100年前の『ありがとう』と、チューブだらけの小さな命 《 週刊READING LIFE Vol.350 「うまく言えないけど、たしかにあった感情」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/04/02 公開
記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「結局どっちなんですか? 火災保険の申込書には『地蔵堂』と書いてありますが、登記を取り寄せてみたら『観音堂』って書いてあります。面積も微妙に違いますね?」
スマートフォンから聞こえてくる、妙に冷静な声。
冷静で静かだからこそ、なんだか詰められている気分になってくる。
真冬なのに、背中に汗が伝う。
「建て直しとか、されました?」
いや、知らんし。
「地蔵堂」とか「観音堂」とか言っているのは、私が継ぐお寺の建物の事だ。
そして、確かにこのお寺は妻の実家。でも、このお寺と関わるようになったのは、義父と義母がそろって高齢者施設に入ってしまった後。この1年ほどのことだ。
「そんなことってある?」 という理由で、ある日突然、妻の実家のお寺を継がなければならなくなった私。
何の引継ぎもなく、このお寺を管理するようになって1年。住職になるための勉強中だ。
本業である財務コンサルタントの視点から、火災保険が高すぎると感じ、年間で40万円引き下げることに成功した。
しかし、「地蔵堂」として申請した建物が「観音堂」として登記されていたらしい。
「いや、でも中におられるのはお地蔵様で、観音様ではなかったと思いますが……」
「そうなると、逆に『地蔵堂』は無いってことになってしまうんですよね?」
このお堂は江戸時代に建てられたと聞いている。多分、明治の頃の人が適当に登記したのだろう。
冬の夕暮れ。すごいスピードで陽は落ち切り、お堂も闇に包まれて行く。
この古いお堂は、なぜか光センサーが完備されており、自動的に明かりがつく。
変なところだけはハイテクだ。
どちらかというと、光センサーよりも登記をちゃんとしておいて欲しかった……。
私は恐る恐る保険屋さんに尋ねる。
「ちなみに、登記が間違っていたとすればこの契約はどうなってしまいますか?」
吹き抜ける風で汗が冷える。
40万円節約できると思ったこの契約が不成立になると、自腹を切らなければ払えないのだ。
「いえ、ぶっちゃけてしまえば、呼び方はどちらでも構いません」
「は?????」
「この場で『観音堂』が『地蔵堂』であるとあなたに証明してもらえばそれで大丈夫ですので?」
こんなに詰められた結論が、そんないい加減な事でいいのか?
「訂正書類を作らなければいけませんね?」
「いえ、このお電話で大丈夫です」
「??? それでいいの?」
さっきまでの厳しい口ぶりは何だったんだ……?
私は安堵感と脱力感でその場にへたり込みたいような気持になりながら続けた。
「『地蔵堂』と、『観音堂』は同じ建物です」
「承りました。結構です」
こうして、火災保険の契約は無事取り交わされた。
見習い期間中はお寺に収入は無い。
下手したら自腹を切らなければならないこの契約は死活問題。
しかし、こんな地蔵堂でも観音堂でも、「どっちでもいいお堂」にも、そこには歴史がある。
この火災保険で右往左往する前、「どっちでもいいお堂」を掃除していた時のことだ。
とうとう覚悟を決めて、お堂の掃除をすることにした。
中は想像以上にほこりまみれで、そして蝉の死骸が転がっている。
私はアレルギー持ちだ。触りたくない。絶対にかゆくなる。鼻水が止まらなくなる。
それでも、「やるしかない」
覚悟を決めて取り掛かった私の目に真っ先に飛び込んだのは、3つの写真が入っていると思われる額だ。
1つ目は「先代の若き日の写真(たぶん)」。檀家さん2人と写っている。
とてもキメて写っていて、逆になんだかおもしろい。
残り2つは、「奉納」と書かれた立体的な弁天様の絵(「押絵」というのだろうか?)と、これも「奉納」と書かれた銅板版画だった。銅板版画のほうは虫食いもあり、かなり年代物っぽい。
年代物と感じると、歴史好きの私は変なモチベーションを抑えきれなくなる。
某鑑定番組の教えを守り、そーっとホコリを払う。ちょっとやそっとのホコリじゃない。何度も払うが、まだまだ出てくる。
しばらくホコリを払い続ける。そして、どちらも奉納の日付が出てきた。明治20年代と明治30年代だ。
弁天様の絵は、背景に池に浮かぶ島と、その島に立つお堂というモチーフから、「弁天様と弁天堂の絵」で間違いないと思われる。
そして、もう一つの銅板版画だ。構図としては「美人画」と言われる、美しい女性がポーズをきめて描かれた絵だった。発行所として東京の住所が書いてある。
ということは、商流に乗って売買されていた商品ということで間違いないと思う。ということは、Googleレンズで調べればわかるんじゃないの?
