週刊READING LIFE Vol.343

近づきすぎると化けの皮が剥がれる。だから大人は『見ないふり』をして距離をとる《週刊READING LIFE Vol.343「あのとき、私は大人になった」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/02/12公開

記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

「そんなことってある?」 人生には、まさかという坂があると言うが、私の目の前に現れたのは坂道どころか断崖絶壁だった。

 

ある日突然、妻の実家のお寺を継がなければならなくなった私。 しかし、僧侶の世界は甘くない。資格(住職の免許)を取るまでの数年間は、葬儀も年忌法要もやってはいけない。つまり、お寺としての収入はゼロだ。たとえ、資格を取ったとしても、十分な収入があると保証されたわけではない。

 

 

 

お寺の管理を初めてしばらくたったある日。長老(近隣の住職のリーダー)から言われた。

 

「資格が取れたのならば、仕事(コンサル)は辞めて、お寺に専念しなさい。それが聖職者の道だ」と。

 

私はその言葉を重く受け止めた。檀家さんのことを第一に思えばそうあるべきなのかもしれない。気は進まないが、それも仕方ない話かもしれない、と。

 

しかし、私は財務コンサルタントであり、ファイナンシャルプランナーでもある。それで本当に生活できるのか? そんな疑問が反射的に浮かんでくる人種である。

 

財務上、法務上のデューデリジェンス(リスク調査)をせずに事業引き受けやM&Aをすることは、自分の首をしめるだろう。

 

そして、散逸していた過去何十年ものお寺の帳簿を一つ一つ集めてきて解析した。

 

そして分かったこと。お寺に専念した場合の年収は、「150〜200万円」。 売上(お布施)から経費を差し引いて、修繕積立金などを留保すると、これくらいしか給与で自分にあげられない。

 

最低賃金以下か……。

 

子供とのこんなやりとりが目に浮かぶようだ。

 

「姉妹で行っている習い事。楽しい?」

「うん! 楽しいよ!」

「そっか、それは良かった。実はお父さんはこれから仏様にお仕えするという、とても素晴らしいお仕事につくんだ。だから、習い事は辞めてもらわないといけないんだ」

「え、なんで? そんなの嫌だよ!」

「その方が、仏さまが喜んでくださるからだよ」

 

子供のやりたい習い事を満足にさせてあげられない父親になるわけか……。

 

しかし、私の高校の同級生にもお寺の息子がいた。でも、そこまで困窮しているようには思えなかった。これは調査せねばなるまい。

 

まず、本業でどれくらい稼げるか検討するために、葬儀会社や寺院管理システムを作っているシステムベンダーさんにヒアリングした。

 

調査の結果、檀家が100軒あれば、年平均10件前後の葬儀が出るという。年忌はその3倍の30件。

これで、年間500万円くらいになるのだが、半分はお寺の経費で消えてしまう。実は、うちのお寺の規模はこのくらいだ。

 

「お寺一本でやっていくには檀家数が200軒必要」と聞く。

200軒あれば年間1,000万円くらいにはなるから、給料として、日本人の平均年収である400万円くらい確保できそうだ。

 

つまり、あと檀家さんを100人増やせばよい。そして、それは不可能だ。

 

 

 

でも、他のお寺も似たようなものだろう。副業をしているのかな? さらに調査するしかない。

 

 

 

私には、まだお寺関係に知り合いがいない。元陸上部である私が情報収集をする方法は?

 

そう。足で稼ぐこと。

 

ランニングをしているフリをして、あちこちのお寺の周囲をウロウロしてみた。

そして、調査対象の前で足がつったフリをして、立ち止まって屈伸しながらじっくり観察した。

 

 

 

やはり、どのお寺も副収入を得ているようだ。

 

自分のお寺で習字を教えたり、お花やお琴を教えたりしているところも多そうだ。自分の所で習い事ができれば、副収入にもなって一石二鳥。しかし、私は習字もお花もお琴もできない。

 

長老のところも、今はやっていないが、習字教室をしていたそうだ。

 

税理士事務所や司法書士事務所を併設しているところもあった。

 

また、境内の周りに月ぎめ駐車場があれば、まず間違いなくお寺の駐車場だろう。

また、お寺の名前がついたビルが建っているところもあった。各フロアに小さな会社が入居しているようだ。

 

また、大きなお寺にアルバイトに行く事例を聞いた。

私が学ぶ大学の教授陣もお寺の住職や副住職が大勢いる。これも一種のアルバイトだ。

 

 

こんな調査をしていた最中、お寺に証券会社が訪ねてきた。預かり資産日本一の最大手証券会社だ。

 

