週刊READING LIFE vol.49

たべたのだあれ?〜青森の田舎で起きた本当にあった怖い話〜《 週刊READING LIFE Vol.49「10 MINUTES DOCUMENTARIES〜10分で読めるドキュメンタリー特集〜」》


記事:千葉 なお美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

あぶくたった にえたった
にえたかどうだか たべてみよう
むしゃむしゃむしゃ
まだにえない
 
あぶくたった にえたった
にえたかどうだか たべてみよう
むしゃむしゃむしゃ
もうにえた
 
子どもの頃、よくこのわらべうたで遊んでいた。
ひとり鬼役の子を囲んで輪になり、「むしゃむしゃむしゃ」と歌いながら鬼役の子を食べる仕草をする。当時はこの歌の意味をよく知らずに、ただの鬼ごっことして遊んでいた。この次の歌詞で、たべきれなかった鍋を戸棚に入れて鍵までかけるなんて変なの、くらいにしか思っていなかった。大人になってこれが、鍋で煮られた「人」がおばけとなって襲ってくるという歌(諸説あり)だと知ったときは、ぞっとした。
 
「たべる」という行為は、動物の生存本能であるがゆえに、一歩間違えるとたちまち恐ろしい話になる。「進撃の巨人」しかり、生きるための本能は時に残酷だ。「あぶくたった」のわらべうたも、空腹で飢えた村人たちが、ひとりを大勢で取り押さえて鍋にしてしまうという今では考えられない都市伝説だが、生きるためには手段を選ばない、まさしく生存本能の怖さを物語っているといえよう。
今回はそんな「たべる」にまつわる、実際にあった怖い話である。
 
かつて、青森にある私の実家は、ムツゴロウ王国であった。
犬、猫、ハムスター、ニホントカゲ、鳩、熱帯魚、さらに烏骨鶏を100羽ほど飼っていた。実家は森の奥にあり、野生の動物もたくさんいた。犬の散歩に出かけると、吠えた先にタヌキがいることは日常茶飯事。怪我をして迷い込んできたフクロウの雛を、怪我が治るまで世話したこともある。庭には、キジなどの動物がしょっちゅう遊びにきていた。冬になるとその庭は一面雪で真っ白になり、そこに点々と残る足跡がなんの動物か当てるのが小さな楽しみだった。
 
あれは、私が小学生のとき。夏休み前だった。
朝起きると、家族が皆ソワソワしていた。
 
「なにかあったの?」
そう尋ねると、いつもは柔和な顔の父親が、険しい表情でつぶやいた。
「烏骨鶏の数が、減ってる」
 
100羽以上いた烏骨鶏は、鶏小屋自体はひとつながりになっているものの、中には内扉があり、10〜20羽ずつで区切られていた。そのうち家から一番離れたところの区画で、烏骨鶏が減っているというのである。
 
「二、三日前から少しおかしいとは思っていたんだ」
父親が言うには、朝、烏骨鶏の餌をあげるときになんとなく数が少ない気がしたものの、正確に数を把握しているわけではないため、気のせいだと思ったらしい。
 
「それで昨日、数をきっちり数えたんだ。で、今朝数えたら一羽減ってる」
死体はなく、それ以外で特に変わった様子もないらしい。
 
「まさか、誰か夜中に盗んでいるとか?」
鶏小屋に鍵はかけていなかった。盗もうと思えば盗める。
鍵をつけて、ひとまず様子を見ることになった。
 
次の日。
父親が昨日よりもさらに苦悶の表情を浮かべていた。
「また一羽減ってる」
 
鍵をかけても意味がないということは、犯人は扉から侵入したわけではないということになる。
父親まかせにもしていられないので、家族総出で鶏小屋を見に行った。
 
確かに、変わった様子はない。
羽が飛び散っているわけでもなし、烏骨鶏が騒いだ様子もなし。
近くに何か手がかりがあるかもしれないと思い、鶏小屋から出てぐるりと周囲をまわった。
 
