週刊READING LIFE vol.49

ガイジン幻想《 週刊READING LIFE Vol.49「10 MINUTES DOCUMENTARIES〜10分で読めるドキュメンタリー特集〜」》


記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

「いいわね、外国人の旦那様って。優しいんでしょ?」
 
何度、人からそう言われたことか。
外国人の夫だと優しくて、レディファーストで、愛情表現が豊かで、家事とか全部やってくれて、誕生日には花束とかをくれて……と、思っていませんか。
 
これは、東京に暮らすイギリス人夫と、その妻(日本人)との実録である。
 
<朝編>
 
7:30am
まだ夫は起きてこない。昨晩遅くまで見ていたサッカーのせいだろう。それでなくてもいつも朝はゆっくりだ。
勤務先は普通の日本企業、外資系などではないが、なぜか外国人スタッフは優遇されているのか、そういう社風なのか、朝は遅くでいいらしい。
 
妻が子どものためのお弁当を作っている。子どもも起きてきて、すでにニンテンドースイッチに夢中だ。「ゲームは、朝ごはん食べて、支度が全部済んでから」というルールがあるにも関わらず、ニンテンドースイッチの求心力はスゴイ。妻もそれを知っていながらも、朝の支度が忙しいため、見てみぬふりをしている。
 
7:45am
ようやく夫が起き出してきた。ゲームをする息子を見て「ゲームは全部済んでからだ」と叱るものの、サッカーのために寝るのが遅くなり、のんびり起き出してきた夫に言われても、なんの説得力もない。
 
8:15am
妻と息子は出かける。まだ送り迎えが必要な息子は、毎日妻が送り迎えを担当している。よほどのことがない限り、夫がそれをすることはない。妻が頼んだところで、自分のルーティンが邪魔されるのを極端に嫌う夫、あまりいい顔をしない。だから妻もあきらめて、夫には基本的に頼らない方向で予定を立てている。
 
その後、夫が何時に家をでるのか、妻は知らない。
 
14:00pm
夫から妻にメッセンジャーが届く。
 
「来週の週末は、何してるの?」
 
基本的に週末は、お互い好きなことをして過ごしている。
妻の仕事は土日平日が関係ないため、基本的に子どものめんどうを、週末は夫が担当している。
 
「仕事」
と妻もそっけなく返事する。
基本的に連絡事項は簡単明瞭を心がけている。なぜなら時間は貴重だからだ。
 
週末の予定を聞いてくる夫、別に妻をデートに誘いたいわけでも、なんでもない。
たまたまサッカーの試合が近くのスタジアムであるので、それを見に行きたいだけだ。
何なら、もっと言えば、サッカーのあと友達と飲みに行きたいのだ。
そのため夫のこういうメッセージは、子どものめんどうを妻に見てほしいという、遠回しなお願いだ。
 
どちらも子どものめんどうが見られないときは、シッターさんにお願いすることになる。
ガイジン夫の両親はもちろん日本にいないので頼めず、妻の実家も遠い。
 
仕事が忙しい妻は、仕事のためにシッターさんをお願いすることは仕方ないし必要経費だと思うが、遊びにいきたいからシッターさんをお願いするのは、なんだか違う気がすると感じている。そのため、夫がサッカーを見たいからとシッターさんを頼むのは、どうにも納得がいかない。
 
そうなると結局は、仕事の融通が聞きやすい妻が、夫の予定を優先して、自分の仕事をやりくりすることになる。
 
19:00pm
妻が子どもを迎えにいき、そのあと帰宅。
すると、すでに夫が帰宅して、一人夕食を食べている。
 
妻は子どもを迎えにいったあと、スーパーに買物にいき、ダッシュで家に帰って夕食を作ろうと思っていた。するとそこにはすでに帰宅してのんびりくつろいでいる夫がいる。
 
妻は、いらっとする。
 
先に帰っているのなら夕食の支度ぐらいしてくれたらいいのに、と妻は思う。
しかし夫は、それは自分の仕事と思っていないのか、自分のぶんの夕食だけを手配して、勝手に食べている。
 
気を使わなくていいから楽、という意見もあるだろう。
夫がワーママである妻に「夕食はまだ?」と訊いてくることほど、妻にとってムカつくことはない。それを訊いてこないだけ、まだましとも言える。
相手に負荷をかけない、というのも、愛情の一種だと言うことかも知れない。
 
21:00pm
息子を寝かしつけて、妻は仕事にとりかかる。
自営業をしている妻は、仕事に終わりがない。夜のこの時間は妻にとって、たまった仕事を片付けるために必要不可欠の時間だ。
 
一方ガイジン夫は、ソファに座ってサッカーを見ている。
よくそんなにサッカーばかりがテレビでやっているよねと思うけれど、これだけインターネットが発達した時代である。あらゆる国のあらゆるサッカーを、自宅のお茶の間で見ることができるのだ。夫の第一の関心事は、1にサッカー、2にサッカー、3,4がなくて5にサッカーなのだ。
 
23:00pm
サッカーを見終えた夫、さっさと自室にもどり就寝。
リビングにはさっきまで飲んでいたビールの缶とグラスがそのまま置いてある。
 
妻はリビングを片付け、ついでにキッチンも片付け、息子のお弁当の支度をし始める。
朝時間がないなかでの作業をスムーズに行うためには、夜の準備が不可欠だ。
 
子どもも夫も寝静まった家で、妻は一人もくもくと、家の片付けを始めるのだ……
 
<ここまで>
 
ガイジンの夫が優しいのかどうかの判断は、想像におまかせする。
果たしてこの妻は幸せなのかどうか、この家族は幸せなのかどうか、それは当事者にしかわからない。
 
しかし、妻の仕事にまったく口出しをしない夫と、夫の趣味にまったく口出しをしない妻。
 
愛情と優しさの形は、決して一つではない。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.49

関連記事