合唱コンクールは終わらない《 週刊READING LIFE Vol.344 「 涅槃 」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/02/19公開
記事:秋田 梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「合唱コンクールで泣きながらキレてたタイプの真面目系女子、大学生以降消えたのどうなってる」
通勤電車に揺られて眺めていたSNSに、そんな一文が流れてきた。
反射的にモヤモヤとした気持ちが湧いてくる。
あー、はいはい。これは私のことですね。
正確には泣く女子の横でしかめっ面をしている委員長系女子だったが、あちら側からすれば同類だろう。やりたくもないことを謎の熱量で強制してくる、面倒な「真面目系女子」であることに変わりない。
私の中学校も文化祭といえば「合唱コンクール」だった。指揮者とピアノ伴奏者をクラスメイトから選出して、舞台の上で披露する。歌う曲も、今のように流行りの曲ではなくて、合唱の定番曲か、よく知らない独特の合唱曲だ。本番へ向けて、音楽の時間や放課後の時間まで使ったりして、練習するわけで、当然ながら、揉める。
「ちょっと、男子! 真面目に歌ってよ! ちゃんと練習してよね!」
っていうやつである。まぁ、ふざけているのは男子ばかりではないのだが、男対女の構図にはなりがちではあった。最初のうちは互いに文句を言い合うだけなのだけれど、1週間、2週間と練習が続くうち、互いのストレスは溜まる。そして、互いのストレスがピークに達した頃、ふざけて相手を煽り続ける男子に、キレながら泣く女子が爆誕する。もう、地獄絵図である。思い出しただけで、げんなりする。
スマホの画面に映るその投稿は、当然ポジティブな文脈では語られていないわけで、スクロールしても真面目系女子を揶揄するものばかりが目について、ますます、げんなりする。
おうおう、随分と勝手なこと言ってくれるじゃないの。
私だって、別に合唱なんか好きじゃなかったわよ。
私の通う中学校は、やたらと合唱が大好きで、新入生歓迎会から始まり、文化祭、卒業生を送る会、卒業式と、もう1年中合唱練習してるんじゃないかというくらい練習していた。音痴な私は歌なんか歌いたくなかったのに、委員長という立場上、先頭に立ってみんなをまとめなければならなかった。
あぁ、やばいやばい。
ピアノが「みんな真面目に歌わないなら、私もう弾かない」とか言い出したよ。わかるよ、わかるよ、自分ばっかり一生懸命な気がするもんね! だけどさ、私は早く帰ってゲームの続きがしたいんだよ! ちょっと落ち着いて!
いや、わかるよ男子たち。いくらなんでも練習多すぎなんよ。
だけど見てごらんよ、あっちで先生が腕組み始めたんだよ。このままだと、明日の6時間目も潰して合唱練習するとか言い出すんだよ! やりたくないよ、気づいてくれよ!
みたいな言葉を全部飲み込んで、ど真面目に注意していたあの日々が蘇る。今ならもう少し上手にできたかもしれないが、頑なな中学生の口から出るのは、「ちゃんとやってよね!」とか「みんな頑張ってるでしょ!」とか、正論ばかりだったのは確かだ。あー、なんて下手くそ。
「合唱を強制される場がなくなったから、目につかなくなっただけでは?」
そんなコメントも目についた。それはそうだ。
大人になってから、やりたくもない合唱を強制される機会なんて、まずないだろう。大学生以降、その泣いてキレる女子がいなくなるのは、ゼミにしろサークルにしろ、同じような趣味嗜好で人が集まるからだ。もし、合わないなと思えば、そっと離れられる自由さが大学にはある。
でもさ、今はどうなんだろう?
やりたくもない合唱コンクール。本当は、今も私たちはそこに居るんじゃないだろうか?
「おはようございまーす」
と、オフィスの扉を開ける。にこやかに挨拶を返してくれる上司もいれば、一瞥もくれずに仕事に没頭する同僚がいる。だるそうにパソコンの画面を眺めている先輩の横を通り過ぎ、自分のデスクに辿り着く。
今日も目の前には、やるべきことがあふれている。
メールの返信に、資料作成、あのプロジェクトの進捗はどうだっただろうか……。そんなことをグルングルン考えていると、やたらと人の振る舞いが気に掛かる。
あの人、いまめっちゃサボってるわー!