「なにもないか……」
そう思って戻ろうとしたとき、ふと目の端に引っかかるものがあった。
「あれ?」
鶏小屋に張られている亀甲金網が、ほつれている。
「お父さん、ここの金網、ほつれてるよ」
そう言ってめくってみると、思いがけずスッと簡単に金網が剥がれ、そこに小さな穴が出現した。
「あっ!」
そのとき、その穴を見た家族全員の頭に浮かんだのは、紛れもなく烏骨鶏が脱走する姿だ。
「この穴から……」と言いかけて、すぐに「待てよ」と考え直した。
 
家族全員、同じ考えだった。
烏骨鶏がこんな小さな穴から抜けられるわけがない。それに、この穴はもともとわからないようになっていた。烏骨鶏が金網をめくって脱走するなどあり得ない。
一方で犯人は、夜中に金網をめくって穴から入り、烏骨鶏を捕まえて外に出たということだ。
「相当頭のキレるやつだな」
そう言いながら、父親は破れた金網を頑丈に修復した。
 
次の日。
烏骨鶏の数は減っていなかった。
父親の表情が明るくなっていた。
「犯人がわかったぞ」
 
金網を修復したことで、いつもの穴が塞がれ右往左往したのだろう。
犯人は、鶏小屋のまわりに足跡をたくさん残していた。
 
「キツネだ」
 
家のすぐ近くに稲荷神社があるほど、実家のある森は野生のキツネの住処だった。
そのせいか、小さい頃から「だまされるから、キツネと絶対に目を合わせてはいけないよ」と教えられたり、いたずらをしたときには「キツネにだまされたみたいだ」と言って大人たちが本当に怖がる様子を見て、「私がやりました」と白状せざるを得なかったりした。
 
しかしそんな言い伝えとは裏腹に、その森のキツネは悪さをするキツネではなかった。畑を荒らされたという話も聞いたことがなく、被害という被害は、町内でこの烏骨鶏事件が初めて。
 
こちらが気づくのを少しでも遅らせるためだったのだろうか。一晩に食べるのは一羽だけ。烏骨鶏が暴れた様子がないところを見ると、一瞬で息の根を止め、持ち帰ってから食べていたに違いない。
キツネの賢さはよく知られているが、まさかここまで知恵がまわるとは。
なにはともあれ、これで烏骨鶏事件は解決した。
 
ように、思えた。
 
烏骨鶏事件からそれほど日が経たないうちに、今度は別の事件が起きた。
 
うちには鳩がいた。
鳩は、迷い鳩だった。真っ白な身体に、ピンク色のくちばし。足には小さなリングがつけられており、どこかの家で飼われていた鳩のようだった。飛んでいるうちに、帰り方がわからなくなったのだろう。リングに連絡先が書かれていたら飼い主へ届けられたのだが、字は滲みもはや読めなくなっていた。うちにいつくようになったので「ピーコ」と名付け、飼うことにした。
 
ピーコは頭が弱かった。
そもそも鳩自体、本来頭のいい動物ではないのだろうが、ピーコは特に鈍かった。動きも鈍ければ、嗅覚や聴覚などの五感も鈍かった。ワッと驚かしても避けないし、ピーコのためにあげた餌がカラスに取られることも珍しくなかった。
そんなピーコだったが、真っ白な風貌が愛らしく、家族全員が気に入っていた。私も学校から帰ると餌を片手にピーコと戯れ、追いかけたりして遊んでいた。
 
ある日、学校から帰るとピーコがいなかった。
外で放し飼いにしていたものの、夕方になるとピーコはきちんと帰ってきていた。
「まだ外で遊んでいるのかなあ」
そう思って夜まで待ったが、その日ピーコは帰ってこなかった。
 
「ピーコ帰ってきた?」
次の日、学校から帰って母親に尋ねると、予想外の返事が返ってきた。
 
「ピーコ、食べられちゃったみたい」
「えっ?」
「そこの道路に、ピーコの死体があった。それも、食べかけの」
……食べかけって何? そう聞こうとして、やめた。
 
「食べられたって何に? またキツネ?」
「…………」
 
母親は、答えを知っていながら私に黙っているようだった。ピーコの死体が転がっているという道路に行って確かめようかと思ったが、さらにショックが大きくなりそうだったので、その日はやめておいた。
 
