文学部に落ちた私が、仏教学部で30年越しの伏線を回収するまで《週刊READING LIFE Vol.352「いまだから書ける話」 》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
2026/04/16 公開
記事:回復呪文は使えない(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私の歴史好きは小学生時代に遡る。
おじいちゃん子だった私は、祖父と出かけたときに聞く「昔はここに何があった」という話が大好きだった。
「今は無いものが昔ここにあった」ということがとても不思議で神秘的に感じた。
そのときの雰囲気がとても好きだった。
小学校4年生の時、私は『三国志』を読みたいと母に言った。
今でも本屋に行けば売っている、全60巻の漫画版だ。
しかし、母は渋った。シンプルに、60冊もマンガを買うのが嫌だったのだ。
粘る私に、母は「これなら買ってあげる」といって、文庫版の吉川英治『三国志』(全8巻)を指さして言った。後日母が言うには、活字本を8冊も読まなければならないと思ったら諦めるだろうと思ったそうだ。
私は、「じゃあ買って」と言った。
読む気満々で手に取ると、あっという間に8冊読み終わってしまった。
歴史小説好きの祖父は、そんな私を喜んで、
山岡荘八や司馬遼太郎の歴史小説を大量に買い与えてくれた。
私は文庫本に囲まれて、思う存分歴史小説を読むことができた。
中学生の頃には、小説では飽き足らず、専門書を買って読むようになった。
そんな私は、自然と文学部史学科に行きたいと願うようになった。
大学入試が徐々に迫ってくる中で、「偏差値」のより高い場所にチャレンジしてみたくなった。
第一志望の大学だけ、文学部だけでなく政治系の学部も受けてみようと考えた。
第一志望は、政治系の学部と文学部。
第二志望は、文学部だけ。
第三志望も、文学部だけ。
4つ受験して、なんと第一志望の文学部だけ落ちてしまった。
「思い通りにならないな……」
第一志望の文学部だけ、受験科目に日本史が無かったことが敗因。
一方で、政治系の学部に合格したのは、日本史があったことが勝因だった。
不合格の通知を手にしながら、悔しさと諦めと、一方でより偏差値が高い政治系の学部に合格したことの高揚感が入り混じった複雑な気分だった。
「日本史のために希望しない学部に合格し、希望する学部に不合格だった」
人生のままならなさのようなものを感じた最初だったかもしれない。
私は迷った。
文学部に行きたいが、偏差値が一番高かった政治系の学部に受かったことも事態を悪くしていた。
第二志望も第三志望も、私としては行きたい大学だった。
今だから書ける話だが、歴史を学べるのであれば第二、第三志望でも良かったのだ。それが自分の真意だった。
でも、自分の真意とは裏腹に、「もったいない」という気持ちが頭をもたげてきているのも確かだった。
私の報告を受けて、両親や親戚も、高校の進路室も、塾の先生も、みな政治系の学部に行く前提で話をしていた。
無理もない。「大学卒業後」を考えれば選択肢は一つだろう。
「偏差値」という「他人の正解」に従うことに、当時の私には抗う勇気がなかった。
そして、時は流れ、私は「文学部に行かなかったことの価値」すら感じるようになっていた。
仕事では財務、法務、人事労務と、いろんなジャンルで、いろんなチャレンジをさせてもらった。
M&Aにも携わった。
仕事の場で、大学で学んだ政治系の知見や考え方が非常に役立ったと私は感じていた。
財務も法務も人事労務も、政府がどのような指向性で動いているかを考えながら、いかに規制をかいくぐって企業行動をとるかがキーになってくるからだ。
そんな中で、もう少し法務系の知識を高めたいと考えるようになった。
そこで、通信制大学の法学部で学ぼうと考えた。
資格試験を受けるという選択肢もあったが、法律の立法趣旨や背後に潜む想いなど、「条文の行間を読み」たくなったのだ。
契約書の「この条項」や、許認可に関わる法令上の「この条文」に抵触した場合、「ごめんで済む」のか、「ごめんで済ませてもらえない」のかを頭の中で立体的に判断できるようになりたかった。だから、大学での基礎的なところからの学びが必要だと感じた。
