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週刊READING LIFE vol.49

思いもしなかった人生のおまけ《 週刊READING LIFE Vol.49「10 MINUTES DOCUMENTARIES〜10分で読めるドキュメンタリー特集〜」》


記事:日暮 航平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

僕が好きな言葉の1つに、映画「フォレスト・ガンプ」の次のセリフがある。
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで中身は分からない」
 
そのセリフに、僕は次の言葉を付け加えたい。
「チョコレートの箱を開けてみたら、思いもしなかったおまけが入っていることもある。だから心ゆくままに、箱を開けてみることだ」と。
 
そんな体験を僕が旅で味わったのは、ちょうど10年前の2009年のことだった。

 

 

 

その当時、ヨーロッパやアフリカなどの10数ヶ国を旅していた僕は、近くのアジアの国にほとんど行ったことがなかった。
「近くだから、いつでも行けるだろ」という、そんな安易な理由だった。
 
そんな中で、近いのに行こうと思っても、行くきっかけがつかめなかった国があった。
それは、韓国だった。
 
僕は大学時代、第2外国語として韓国語を専攻していたが、在学時に韓国に行くことはなかった。大学卒業後は韓国語を使う仕事でもなかったので、すっかり疎遠になってしまっていた。
 
しかしながら、当時たまたま入ったDVDレンタルのお店で、自分の好みのタイプの韓国の女優が写っている韓国ドラマのDVDのジャケットの写真に見入って、思わずそれをレンタルしてから、すっかり韓国ドラマにハマってしまった。
それから、再び韓国語を勉強するようになった。
 
そうなると、韓国に行きたくなるのは自然の流れだった。
土日に有給を少しくっつけて、1人旅で3泊4日で行くことにした。
 
観光スポットのソウルだけではなくて、地方も訪れようと思っていた。
日本もそうだが、東京だけではなく地方も知ってこそ、その国の理解がより深まるからだ。
 
それで、僕がぜひ行ってみたかった場所があった。
それは、江原道の江陵(カンヌン)という、ソウルから高速バスで約2時間の海辺の街だ。
どこにあるかピンと来ないかもしれないが、2018年の冬季五輪が行われた平昌(ピョンチャン)からも近く、海に面したのどかな街である。
 
なぜ江陵かといえば、僕が最初にはまった韓国ドラマ「ファンジニ」の撮影地として使われた観光名所があり、その美しい情景に見とれてしまい、一度訪れてみたいと思ったからだ。
 
ドラマという虚構の世界で登場した場所に、リアルに訪れるというのは、ガイドブックで見た観光地を訪れるというのとは、また違ったワクワク感があった。
だから、映画「君の名は。」などに感動し、舞台に出てきた場所に行って聖地巡礼をする人達の気持ちが痛いほどよく分かっている。
 
そんなワクワク感を胸に、韓国の玄関口である仁川(インチョン)国際空港に到着したのだった。

 

 

 

ある程度、旅慣れた僕にとって、韓国はバスなどの交通網も整備されているし、何よりハングルが読めるので不自由なく移動もしやすかった。
 
ソウルに1泊した後に、いよいよ地方の江陵へ高速バスで移動することとなった。
旅行者にとって電車より、高速バスの方が本数も多いし、安くて便利だった。
ホテルは、せっかく覚えた韓国語を活かして、現地で探すつもりだった。
 
ソウルから江陵までは、日本でいえば東京から静岡までの距離と同じ位で、料金は日本円にして約1,500円だった。
「都会のソウルと、どう違うのか?」とても楽しみだった。

 

 

 

江陵の高速バスターミナルに到着して、タクシーでお目当のドラマの撮影地でもある観光名所「烏竹軒(オジュッコン)」や、船橋荘(ソンギョジャン)という歴史的遺跡を訪れた後に、その近くにカフェを発見したので、思わず入ってみることにした。
 
すると、20代前半と思しきかわいらしい女性の店員さんが「オソオセヨ(いらっしゃい)」と迎えてくれた。
コーヒーを注文する際に韓国語で注文したが、明らかに発音が現地の人ではないと分かったのか、「どこから来たのですか?」と聞かれたので、「日本からです」と答えた。
すると、意外にも満面の笑顔になり、「わぁ、韓国語がお上手ですね。私、トトロが好きなんですよ」と急にウェルカムモードになった。
 
