週刊READING LIFE Vol.347

唯単に、意地を張っただけかもしれない          《週刊READING LIFE Vol.347「誰にも言わなかった小さな決断」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/03/12公開

 

 

記事:山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

『寒ぶっ!』

 

そう感じた時には、既に遅かったのだろう。

場所は、東京・池袋の古い映画館だった。時期は、30数年前の真夏(確か、7月下旬の週末)だ。

 

 

未だ、30代だった私は、20世紀末のその時代でも、省エネ何ぞは考えて居なかった。正確には、仕事が忙し過ぎて、考えている余裕は無かった。

もっと正直に記すと、根っからの汗っかきで暑がりだった私は、冷房使用を罪悪視する省エネ推奨を、快く思って居なかったのだ。

当然自宅では、寒く為るほどの冷房を点けていた。勿論、就寝中も。

 

そう、真夏に限らず、ガンガンに冷房が効いた空間を好んで居たのだ。

ところがだ。

池袋の映画館で鑑賞中、突然の寒気に襲われたのだ。

古い映画館の空調設備は当然古く、スイッチの“ON”“OFF”しかないのではと思う程だ。要するに、適度な温度調節が出来ない機器だったのだろう。

 

 

途轍もなく古い話で恐縮だが、昭和中期の悪ガキは、夏休みとも為ると仲間と銀行に集まったものだ。銀行と謂っても、町場の信用金庫、それも小さな支店だ。

銀行に集結したからと謂って、銀行強盗を企んでいたのではない。

何たって、子供なのだ。

 

僕等が信用金庫の視点に集結した訳は、単に涼しかったからだ。

当時、家庭用の空調機など無く、真夏に冷房が効いている場所と謂えば、デパートか映画館、それと、パチンコ屋位だった。

下町だったので、近所にデパートは無く、パチンコ屋は子供だけで出入りしてはいけない場所だった。

近所に映画館が未だ在った時代だったが、入場料が掛かるのは子供にとってとても高いハードルだった。

 

そこで、無い知恵を絞った結果、只で居ることが出来る冷房が効いた場所として、銀行に白羽の矢が立ったのだ。

確か、ませたことに銀行口座を持って居て、御年玉とかを貯金して居た奴の発案だった。

実は、それは子供の頃の私だ。

 

防犯意識が薄かったその当時、用も無い子供が銀行のロビーに居ても、特に咎められることは無かった。

その上、冷房以外にも銀行には便利な設置物が在った。

それは、ウォータークーラーだ。

1m程の高さで、金属製で四角の本体下部のペダルを踏むと、最上部から冷たい水が噴き出してくる代物だ。

そして、水に唇を近づけ冷たい水を飲むことが出来るのだ。

衛生の観点から、現代人には考えられないことだろうが、当時の学校や児童公園には、蛇口が上に向けることが出来る構造の水道が、必ず設置されていた。

そう。

当時は、水道から直接水を飲む時代だった。然し、夏場の水道水は生温かった。

従って、冷水が出て来るウォータークーラーから飲むことに、何の抵抗も無かったし、嬉しい限りだったのだ。

 

現代では、滅多に見ることが無く為ったウォータークーラーだが、当時は至る所に設置されて居た。多くは、商業施設で、御客様向けのサービスだった。

 

私達は夏休みとも為ると毎日、銀行に集結した。

そして、ロビーのソファで本や漫画を読んだりしていた。

一応は、走り回ったりはせず、静かに過ごしていた。

そして、ウォータークーラーの冷水を飲み過ぎると、

 

「トイレ、貸して下さい」

 

と、窓口の御姉さんに断わりを入れ、ロビー脇のトイレを使わせて貰って居た。

銀行のトイレは勿論水洗式で、当時まだ残って居た汲み取り式トイレだった友人は、それだけでも喜んでいたものだ。

 

何れにしても、夏休みに冷房が効いていた銀行は、僕等にとって天国だったのだ。

多分、大人にとっては、寒い位の冷房だったのに。その証拠に、窓口の御姉さん達は、必ずと謂って良い程カーデガンを羽織って居たのだから。

 

 

話を池袋の映画館に戻そう。

 

何とか映画は、最後迄観ることが出来たが、ロビーに出た途端、私は大きなクシャミを3回連発した。

寒くて仕方が無かった。

帰宅して体温を測ると、38℃にも為って居た。

完全に、風邪を引いて仕舞ったのだ。

正確には、冷房に遣られて仕舞ったのだ。

もっと正確には、温度設定が出来ない(と、思われる)古い冷房設備に敗れたのだ。

 

それからと謂うもの、子供時代、強冷房の銀行に御世話に為って居たにも拘らず、私は冷房を嫌う様に為った。

勿論、自室にはエアコンが有る。しかし、40℃にも為りそうな現代の真夏でも、私は、滅多なことではエアコンを点けない。

流石に扇風機の御世話には為るが、真夏の日中でも窓を開けて対処している。

 

滅多なこととは、外出前のシャワー後、身支度する際中とかだ。

それと最近は、オンラインでの仕事が多く為り、窓を開けて扇風機と謂う訳にはいかなく為って来たことだ。

私は、オンラインの際中、泣く泣くエアコンのスイッチを入れるのだ。

勿論その際は、上着を着用する。狭い自室のエアコンは、私の頭上に設置されて居るからだ。

昨年夏はそれに飽き足らず、オンライン会議の折、私はネクタイを着用することにしたのだ。

初めてモニターに映し出された私を見た方は、

 

『随分と、キッチっとした身なりの方だなぁ』

 

