週刊READING LIFE Vol.350

ゴミ箱行きの旅行パンフ《 週刊READING LIFE Vol.350「うまく言えないけど、たしかにあった感情」 》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/04/02 公開

 

記事:西村 友成(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

 

夜。ポストを見ると空であった。鍵をあけ中へ入る。ドアを閉める音がやたら響く。リビングに入り、電気をつける。

テーブルには先月帰ってきたとき、置いておいた封書が3通そのままになっている。銀行、不動産、ガス会社の勧誘である。全てあて名は母親宛て。その下には先々月の分も残っている。

「親展」とはいえ、アンケートや宣伝ばかり。本人へ渡ったとて即ゴミ箱行き。このまま放置するのを確定する。

 

暦の上では今日から春を迎えたが、まだ夜は冷える。ガスストーブを点けるまえに、コンセントにプラグを差し込む。つかわない時は元から抜くようになって久しい。たまにしか人がいないための用心である。

 

 

月に1度帰ってくる京都の実家は普段、もぬけの殻となっている。登記上、母が独りで住んでいることになっているが、ほぼ家にいない。現在田舎の三重が生活の拠点となっている。

 

母は3年前、三重の病院でガンの手術を受けた。そこの医院長がかつての同級生であったことや、懇意にしているこれまた別の同級生Hさんが世話を焼いてくれ、三重にいるのが快適なようである。

 

コロナ以前、母は毎年のように海外旅行に出かけていた。パックツアーにひとりで参加して芦屋のご婦人や船場のご夫婦と友だちになり趣味を広げる。70を過ぎてからも太極拳をはじめたり、韓国語を勉強し始めたりと精力的な人であった。

 

趣味に生きるには京都に居る方が格段に便利なのだが、病気を患って以降外出する機会はぐんと減った。車もないし、膝を悪くして近くのスーパーに買い物へ行くのも億劫になってきた、と言っていた。

幸い頭はしっかりしているので、運動をかねて行くのだと体力が落ちないように努めていた。

 私が帰った時は張り切って料理してくれていたが、普段はちがっていた。自分一人のためだとスーパーの惣菜やパンなど簡単なもので済ませがちになっていた。「食べてくれる人がいてこそ、腕をふるまえる」のだと。

 

 三重ではHさん宅に間借りしている。と言うか、同棲している。話し相手には困らないし、料理してきちんとした食事をとるには良い環境である。

 

 

 母とHさんが仲を深めたのはここ数年のことである。15年前に私の父は病気で他界。Hさんはなんらかの事情でお一人になったと聞いている。母は毎年、同窓会で三重に行っていた。なんでもHさんは学生時代から母に恋心を抱いていたそうで、数十年の時を経てその思いを成就させたのだから、なかなか大したものである。

 

 Hさんは現役時代、洋菓子店を営んでおられた。父の生前、でっかいケーキを送ってくれる気のいいおじさん。何度かお会いしたことがある。

 ベンツを乗り回し、大声でよくしゃべる。口は悪いが正確に裏表のない良い人である。世話好きな性質で、良い人というのはまちがいない。

 

良い人は良い人……なのだが、私は苦手なタイプである。

ボリュームのデカいガラガラ声は威圧的だし、親戚よりも距離を詰めてきて圧を受ける。茶色いボーダーのポロシャツにグレーのスラックスという田舎者ファッション全開ながら、愛車ベンツのハンドルを握るときに指のない皮手袋をはめるのが全く解せなかった。

 

父は私に似て控えめなタイプであったため、真逆の人である。ただ、父もHさんも人の話は聞かない性格なので、母はその点においてこだわらないのか趣味が悪いのかどちらかであろう。やはりこれまたやはり解せない。

たぶん、解せないもの同士気が合うということだろう。

 

幼少期、私は毎年三重の田舎で盆を過ごしていた。

墓参りと海水浴、あとは小ぶりのイオンみたいなスーパーの中にあるゲームセンターに行くのが定番だった。ゲームセンターは心躍る一方、墓参りは蚊に刺されるばかりで行く意味がわからなかった。また海はお世辞にもキレイと言いがたい水だったし、ボロボロのシャワー室は近寄るのも耐え難く、なぜプールにしておかないのかいつも不満だった。

渋滞覚悟で車に長時間閉じ込められてまで帰省するメリットは私にとってかなり薄かった。

 