それからコーヒーを持ってきてくれた後も、色々話しかけてくれたり、他にお客さんがいなかったからか、コーヒーを飲んでいる時も、日本の漫画やドラマに興味があるようで、僕のそばに来て親しげに話しかけてくれた。
日本人が来るのは珍しかったようで、興味ありげにいろいろ質問してきた。
気がつけば、1時間も話してしまっていた。
 
カフェの女性の店員さんが、親しげに話しかけてくれて、1時間も話すなんてことは、日本では滅多にないことなので、韓国語ができたことで貴重な経験をした気分だった。
 
それからこの後に、またタクシーで、ぜひ訪れてみたいところがあった。
むしろ、食いしん坊の僕にとって、これからが1番の楽しみといってよかった。
 
それはガイドブック「地球の歩き方」に掲載されていた、「海鮮鍋(ヘムルタン)」が食べられるお店に行くつもりだった。
江陵は海辺の街だけに、海鮮料理は名物で、しかも江陵で1番海鮮鍋がおいしいと言われているお店らしく、とても楽しみだった。
 
ところが、そこで想定外の事態が発生した。
 
そのお店に入ると、すでに満席で何組か店内で待っている状態だった。
店員さんが来て、「何名様ですか?」と聞かれたので、「1名です」と答えたところ、
何と「1名様では、当店は入れません」と言われてしまった。
 
韓国の食堂のお店では、2名以上で食事をするのが一般的で、この当時ソウルでやっと1人でも入れる食堂があちこち増えてきたと言われた時期だった。
 
せっかく、はるばる日本から来たのに、ここでは引き下がれないと思い何とか頼み込んで、
「遠いところから来たので、1人でも入らせてもらえませんか?」と下手な韓国語で何とか交渉してみた。
ところが、「当店の決まりなので、できません。申し訳ありません」と丁重に断られてしまった。
 
そうこうしている内に、新しいお客さんがぞろぞろ入ってきてしまい、店員さんは僕のことなど眼中になく、離れて行ってしまった。
これ以上、交渉するだけの度胸が、僕にはなかった。
 
もはや、このお店で食事ができる道は、完全に閉ざされてしまったようだ。
その土地の、そこでしか食べられないことに至上の楽しみを見出している僕にとって、笑われるかもしれないが、絶望に近い気持ちだった。
 
いかにも「チョコレートの箱を開けてみたら、中身が空っぽ」だったのだ。
しかし、神様は思わぬところで、おまけを用意してくれていた。

 

 

 

海鮮鍋のお店に入れず、失意を胸にとぼとぼ歩いていたら、1つの食堂の看板が目に飛び込んできた。
「江陵で1番おいしい純豆腐(スンドゥプ)チゲのお店」
 
どうやら、僕は「1番」という言葉に弱いようだった。
ここなら、さすがに1人でも入れるだろうと思って、意を決して入ってみた。
 
すると、妙齢の女性が「いらっしゃい」と出迎えてくれた。
「スンドゥプチゲください」と注文すると、やはり発音で分かってしまったのか「あら、どこの国の人ですか?」と聞かれたので、「日本から来ました」と答えた。
 
そうすると、「あら、韓国語がお上手ね。ここら辺に日本の方が来るのは珍しい。ゆっくりしていってね」と笑顔で答えてくれた。
確かにこの辺りは、観光客がめったに訪れない地元の商業エリアでもあった。
 
日本人もそうかもしれないが、自国の言葉が話せる人には、ウェルカムな気持ちを持ってくれるのだなと改めて実感した。
 
やがて、このお店の主人らしき中年の男性が、純豆腐チゲを持ってきてくれた。
おそらく、さっきの妙齢の女性の旦那さんのようだ。
すると、「日本から来たみたいですね。この江陵に来る日本人は少ないので、嬉しいです。今日はどこに行ったのですか?」と急にいろいろなことを聞いてきた。
 