「今後もお寺の収入が維持できると思いますか?」

「今もっている資産を投資に振り向けませんか?」

「どこのお寺もやっていますよ?」

 

残念ながら、うちはすでに国内二番目の大手証券会社にお願いしてしまったので、そちらにはお引き取り願った。数社の社債と株式を購入して、利息や配当金を経費の足しにする予定だ。

 

ちなみに、私の本業は財務コンサルタント兼金融投資業。いまうちのお寺にある資産をありったけ全部、私に運用させてくれればお寺の1軒や2軒楽勝だけど、やっていいかな? と税理士さんに聞いたら、「公益法人たる寺院がやって良いことではない」と怒られてしまった。

 

そういえば、FXでお寺のお金3,000万円溶かしてしまって、横領だったか背任だったかで捕まった住職のニュースを見たことがある。南無……。

 

そして、最終結論。

 

「うちも副業が必須」

 

なら、コンサルを続ければいいじゃん。「専念しろ」と言った長老の手前、それを堂々とやるわけにもいかないのかもしれないが。

 

 

最後に、長老のお寺もこっそり調べさせてもらった。

 

すると驚いた。長老は定年まで市役所職員を務めあげていた。そして、定年後はしばらく私立の女子高で講師の先生をしていたそうだ。

 

と言うことは、今はお寺の収入のほかに、地方公務員共済と私学教職員共済からしっかり年金がもらえているはずだ。

 

そして、境内の脇には、優に30台駐車できる月ぎめ駐車場が……。

近隣相場は月5,000円~7,000円。5,000円で計算しても月15万円。

 

「はて。『お寺に専念』? 聞き間違いだったか……?」

 

聖職者の顔をして「清貧」を説く長老が、裏では不動産オーナーとして優雅な生活を送ることが可能な収入を得ていた。

 

近づきすぎて、「化けの皮」の中身(カネと欲)を見てしまったのだ。

 

しかし、次の瞬間、先代の教えが蘇ってきた。

大事な行事が終わった後、法話をしてくれる、お説教師さんを呼ぶ。このお説教師さんを選ぶコツだ。

 

「法話をするなら、近所の住職ではなく、遠くの本山の僧侶を呼べ」

 

ああ、そういうことか。今なら痛いほどわかる。

 

もし長老が法話をしても、私は「お前が言う?」と思えてしまうかもしれない。

 

でも、遠くの「知らない僧侶」なら、たとえその人が裏では毎晩盛り場で豪遊していようと、私は「ありがたいお坊様」として話を聞ける。

 

「知らない(見えない)」ことは、時として「信じる」ための必須条件なのだ。

 

そして、長老の裏の姿を見たとしても、それはそれとして知らん顔するのも大人なんじゃないかと思った。だって、そうしないとお寺は生きていけないから。

 

私は、長老を糾弾するつもりは毛頭ない。

むしろ、奇妙な連帯感すら覚えた。

 

長老もまた、必死だったのだ。

「お寺を守る」という重責を果たすために、公務員として働き、駐車場を経営し、その上で「立派な住職」という化けの皮を被り続けてきたのだ。

「専念しろ」という言葉は、嘘ではない。彼なりの理想であり、そうありたかったという願望の裏返しなのかもしれない。

 

 

 

私は、大人が生きていくために「化けの皮」が大事だと思っている。

 

人間の本質なんて、子供のころから変わらない。

泣き虫で、欲張りで、楽をしたい。それが本音だ。

しかし、そのままでは社会もお寺も回らない。だから私たちは、TPOに応じて「化けの皮(役割)」を着込む。

 

長老は「清貧な僧侶」の皮を被り、裏ではガッチリ稼いでいた。

ならば私も、「修行中の殊勝な僧侶」の皮を被り、裏ではコンサルタントとしてガツガツ稼がせてもらおう。子供の習い事を守るために。お寺の屋根を直すために。

 

長老の「裏の顔」を知ってしまったけれど、私は知らないふりをして、明日も笑顔で挨拶をするだろう。

「ご指導ありがとうございます」と。

 

相手の化けの皮をあえて剥がさず、その皮(役割)に敬意を払って「騙されたふり」をしてあげること。

そして自分もまた、誰かのために涼しい顔をして皮を被り続けること。

 

この「共犯関係」を受け入れたとき、私はまた一つ「大人になれた」のかもしれない。

 

 

 

そして、この文章を読み終わったあなた。これを知ってしまったあなたも、私と共犯ですよ?

 

 

 

【ライターズプロフィール】

回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。

 

 

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2026-02-12 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.343

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