「AI戦争の勝者は誰か?」と問われたら、私は「答えは2000年前に出ていた」と答える。〜針の上の天使と、動かない大仏の物語〜《週刊READING LIFE Vol.345「フリー」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/02/26 公開
記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
冬の夜空の下、私は走っていた。日課のランニングだ。
吐く息は白く、鼓動だけが耳の奥で鳴っている。
私は財務コンサルタントであり、投資家であり、同時にある寺院の住職(見習い)でもある。昼間は数字と格闘し、週末は仏教書と格闘する二重生活を送っている。
走りながら、ぼんやりと考えていた。「日本の未来」と「お寺の未来」だ。 こんな風に書くと、何やら高尚な感じがするが、言い換えると、「良い投資先はないかな?」と「今月の資金繰りをどうしよう?」となる。要するに、とても俗な事を考えている。
2025年を振り返れば、株式市場は「AI一色」だった。2026年に入っても、市場は「AI」が振り回していると言ってもいい。
「この会社、なんとなくだけど、AIに関係してる?」なんて思ってもらえば株価が倍。そんなバブルじみた状況だ。
「日本企業に勝ち目はあるのか?」 それはいつも立てている問いだ。
答えはすでに出ている。「AI(ソフトウェア)」の戦いは、アメリカの圧勝だ。
検索エンジンも、スマホのOSも、そして生成AIの基盤モデル(LLM)も、すべてアメリカ製だ。日本はおろか、世界中がアメリカの掌の上で踊らされている。
「Claudeだ!」
「いや、ChatGPTの方が……」
「Gemini3.0はすごいぞ!」
AIをめぐる覇権争いは熾烈を極めるが、結局みんなアメリカの会社だ。
なぜ日本人は、生成AIのような「0から1を生む(概念創造)」が苦手なのか?
なぜアメリカ人は、あんなにも「見えない世界(ソフトウェア)」を作るのがうまいのか?
走りながら、ふと、ある仮説が降りてきた。
それは技術力の差でも、教育の差でもない。もっと根深い、「OS(宗教観)」の違いなのではないか。
その答えは、2000年前から決まっていたのだ。
時計の針を、中世ヨーロッパまで巻き戻そう。
当時のキリスト教圏では、神学が全盛だった。彼らが何を議論していたかご存知だろうか。
「針の上に、天使は何人乗れるか?」
笑い話ではない。彼らはこれを何世紀にもわたって、大真面目に、顔を真っ赤にして議論していたのだ。
天使に質量はあるのか。空間を占有するのか。
彼らはそんな問いを、何世紀も真剣に考え続けた。
一般人から見れば「暇人」としか思えないこの議論。しかし、これこそが西洋の強さの源泉だ。
彼らは、「現実世界(フィジカル)」を無視して、「脳内世界(ロジック)」だけで極限まで緻密なシミュレーションを行う訓練を、数百年も続けてきたのだ。
物理法則なんて関係ない。論理的に正しければ、それが「正解」だ。
この「針の上の天使」という思考実験は、現代において何に変わったか。
そう、「プログラミング」だ。
「0と1」という質量のない世界で、完璧な論理のお城を築き上げる。肉体というノイズを捨てて、純粋な精神(ロジック)だけで世界を構築する。
彼らにとって、現実世界(ハードウェア)はどうでもいい。「魂の牢獄」でしかないからだ。
だから彼らは、画面の中だけの「メタバース」や「AI」を作るのが、異常なほど得意なのだ。
一方、日本はどうだ。
日本にも、高度な抽象概念は輸入された。インドで生まれた仏教だ。
特に「空(くう)」の概念や、「ゼロ」の発見は、インド哲学の真骨頂である。何もないところから価値を生む、究極の抽象思考だ。
しかし、日本人はこの「空」を、そのままでは受け取らなかった。
「難しいことは分からん! つまり、拝めば病気が治るのか? 儲かるのか?」
という、凄まじい「具体化」と「現世利益」への変換を行った。
その最たる例が、京都の「祇園祭」だ。
本来、祇園祭は、都に流行した疫病や怨霊といった「見えない恐怖(抽象)」を鎮めるための儀式だった。
神学者なら、「怨霊の質量と移動速度」を計算したかもしれない。
しかし、日本人は違った。
「見えないなら、見えるようにしてやれ!」とばかりに、「山鉾(やまぼこ)」という超豪華な「物理的な装置」を作り出したのだ。
抽象的な祈りを、目に見えるきらびやかなパレードに変換し、お祭り騒ぎにすることで解決しようとした。
「見えない概念」を「見える形(ハードウェア)」に落とし込み、さらにそれを「みんなで楽しめる(使える)もの」に改良する。
日本人は、世界でも類を見ない「実装の変態」なのだ。
この、祇園祭で培われた「具体化スキル」こそが、戦後の日本経済を爆上げさせた原動力だ。
アメリカが発明した基礎技術(トランジスタや液晶)を輸入し、ウォークマンや自動車という「便利で壊れない箱(具体)」に詰め込んで、世界中にばら撒いた。
日本の製造業の精神的支柱は、松下幸之助でも本田宗一郎でもなく、祇園祭の山鉾なのだ。
では、他の国はどうだろう?