しかし、通信制大学は10人に一人も卒業できない。
仕事終わりか休みの日に専門書を自分で読み込む毎日。
モチベーションが維持できないのだ。
「通信制法学部」は、そうした卒業しにくい大学だった。
教授陣のレベルが非常に高い。だからそこで勉強したい。
そこでひとつ考えた。
「通信制法学部」を卒業するための「滑走路」として「卒業しやすい通信制大学」に行くことにしたのだ。
そこで練習をして、「通信制法学部」の学びを充実したものにするのだ。
こうして、私は「卒業しやすい通信制大学」の三年次に編入学した。
そして、順調に単位を取り終え、卒業が押し迫ったある日。
落とし穴にはまっていたことに気が付いた。
科目登録をミスって、どう考えても卒業単位が2単位足りないことに気が付いたのだ。
私は頭を抱えた。
「このまま行ったら卒業できない!!!」
焦りながら、卒業する方法を探した。
そして、一つ発見する。
資格試験を卒業単位に算入できる、というシステムだ。
算入可能な資格を調べ、一つの資格に狙いを定めた。
~簿記3級~
これならすぐ受けられるし、多分受かる。
インターネットから2週間後に受験予約を入れる。
そして結果は、ギリギリだった。
合格点70点ところ70点。
簡単な資格だとなめていたのが良くなかった。
決算書を読み解くことはいつもしているが、簿記=「決算書を作るための知識」は曖昧だった。
試験場を出ると、雪が降りそうな1月の曇天。
吹き抜ける寒風に、さっきまでぐっしょりかいた冷汗が、さらに冷やされて凍えた。
しかし、こうしてはいられない。
いそいで家に帰り、結果を大学に送付。
そして無事単位認定。めでたく卒業。
良かった! ……とはならなかった。
このころ私を取り巻く環境に大きな地殻変動が起きていた。
妻の実家のお寺を継がなければならなくなったのだ。
私はお寺を継がない約束で結婚した。妻も私がお寺を継ぐことを望まなかった。
先代は、他のお寺の住職を後継に手配して話を進めてくれていた。
ところが、ある日突然先代の住職(妻の父)が体調を崩し、入院後そのまま高齢者施設に入ってしまった。
先代がお寺の判断をできない状況になったところで、なんと同じ地域の長老が、後継候補の住職を勝手に断ってしまった。そして、私に跡を継ぐように言う。
そして、「2年間京都の道場で修業に入ってくれ」と私に告げた。
檀家さんの代表も、町内会長も、私に挨拶に来た。
外堀どころか内堀まで埋まっていた。
その手回しの良さに驚愕する。
いろいろな問題が頭を巡る。
「修行中は誰が私に仕送りをしてくれるのかな?」
「子供の生活費とか習い事はどうするのかな?」
思う所はいろいろあった。が、つまるところ私は欠席裁判の末に追い込まれた。
突然そんな状況に追い込まれて見つけたのが通信制大学の仏教学部だった。
「せめてここなら仕事をしながらなんとかなるかも?」
「卒業しやすい通信制大学」を滑走路にして、「通信制法学部」に向けて飛び立つつもりが、「通信制仏教学部」に着陸した。
「やっぱり思い通りにならない……」
つくづく、「大学運」が無いな、と感じた。
「通信制仏教学部」への入学を長老に報告しに行った。
長老のお寺は手入れが行き届いており、建物も立派だ。
庭の敷石の白さと、真っ白な建物の壁の白さが妙に目に焼き付いた。
どちらも、うちのお寺には無いものだ。
「通信制仏教学部」は、仏教系の大学の中では最高峰の一つであり、教授陣のレベルが非常に高い。
「レベルの高い学びがあるはず」
私はそう考えて自分を納得させようとした。
そこは良いのだが、私が学びたいのは法律であって仏教ではない。
教授陣のレベルが高かろうと、学びたいのはそこではないのだ。
簡単に納得できようはずがない。
でも、長老、檀家、町内会からの要請だ。
田舎の町の恐ろしさを感じながら、人柱になった気持ちで「通信制仏教学部」に入学した。
これで家族の犠牲の上に「京都で修行」をせずに済んだ。そのことが「不幸中の幸い」だったと諦めて。
確かに教授陣のレベルは高かった。
Zoomの授業を受けてみたが、思いのほかロジカルで納得感があった。
