声に引きずりこまれ、音楽に酔い、最後まで行き届いた演出に涙。アニメ「昭和元禄落語心中」に浸る。《 週刊READING LIFE Vol.47「映画・ドラマ・アニメFANATIC!」》
記事:井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「ドラマ、どうです? ご覧になりました?」
札幌駅北口にある公共施設。
2018年12月。わたしは、とある落語会に来ていた。
開場の1時間ほど前からおじさまおばさまたちに紛れて列に並び、ど真ん中の最前列をゲット。1席だけポツンと空いていたのである。ひとりで来るのも、こういうときはいいもんだ。
「いよっ! 待ってました!」
体育館のような会場に本格的な掛け声があることに、ちょっとだけむず痒くなる。
もう耳に馴染んだ出囃子とともに、わたしの推しメンである桃月庵白酒師匠が「へへっ」とした笑みを浮かべて左袖から出てきた。
テレビドラマ「昭和元禄落語心中」。
そのドラマを指して、彼は言ったのだ。
「あんなイケメンに落語やられちゃあ、こっちはもうお手上げですよ」
響きやすい会場に、ひときわ大きく笑い声が響く。
ドラマは岡田将生さんが主演を務め、大変話題となった。
が、今回わたしが語りたいのはドラマ版ではない。
原作マンガは雲田はるこ先生により2010年から雑誌連載され、単行本は全10巻。
戦前の昭和からスカイツリーがそびえ立つ現代までを通して、「助六」「八雲」という落語家の、友情、愛情、嫉妬、孤独……など、さまざまな感情を繊細に丁寧に描かれ、時代が移ろいでも変わらないものがあることを教えてくれた作品だ。第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第21回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。わたしは、「このマンガがすごい! オンナ編」で第1位になったことで、この作品を知り、一気に読んだ。登場人物の表情や言葉に感情移入し、落語のシーンが出てくれば、なんの噺か頭の中をめぐらせる。知ってる噺が出てくれば、それだけでうれしかった。
「映像化不可能」
原作ファンでそう思っていた人は、わたしだけではなかったはずだ。
落語はひとりで何役もこなす。1つの噺を何年もかけてつくり上げていく。だからこそ、演じるには相当の技術が必要だと思った。
ひとりの人物を演じつつ、さらに、その人物でありながら子どもや女性、老人なども演じ分けないといけない。
ところが、それは、わたしの勝手な取り越し苦労に過ぎなかった。
アニメ「昭和元禄落語心中」。
今回わたしが語りたいのは、アニメ版だ。
1話ごとにすばらしい回なのだが、最も伝えたいことを3つに絞った。
まず、「奇跡のキャスティング」と雲田はるこ先生も唸った声優陣。
アニメは2016年に第1期が、2017年に第2期が放送された。
いずれにも登場する主要人物を「石田彰」「山寺宏一」「関智一」「林原めぐみ」という文句なしの声優陣が演じる。
石田彰さんは有楽亭八雲を青年時代から晩年までという長い時間の流れを完璧につくりあげ、さらに落語も年齢に合わせて仕上げていた。まさにひとりの人物を演じ切った! という状態で、この作品のキーとなる落語「死神」は、アニメファンのみならず、落語ファンからも評価され、立川志らく師匠が石田彰さんの落語を絶賛したという。また、作品の中では女役を演じる場面があり、そこでの艶っぽい声にはゾクゾクとさせられた。
山寺宏一さんは、最近ではディズニー作品の「アラジン」を実写版のジーニーを演じていることは記憶に新しい。アニメ版と同じく彼が演じることに狂喜乱舞した人を何人も見た。また、無限の声を持つと言われ、1作品の中で何役も務めたことがあるのは有名だが、この作品はなんとオーディションで得た役だということにはとても驚いた(ちなみに、関智一さん以外は全員オーディションだったそう。これにも驚いた)。山寺さん演じる「助六」で印象深いのは第1期の12話。ここで披露される「芝浜」に、心を打たれる。一旦は落語を離れた助六の心情が観ている側にはわかっているからこそ、「芝浜」という落語が重なって涙を誘う。
