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週刊READING LIFE vol.47

ヴィンランド・サガの行く先が心配でたまらない《 週刊READING LIFE Vol.47「映画・ドラマ・アニメFANATIC!」》


記事:吉田けい(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

この作品に出会って良かった、と思える作品が、この世にいくつあるだろうか。
そしてその作品が漫画だったとして、それがアニメ化し、地上波で放送されるのは、ファンにとってどれほど幸運で、どれほど喜ばしいことだろうか。私はこの夏、そんな幸運を手に入れることのできた、極めてご機嫌な主婦である。
 
幸村誠原作、籔田修平監督、「ヴィンランド・サガ」。
 
2019年7月7日(日)24:10より、NHK総合にて放映開始した戦記物のアニメ。ヴィンランド・サガという作品に出会えたことは私の人生において至上の喜びで、そのアニメ化にリアルタイムで立ち会えることは、とても喜ばしく、そして放映終了まではどうしようもなく不安で仕方がないことだ。アニメーションのクオリティも心配だし、ストーリーが変な方向に改変や省略されていないか気がかりだし、何より声優は私の脳内イメージと合致するのか、気が気ではない。ありとあらゆる心配と期待を手汗と一緒に握りしめて、放映時間を祈るように待つしかないのだ。放映中はアニメの隅から隅まで何一つ逃さず視聴したいし、DVDが出たら購入したいし、サウンドトラックが出たらエンドレスリピートで聞きまくりたい。不安を抱えながら、番組やスタッフを応援し、グッズ購入で経済を潤すのが、正しいファンの在り方だ。
 
今日は、愛してやまない「ヴィンランド・サガ」の原作とアニメ、双方の魅力を、FANATICに語らせていただこうと思う。どうしてもネタバレしないと書けない部分もあるので、その点はご了承いただきたい。

 

 

 

 

ヴィンランド・サガは、2005年4月より講談社の週刊少年マガジンにて連載が始まったが、幸村の執筆ペースが週刊連載に追いつかず、2005年10月にマガジンの連載を終了、2005年12月より同社の月間アフタヌーンにて連載を再開した。以後現在も掲載が続き、単行本は2019年8月現在22巻まで発売されている。それまで日本ではあまり注目されなかった、中世の北欧ヴァイキング達の生き様を描く、戦記とも、叙事詩とも言える壮大な作品だ。
 
物語は史実をベースに再構成されている。コロンブスがアメリカ大陸を発見する以前に、北欧系民族によってグリーンランドおよび北アメリカに入植した記録が残っている。彼らはアメリカ大陸のことを「豊かな土地」という意味の「ヴィンランド」と呼んでいた。ヴィンランド・サガというタイトルも、もともとヴィンランド入植の記録を残した、「グリーンランド人のサガ」「赤毛のエイリークのサガ」の二篇の総称なのだそうだ。その時の入植者のリーダーは、その名をソルフィン・ソルザルソンといい、アイスランド人である。漫画ヴィンランド・サガの主人公トルフィンは、ソルフィン・ソルザルソンをもとに構築された、アイスランドの戦士なのだ。上記二篇のサガにソルフィンの記述は少なく、物語の骨子は作者の幸村誠によってかなり脚色されている。
 
漫画ヴィンランド・サガは愛の物語であり、苦悩の物語であり、贖罪の物語だ。幸村氏のインタビューによれば、連載企画を通す時に、「北斗の拳と赤毛のアンをやります」と言ってのけたらしい。汚物は消毒だー! ほあたたたヘブシ! お前はもう死んでいる! の北斗の拳と、やれあいつが気になる、髪の色が気に食わないとおしゃべりしまくる赤毛のアンじゃ、全く似ても似つかない。読者心に、よくまあそんな説明で企画が通ったものだと思う。しかし漫画を読んでみれば、その説明は極端ではあるが間違っていないと納得せざるを得ない。
 