と、感心したことだろう。

正確には、呆れて見て居たのかも知れないが。

 

 

冷房無し生活に慣れた私は、この冬、暖房を使わない生活に挑戦してみた。

特に理由は無かったが、元々私は、エアコンの暖房を好まなかった。頭上から降り注ぐ暖気が、室内を乾燥させ気に入らなかったのだ。

考えても見て欲しい。

頭上からの暖気が続くと、常時ヘアドライヤーを掛けている状態に近づくのだ。

折角セットした髪が、エアコンに依って‘ペター’と為って仕舞うのだ。

 

そこで一時は、姪っ子が使わなくなったオイルヒーターを譲り受け使って居た。

オイルヒーターは優れもので、室内を乾燥させなかった。

然し乍ら、電気代が物凄く上がって仕舞った。

私は止む無く、オイルヒーターを封印し、小さな電気ストーブを使うことにしたのだ。これなら、電気段に響かなかった。しかも、一番暖かくしたい足元に近かったのだ。

 

 

では何故、私はこの冬、電気ストーブも使用することを止めたのか。

それは、埃が凄かったからだ。それこそ、毎日掃除しないと部屋中が埃臭い匂いで充満して仕舞うのだ。

晩秋に為り、カミさんが出してくれた小さな電気ストーブだったが、私は、

 

『掃除が面倒だな』

『一冬、暖房無しで過ごしてみようか』

『猛暑でも冷房無しで過ごせたのだから、何とな為るだろう』

 

と、佳からぬ考えが浮かんで仕舞ったのだ。

もうこう為ると意地だ。

私は、電気ストーブを埃が集るに任せた。

 

 

然し、冬は寒い。

特に、今年の冬は寒かった。

 

私は意地を張った手前、必死に防寒対策を考えた。

先ず、ファストファッションの店で、普段の室内で着るフリースをボア式に起毛した物に切り替えた。勿論、セールに為った頃合いを見図って。

電気代をケチる為に、無駄な買い物をしては“餅より粉(こ)が高い”の典型に為って仕舞うからだ。

これで、大分寒さを忍ぶことが出来た。

 

次に、靴下を持って居る中で最も厚手の物にした。

更に、膝掛を二重にしてみた。

 

これで、深夜の執筆も快適に進めることが出来る様に為った。

 

 

ところがだ。

大寒が近付き、東京でも最低気温が氷点下と為る真冬日が続くと、問題が生じて来た。

あらゆる防寒対策をしても、手が冷たくて仕方なく為ったのだ。

 

皆さんは、どうやって手の冷たさに対処して居るのだろう。

多くの方は、暖かい飲み物を陶器のマグカップ等に入れ、それを手で包み込む様にして手を温めているのではないだろうか。

私の場合、正確には私が常用しているマグカップの場合、手を温めることが出来ないのだ。本当は、手が温まらないのだ。

 

何故なら、これも私の不注意が原因なのだ。

 

実は数年前、私は普段使いのマグを買い直したのだ。何故なら、食器を洗って居る際に、マグカップを流し台に落下させて仕舞い、割って仕舞ったからだ。

そこで、買い直したマグカップは、落とすと割れて仕舞う陶器から、割れないステンレス製、それも魔法瓶タイプで樹脂の外皮が付いた物にしたのだ。して仕舞ったのだ。

序に、御飯茶碗も陶器製から木製椀に切り替えた。

 

魔法瓶タイプマグは優れもので、陶器製よりも飲み物が冷め辛い。しかも、蓋迄付いて居るのだ。

その反面、カップの外に触れても冷たい儘なのだ。

全く手が温まらないのだ。

 

 

手の冷たさに堪えられなくなった私は、必死に知恵を絞った。

何か、手を温める佳い方法は無いかと。

 

すると私は閃いた。

手袋をして、キーボードを叩けば佳いのではないかと。

丁度良いことに、私が自宅で使って居るPCは、デスクトップだ。ラップトップよりも、キーが大きいのだ。

 

早速私は、手袋を嵌めてキーボードに向かった。

 

結果は、散々だった。

幾ら大きいデスクトップ用のキーボードでも、手袋をした指では、常に2個のキーを叩いて仕舞い、スムーズに文字を打ち出すことが叶わないのだ。

 

私は、再び考えた。

ふと、思い付いた。薄手の、ドライバー手袋だったら行けるのではないだろうかと。

しかし直ぐに、考えを却下した。

何故なら、白いドライバー手袋では、寒さを凌ぐのは不十分と思ったのだ。

 

又しても、直ぐに新案が浮かんだ。

数年前、景品で貰った薄手の軍手なら何とか為るのではと。

 

 

試しに私は、景品なので奇抜な色をした薄手の軍手でキーボードを叩いてみた。

 

そうしたら如何だろう。

思いの外、順調に文章を綴ることが出来たのだ。

 

実際この記事も、軍手を嵌めて執筆したのだ。

 

 

私は、どんなもんだいとばかりに、胸を張った。

 

 

しっかし!

何の為に、意地を張って居るのやら。

 

 

今と為っては。

 

 

 

 

 

 

〈著者プロフィール〉

山田THX将治(天狼院・新ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役

幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余

映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を45年に亘り務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る

これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿

ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている

本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」

映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり

Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載

続けて、1970年の大阪万国博覧会の想い出を綴る『2025〈関西万博〉に伝えたい1970〈大阪万博〉』を連載

加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する

更に、“天狼院・解放区”制度の下、『天狼院・落語部』の発展形である『書店落語』席亭を務めている

天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeason Champion

 

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2026-03-12 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.347

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