全体の予定を少しでも繰り上げたくて、みんな必死になっているというのに、なんだあの紙をめくる緩やかな手つきは。また席から消えたんですけど、どこ行きましたか。
「ねぇ、またあの部署がこんな文句言ってきたんだけど、どう思う?」
とキレるお姉様。ご指摘はごもっともですが、ここでそんなことを言っていても仕方ないので、どうか手を動かしていただけませんでしょうか。
近づく締切、終わらない仕事、やりたくもない雑務。
職場なんて、永遠に終わらない合唱コンクールだ。
あぁ、うんざりする。
誰かが泣いて、誰かがキレて、誰かが黙って全部引き受ける。大人ばかりのオフィスでも、それはいつだって起こり得る。だけど、かつてのように正論を振りかざし、辺りを焼き尽くすわけにいかないからこそ悩ましい。あの合唱コンクールの地獄絵図を、もう一度見たいとは思わない。
さて、どうしたものか。
お姉様の愚痴は、ほどほどに聞いて沈静化をはかりつつ、自分の仕事を進めるとして、あっちのおサボりさんをなんとかしないと、今日締切の案件が危うい。上手にやる気を出してもらう方法はないものか。
「社会の不条理に揉まれて、あの頃の純粋な熱量は、今の冷めた処世術に上書きされたんだ」
なんて今朝見たSNSのコメントを思い返して、なんだか悔しい気がしてくる。
動けないままで悶々としていたら、目の前で同じ顔をしている人がいることに気がついた。眉間に深い皺を寄せている、一つ年下の同僚男性。廊下で話すと、近頃は油断して止まることのない愚痴の嵐を巻き起こす彼は、今、絶対に怒っている。仕事をサボっているあの人に、絶対に怒っている。あからさまなため息、苛立つボールペンのリズム。
なんだ、ここにもいるじゃん、かつての合唱コンクールでキレていた「真面目系女子」が。
ちゃんとやらない誰かに苛立ってしまう、真面目な人が。
合唱コンクールの真面目系女子は、消えてなんかいないんじゃないだろうか。かつて、それを「だるいわー」と冷笑していた彼らも、今や社会の中で「真面目系女子」をやらされているのだ。あのSNSで女子を揶揄していた誰かも、きっと今頃は会社のデスクで、部下の不始末に「ちょっと、ちゃんとやってよ!」とか、かつての女子と同じセリフを、心の中で叫んでいるに違いない。
結局、私たちはみんな、同じ場所にたどり着いてしまったのだ。あの頃泣いていた女子も、キレていた私も、ふざけていた男子も。
「先輩、今日の締切大丈夫そうですかー?」
精神統一した後、彼は穏やかにおサボりさんへ声をかけにいった。うまくいくかどうかは、五分五分といったところだ。心の中で燃え上がる怒りを吹き消して、平静を装う。だって、大人だからね。
悟ったわけでもない。完成したわけでもない。
ただ、心の中の真面目系女子をそのままぶつけることはもうしない。合唱コンクールで戦った日々の中で、その不毛さを知った私たちは、戦略的に穏やかさを演じている。合唱コンクールの続きを、静かなオフィスで続けているだけなのだ。
私たちは賢くなったんじゃない。
ただ、一通りやって疲れただけだ。泣いても変わらない。怒っても進まない。正論をぶつけても、誰も幸せにならない。それを、身体で覚えただけ。だから私たちは、今日も静かに歌っている。音程のズレをごまかしながら、少しでもいい歌になることを望みながら。
「秋田さんはこの部屋の太陽なのに!」
春からの異動が決まったら、後輩がそんなことを言ってくれた。よしよし、まんまと騙されているなとニヤリとしつつ、正直ほっとする自分がいた。かつての真面目系女子も、こんな勘違いされるくらいには、落ち着いてきたらしい。
そう思って夫にウキウキと報告したのだけれど、
「いや、その太陽は、ぽかぽか太陽じゃなくて、焼き尽くす系の太陽でしょ!」
と一蹴されてしまった。なんということだ! ちょっと酒を酌み交わして、語り合わねばならない。
どうやら、家族の前では、心の「真面目系女子」が黙っていられないらしい。
残念ながら、修行の道はまだまだ続きそうである。
❏ライタープロフィール
秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1984年愛知県生まれ。会社勤めの2児の母。職場では「太陽」と呼ばれる穏やかさを手に入れたが、家族は太陽フレアの発生を常に恐れている。心の真面目系女子を鎮めるべく、文章修行に励む。
「そんなことってある?」 人生には、まさかという坂があると言うが、私の目の前に現れたのは坂道どころか断崖絶壁だった。
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