関智一さんは、有楽亭八雲に弟子入りする刑務所帰りの変わった男、与太郎(後の助六、9代目八雲)を演じる。泣いたり笑ったり怒ったり、とにかく忙しい役だが、圧巻だったのは第2期の8話。山寺さん演じる助六の「芝浜」を再現するシーンだ。「落語のたのしさを思い出してほしい」という一心で「助六の芝浜」を始めた途端、「助六の芝浜」だと八雲が気づくシーンは、関さんが「与太郎を演じながらも山寺さんの助六を演じる」という、もうなにがなんだかわからいけどすごい状態だった。
そして、紅一点。林原めぐみさん。彼女の説明も不要かと思うが、綾波レイでも灰原哀でもなく、なんとも艶かしい女性、みよ吉を演じている。最初は弱そうでいやらしそうに見えた彼女が、どんどん魅力的な女性になり、最後はやさしい表情まで声に乗せて見せてくれる。
映像なしで耳だけでも、たまらない声優陣だ。
2つ目は、音楽。
まず、第1期第2期ともに林原めぐみさんが歌う主題歌は、椎名林檎さんの作詞作曲だ。特に、第1期の「薄ら氷心中」がいい。椎名林檎さんが林原めぐみさん演じる「みよ吉」のセリフの声素材から楽曲のキーを決めたということをなにかの記事で読んだ。
「みよ吉」なのか? と思わせるが、歌となるとより艶っぽくて、みよ吉ではないような気がしてくる。けれど、その歌詞は「みよ吉」の人生そのもので、一気に作品に引き込ませる。
さらに、音楽でもうひとつ。落語がかかるシーンも音楽のよさが光る。落語が盛り上がる少し前からジャズ音楽が入り込み、落語とジャズが一緒に最高潮に登っていくのは、落語のスピード感をうんと感じさせてくれる。小気味よいジャズが落語を聴くワクワク感を大きくする。
最後に、わたしがこのアニメでもっともすばらしいと思ったのは、第2期最終回のエンディング。最後の最後、スタッフロールがはじまってすぐのところだ。
第1期で13話、第2期で12話。主人公「八雲」の人生とともに走りに受けてきた作品がとうとう終わる。あぁ、終わってしまう。大好きだったたくさんの登場人物ともこれで最後だ。
落語とともに心中しようと思っていた八雲。そんなことはさせないと、「助六」、そして「八雲」の名を継いだ与太郎。八雲が憧れてやまなかった助六。
満開の夜桜から、星空へと背景が変わる。
スタッフロールが流れはじめてすぐ、その3人の落語がたたみかけるように次々とかかってくる。
星空を背景に白字のスタッフロールで彼らの映像ではない。音だけだ。けれど、それがいい。聴こえてくる落語が、そのときの場面を思い出させてくれる。あぁ、生きてるんだな。もがきながら生きた落語家を描いたマンガが、映像と声が入り、たくさんの登場人物の生き様を見せてくれた。
「オイラ落語がなくなるなんざぁ、いっぺんも考えたこたねぇんだ。だってよ、こんないいもんがなくなるわけねーべ」
9代目八雲となった与太郎が言う。
その通り、3人の落語家が紡いだ落語の世界を見せてもらった。
昭和、平成、そして令和と時代が変わってきました。
古いものは淘汰され、新しいものが次々と出てきます。
落語も、そういう部分があるかもしれません。
けれど、このアニメでは、落語に対する変わらない想いを持っている落語家が、次々と出てきます。
彼らがどのように落語の世界を生きたのか。
新しい時代になった今、ぜひ目で観て、耳で聴いてほしい。
わたしは今回、これを書くために25話一気に観直したが、もうすでに、また最初から観たくなっている。
◻︎ライタープロフィール
井上かほる(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
札幌市在住。元・求人広告営業。
2018年12月より天狼院ライターズ倶楽部に所属中。
IT企業のブログにて、働く女性に向けての記事を書いている。
エネルギー源は妹と暮らすうさぎさん、バスケットボール、お笑い&落語、映画、苦くなくて甘すぎないカフェモカ。
http://tenro-in.com/zemi/86808
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