戦場はマクドナルド《 週刊READING LIFE Vol.44「くらしの定番」》
記事:遠藤淳史(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「668をお願いします」
私の休日はこの第一声から始まる。近くのマクドナルドで朝メニュー、いわゆる朝マックを食べるのが休日のルーティン。668とは、定番のソーセージエッグマフィンセットのクーポン番号である。通常は450円なのだが、公式スマホアプリのクーポンを店員さんに見せれば350円でいただくことができる。他のメニューもクーポンはあるけれど、割引額が10円単位のものが多く正直言ってあまりおトクに感じない。けれどもソーセージエッグマフィンは違う。いつ何時でも100円引きの懐を開けて待ってくれている。
その滲み出る余裕と安心感はまさに、AKB48の絶対的センターとして君臨し続けた前田敦子のよう。総選挙やじゃんけん大会などで幾度かセンターの座を譲ったこともあったが、彼女が卒業して数年が経つ今、みんなが「やっぱりセンターといえばあっちゃんだった」と口を揃えて言うのはつまりそういうこと。紆余曲折を経ても最後にはあっちゃんを認めざるを得なかったように、朝マックのセンターを常にフライングゲットするのはソーセージエッグマフィンなのだ。カタカナが多くてびっくりしている。安心と信頼のソーセージエッグマフィン。その存在は、私に他のメニューを注文することをいつまで経っても許してくれない。
私くらいのソーセージエッグマフィンオタクともなれば、まず店に入る前にスマホにクーポン画面を表示した状態でポケットに入れておく。自動ドアが開き、店員さんの爽やかな「いらっしゃいませ!」を聞いた後、その場でさりげなく「あ、そういえばクーポンあったはず」感を醸し出してスマホを取り出すのだ。入店前からクーポン丸出し状態だと、こいつまさかソーセージエッグマフィンオタクではあるまいかと思われてしまう。それだけは避けたい。真のソーセージエッグマフィンオタクはソーセージエッグマフィンオタクであることを悟られてはいけない。アイアンマンもスパイダーマンも、最終的に正体を市民に知られることになったが当初は隠していたように、初めは謙虚であるべきだ。注文台に着く頃にちょうどクーポンが表示されるように歩幅を計算して歩くのがコツ。そして店員さんと対峙し、満を持しての「668をお願いします」を放った時、試合開始のゴングは鳴る。
店員さんは素早く畳み掛ける。全力の笑顔での「かしこまりました! 668ですね。お飲み物はどうされますか?」がきた。
くっ、眩しい。その朝日にも似た爽やかさに寝起き30分しか経っていない私は怯みそうになるが負けない。
「じゃあアイスコーヒーで」
最初からアイスコーヒーを飲みたかったくせに「じゃあ」をつけてその場の気分で決めました感を出すのは常連と思われたくないからだ。我ながら見苦しい。すでに劣勢である。
「アイスコーヒーですね! お会計350円になります」
ここからが肝。マクドナルドでは会計時に楽天かドコモのポイントカードを提示すれば支払額に応じてポイントを貯めることができる。そのため会計金額を伝えると同時に店員さんは
「ドコモか楽天のポイントカードはお持ちですか?」
と丁寧に聞いてくれる。持っておる。持っておるとも。楽天カードを持っている私は当然ポイントの対象内。だがここで重要なのは、貯めるためには楽天スマホアプリのバーコードを表示しなければならないということ。そう、さっきソーセージエッグマフィンの668を表示したばかりのスマホで。ここでモタついてしまえば、こいつポイント貯めるのに必死やな、まさかソーセージエッグマフィンオタクではあるまいかと思われてしまう。すでに劣勢極まりないのに、追い打ちをかけるような動きをしてしまえばもう取り返しはつかない。
