週刊READING LIFE Vol.346

松本家版「父の詫び状」《週刊READING LIFE Vol.346「私がずっと誤解していたこと」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/03/05公開

 

 

記事:松本 萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

引っ越してきて、1年が経った。引っ越してきた当初に近所を散策したとき、自宅の最寄りの隣り駅に、おしゃれな建物があることに気がついた。調べてみると、図書館や生涯学習センターなど、さまざまな機能を備えた複合施設らしい。無類の読書好きとは言えないが、読書好きな私にとって図書館の存在はありがたい。しかもおしゃれな建物とは尚のこと。

 

そう思いながらも日々の忙しさに追われて、なかなか本を借りるまでに至らなかったのだが、先日「図書館カードを作ろう」と決め、図書館に行くことにした。その場でカードを発行してもらい、せっかく来たのだからと、気になっていた作家の本がないか、検索機械で調べてみた。

 

気になっていた作家は、山本周五郎だ。山本周五郎の本を読みたいと思ったきっかけは、沢木耕太郎のエッセイだ。学生の頃から海外に行くことが好きだった私にとって、ユーラシア大陸をバスで横断しようと、26歳の時に旅に出た沢木耕太郎の「深夜特急」は大のお気に入りだ。「深夜特急」以外の本も好きで、数年前に出版されたエッセイを読んでいたところ、山本周五郎について多くのページをさかれていて「山本周五郎の本を読んでみよう」と思った次第だ。

 

だが残念なことに、読みたかった本がなかった。他に気になる本はないだろうかと、本棚の間をウロウロすることにした。すると「向田邦子全集」という文字が目に飛び込んできた。そういえば先述のエッセイで、向田邦子についても書かれていたことを思い出した。作家の名前は知っているが、実際読んだことはない。どれか一冊借りてみようと、背表紙に書かれている題名を見ると「父の詫び状」と書かれている本を見つけた。向田邦子の「父の詫び状」と言えば有名だ。(だがしかし、読んだことはない……)せっかくの機会だから借りてみることにした。

 

「昭和のお父さんというのは、家族に対して、なぜこうも素直に『ありがとう』と感謝したり、『すまなかった』と非を認めたりできないものなのだろうか……」というのが感想だ。我が家の父もそっくりだなぁなんて思ったとき、そういえば私も父から「詫び」を受け取ったことがあることを思い出した。

一昨年の秋に結婚すると報告した後に2人でご飯をしたとき、そして昨年挙式をしたときのことだ。

 

 

 

幼少期の頃の父との思い出はあまりない。当時は兵庫に住んでいたため、週末に家族で京都や奈良に行ったり、海水浴に連れて行ってもらった記憶はあるが、学校のイベントや習い事のピアノの発表会だったりといったものに父が来てくれた記憶はない。

平日は帰りが遅いため顔を合わすことが少なく、休日は遅くに起きてきて終始不機嫌な顔をしていたため、近寄りがたい存在だった。元々愛想が良いタイプではないことに加え、当時は仕事が忙しく午前様になることが多く、週末にいくら寝ても疲れが取れず仏頂面になっていたのだろう。今でこそ家族のため、会社のために必死に働いて疲れ切っていたのだろうと想像できるが、当時はそこまで思いを馳せることはできず、父の顔を見て「今日は一段と不機嫌そうだな」と感じた日は、そそくさと家を出て、一日中友人と遊んでいた。

 

腰を据えて父と話すということがないまま歳を重ねたため、進路等大切なことを決める際も私の口から父に相談したことはなく、母経由で報告してもらうことが大半だった。その後父から何か言われることもないため、我が家では父に対しては事後報告、もしくは母経由で伝言することが慣習となっていた。

 

結婚にしてもそうだ。結婚が決まってから、結婚の報告をするとともに我が家と夫との顔合わせの日取りを決めたいと父に伝えた。父からは「どんな人だ?」と聞かれたものの、根掘り葉掘りの質問はなく、あっさりとしたものだった。

 

夫との顔合わせ、そして両家顔合わせが終わった後のことだ。父から2人で話したいから時間を作って欲しいと連絡がきた。数日後の週末、実家近くの喫茶店で父と会った。1時間ちょっとの会話だったが、私は父のことを誤解していたことに気がついた。

 

開口一番、父から「子供の時は申し訳ないことをしたと思っている」と言われた。何のことだろうと思ったら、私が9歳の時に父の転勤で兵庫から千葉に引っ越したことだった。まさか引っ越しのことを謝られるとは想像つかず、「どういうこと?」と聞いてしまった。

 

引っ越しによって人間関係がリセットされ、「幼い頃から続く友人」が私にはいないことを申し訳なく思っている、と言うのだ。「そんなこと!?」と思ったが、父は高校を卒業するまで同じところに住んでいたため、大人になってからもその時代の友人と仲良くしているが、私にはそういった繋がりがないことを不憫に思っていたようだ。

人間関係は「たとえ離れても、縁がある人とはまた出会える。その時どんなに仲が良くても、お互いが続けようと思わなければ離れていく」と考える私にとって、離れる原因が親の都合であっても、続くかどうかは私の問題であると思っていることに対し、父が心配してくれていたことに驚いた。