しかしやはり気になって、次の日学校帰りにその道路に立ち寄ることにした。家からすぐ近くだったが、通学路とは反対方向だった。
 
「この道路だよね……」
おそるおそる近づいていくと、なにやら得体の知れない物体が見えてきた。
 
「ひぃっ」
数メートル手前で立ち止まったが、遠目から見てもわかるほど、それは異様な光景だった。
そこには、真っ白な羽が散らばり、頭と足と内臓が残っていた。
このあたりで、真っ白い鳥なんてそうそういない。
まぎれもなく、ピーコだった。
 
家に帰るなり、母親に問い詰めた。
「なにあれっ! ピーコ、何に食べられたの? キツネはあんな食べ方しないよね?」
 
そう、この森のキツネは賢い。真夜中に一羽ずつそっと烏骨鶏を持ち帰って食べるようなキツネが、あんな人目につく道路で堂々と食べることなんてしない。ましてや、死体を残すようなこともしない。
母親は観念したように口を開いた。
 
「クロが食べた」
「えっ?」
「クロが、ピーコを食べた」
私は、しばらくその返事が飲み込めなかった。
 
クロとは、うちで飼っていた猫だ。
ピーコは迷い鳩だったが、クロも迷い猫だった。迷子になった子猫を、父親が拾ってきたのだった。
真っ白で頭の弱いピーコとは反対に、クロは真っ黒でズル賢かった。
最初は家の中で飼っていたものの、全く躾ができずあまりの悪さっぷりに家の中に置いておけなくなったため、途中から外に放して飼うことにした。ピーコ同様、夕方にはきちんと帰ってきた。悪さをする猫ではあったが、猫を飼うのは初めてだったので、家族全員とてもかわいがっていた。
 
そのクロが、ピーコを食べた?
烏骨鶏ならまだしも、鳩って美味しいのか?
いや、そもそも猫って鳩を食べるのか?
 
信じられないのが半分、信じたくないのが半分で、私はクロがピーコを食べない理由を探していた。
 
しかし、どうやらその事実は嘘ではなかった。
なぜなら近所の人が、現場を目撃していたからだ。
母親は、その人から話を聞いていたのだろう。
 
「クロがそんな残虐な猫だったとはなあ」
迷い猫だったから、もともと野良猫の血筋だったのかもしれないなあ。
悲しみに暮れながらそう考えていて、ふと気づいた。
そういえば、クロを見ていない。
 
「お母さん、クロ見かけた?」
「いなくなった。ピーコ食べたあと、帰ってこなくなった。完全な食い逃げだよ」
「食い逃げ」というパワーワードが、ダメージを受けている私の心をさらにえぐった。
 
「でもいなくなったってことは、悪いことしたっていう自覚があるのかな」
 
それか……
 
私は学校で遊んでいた「あぶくたった」のわらべうたを思い出していた。
 
とだなにいれて かぎをかちゃかちゃ
おうちにかえって
ごはんをたべて むしゃむしゃむしゃ
おふろにはいって ごしごしごし
おふとんしいて ねーましょ
 
「とんとんとん」
「なんのおと?」
「かぜのおと」
「あーよかった」
 
「とんとんとん」
「なんのおと?」
「おばけのおと!」
 
もしかしたらクロは、ピーコのおばけに襲われて逃げたのかもしれないなあ。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
千葉 なお美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

青森県出身。都内でOLとして働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを経て、2019年6月よりライターズ倶楽部に参加。趣味は人間観察と舞台鑑賞。
「女性が本屋で『ちょっとエッチな本』を買うときのコツ」でメディアグランプリ3位獲得。
万人受けしなくとも一部の読者に「面白い」と思ってもらえる記事を書くことが目標。

 
 
 
 
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2019-09-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.49

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