週刊READING LIFE vol.44

定番はコミュニケーションツール《 週刊READING LIFE Vol.44「くらしの定番」》


記事:小倉真紀(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「あなたの定番はなんですか?」
 
そう投げかけられたらあなたは何て答えますか?
 
この質問がいかに優れているかについて一緒に考えてみてほしい。
 
まず、答えが幾通りもありうるのだ。十人十色では済まされない。万人が万人、異なるものを答える可能性だってあるし、同じ人においても、聞かれたときによって答えが異なることがあるのだ。それは、「定番」ということばの射程の広さにある。別に、一人の人の答えが、聞くたびに変わるのは、その人が「定番」ということばの意味がわかっていないわけでは決してなくて、何の定番について話すかということをその人が無意識にチョイスするからだ。そしてその、何の定番について話すかということに関しては無意識に選ぶのだから、そのときどきの気分によって変わる可能性が高い、ということだ。
 
つまり、「ファッションの定番」について話すか、「カラオケで歌う曲の定番」について話すのかということから、答える側にゆだねられているのだ。
 
そこにこの質問の面白さ、秀逸さがあると考える。
 
例えば、「あなたの定番はなんですか?」と聞かれて、一人の人が「ビール」と答えたら、そのことから何がわかるだろうか。おそらくその人は、お酒が好きでしかも結構強かったりする。そして、飲み会の場が好き、とか、ここ最近飲み会が続いていたとか、そういうことも推測することができる。「飲み物」の定番をチョイスしていることから、「のどがかわいているのかも」とか、「お酒」の定番をチョイスしていることから、「仕事を早く終わらせて帰りたい(もしくは飲みに行きたい)んだろうな」とか、そういったそのときの気分も推し量ることができる。
 
さらに、この質問の秀逸さはここで終わらないのだ。
この質問が一問一答的に、「あなたの定番はなんですか?」「ビール」では終わらない。確実に聞いている側としては、つっこみたくならないかい? 「なんで?」と。
直球に「なんで?」とは聞かないまでも、「ビールがお好きなんですね。」「よく飲まれるんですか?」「お好きな銘柄は?」「しょっちゅう飲みに行かれるんですか?」などなど、いくらでも話が続けられるのだ。
 
まだ、いいところはある。
これがもっとも力を発揮するのは、複数の人と話をしているときだ。
「ビールがお好きなんですね。あなたはどうですか?」と他の人に話のほこさきを向けることができる。ここでもまた、一つ面白いことが起こる可能性がある。
というのは、この二人目以降に聞かれた人が、他人に興味があって、人の話を聞いているなら、おそらくお酒の話、ずれても飲み物の話を続けて、自分もその範囲での「定番」を答えるだろう。しかし、前に話していた人の話に興味がなかったり、何か他に気になることがあったりして話を聞いてなかったりすると、いちばん最初の質問「あなたの定番はなんですか?」に答える。そうすると話題が変わる。
こういったことはそう起こることではない。だがやはり、この質問の本領が発揮されるのは複数で話している場面なのだ。一人目の人が設定した話題のなかで、それぞれにとっての「定番」について話をしていく。同じであれば「わかる!」と盛り上がるし、異なればそれはそれで、各々が自分の定番がいかに定番かということについて語ることができる。
価値観が垣間見えるのである。十人十色がうまくはまって楽しくなる。みんな好きなことを話すから満足感も高い。
こちらが話さなくても、最初の質問と、「あなたは?」という投げかけだけで勝手にみんなで話を進めていってくれる。
 
もちろん、こちらで何の定番に話すか絞って聞くことだってできる。それについては特に、好みや価値観が顕著にあらわれるのだ。
例えば、「目玉焼きにかけるものの定番は?」と聞いたとしよう。
「塩」と答えるならさっぱりしたシンプルなものが好きだとか、「ケチャップ」と答えるならちょっと新しくてパンチがあるようなものが好きだとか。そういった風にいろいろわかるものだ。
 
この質問がいかに優れているかがおわかりいただけただろうか。
この質問を使えば、相手の人となりがわかるだけでなく、複数人で話をしている場面であれば、勝手にみんなが話を進めてくれるのだから、こちらがどんなに会話が苦手であっても全く問題ない。つまり、「定番」はコミュニケーションツールなのである。
 
私にとって、雑談の定番である。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
小倉真紀(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

千葉県佐倉市出身・在住。千葉大学文学部卒業。
大学卒業後、日本語教師養成の専門学校に通学、資格取得も卒業式中に東日本大震災発生。留学生が日本に来なくなり、日本語学校での職を失う。その後、某大手学習塾の個別指導部門で6年間講師をし、その後地元の学習塾専任講師に。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/86808

 


2019-08-05 | Posted in 週刊READING LIFE vol.44

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