週刊READING LIFE Vol.351

スプーン1杯で 《週刊READING LIFE Vol.351「ひとさじの〇〇」 》  (SFのつもりです)

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

2026/04/09 公開

 

記事: 西村 友成 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

 

 

 

 ここはバイオテクノロジー研究所。とある会社に設けられた開発プロジェクトの研究員は新商品開発のため昼夜を問わず仕事に励んでいた。

「大変です、所長。見てください。すごいです、これは」

「なんだね、山下くん。朝からえらく興奮しているじゃないか」

「このシャツをご覧ください。どうです、美しいでしょう」

「美しい、といったってどこにでもあるラガーシャツじゃないか。それがどうしたのだ」

「実はこのシャツ、たった1回洗濯しただけで元の輝きを取り戻したのです」

「なんだかまどろっこしいな。洗濯すりゃキレイになるのは当然だ。一体何が言いたのだね」

「実はですね、このラガーシャツ。ある自動車の整備員が1日着用していたのです。彼はその日、朝から夕方まで20台の車を整備しました」

「排ガスやエンジンオイルにまみれたわけだ」

「彼は仕事が終わると、サークル活動へ出かけます。雨上がりのグラウンドで2時間ぶっ通しラグビーの練習をしたのです」

「そりゃ全身泥んこになったろう」

「打ち上げに皆で食事に出かけると、汗をダラダラかきながら激辛カレーうどんを3杯たいらげ、ようやく家路につきました」

「カレー汁と大量の汗も吸ったシャツというわけか。なるほど、この上なく汚れていたのだな。さぞ臭いもキツかったろう。しかし、よくそんなもの借りてきたな」

「研究へのたゆまぬ熱意がそうさせたのです」

「ふむ。そして洗濯したのがこれか。たしかにキレイだ。シミ1つ残っていない」

「はい。この新開発した粉、仮にバイオXと呼びましょう。バイオXをスプーン1杯入れて洗濯機にかけただけ。こんなに鮮やか、ピカピカです。臭いだって全くしない。見事だと思いませんか」

「見事、といえば見事だ。早速我が家でもつかってみたい。だがね、山下くん……。キミらしくないじゃないか」

「らしくない、ですか」

「ここは一体どこだ。バイオテクノロジー研究所だよ。親会社は食品メーカーだ。我々は100パーセント天然由来、次世代の調味料開発が使命じゃないか。なぜ洗剤などつくっているのだ。いくらよい洗剤といえど、老舗のP社やK社に勝てる訳ないじゃないか」

「いや、確かに所長のおっしゃる通り。既存のものを凌駕できるレベルには至りません」

「ならばさっさと本分に打ち込みたまえ。そのバイオXとやらは私が家でつかおう。タッパーにでも入れておいてくれ」

「お待ちください、所長。私は本分を忘れたことなど、1度としてありません」

「何を言っているんだ、山下くん。そうか、かなり疲労が溜まっているんだな。このところ研究所に缶詰めだったろう。一度かえってゆっくり休みなさい」

「大丈夫です。所長、試食してほしいものがあるんです」

「何だって。開発していたのか」

「出す順を間違えたようです」

「それをさっさと言いなさい。よろしい、持ってきなさい」

 

「所長、こちらをまずひと口召し上がってください」

「見たところ何の変哲もない素うどんだな。香りは……普通だ。では出汁を飲んでみよう。おッ、これは……普通だ。では麵に工夫があるのか。啜ってみれば……普通だな。山下くん、普通だ」

「はい、普通の素うどんです」

「さっきから切り出し方がまどろっこしいと言ってるだろう。結論を言いなさい、結論を」

「では、こちらにスプーン1杯のバイオXを入れかき混ぜます」

「ちょっと、キミ。何してるんだ。食べ物に洗剤入れるだなんて。子どもの遊びじゃあるまいし。バチがあたるぞ」

「所長、お召し上がりください」

「バカ言うんじゃない。こんなもの食える訳ないだろう。いい加減にするんだ」

「良い加減だと思うんですがね」

「では、キミが食べればいいだろう……。って、エ。本当に食べるのか。ちょっと待て。やめなさい」

「本当良い加減。いい味ですよ」

「何だって。正気かね。知らないぞ、私は。泡拭いて倒れても」

「100%天然由来の成分でつくっているんです。人体に害はありません。騙されたと思って

ひと口食べてください。このとおり、お願いします」

 

