週間READING LIFE vol.339

義母不在のお正月に見た「おせち」の行方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/1/15 公開

記事:秋田梨沙(2026年1月開講・渋谷/通信・4ヶ月コース)

 

「代金は払うから人数分の寿司とピザを頼む」

 

休日の早朝、まだ布団でだらだらとしている時間を突き抜けて、義父からの指令が届く。

 

「俺にはどのくらい用意すればわからないから、お前に任せる」

 

夫は丸投げ任務を受けて、心底面倒くさそうに返事をしている。義父は、義母不在のお正月がとても心配な様子だ。2週間ほど前に、義母は足の手術をすることになり、今もリハビリ入院中なのである。いつもは食卓いっぱいに用意されるお正月料理も当然用意できるわけもなく、「今年は期待しないでちょうだいね」と事前に義母本人からも念を押されている。

 

「何の心配もせずにゆっくり療養してください」

と、思う気持ちが半分。

 

残りの半分には胃袋の破裂を回避することができる! という喜びが隠されている。あぁ、私はなんて悪い嫁なのでしょう。夫の電話の横で、ついニヤリとほくそ笑んでしまう。そもそも私が食いしん坊だと触れ込んだ夫が重罪なのだが、今年だけは許してあげようと思う。

 

そんな女神の心で迎えた、正月一日。

それでも結局追加購入させられたスシローと、できたてほやほやのドミノ・ピザをもって、気楽な気持ちで義実家をピンポンした私は崩れ落ちた。

 

やられた!!

 

自分がまだまだ甘ちゃんだったことを思い知る。

食卓に並ぶ、おせち料理の数々。茹でたエビに数の子、田作り。ぶりの照り焼きまで用意されていた。

 

どうして? 誰が?!

 

ハッとして見回すと、義兄がニッコニコで立っている。

この裏切り者め……。今年はいつものお正月はできないという義母の言葉を素直に信じ、命じられた寿司とピザだけを持ってきたというのに、これはなんたることか。嫁の立場がまるでない。

 

放心状態のまま、促されるまま席に座ると、目の前の光景は、ほぼいつも通りのお正月だった。盛り付けの大胆さや食卓の華やかさは、やや劣るが、いつも通りのラインナップが揃えられている。

 

並ぶおせち料理のほとんどは義兄が購入してきたようで、後が大変なのに……と、義父は困った顔だ。

「この田作りは、俺が作ったんだよー」

と、うっきうきな様子で勧められる。この大きな体で作ったとは思えない、繊細そうな田作りがちょこんとお皿に乗っていた。見た目はとても綺麗なので、素直に一口いただく。

 

ぱくり。

……うん。からいな。

 

お義母さんの田作りは、もうちょっと甘い。左を盗み見ると、夫が小さく頷いている。やはり、同じ感想を持ったらしい。

 

「兄貴! 美味しいわ、これ!」

 

おかんのほどじゃないけどね、という注釈は私にしか見えていない。だけども、これはこれで、アリだと思う。すると次は、横から義父がエビのお皿を勧めてくる。

 

「エビの茹で方なんかわからんから、携帯で調べてやってみたわけよ」

 

うおお、ここにも裏切り者が!

エビが丸く並べられたお皿を持って、義父が照れくさそうにしている。ちょっと水っぽくなっちゃったんだけどな、と言われたエビだったが、気になる程でもない。エビは美味い。

 

その後も義父と義兄は、自分たちの用意したおせちを、こっちの数の子は塩辛くてダメだと文句を言っては、この蒲鉾はいいものを買えたと喜んだりと大いに盛り上がっていた。そんな2人の様子を、やっぱり夫は面倒くさそうな顔をして眺めている。

 

「やっぱり、お母さんのようにはできんなぁ」

その時、ポツリとつぶやく義父の声が聞こえた。

 

あぁ、やっぱりそうだったんだ……。

お義母さんがいないお正月は寂しかったんだよね。たぶん、結婚してから今まで、2人は別々のお正月を過ごしたことはなくて、どうすればいいのか少し不安だったのかも知れない。それでも、入院している義母を心配させたくはなかったから、私たちにはあんな指令を出したのだろう。

 

義兄は義兄で、義母のためにも「いつも通りのお正月」が自分たちだけでもできることを、見せてあげたかったのだと思う。一方、その弟であるわが夫は、いつも張り切りすぎている義母へ、「毎年このくらいで大丈夫なんだよ」と手抜きのお正月をしようとしたのだろう。

 

不器用な男たちなりの「優しさ」。

それは、並んだ食事と同じように、不器用で、たくさんの願いがこもった「おせち料理」なのだ。心配させないようにと振る舞いながら、一つ空いた椅子を見つめ、義母の帰りを待っている。

 

「お義母さん、私は騙されました!」

 

帰宅した後、私は入院中の義母へ電話をかけた。やたら上機嫌な義兄の様子や、レシピを調べてまで料理した義父の話を伝えておきたいと思ったのだ。やれやれ、といった様子で義母は笑って聞いていたが、その声は私が最近聞いた中で1番明るい声だった。今日見た光景を重箱に詰め込んで届けるくらいしか、私にできることはない。ほんの少しでも病室のつまらない壁が、うるさく、賑やかになったらいいな、と願う。

 

もちろんこれは、お正月の用意をなーんにもしなかった嫁の、せめてもの償いである。

 

《終わり》

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2026-01-22 | Posted in 週間READING LIFE vol.339

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