんなつもりでLINEを送ったわけではなかった。
しかし、返信に対してご新婦様の受け取り方は違った。
私は思う。
同じ出来事の中で、気遣いのつもりの対応。
その言葉のやりとり。
ご新婦様の体調を最優先した私たちの気遣いが、ご新婦様の思い込み。
という形で、思いが完全にスレ違った。
人によって、思いや受け取り方は、まったく違う。
思い込みから、それらに正義の顔をさせてしまう感情。
以前の私だったら……。
相手(ご新婦様)の出方を伺い、自分の本音を胸にしまう。
‘角が立たない’選択を優先してきた。
まずは当日。
最終打ち合わせの直前まで、ご新婦様の連絡を待つ。
もしも、最終打ち合わせの日程を変更する事になったら、ご新婦様には波風を立てない言葉を使ってきた。
その後、時間ギリギリに慌てて、お衣装屋さんと美容担当さんに
「ご新婦様が発熱で、今日の最終打ち合わせは延期でお願いします。申し訳ございません」
と、違和感があっても、まずはとにかく謝っていただろう。
謝ること自体は、決して悪いことではない。
とは思う。
けれど、当時の私はまず、ただ謝ることで場を納め、
相手を尊重しているように見せながら、相手との距離を安全に保ち、実は一歩引いて本当の対話を避けていた。
自分を守る為に、踏み込まず防御していた。
それから数日。
ご新婦様とスタッフは、その翌週に何事もなかったかのように、静かに最終打ち合わせを重ねた。
さらに、結婚式当日も滞りなく、笑顔に包まれた素敵な時間が流れた。
だからといって、忘れてはいけない。
当日に問題が起きなかった事と、本当に分かり合えたかどうか?
は、まったく別だということを。
ご披露宴お開き後、お2人をお見送りした後。
「今日はずっと、ご新婦様を怒らせないように集中していっぱいいっぱいで、何かクレームになったらどうしよう。と、ドキドキでした。
幸せいっぱい! の場面ですら、心からおめでとう! と言えなくて、喜ぶ気持ちより怒らせたらどうしよう。と考えてしまっていました。
今日まで色んな事があったので、だんだん担当プランナーとして何が正解なのか? 分からなくなりました」
ポツリと、ひとこと漏らした。
「何が正解か? を探す前に、
あなたが何を感じたかを、ちゃんと見てみよう」
と、私は答えた。
恐ろしいものは、外や他からやってくるものではない。
静かに「これで、いい」
と囁きながら、自分の内側に住みつくものであり、自分を見つめ直す事さえ避ける事。
さらに、恐ろしいのは慢心だ。
「これで、いい」
と思い込み、今日はとにかくご新婦様を怒らせないように。
でも、自分の気持ちの確認を怠ると
人間関係には‘コミュニケーションのズレ’が生まれる。
‘相手の事を思ってした気遣いが、またズレになる’
「じゃあ、あなたはどうしたかったの?」
ここが、大事なポイント!
「今日1日が、お2人にとって最高に幸せな日で、私はいつものようにプランナーという仕事に誇りを持って、最高の笑顔でお祝いしたかったんです」
とスタッフは、答えた。本当はそう思っていたのに、
「ご新婦様を、なんとか怒らせないように。なんとか今日が過ぎますように」
という、不安と焦りや心配ばかりだったらしい。
最終打ち合わせの朝の電話から、ずっとご新婦様のご機嫌を気にして過ごしていたのだった。
過去がどうであれ、自分の気持ちに正直に!
「ご新婦様とともに、最高の1日を作るんだ!」
という思いを持ち、当日まで過ごしていたら、
結婚式当日の今日の思いも、全然違っていただろう。
そこで私は、自分の過去の恋愛と照らし合わせてみた。
「なかなか、自分の本当の気持ちや自分の事って感情に流されて、わからないじゃない。
‘恋愛’に置き換えると、分かりやすいと思うけど。
好きとか嫌いは、感情が強く絡むから、不安になったり、怖くなったりしがちよね。
自分の本当の気持ちを、相手に伝えられないことが多いよね」
まさに、私は大好きな彼に伝えたい事を、素直に言葉に出来ない。
と思い込んでいた。
そうではない、私は言葉にしなかったのだ。
そんな自分のせいで、静かに大切なものを失ってきた。
でも、よく考えてみて。
きっと、誰もが経験があること。
「わかって欲しい、気づいて欲しい」
この感覚は、仕事だけの話ではない。
むしろ、恋愛の方が、ずっと分かりにくく、厄介なのだ。
相手を思って、気遣ったつもりで、言わなかった言葉。
空気を壊したくなくて、飲み込んだ本音。
「今じゃない」と自分に言い聞かせて、
結局、伝えなかった気持ち。
私はそれを、
大人の対応だと思っていた。
でも本当は、
嫌われる勇気がなかった、だけかもしれない。
「好きって、言ってくれない」
「どうして、分かってくれないの?」
そんなふうに相手を責めながら、
自分が何を望んでいるのかを、
一度でも、きちんと伝えただろうか。
伝えなかったのに、
分かってもらおうとする。
それは、一方的な期待だ。
そして、相手の出方を待つ。
自分の気持ちや感情を、素直になれず伝えられない。
ではなく、
相手や誰か、周りや状況のせいにして、自分から伝えないことを選んでいるのだ。
伝えない事は、相手を尊重している回避や逃避。
まっすぐに、向き合うのが本当は怖いだけ……。
さらに、相手の本当の気持ちを知ろうとしないまま、勝手な思い込みで不満だけが積み重なる。
素直に本当の気持ちを伝えられたら、どれだけ素敵な事だろう。
日本人の奥ゆかしさなのか?