 

口下手な父が正直な気持ちを吐露してくれているのを察した私は、子供の頃から思っていたことを、勇気を出して父に聞いてみることにした。

私の決めたことに対し、父が口を出すことはほとんどなかった。そのことが「父は私や家族に対し、興味がない」という思いに繋がっていた。実際父はどう思っているのだろうか。

「特段問題がなかったから」返ってきた答えは拍子抜けするものだった。「基本的にお前達は事後報告しかしてこなかったじゃないか」「中にはそれなりにお金のかかる事もあったけど、それで家計が苦しくなるなら止めただろうけど、そこまでのものじゃないから『仕方ない』と思っていた」

 

社会人になった今なら、お金を稼ぐことの大変さや、それが無駄になったときの悲しさというのが分かる。我が家の働き手は父のみだったので、父の給料が全てだった。それなのに「こうすることにしたから」と後で聞かされ、知らないうちに頑張って得たお金が消えていくのは寂しいというか、納得いかないこともあったのではないかと思う。

それを何十年も「仕方ない」で済ましてくれていた父には、頭の下がる思いがした。

 

別の話もした。私に対しなのか、それとも夫に対してなのかははっきりと聞かなかったが、父が求める人物像だ。

「真面目で、努力家で、ある程度健康であること。これだけだ」

 

これにはビックリした。父の仕事への姿勢や日々の行動から、父は社会的ステータスを重視する人だと思っていたからだ。「本当に!?」と思うと同時に、子供の時のことを思い出した。

子供の頃の私は体が弱く、季節が変わるたびに風邪をひいて学校を休んでいた。ある1学期、なんとか学校を休まずに過ごせ、私の通信簿に初めて「欠席日数0日」と書かれた。私の通信簿を見ても何も言わない父が、初めて褒めてくれた。「今回は休まずに学校に行ったんだな。すごいじゃないか! 頑張ったな」今まで通信簿に興味を示さなかった父が、笑顔で褒めてくれたことが嬉しいというよりも「そんなことで褒められるの?」と面食らってしまった。

 

父は本当のことを言っているのだと気がついた。

家族という密な関係で長い時間を供に過ごしていながら、私は父のことを全く理解していなかったということに気づいた。父の詫び口上から始まった1時間の会話は、40年以上父のことを勘違いしていたことを気づかせてくれた貴重な時間だった。

 

 

 

昨年の6月、結婚式をした日に父から「詫び状」をもらった。

 

事前にウエディングプランナーより両親に対し、新郎新婦へのメッセージをしたためて欲しいと依頼がいっており、挙式前に受け取った。決められた質問への回答が埋められた1枚と、自由に書かれた1枚の2枚だった。

 

「子供の養育、躾等、母親まかせにし、家庭内で怠惰であったことをお詫びします」

自由に書かれた2枚目のメッセージは父からの詫び状だった。詫び口上のあとに続く文章は、私の中の父親像を改めて塗り替えるものだった。

 

社会人になりたての頃のことだ。母と職場での話をしていたら、「だからお前は駄目なんだ」「怠けるな。もっと勉強しろ」と説教されて以来、父の前では仕事の話をしなくなった。何十年も働いている父から見たら、私が甘い人間だというのは頭では分かるものの「そんな風に言わなくたっていいじゃないか」と腹立たしく思った。

そんな父が「有能であるより、身近な人から存在を認められ、受け入れられ、喜ばれ、評価されることが重要です」と書いていた。

 

プライドの高い人だと思っていた父が「詫び」の言葉を書き、家族を顧みない人だと思っていた父が「周りに愛される人になってください」とエールを送ってくれている。

どれだけ私は父のことを勘違いしていたのだろうか。

「家族をもっと大切にして欲しい」と思っていたが、そんな私は父のことを大切に思っていたのだろうか。

「私ばかり我慢しなきゃいけないなんて」と思っていたが、父がどれだけ我慢しながらも私達家族のことを支えてくれていたかを考えたことがあっただろうか。

 

40年以上経ち、初めて父の愛情を理解した瞬間だった。

 

 

 

父のことを誤解していたことに気がついたものの、父との関係性は以前とさほど変わっていない。ただ端々に感じる父の思いや気遣いに気がつけるようになった。

年末に、毎年父が取り寄せている長野のリンゴが我が家にも届いた。前だったら母経由でお礼を伝えるところだが、今回は父に直接お礼を伝えた。

「美味しかったら来年も送るからな。遠慮せずに言え」

相変わらずぶっきらぼうな言い方だったが、父のことだから来年もリンゴを送ってくれるだろう。そしたら有り難くいただこう。

 

 

 

 

ライタープロフィール

松本萌(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。東京都在住。

2023年6月より天狼院書店のライティング講座を受講中。

「行きたいところに行く・会いたい人に会いに行く・食べたいものを食べる」がモットー。趣味は通算20年以上続けている弓道。弓道と同じくらい、ライティングも長く続けたいと思い、奮闘中。

 

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2026-03-05 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.346

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