早速スマホで撮影してみると、明治時代の若い女性に大人気だったという一人の絵師さんの名前が判明。この絵と全く同じものは出てこなかったが、ほぼ同じタッチの絵が古美術商で売られている。
なんとなく、ここはお寺なので弁天様の奉納は分かるが、美人画の奉納についてはどうしてなんだろう。
なぜこんなハイカラな絵が?
なんだかおもしろくなってきた。私は掃除もそこそこに庫裡に戻り(「いや、掃除を続けろよ」という読者の皆様のツッコミは甘んじて受け入れます)、情報をまとめながら推理をしてみた。
このお堂に祀られているお地蔵様は、どうも奈良時代(1200年くらい前)に作られたものらしい。
そして、それがこの地に安置されるようになったのが500年前。
そして、江戸時代には「村に難産がない」と言われるほどの安産祈願のお地蔵様だったらしい。
近在の女性はみなこのお地蔵様に安産祈願に来たという。
はじめてその話を聞いた時は、「またまた、盛ってるんじゃないの?」と思ってしまったのだが、今回見つかった奉納は、どちらも女性からの奉納だった。
ここから少し離れた住所であることと、過去帳から檀家さんではないことも分かった。
「少し離れた場所にお住まいの若い女性が、わざわざここまで安産祈願にお越しになり、無事に出産したお礼として奉納されたものではないか」、と推測できるのだ。
言い伝えは本当だった。
そして、
「現代の女性がペンタブやイラストレーターを駆使してオリジナルの作品を描き上げるように、当時の女性も、我が子への祈りを込めてこの弁天様の絵を手作りしてくれたのではないか?」
「現代の推し活が好きな女性が推しの画像を大切にするように、当時の女性が推していた絵師さんの大切な絵を奉納してくれたのではないか?」
「だとしたら、とても心のこもった大切なものだ」
そんなことを思った。
そんな彼女たちの気持ちを推し量っていくうちに、時を超えて安産を願う温かい気持ちに触れた気がした。
奉納した彼女たちはもうこの世にいないし、その子どもすら生きては無いだろう。
それでも、額の向こうから「我が子を想う母の温もり」が、100年の時を超えて流れ込んでくる。
その温もりに触れた瞬間、私の中に強烈な記憶がフラッシュバックした。
長女の出産のときのことだ。
長女は胎内にいる状態で、「胎児水腫」と診断された。
胎児の体中に水が溜まり、生きて出生することは非常に難しいという病気だ。
胎児健診でそれが見つかり、妻はそのまま救急車で大規模な病院に運ばれた。
私も仕事を早退して付き添った。
転院先の産婦人科の部長先生からは、
「生存率1割未満、生き延びても重い障害が残る可能性が非常に高い」
という絶望的な宣告を受けた。
昨年、同様の事例があったが、その子は天に還っていった、という情報も。
帝王切開で出産をする前日の夜。私は妻の病室に泊まった。
二人でいろんなことを考えた。良い想像はとてもできなかった。
消灯時間が過ぎ、あたりを暗闇が包んだ。
真っ暗ではない。廊下から漏れ入ってくる明かりで、ほのかに周りを見ることができた。
薄明りのなか、私が一つの提案をした。
そのとき、妻の目には涙が見えた。私はその顔を正視できなかった。
廊下からの一筋の光だけを見つめて言った。
「ここで子供に名前を付けよう」、と。
言霊信仰の一つで、ものに名前を付けるとそこに魂が宿ると、私は聞いたことがあった。
だから、名前を付けて魂を宿らせてしまおうと。
魂が一度宿ってしまえば、体から抜けにくくなるのではないか、と。
気休めかも知れない。でも、妻もその話に乗ってくれた。
妻はすでに名前を考えていた。私も同意した。
