週刊READING LIFE Vol.347

だぼだぼの制服と、二の腕の誓い《週刊READING LIFE Vol.347「誰にも言わなかった小さな決断」 》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/03/12公開

 

 

記事:秋田 梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

制服購入には、「団体予約」というものがあるらしい。

5人集めるといくら割引、10人集めたら更に割引というものだ。中学校の説明会で配られた資料の中に、そんなチラシが紛れていた。しかも、制服の仕様がいつの間にか学ランからブレザーへと移行している。

 

こんなこと一つとっても知らないことばかりで、長男の入学を控えた私は、秋くらいからずっとソワソワしている。この6年でなんとか作ったママ友たちも第一子のお母さんばかりで、みんなで一緒にソワソワしている。たぶん、子ども達よりソワソワしている。

 

もちろん制服は、グループにならなくとも買えるのだけれど、せっかくなら少しでもお得に買いたい。説明会の最中、隣のママ友へ熱のこもった視線を送っていたら、ボールペンを握っていた右手の親指がグッと上がった。

「任せなさい!」

と言わんばかりに頭がブンブン揺れている。コミュ力お化け、頼もしすぎる。

 

後日 、早速LINEの通知が来た。

「予約完了! 採寸はそれぞれ個別でお店に行けばいいらしいよ」

結局、男女合わせて10人近くを集められたらしい。

「2月に入ると高校生の予約が入り始めるから、採寸は1月中にお願いしますだって」

なるほどね、高校生は学校が決まらないと動き出せないもんな……なんて3年後の未来をぼんやり想像しながら、2人で一緒に採寸へ行けそうな日を予約した。

 

 

 

 

当日、店内は思いのほか賑わっていた。奥には同じように友達同士で来た女子2人組がいる。ママも混ざって4人ではしゃぎながら選んでいて、なんだか楽しそうだ。

さてさて、こちらの男子2人はというと、3日前から絶賛喧嘩中である。なんで今? あぁ、面倒くさい。お店についてからも一言も話さず、せっかく一緒に来たのに意味がない。私はため息をつきながら、カーテンの閉まった更衣室を眺めた。

 

 

喧嘩はしていないママ同士で雑談しているうちに、ジャーっとカーテンが開いて、制服に着替えた長男が顔を出した。

「似合うことない?」

もう少し照れて登場するかとおもったが、自分でも鏡を見ては惚れ惚れしている。やや、心配になる。6年前にランドセルを選んだ時はあんなに心細そうだったのに、声はいつの間にか低くなり、首元のラインは前よりもたくましい。

 

「3年間ありますからね。少し大きめがおすすめです」

と店員さんが言う。そう言われてもどのくらい大きいのを買えばちょうど良くなるのかサッパリ見当がつかない。もう一度まじまじと長男を見た。確かに似合っている。似合うってことは丁度良すぎるのか?

「これは……ちょっとピッタリ……過ぎますよね?」

店員さんの顔色をうかがいながら尋ね返せば、

「そうですね、ワンサイズ上げてみましょうか」

と言って、テキパキと替えを持ってきてくれた。カーテンを開けたまま、ブレザーだけをサッと羽織り直した。

 

でかっ!

 

こんどは、明らかに大きい。お尻がすっぽり隠れてしまうし、手も半分ほど隠れてしまった。

「いかがでしょうか?」

……わ、わからない。

「ど、どうですか?」

今からどこまで大きくなるかなんてサッパリ想像できない。私に似たらそこそこで止まるかもしれないし、おじいちゃんに似たらもっと高くなるかもしれない。いや、もうわからんて。プロに任せるよ。

「そうですね、ちょうど良いかと思います。男の子でしたら、手の甲が半分隠れるくらいがサイズの目安です」

ではそれで、と言って大人しく注文用紙に丸をつけた。もう、全て任せよう。その後は言われるがままに、ちゃっちゃと採寸は進んで行った。

 

3年間の成長を見越した、だぼだぼのブレザー。

その不格好な姿を写真に収めながら、6年前の春が懐かしくなった。

 

長男の小学校入学は、コロナ禍まっただ中だった。

真新しいランドセルを背負って、これから始まる小学校生活にドキドキわくわくして入学式を終えた午後、翌日からの小学校休校が発表された。仕事をずっと休めるわけでも、毎日在宅勤務ができるわけでもなかったから、大混乱である。結局は、朝から5限目の時間くらいまでは小学校で預かってもらえることになったのだけれど、まだ何も知らない、何もわからない無言の教室へ彼は通った。知らない人に囲まれて、楽しくもないひらがなドリルをやる毎日は不安だったに違いない。親も子も不安な小学生生活のスタートだった。

 

いざ学校がスタートしてからも、いろんな失敗をした。

生活科の授業で、土遊びをするから道具を用意して欲しいというお便りがきたときのことだ。準備する持ち物リストには、ゼリーのカップ、玉子のパックなどなどに続いて、『用意できる人は「お砂場セット」を持ってきてください』と書いてあった。あいにく我が家にはなかったので、持っている子に貸してもらうか学校に用意があるのだろうと、特に用意もしなかったのだけれど。帰宅した長男が、「僕だけ掘るものがなくて、あんまりやれなかった」と言うではないか。以後、「用意できる」というのは「できない理由がなければ、できる限り持ってくる」という意味であると理解した。

 

そういえば、夏休みの出校日も恥ずかしかった。

お盆も過ぎて、休みもあと10日ほどになった頃に、出校日があった。コロナ禍は親子一緒に登校すべしとのことで、できている分の宿題を持ってきてくださいとのことだった。もちろん、ほとんど宿題が終わっていない長男を連れてへらへら登校したところ、驚いたよ……みんなほとんど終わらせて来ているじゃないか。え、うそ。なんでみんな終わらせているんだよ。ちょっと確認したいんですけど、夏休みの宿題って8月31日まででよかったですよね?

