週間READING LIFE vol.339

おばあちゃんのバナナ 〜忘れるということと忘れないということ〜 

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/1/15 公開

記事:堤理恵〈ライティングゼミ〉

 

祖母が死んだ時、わたしと弟は祖母が大好きだった果物をたくさん用意した。

「一口サイズにきってあげて、サランラップでひとつずつ包んであげてください。そうしたらちゃんと一緒に旅立てますからね」

葬儀屋さんが教えてくれる。

旬の梨やぶどう、少し季節は早いが祖母が大好きだったからどうしても持たせてあげたかった柿やりんご。色とりどりな果物が並ぶ。

ひとつひとつがユニークな形をして、あまくて、つやつやしていて、動き出しそうな果物たちは、あまりにも明るくきらきらしていてかなしみとは対極にあった。

けれども、お別れの場面には似合っているようにも見えた。

 

「ばあちゃんがきらいなバナナはいれんようにしよか」

と弟がいうので

「うん、はっきり『いらん!』っていいそうだもんね」

と、わたしたち兄弟は同意して、バナナは従兄弟の子どもたちが葬儀のあとにおいしそうに食べた。祖母のことを何もしらない年上の従兄弟たちより、一緒にいた時間が長いことをあらためて確認した。

 

「おばあちゃん、結局ほんまに最期までバナナ食べんかったね」

バナナを頬ばる孫たちを見て、伯母がいう。

「好き嫌いがはげしいからね」

死ぬ前日まで元気に話をして、眠りながら、ちょっと道を間違えたみたいにうっかりあの世にいってしまった祖母は九十九歳だった。

長寿なお年寄りとは、健康的に偏食なく食事をして、しっかり眠り、きびきび歩いているというイメージだが、祖母はすべてに反抗しているかのように真逆の生活態度だった。偏食だらけで野菜は食べないのに甘いものはだいすき。若い頃から睡眠薬を乱用。歩くのも運動するのも嫌いで家の中にまでエレベーターをつける始末。この上なくわがままで、面と向かって「あんたのことはきらい」といっては誰彼なしに敵にまわしてきた。

健康な食事に気遣い、早朝から運動をして、いつも人のために動き、民生委員や町内会長に生きがいを感じていた祖父はもう二十年も亡くなった。

祖父は健康のお守りかのように、毎朝バナナを食べていた。

 

栄養士であるわたしは、亡くなる数ヶ月前から祖母の血液検査の値が少し悪くなっていることが気になっていて、「バナナ食べたら点滴いらないくらいなのに」と思いつつも、この人に無理強いはできないと、在宅訪問してくださるクリニックの先生に点滴をお願いしていた。

「おばあちゃん、子どもの頃はバナナめっちゃ好きやってんて」

伯母が孫たちに話しかけていて、わたしは耳を疑い、思わず話に割り込んでしまった。

「そんなことある?あのおばあちゃんが?」

「妹が死ぬ時にバナナが食べたいっていったのに、どうしても手に入らんで、それがかわいそうで絶対食べんって決めたって」

伯母にいわれてはっとした。

 

子どものころ、水疱瘡になって登校禁止だった日のこと。もう熱も下がってあとは登校禁止期間が終わるまで待つだけになっていた。わたしは祖父母の部屋に寝かされたけれどそろそろじっともしていられなくなって、押し入れの中を物色していた。見つけた古いアルバムには、二人の女の子が並んで立っている写真が貼られている。やせっぽちで背が低く目の大きな幼い少女が祖母で、その左側にいる背が高くて体格のよい、聡明そうな少女が祖母のひとつ違いの妹なのだとわかった。今と変わらない祖母の字で

「たえちゃん、なぜ死んでしまったの」

とあった。

わたしは生まれてから四十年以上のあいだに、祖母の涙なんて見たことがなかったけれど、この時の祖母が涙にあふれていたのがわかる。周囲からはなぜ頭もよくて体力もある妙子が死んで、病弱で出来の悪い祖母が生きているのかと何度も言われたと聞いたことがあった。それでも、祖母が妹を恨んだことなんて一度もなかったのだ。大好きで、大好きで、ずっと一緒だった妹と、つらい戦争の日々を生き残り、もう少しで戦争がおわるというときに、妹は感染症になって死んでしまった。どれだけ裕福な家でも食べ物を自由に手にいれることなどできず、食べたいものも食べられず、治るはずの病気も低栄養に追い打ちをかけられて死んでしまう。

 

「食べさせてあげた方がよかったのかな、バナナ」

そういうと、伯母は

「いや、あのわがままな人が貫いたことだから、食べない方がよかったんだよ。きっと胸をはって天国で妙子さんと会えるはずやん」

バナナを食べて血液検査の値がよくなったところで、祖母はきっと同じタイミングで迷子になってあの世にいってしまったかもしれない。

あるいは普段ためないストレスや罪悪感を感じてしまったかもしれない。

でも、大好きだったんだね、バナナ。

妹を忘れないためだったんだね、そのバナナ嫌いは。

 

人は忘却の生き物である。

それは生きるわたしたちが、前を向いて生きるために備わった能力だ。

悲しみを少しでもやわらげなければ、わたしたちは生きていけない。

「あの日を忘れない」

「災害を風化させない」

「犠牲になったあなたとずっと一緒にいるよ」

そう言いながらもわたしたちは、毎日笑い、ご飯をおいしく食べ、怒ったり不平を言ったりする。

なぜあの人が生きられなくて、なぜ自分が生き残ったかなんて、そんなことに意味はない。意味があったとしたら辛くて重くて生きていけないと思う。「あなたの分まで」なんていって人の命まで自分に背負うことなんてできない。

でも、その大事な人を時には思い出しながら、生きていることに感謝したり、辛くても脱げ出さなかったりするのはきっと大事なことだ。

 

自分の生を責めないためにバナナを食べなかった祖母だから、九十九年も生きられたのかもしれない。

おばあちゃんの人生に乾杯。わたしはバナナの大好きだった祖父と、大嫌いだった祖母へと、仏壇にバナナをお供えした。

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2026-01-22 | Posted in 週間READING LIFE vol.339

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