そして、眠るでもなく、起きるでもなく、浅い眠りのまま翌朝を迎えた。
翌日。
帝王切開は担当医だけではなく、産婦人科の部長先生も同席した。
ギリギリの状況での帝王切開。
分娩室の中で即、長女は小児科に引き渡された。
小児科は、部長先生以下全員の医師が立ち会った。総勢10名以上だ。
分娩室の真正面に幼児集中治療室がある。
分娩室のドアが開いたかと思うと、
大勢の医師に取り囲まれたストレッチャーが走り出てきた。
そのままストレッチャーは幼児集中治療室に吸い込まれて行った。
その間、およそ5秒程度。
それが、私と長女の初対面だった。
その数時間後。
対面した我が子は全身チューブだらけで、大量の輸血を必要としていた。
長女は輸血を受けながら眠っていた。
胎内にいた時から、
「状況は最悪なのに、お子さんは非常に元気です」
と言われていたが、
「元気すぎてチューブを外してしまう恐れがあるから、
申し訳ないとは思いながら、鎮静剤を打ってあります」
小児科の部長先生はそのように説明してくれた。
少しだけ安心した。
長女は5歳まで、小児科の発達外来に通った。
しかし、幸いな事に異常は発見されず、元気に小学校に通っている。
明治の女性たちが絵に込めた感情が流れ込んできたとき、私は悟った。
あの日、チューブだらけの小さな命を前にして私が抱いた気持ちは、
「元気にうまれてきてくれて、生きていてくれて、ありがとう」
という言葉だったのだ。
あのときは必死過ぎて、感謝も喜びも、うまく言葉にはできなかった。
いつ天に還ってしまうかもしれない。
そんな焦りもあって、妻と共に長女の世話を全身全霊で行っていた。
でも、たしかにあったあの温かい感情を言葉にすることができた。
そして、明治の女性たちも、私たちと同じこの感情を、100年前のお堂で抱きしめていたのだ。
この奉納品を見つけてしばらくしたある日、私は境内で木を伐っていた。
それは平日の昼間だった。
お寺の参道を二人組の若い女性が歩いていくのが見えた。
こんな時間に「珍しいな」と思っていると、突然、金ダライが落ちたような大音響(ガシャーン!)が境内に響き渡った。
「彼女たちに何か重たいものが落ちていったんじゃないか?」と思い、大慌てで見に行くと、彼女たちが鳴らした地蔵堂の鈴の音だった。
「あんな変な音だっけ?」と思わずズッコケつつ、ほっとして遠目に見守る。
すると、そのうちの一人が少しゆったりとした服装(マタニティウェア)であることに気づいた。
おそらく、昔からの言い伝えを頼りに、安産祈願にお越しいただいたのだろう。
100年前の美人画。
私の娘への感謝。
そして、今日やってきた若い女性の祈り。
登記は観音、呼ばれ方は地蔵、出てきた絵は弁天。
そして、私のお寺の宗派は現世利益を否定している。
教義や建前からすればメチャクチャだ。
でも、あの保険屋さんの言う通り「呼び方なんてどっちでもいい」のだ。
大切なのは、ここが時代を超えて、人々の「純粋な願い」や「ありがとう」という温かい感情を受け止め、共有するための「実体のある場所」であり続けているということ。
そして、そのおかげで私は長女へのうまく言えないけど、たしかにあった感情を言葉にできた。
鳴らすと金ダライのような音がする不格好な鈴の音も、人の心に寄り添っていると思うと意義深い。
私はこれからも、この「どっちでもいいお堂」で、人々の願いをそっと見守り続けていこうと思う。
【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
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