 

今ならば、ママ友同士で確認し合えただろうけれど、親もまた「1年生」だったあの頃、小さな失敗まで含めたら、思い返せばキリがないほどである。

 

 

 

採寸から1月ほど経った2月最終週。

仕事帰りに寄れるからと、私は1人で出来上がった制服を受け取りに、お店へやって来た。

「お待たせいたしました」

そう言って、奥から制服の入った箱が運ばれてくる。

「一緒にご注文の商品の確認をしていきますね」

カウンターに並べた商品を一つ一つ確認しながら、注文書にマーカーが引かれていく。1サイズ大きくしたブレザー、3年間で2回裾直しができるというパンツ。自分が入学するわけでもないのに、ちょっと背筋が伸びるような気がする。

「あとは体育館シューズ、上履き……」

カウンターにどんっと大きな紙袋が追加される。そうか箱だけじゃないのか。

「こちらは体操服ですね。サイズはお間違い無いですか?」

さらにもう一袋追加される。あー、えー、思ったより多いですね。これは、私、やらかしましたね。マーカーが引かれていく注文書を笑顔で見守りながら、嫌な汗がでてくる。店員さんはそんな私の様子には目もくれず、裾直しの注意点やサービス券の説明に余念がない。

 

「これで以上になります。重たいのでお車までお運びしますね」

と、店員さんが親切な笑顔で申し出てくれた。一箱と二袋。颯爽と外へ運び出そうとするその道を私は遮った。

「いえ、車は駅前の駐車場に停めているので」

お店の前に駐車場があることは知っていたけれど、ここは駅から徒歩5分である。わざわざ駐車場から車を移動させてくるのが面倒だなと思って、私は歩いてここまで来た。だって、余裕だなっておもうじゃない。

「え、あ、徒歩でしたか!」

そうですよね、この量ですもんね。

「徒歩五分くらいですから、大丈夫です」

最大限の笑顔で強がっていたら、奥から店長のおじいちゃんまでやって来た。

「あ、車までお持ち……」

「いえ、こちら徒歩でいらしたそうで……」

「え? そうなの?!」

やめてくれ! なんか、恥ずかしいから!

店先でそそくさと荷物を受け取って、足早に店を後にした。

 

帰り道の徒歩5分がいつもの何倍もの距離に感じた。

入っているのは服ばかりなので、持てないほど重いわけでもないのだけれど、何しろかさばっていて、すれ違う人の視線が痛い。紙袋にはでかでかと制服屋さんの名前が刻まれているのも、恥ずかしい。あぁ、この人、子どもの制服持って帰ってるんだな、大変そうだな……と憐れんだ視線が肩に刺さる。だいたい、紙袋の長さが絶妙過ぎて持ちにくいのよ!

 

あぁ、なんて馬鹿なのかしら。

5分くらい面倒がらずに、車で店まで行けばよかった。

 

今頃、後悔してもどうにもならない。

次男の時には、制服を受け取りに行く時は必ず車で行こうと、二の腕の筋肉に誓う。こうしてくだらない失敗を繰り返して、母も経験値を貯めているのだと自分を慰めることにした。

 

帰宅した車の中から、長男へLINEを送った。

「へるぷ」

それだけ送って、車の中で待機する。もう、この短距離ですら頑張りたくない。

「おけー」

しばらくして長男の返事とともに、玄関のドアが開いた。無言で後部座席を指差して、荷物運びを指示する。納得いかない顔をしていた長男だったけれど、中にあるものの正体に気がついて、ふぉー! とテンション高く家の中へ持ち去ってくれた。

 

制服って、男子でもそんなに嬉しいものなのかと意外に思う。いそいそと綺麗にハンガーにかけて、

「これを毎日着ていくのかぁ」

なんて感慨深げである。その晴れやかな声を聞きながら、キャパオーバーしている二の腕をさする。大きくなったなぁ、なんて当たり前の言葉しか浮かんでこない。私は、きっとこれからもこうやって、誰にも言わない小さな失敗を増やしながら、母親になっていくのだろう。

 

やっぱり、あの帰り道の失敗は誰にも言わずにしまっておこう。

これから始まる長男の「新しい春」が無事に受け渡された喜びを、私は黙って、独り占めしておくことにした。

 

 

❏ライタープロフィール

秋田梨沙(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1984年愛知県生まれ。会社勤めの2児の母。長男の小学校入学と共に「親1年生」となり、数々の「洗礼」を浴びる。失敗を繰り返しながら図太く更新されていく親の経験値を武器に、二の腕の筋肉増強と文章修行に励む。

 

 

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2026-03-12 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.347

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