「スンドゥプチゲ食べたいんだけどな……」と思いつつ、興味をもって話しかけられるのは、悪い気はしなかったので、今日訪れたところを色々話し始めた。
 
「何で、そこに行こうと思ったのですか?」とさらに聞いてきたので、
「僕は韓国ドラマが好きで、以前観た『ファンジニ』に使われた名所を訪れたいって思ったんです」
「おお、韓国ドラマが好きなんですね! 他にどんなドラマを見ましたか?」とウェルカムモードがさらに増して色々質問してきた。
 
気がつけば、すっかり雑談モードになってしまった。
先ほどの、カフェの女性の店員さんもそうだが、江陵の人は話し好きの人が多いのかなと思った。
 
色々話している内に、「スンドゥプチゲ食べさせてほしい……」と思っていたら、それが顔に出たのか、「あ、ごめんなさいね。ゆっくり召し上がってください」とその場を一旦下がってもらった。
 
しばらく食べていると、いきなり別の料理を持ってきて、僕の元に置いてくれた。
何と、小さな鍋に入った海鮮の具材たっぷりの料理だった。
「あれ? 僕はそれ注文してないんですけど……」
「あはは、サービスです。お金は要りませんから、遠慮なく召し上がってください」とニッコリ笑って応えてくれた。
 
何と、食べたいと思っていた海鮮鍋を、違う場所で食べられるとは思っていなかった。
まさしく、「チョコレートの箱を開けて、何も入っていないと思いきや、おまけが隠されていた」のだった。
 
しかも、これでおまけは終わらなかった。
 
出されたものを何とか食べ終わって、ゆっくりしていたら、ご主人がまたやってきて、
「お客さんは、江陵に滞在するんですか?」と聞いてきたので、
「はい、ただ泊まるところは、これから探します」と答えた。
すると、「そうなんですか。じゃあ、うちに泊まったらどうです?」と言ってくれた。
 
「え??」最初は、僕の聞き取りが間違ったのかと思ったくらいだった。
「先ほど、泊めてくれるとおっしゃいましたか?」と恐る恐る聞いたところ、
「はい、日本の方にせっかくここまで来て頂きましたし、部屋も余ってますから」と答えてくれた。
 
それから、主人の家に泊めてもらい、夕食までごちそうになり、次の日もさらに朝食まで頂いた。
しかも、謝礼も兼ねてその分のお金を払おうとしたら、「いやいや、お金は要りません」と丁重に断られた。
韓国はお客さんを大切にする文化でもあるのか、それにしても大切にされすぎて、引け目を感じるくらいだった。
 
最後は、ソウルに戻るために高速バスターミナルまで車で送ってくれた。
「江陵まで、来てくれてありがとう。また来てくださいね」と笑顔で送り出してくれた姿が今でも忘れられない。
そこにはメディアを通して見る韓国とはまた違う、素朴で優しい韓国の人達の真心を感じたのだった。

 

 

 

もしあの時、ガイドブックに載っていた江陵の海鮮鍋のお店に1人で入っていたら、あのスンドゥプチゲのお店との出会いはなかったかもしれない。
自分の行きたかった場所に行けないと思いきや、違うかたちで、神様はおまけを用意してくれていた。しかも、何倍もの嬉しいおまけだったのだ。
 
人生には、時として思いもしなかった出会いや体験があるものだ。
箱の中に何があるのか、フタが閉じられていると何も見えず、不安に思うかもしれない。
しかしそんな時でも、何か心惹かれるものがあれば、心ゆくままに開けてみることだ。
そこに何もなかったように見えても、もしかしたら隠されているおまけがあるかもしれないのだから。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
日暮 航平(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

茨城県ひたちなか市出身、都内在住。1976年生まれ。
東証1部上場企業に勤務した後に、現在はベンチャーから上場した企業で、法務に携わる。
平成28年度行政書士試験合格。
フルマラソン完走歴4回。最高記録は3時間46分。
過去に1,500冊以上の書籍を読破し、幼少時代からの吃音を克服して、ビジネスマン向けの書評プレゼン大会で2連覇という実績を持つ。

 
 
 
 

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2019-09-09 | Posted in 週刊READING LIFE vol.49

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