例えば、かつて「世界の工場」と呼ばれた中国。そして、かつて数学の最先端だったイスラム圏。
彼らがAI戦争の覇者になれない理由も、歴史の中にあると私は睨んでいる。
中国には「天」の思想があった。皇帝の支配を正当化する抽象概念だ。
しかし、彼らの歴史には「モンゴル帝国」という巨大なトラウマがある。
モンゴルの圧倒的な武力による蹂躙。そこから彼らが学んだ処世術は、「良い鉄は釘にならない(好鉄不打釘)」という言葉に集約される。
「優秀な人間(良い鉄)は、兵隊や職人(釘)になってはいけない。書斎で本を読む官僚になりなさい」
この思想が、モノづくり(現場)を軽視する文化を生んだ。
中国人は頭が良い。商売もうまい。しかし、「油まみれになって機械をイジる」ことを、エリート層は心のどこかで卑下している。
「イノベーション」は、きれいなオフィスからではなく、汚れた現場の試行錯誤から生まれる。その現場を愛せない限り、彼らが覇権を握る姿は、まだ想像しにくい。
イスラム圏も同様だ。かつては世界最先端の科学力を誇ったが、やはりモンゴルの徹底的な破壊によって、「論理を積み上げる」ことへの信頼が揺らいだのではないか。
「積み上げても奪われるなら、奪えばいい」
そんな略奪の思想が、緻密な技術の発展を止めてしまったように思えてならない。
こうして消去法で残ったのが、極東の島国・日本だ。
モンゴル軍を(神風のおかげとはいえ)追い返し、独自の「モノづくり信仰」を守り抜いた稀有な民族。
「針の上の天使」なんてどうでもいい。「目の前の仏像」をどれだけ美しく彫るか。そこに命を懸けてきた国だ。
さて、話を2026年に戻そう。
今、AIの世界に新しい潮流が生まれている。「フィジカルAI」だ。
脳みそ(AI)だけでなく、自律的に動く身体(機械)を持ったAIのことだ。
ここからは、日本のターンだ。
アメリカという神学者が作り出した「AI」という新しい神様が、地上に降りてきた。
しかし、神様(プログラム)だけでは、荷物も運べないし、介護もできない。トイレ掃除もしてくれない。
アメリカ人は「身体(ハード)」を作るのが下手だ。彼らの作るロボットは、どこか大雑把で、愛がない。「針の上の天使」ばかり考えてきたから、現実の泥臭い作業(すり合わせ)が苦手なのだ。
ここで、日本人の出番だ。
「その神様、この神輿(ロボット)に乗せちゃいなよ!」
抽象的なAIを、フィジカルな機械という「山鉾」に乗せて、実社会で役に立つ(現世利益がある)形に仕立て上げる。
それは、我々が千年以上前からやってきたお家芸だ。
木片に「仏の魂」を込めて、精巧な仏像を彫り続けてきた日本人。
その指先には、「魂の入れ物(ボディ)」を作るための遺伝子が刻まれている。
半導体素材、精密減速機、ファクトリーオートメーション。
日本が世界シェアを独占しているこれらの分野は、すべて「最強の仏像(ロボット)」を作るためのパーツだ。
良い鉄は釘にならない?
いや、日本人は良い鉄を鍛え上げて、世界最強の「名刀」にしてきた民族だ。
釘どころか、神を宿す「器」を作れるのだ。
日本の停滞は、アイディアの宝庫であるアメリカがサボっていたからに過ぎない。
彼らがようやく新しい概念(ネタ)を出してくれた今、投資家たちは待っている。
日本人が、AIという神様を乗せた、とてつもなく精巧な「神輿」を担ぎ出す瞬間を。
……なんて壮大なことを考えながら、私はお寺に戻ってきた。
息を整えながら、本堂の扉を開ける。
暗闇の中に、本尊の仏像が鎮座している。
彼は動かない。
ただ静かに座り続けている。
しかし、もしこの仏像に、最新の「フィジカルAI」が搭載されたらどうなるだろう?
カメラの目玉が動き、私の表情を読み取り、スピーカーの口から、お釈迦様の声(合成音声)で説法を始める。
「住職、最近コンサルばかりで、掃除をサボっておるな?」
「喝ッ!!」
……いや、それはちょっと嫌だな。
全自動でお経を読み、全自動で人生相談に乗る仏像ロボット。
それはSFではなく、日本人がずっとやりたかった「究極の具体化」なのかもしれない。
私が失業する未来に怯えつつも、私は仏像に手を合わせた。
「どうか、私の仕事まで奪わないでください」と祈りながら。
AI戦争の勝者は誰か?
それは、「見えない神」を作ったアメリカでも、「現場を捨てた」中国でもない。
2000年前から、神様のための「最高の身体」を作り続けてきた、この国の職人たちなのだ。
そう信じて、私は明日も「買い」の注文を入れるだろう。
……もちろん、お寺の掃除を済ませてからだが。
【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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