母は帰省するとよく鰻と伊勢うどんを好んで食べた。

鰻は「京都は高いばかり。こっちは安くておいしいのがたくさんある」とよく言っていた。いまでこそ、いいもの食わせてもらっていたのだと有難みを感じるが、当時鼻たれ小僧に鰻のよさはわからなかった。

 

 伊勢うどんはこれまた鰻に似て甘めのタレが身上のご当地名物である。やたらと面が太く触感はブヨブヨしている。そこに醤油ベースの甘口たれをからめて食べる。食事にしては頼りないし、おやつにしては重い。なぜ京都に持ち帰ってまで食べたいのか、不思議であった。

 

 そんなわけで三重にはグルメや観光地がたくさんあるにもかかわらず、私にはあまり良い思い出がない。そのせいか未だに三重の人が高頻度に用いる接尾辞「やに」の違和感を拭えない(例:相手に同意を示すとき「そうやに」と言う)。三重県および三重県民を敵視しているわけではないが、いくらか距離を置きたくなってしまうのである。

 

 京都生まれ京都育ちの私が三重をアウェイに感じる様に、母も京都をよその地と感じて過ごしていたのかも知れない。ひとり身になったいま、京都に居続ける理由は「家があるから」「便利だから」くらいのものである。

 

 地元に帰れば喜んでくれる人がいる、友人がいる、慣れ親しんだ味がある。三重に帰ったのは必然だったと言える。

 母が本格的に三重に拠点を移したのは今年に入ってから。まだ三か月も経っていない。ここ3年ほどは京都と三重を行ったり来たりの拠点生活をしていた。

 

 母の入院中、Hさんが母の身の回りを世話してくれた。母がよくなると今度はHさんが患い、母が看病する番となった。昨年2人は後期高齢者となり、年のせいか互いに病気をいくつも発症した。

母は二拠点生活を始めた頃は時々三重にいく程度であったが、次第に三重に居る比重がおおきくなり、昨年は時折京都へ帰ってくる程度になっていた。

 

 私は早く三重に移った方がよいと思っていた。話好きの母が日頃話す相手がいないのはそれだけで健康に悪い。近所の仲良い人たちは一足早く介護生活が始まり、日頃会う機会がすくない。ときに私と会ったとてそうそう話題もなく、互いにテレビやスマホに向かう時間の方が長かった。

 一方、三重には待っている人がいる。同郷の同級生、気心の知れた仲。年齢を考えるといつ何時なにが起きても不思議でない。2人の方が安心して過ごせるだろう。

 

水の流れの如く、自然と行きつくべきところに落ちついたのだ。いずれは母の介護を考えなくてはならないが、体も頭も動くうちは自分で生活してくれるに越したことはない。三方丸く納まった、と言える。

 

 

 ガスストーブが作動する。足元はぬくもるが室内はひんやりしている。ふと見るとカレンダーは1月のまま。放っておけば4月になってもこのままだろう。

 

 あらためてテーブルを見る。母が住民票を移して以降、郵便物も届かなくなった。去年は帰るとポストがパンパンになっていた。チラシ類が8割。残りの2割がハガキや封書である。抱きかかえるようにして持って入り、要るもの要らないものを仕分けしていた。

 特に旅行会社からの分厚いパンフレットが何冊もあった。処分してもまたひと月経てば数冊たまっている。開封せず即ゴミ箱行き。資源と運送業者の無駄づかいと毎回思っていた。

 

 しかし今日はポストが空っぽだった。郵便物はすべてあちらへ転送することにしたと言っていた。煩わしい作業がなくなり、助かった。もう郵便物がたまることはない。

 

 本人はもちろん、郵便物も届かなくなると実家から母の影が消えた。衣服や本など置いているものはたくさんあるが、どれも機能していない。ただそこにあるだけ。息づかいを感じない。

 

 実家に帰るということは、話したり孝行したりするのが目的でなく、一番は親の顔を見ることだったのだと気づく。居てくれるだけで安心していたのだと。

 

 三重に居る割合が高くなり、会えないことが増えても、郵便物が届くことで「母の住まいは京都」だと感じていた。ここが実家だという安心感があった。

 だが今は住民票も移し、家の持ち主というだけの存在になってしまった。

 

 元気で長生きしてくれるのが一番であるから、三重に移ったのは正しい選択である。生活拠点に郵便物がきちんと届くのも大切なこと。なるべく子に迷惑をかけないようにと、自立した生活を営む母の想いもありがたい。

 

 そう頭で理解し、心で感じる。ただ、いまは捨てていただけの旅行パンフレットの束を懐かしく思う。

 

 

 

 

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2026-04-02 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.350

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