「山下くん、一体どうゆうことだ。信じられん」

「旨みと洗浄力は共存できるんです」

「上品な味だ。味わい深いだけでなく、スッと体に染み込んでゆく。後味も香りもフッと消え全くしつこくない」

「天然成分だからこそなせる業です」

「恐れ入った。この粉ひとつで料理と洗濯が可能になるとは」

「スプーン1杯でこの白さ。もうひとさじで味の決め手。奥様の味方、バイオX」

「もうキャッチコピーまで考えているのか。しかし、よくこんなものをつくろうと思ったな」

「当然、狙ってできるものでありません。洗剤と間違えてたまたま洗濯してしまったのです」

「偉大な発明というのは得てして不作為に生まれるものだ。これで山下くんも後世に名を残す研究者の仲間入りだ。おめでとう」

「しかし、所長。バイオX、売れるでしょうか」

「そりゃ売れるだろう。洗ってよし、味付けてよし。粉もん界の大谷翔平現る、といったところだろう」

「しかし一体どこで販売するんでしょう。調味料、洗剤、粉類、便利グッズ……。販売店が困るんじゃないでしょうか」

「そんなことは本部の人間に任せればいい。すぐれた製品を開発したことが重要なのだ。一刻も早くお偉いさん方に報告しようじゃないか」

 

「と、いうわけでして。このバイオX、たった1つで台所と洗濯場がまかなえる、画期的製品なのであります。社長、いかがでしょうか」

「山下くん、見事だ。よくやった。祖父の代から数えて60年、調味料メーカーひと筋でやってきた萬金食品に新たな活路を見出してくれた」

「商品になるでしょうか」

「うむ。早速取りかろう。と、言いたいところだが、1つ疑問がある」

「と、言いますと」

「バイオXは洗濯機に入れれば洗剤に、どんぶりに注げば調味料に変身する。なぜそう都合よく顔を使い分けられるのだ。きちんと研究結果を示さねば、うちは怪しい商売をする会社として目をつけられる。消費者庁や公正取引委員会からのメスが入れば我が社のような中小企業は一気に評判が地に落ち、社員一同路頭に迷うではないか。山下くん、納得のいく説明をしたまえ。証拠をみせてくれ」

「さすが社長。未来を見据えてらっしゃる。では研究結果から得た証拠をご提示いたしましょう。結論から申し上げますと、バイオXの成分変化は温度により決まります。分岐点は40度。40度以上ですと調味料としての顔が前面に出る。40度を下回ると洗浄の性質を発揮する。カエルやトカゲの如く気温が変わると自身も環境に適合するのです。洗浄については10度前後、味つけについては60度が最も特性を発揮しやすい温度なのです」

「変温動物を参考にしたか。いい目のつけどころだ。確かに洗濯と料理では水の温度は異なる。バイオXが自在に変化できるわけだ……。いや、待てよ。するとだな」

「お察しのとおり。逆につかってしまうと大惨事が発生します」

「つまりこうゆうことだな。お湯で洗濯すると出汁の効いた衣服に仕上がり、冷製パスタに和えるとソースを洗い落としてしまう」

「ご名答です。先日私のブリーフをバイオXで湯洗いしたのです。ふと、気づくと犬のジョンが干したブリーフに喰いついているではないですか。よほど口に合ったのでしょう。それ以来、片っ端からブリーフに噛みつくようになり、1枚残らずズタボロにされてしまいました。生まれてこの方ブリーフ派だった私が、いまでは仕方なくトランクスを履いている始末なのです。では、社長。いまから証拠をお見せします」

「山下くん、ズボンを上げたまえ。わかったわかった。トランクスまで降ろすんじゃない。“トランクスの下にブリーフ履いてるかも”、なんて疑わないから。早くズボンを履きなさい」

 