668の画面から楽天アプリまで遷移するために、私のiPhoneでは上にスワイプ→タップ→タップ→左にスワイプ→タップのステップを踏まなければならない。合計2スワイプ3タップの操作を素早く行うために、親指に全神経を集中させる。ここで忘れてはならないことがある。いくら親指が流れる川のごとくスムーズに動いてくれたとしても、スマホの電波の問題で動きに遅れが生じてしまえば元も子もない。そのためいつも持ち歩いているWi-Fiの接続をこの時だけ切り、携帯キャリアの電波を使って画面を移行させる。通信制限がかかっていない限り、この方が確実なのだ。おかげで滞ることなく楽天アプリの画面まで遷移し、何事もなくポイント獲得に成功した。事前準備の賜物である。
あとは350円をスムーズに支払えば私の勝ち。そう思い小銭入れのチャックを開け、両の親指でガバッと開く。100円玉は数枚確認できた。300円はいける。あとは彼がいてくれば…。
すると見えた。確かに見えた。店内のライトに照らされキラリと光る、穴の空いたドーナツ型の硬貨が。それも黄金色ではなく白銀色の硬貨が。いざ50円玉。渾身のドヤ顔で差し出した350円は店員さんの「350円ちょうどお預かりします!」の声と共にレジに吸い込まれていく。ちょうど、丁度。いい響きである。お釣りを出すことなくピッタリ会計ができた時の快感は何物にも代え難い。何かいいことがありそうな気がする。見事な逆転勝利であった。
「お待たせしました! ◯◯番でお待ちのお客様」
レシートに書かれた番号が呼ばれる。トレイに乗せられたソーセージエッグマフィン、ハッシュドポテト、アイスコーヒーが綺麗な三角を描いている。素晴らしい眺めだ。どれか一つが欠けても完成しない至高の組み合わせ。これがないと始まらない。トレイを手に取り、店内のいつもの座席へと向かう。休日と言えども、やはり朝は空いている。
ようやく席に腰を下ろす。同時にスマホはポケットにしまう。マクドナルドに限らず、外食をしていると携帯を片手に食事をする人をよく見かける。器用だなと思うが私は真似したくない。何か別の作業をしながらの食事は味がおろそかになり、美味しいと感じにくい。食べるときは食べることに集中する。スマホは二の次。横着しない。目の前の食べ物をしっかり味わうことは今を生きることと同じ。丁寧な暮らしはこういうところから始まるのだ。
ようやく宴の時間。こんがり焼かれたマフィンの中に挟まれるのはジューシーなソーセージ肉とチーズ、そして肉厚エッグの3段構え。さらにハッシュドポテト、Mサイズのドリンクがついて350円。コスパがいいどころの話ではない。もはや暴力である。価格の暴力。朝マックはいつだって全力のフルスイングをかましてくる。
まず最初にアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れる。ブラックも好きだが、休日くらい甘やかそうと思う。よくかき混ぜた後は少しだけ飲み、口の中を潤す。その後は待ちに待った我らが主役、ソーセージエッグマフィンの登場。包みを開き、香ばしい匂いを味わった後、満を持してかぶりつく。うまい。うますぎる。口を休めることなく動かしていたら、ものの数分で食べ終わってしまった。けれどもまだ終わらない。ダークホースのハッシュドポテトが残っている。外はカリカリ中はホクホクの出来立てポテトは全人類の大好物。冷めないうちに頬張り、アイスコーヒーで一気に流し込む。
席に着いてから5分も経たずに、朝の宴は終わる。あとは残ったアイスコーヒーをすすりながら本を読んだりパソコンをカタカタする。そうしてソーセージエッグマフィンの美味しさの余韻に浸りながら一日の予定を考える。今日は何をしようか。映画を観に行こうか。あ、髪を切りに行かなきゃ。ついでに気になっていたあの本も買いに行こう。
ようやく、私の休日が始まるのだ。
◻︎ライタープロフィール
遠藤淳史(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
兵庫県生まれ。
関西学院大学 社会学部卒業。
都内でエンジニアとして働く傍ら、天狼院書店のライターズ倶楽部に参加。
毎週末の映画館巡りが生き甲斐。
http://tenro-in.com/zemi/86808