察して欲しい、と思ってしまう。
恋愛だけでなく、仕事でも、プライベートでも、人間関係でも……。
多くの思考は、同じかもしれない。
そこで立ち止まってみる。
そして、私は私自身に問いかける。
「じゃあ、私はどうしたい?」
相手がどうか、ではなく、
自分は、何を選びたいのか。
その問いを胸に置きながら、
まずは、自分に素直になってみる。
しかし、思いを押し通すという我儘は違う。
相手がどう思うか? より先に、
私は私に、何をしてあげたいのか?
本当の自分を知った上で、相手の思いを理解しようとする。
それが出来なかったのが、私だった。
結婚式の数日後。
ご新婦様と担当プランナーは、後日精算と納品で会う事となった。
結婚式当日までを振り、数ヶ月の色んな思いが出てきて、やっとお互いに本音で語り合う事が出来たらしい。
おかげで、ご新婦様の会社の同僚をご紹介頂き、ブライダル・プロデュースを任せて頂いた。
私たちにとっては、とても有難い事だ。
そして、この世で一番恐ろしいのは『自分』だと思う。
自分が自分を、わかっていない。
鏡に映っているのは、相手に見せている私。
鏡のこちら側にいるのは、本当はどうしたいのか?
が分からなくなっている私。
自分の勝手な思い込み、
自分の思いを正直に伝えないこと。
さらについ、相手に合わせて‘いい人’を演じていること。
‘いい人’とは、ときに相手と向き合わないための、最も巧妙な逃げ道になる。
そのうちに‘ちょうどいい人’や‘どうでもいい人’になってしまう。
そんな自分自身に、自分がどんどん気づかなくなってしまう、
ブライダルという仕事を通して、私は数えきれないほどの感情に触れてきた。
経験を積むほど、判断は確かに早くなる。
言葉は洗練されていき、
「このパターンは、こうだ」
と分かっているつもりになる。
私は、分かっている。慣れている。正しい。
それは自信でもあり、同時に慢心でもある。
今回の出来事で、はっきりと突きつけられた。
38.3°という数字。
ウエディング・ドレスの最終フィッティングとヘアメイクリハーサルという重要性。
現場全体への影響。
どれも事実だし、どれも大事。
けれど、人は正論では動かない。
ご新婦様の感情の温度は、体温計では測れなかった。
気遣いのつもりが、スレ違ってしまった。
私は自分の未熟さを、こうして何度でも突きつけられる
完璧なプロなど、どこにもいない。
けれど、考え続けるプロでいることはできる。
この世で一番恐ろしいものは、
感情的な相手でも、予測不能な出来事でもない。
‘自分’だ。
思い込みに気づき、感情を点検し、相手の世界を想像し直す。
ブライダル・プロデュースとは、
ご新郎・ご新婦様の人生の節目を預かる仕事であると同時に、
自分自身の姿勢を、問い続けられる仕事なのだ。
私はこれからも、この世で一番恐ろしい‘自分’の怖さを全部引き受けながら、
「いつも素直で、自分に正直でいよう」
という思いを持ち、これからもブライダルの世界で今を生きて、人と関わり続ける。
❒ライタープロフィール
藤原宏輝(ふじわら こうき)『READING LIFE 編集部 ライターズ俱楽部』
愛知県名古屋市在住、岐阜県出身。ブライダル・プロデュース業に25年携わり、2200組以上の花婿花嫁さんの人生のスタートに関わりました。
伝統と革新の融合をテーマに、人生儀礼の本質を探究しながら、現代社会における「けっこんのかたち」を綴り続ける。
さらに、大好きな旅行を業務として20年。思い立ったら、世界中どこまでも行く。知らない事は、どんどん知ってみたい。
と、好奇心旺盛で即行動をする。とにかく何があっても、切り替えが早い。
ブライダル業務の経験を活かして、次の世代に何を繋げていけるのか?
をいつも追い続けています。
2024年より天狼院で学び、日々の出来事から書く事に真摯に向き合い、楽しみながら精進しております。
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