西暦11世紀初頭、キリスト教圏を脅かすヴァイキング達の悪逆粗暴極まりない振る舞いが、作中で一切の誤魔化しがなく描かれている。戦士たちは笑いながら敵兵を殺し、画面いっぱいに内臓や目玉や千切れた手足が飛び交う。幸村氏は、インタビューや巻末コメントでしょっちゅう書いているが、暴力なんか大嫌いなんだそうだ。だからヴィンランド・サガで、暴力的なシーンを描くのは嫌で嫌でたまらないらしい。だが、「暴力は嫌いという事を描くには、暴力をしっかり描かないといけない」ので、やむなく描いているとのことだ。それにしてはよく頭が真っ二つになったり、生首を振り回したりしているものだと思う。そんな臓物や目玉が飛び散る世界の中で、主人公のトルフィンをはじめ、登場人物それぞれが、生きることに苦しみ悩むさまを丁寧に描いている。そのあたりが赤毛のアンなのかなと思えなくもない。
 
物語は、暴力に溢れた北欧世界から逃れ、戦争のない国をヴィンランドに建国することを目的としている。トルフィンの建国の決意に説得力を持たせるために、彼が六歳ほどの幼い少年の頃から物語は始まる。目の前で父を殺され、復讐の憎悪だけに突き動かされていた少年時代。仇敵との決闘権を手に入れるために戦場働きをし、たくさんの戦士や罪のない人々を殺害した。しかし、仇敵は別の人物にあっさり殺害され、トルフィンは生きる意味を見失い、奴隷となってしまう。奴隷として自暴自棄に暮らしていく中で、初めてできた友人との交流や、畑の耕作を通して、自分の罪深さを自覚し、暴力と決別する決意をするトルフィン。そしてそれこそが、亡き父が目指していた「本当の戦士」なのではないかと考え始める。しかし、暴力だらけの北欧世界では、非暴力を貫くことは難しい。暴力の犠牲になって、逃げることもできずに死んでいってしまう者たちもいる。トルフィンは、自分自身の贖罪の意味も含めて、はるか西の海の彼方に、この暴力だらけの世界から逃げてきた人々を受け入れる国を作ると決意するのだ。その後、建国のために資金集めなど奔走するが、行く先々のトラブルを、暴力に頼らずに解決しようとするトルフィン。これは贖罪なのだと決意を胸に秘めながらも、それを貫くのはしんどい、と、苦悩を抱えながら旅を続けている。
 
大筋としては上記の通りだが、トルフィン以外にもたくさんの登場人物が現れる。その中でも特筆すべきは、デンマーク王のクヌート一世だろう。彼は実在する人物だが、トルフィンのモデルのソルフィン・ソルザルソンとかかわりがあったかどうかは史実には記載されていない、二人の関係性はおそらく幸村氏の創作だ。クヌートは即位前の王子の頃から登場し、しばらくの間トルフィンと共に旅をする。物語の前半は、トルフィンよりもむしろクヌートに焦点が当てられることが多い。立場も思想も全く異なる二人だが、クヌートもまた、ヴァイキング達を生きる苦しみから救うため、楽土建設を目指してデンマーク王となっていく。物語前半は、トルフィンの憎しみの裏付けとともに、クヌートの楽土建設の動機づけの説明にもなっているのだ。
 
クヌートは、トルフィンとは違い、目的遂行のためには暴力や多少の犠牲も厭わない。それはトルフィンとは真逆の方針だが、どちらが是とは描かれない。物語上でも、トルフィンもクヌートも、相手を否定せずに、友情にも似た不思議な連帯意識をもってそれぞれの事業を黙認する。クヌートとトルフィンを、その立場や思想をそれぞれ比べて読み解いていくのが、この作品の醍醐味の一つだ。その他の登場人物も、トルフィンを起点に見てそれぞれ相違点があり、それが物語での行動の動機となっている。トルフィンと父、トルフィンと仇敵、トルフィンと友人など、いろいろな角度から愛の在り方、贖罪の意義と苦しみ、作中の「本当の戦士」の意味について考えていくと、彼ら一人一人を友人のように応援したくなってくるのだ。
 
この物語が私をこんなにも惹きつけてやまないのは、漫画なのに行間があることだと思う。行間というと普通は小説に用いる用語だが、ヴィンランド・サガの場合、幸村氏の圧倒的な画力がそういった表現を可能にしている。セリフはできるだけ簡潔にし、そのかわり、登場人物の表情を細やかに描く。表情のバリエーションがいくつあるのかなど想像もつかない、きっと描くシーンの数だけ、無限に存在するのだろう。言葉のない微細な表現から登場人物の心情を読み解くのは、名優が好演する映画でも見ているかのようだ。
 