これも今だから書ける話だが、正直、「仏教を学ぶ」ということをバカにしていた。
「誰も見たことが無い『あの世』を大学で学ぶのか?」と。
しかし、良い意味で裏切られた。もちろん「あの世」の話もかなりの頻度で登場するが、それは仏教文学であり、当時の世相を読み解くための社会史や民俗学的に取り扱う。
とある准教授が「私もお寺に生まれて『やれやれ、親父もこんな世界でよくやるよ』みたいな気持ちでいた。誰がどう考えても実在しないことを仏教では学ぶ。それは、『ハリー・ポッターが呪文を唱えたら炎が出る』みたいなもので、フィクションだ。でも、この世界でいろいろ体験してきて、小説がある人の心を救うことがあるように、一見役立たない仏教が人の心を救う場面を見ることが多くあった。『一見非合理な教えや儀式も、ナラティブ(物語)が人を救うことがある』と捉えた方が仏教は捉えやすい」と語った。
この語りは私の気持ちに非常に鋭く刺さった。私も「やれやれ、こんな世界でよくやるよ」と考えていた。「お釈迦様の教え」は嘘っぽいものが多かった。でも、「物語」として割り切った上で、そのストーリーやキャラクターを人の心に寄り添う道具として使うと考えると捉えやすい。
マンガでも、アニメでも、ゲームでも。そのキャラクターや世界観、セリフに勇気づけられることは私にもあったし、そういう人が大勢いる。その一つとして仏教を捉えた方が分かりやすい。
その上で、いろんな仏様がキャラクターで、お経は仏教世界のストーリーであり、唱えると呪文になる。
これらについて深く知ることが教学。
そして、それらのキャラを生み出した作者や生み出された時代背景を知ることが仏教史。
宗派ごとに、キャラやストーリーへの考察が違う。オタクの世界の住み分けみたいだ。
この授業以降、考えてもみなかった想いが気持ちを支配するようになった。
文学部への思いが再燃してきたのだ。
仏教は、宗教とはいえかなり哲学に近い。
歴史ほどではないにせよ、東洋哲学は興味があった分野だったからだ。
そして、何より仏教が歩んできた歴史を学ぶ時間が多い。
日本仏教史、インド仏教史、中国仏教史、韓国仏教史、チベット仏教史、ベトナム仏教史。
チベットや韓国、ベトナムなどはそもそもその国や地域の歴史を学ぶ機会が限られている。
新しい発見だらけでとても面白かった。
「これは、18歳の私がやりたかったことに、限りなく近いのではないか」
そうして今はモチベーションが高まっている。
仏教的な思想が現代人の意思決定の後押しにならないかを卒論でやろうと思っている。また、通信制の修士課程、博士課程もあるので、そこに進みたいとすら考えている。
法律を学びたいという思いも消えてはいないのだが、もっと広い意味で、人の意思決定をポジティブに後押しするプラットフォームとして仏教的な思想が役に立ちそうな気がしているのだ。こうした点を追求したい。
30年前、不合格という形で幕を閉じた「文学部」への想い。
法学部という「練習」を経て、最短距離で人生をコントロールしようともがいた結果、私はお寺という理不尽な「縁」によって、本当に辿り着きたかった場所に運ばれてきたのだ。
いや、思い通りにならないからこそ、ここに来たのかもしれない。
仏教は「縁」を尊ぶ。
人柱だと思っていた自分は、今、人生の意思決定をポジティブに後押しするプラットフォームとしての仏教という、新しい探究テーマに心躍らせている。
通信制の修士、博士課程への進学すら、今は選択肢に入っている。
もし、あなたが今、予定外の出来事に翻弄され、自分の計画が瓦解したことに絶望しているとしたら。
少しだけ、その「濁流」に身を任せてみてほしい。
人生の遠回りは、時に、自分でも気づかなかった「本当に居るべき場所」へとあなたを運ぶ、最短の近道であることがあるのだから。
【ライターズプロフィール】
回復呪文は使えない(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
「そんなことってある?」という展開で、ある日突然妻の実家のお寺を継がなければならなくなった僧侶見習い。髪はまだある。本業は財務コンサルタントと金融投資業。煩悩の象徴、お金を扱う本業と、煩悩を断つ使命を帯びた僧侶の両立に悩む。