「美代子専務。瞳孔が開いてますぞ。お茶でも飲んで一服してきなさい」

「社長、ご理解いただけたでしょうか」

「あれが証拠と言われれば認めざるを得ないだろう……。温度のことは十二分に消費者へ訴える必要がある。そこを踏まえておけば優れた製品であることは確かだ」

「ありがとうございます。では商品化に向けて、営業部と調整を……。あ、そういえば」

「まだなにかあるのかね」

「社長の命に従い、天然由来成分100パーセントでつくったがゆえ、賞味期限がございます」

「食品だからな。当然だろう」

「ですので洗剤としても期限内に使用いただかねばなりません」

「なぜだ。人体に入れねば問題なかろう」

「いえ、そうは参りません。動物性エキスも配合しております。徐々に臭いがきつくなります」

「粉末が臭ってくるのか。洗濯機には入れづらいな」

「賞味期限内、未開封なら問題ありません。ですが、サバやイワシ、豚骨のエキスを混合しております。開封後は2週間を目安に使い切っていただかねば徐々に獣の臭いが満ち満ちて参ります」

「そこは開発の段階で処理しておかねばならないだろう。早急につくり直しなさい」

「ですが社長。腐敗臭を抑えるとなると防腐剤や安定剤など化学薬品に頼らねばなりません。わが社のイデオロギーに反するかと」

「うむ。一理ある。自然のものは劣化する。人類は化学の力で飛躍的進歩をなした半面、自然の摂理に反し地球を痛めつけてきた。ならば微力でも萬金食品は地球にやさしい企業でありたい。そうだ。箱や袋で売り出すのでなく、スティックタイプにして1回ごとのつかい切りにすればよいではないか」

「さすがです、社長。すべての問題点を解決するグレイトなアイデアです」

「よし。ではバイオX商品化チームを発足し、3カ月後には市場に届けようではないか」

 

 こうしてバイオXは製品化へと向け着々と準備が進められた。原料の調達や生産ラインの確保、品質管理のマニュアル化が順調に進む一方、バイオXの商品名が決定せず社長は頭を抱えていた。

・衣類と食の味方、ダブルちゃん

・洗ってよし、食べてよし。二刀流オータニくん

・今日はどちらでつかうかな。Dotch‐Mo(どっちーも)

・21世紀型ハイブリッド粉末。食洗パウダーPowPow

・萬金食品の最終兵器。ラストエンペラーKona

 

「どれもピンとこないねぇ。肩に力入り過ぎじゃないかな、このコピーたち。一応アンケートとったんだよ、全社員に。一番多いの無記名投票だもん。国会議員の選挙と一緒じゃん。どれ入れても同じって」

「社長、そうおっしゃらず。ここまで来たんですから。ちゃんと名づけましょうよ」

「これだとねぇ、どうでもよくなってきたなぁ。山下くんが産みの親だからさ。元をたどれば命名権はキミにある。下駄を預けるよ」

「そんな責任重大なこと。私には荷が重いです」

「つくるだけつくっておいて逃げるというのは風上にもおけぬ。ちゃんと世に送り出すのが親の責任ってもんだろう」

「確かに可愛いですけどね、自分のつくった商品は。でもそれとこれとは次元のちがう話で」「いや、変わらぬ。ここで逃げるやつは女にもだらしないと相場が決まっておる」

「なんという屁理屈。そうだ、こんなときこそ所長。助けてください。元はといえば所長が上層部にあげろとおっしゃったのが事の発端。お産婆さんである所長が命名すれば、この粉(こ)も喜ぶでしょう」

「うまいこと言って上司に責任をなすりつけるのか。とんだとばっちりだが社長の手前引く訳にもいかぬ。仕方ない。では、社長。私が名づけさせていただきます」

「よく言った。バイオテクノロジー研究所の責任者としてふさわしい覚悟だ。よし、では名づけたまえ」

「はい。商品名は……バイオXです」

「また振り出しに戻ったのか。それだと調味料とはだれも思わないから散々案を出してきたのだ。今さらなにを言うのだ」

「商品化に至るまでの苦労を名前に込めました」

「まったくもって意味がわからぬ」

「山下くんが初めてバイオXを持ってきたとき、スプーン1杯で衣類が真っ白に。スプーン1杯でうどんが料亭の味に変わりました」

「そうだ。いまも一緒ではないか」

「社長の閃きによって軽量する必要がなくなり、スティックになったのです」

「だからどうしたというのだ」

「スプーンが要らなくなった。名前も同様、匙を投げたのです」

 

 

 

 

 

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2026-04-09 | Posted in 週刊READING LIFE Vol.351

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