さて、そんなヴィンランド・サガが晴れてアニメになった。ファンとしては大変喜ばしいことである。しかし、幸村氏のように作画もストーリーも圧倒的に素晴らしい原作だと、アニメ制作側の力量が追い付かないのではないかと気が気ではない。コマの大小まで意識した、しかし最近の少年漫画に比べればすっきりとシンプルなコマの割り振り。当時のヴァイキングの習俗や文化を詳細に調べ、小道具や風景にさりげなく、しかししっかりと書き込まれた作画。雪の表情や時間の経過まで書き込まれた、細やかで美しい自然の風景。無駄のないセリフ。制作サイドは、この作品のこうした魅力にちゃんと気が付いているだろうか。余計なものを追加したり、なくてはならないものを削除したりしないだろうか。しかも前情報によれば、漫画の第一話を省略して、幼少期からスタートさせるらしい。第一話は、ヴァイキングの紹介と、トルフィンと仇敵の因縁を示す、至高の傑作だった。そこを敢えて伏せて幼少期から始めるのは、その後の展開をよりショッキングにするという意図なのだろう、それは分からなくもないが、アニメで初めてこの作品に触れる視聴者への求心力が足りなくなるのではないか……。
 
とにかく心配ばかりしながら、放映されたアニメを見た。雪深く険しいアイスランドの村で、幼いトルフィンが無邪気に駆け回っている。北海の青黒く冷たい海。眩暈がするような美しい夜空のオーロラ。実在の人物、レイフ・エリクソンによって語られる豊穣の地ヴィンランドと、それに魅せられるトルフィン少年。そしてトルフィンの父トールズを殺さんとする輩と奸計、仇敵との対峙。戦鬼のごとき父の強さ。己のプライドと、トルフィンの命と、自分の命を秤にかけて、選ぶものを決めた父の苦悶の表情。子供時代を奪われたトルフィンの、地獄まで轟くような絶叫……。
 
「…………」
 
何も言うことが出来なかった。涙を止めることが出来なかった。私が思い描いていたヴィンランド・サガが、あるいはそれ以上のものが、テレビの中でこうして映像として動いている。雪の白さが、夜の海の暗さが、オーロラの揺らめきが、重さと冷たさを伴って這い出てきそうだ。アニメ制作陣は、ヴィンランド・サガを理解して、愛していて、この作品を素晴らしいものにするために全力を尽くしている。それが伝わってきて、そして物語のこれからの行く末を思い、私は嬉しいのか悲しいのかわからなかったが、とにかく泣いた。
 
この原稿を書いている2019年8月3日現在では、第四話まで視聴している。次の放映回では、原作では描かれなかった、トルフィン幼少期の戦場働きの様子が描かれるらしい。基本的に原作にはないオリジナルストーリーは好まないのだが、アニメ版ヴィンランド・サガは別格だ。幸村氏が敢えて描かなかった、幼いトルフィンが憎悪だけに縋り付いて厳しい環境を生き抜いていく様を、まざまざと描いてくれるだろう。面白いのが、原作の幸村氏は自分はアニメ制作に携わっていないと公言していて、私達読者と同じ目線で、次話の放映を楽しみにしているそうなのだ。現代のTwitterとは本当に便利で面白いものだなあと思う。

 

 

 

 

もしも貴方がヴィンランド・サガを全く知らなかったとしたら、それはとても喜ばしいことだ。原作は22巻とそれほど多くないのでぜひ読むことをオススメしたいし、アニメはamazonプライムビデオで配信されているので今からでもチェックできる。何より、これからあの素晴らしい物語を一から体験できることが何よりも羨ましい。惜しむらくは私の記事を読んでいただいたせいで、変な先入観が生まれてしまったかもしれないことだ。しかし、それを差し引いても、きっと貴方の期待は裏切らないはずだ。ヴィンランド・サガが、貴方にとっても、この作品に出会えてよかったと思える作品になることを願ってやまないのだ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)

1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」を連載。
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2019-08-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.47

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