週刊READING LIFE vol.51

ワーママたちの夜ふかしライフ《 週刊READING LIFE Vol.51「大人のための「夜ふかし」カタログ」》


記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。
キッチンタイマーがなった。
 
深夜2時、家中にお米の炊きあがる香ばしい香りが広がる。コンロの上の土鍋で玄米が炊きあがった。蓋をあけて「天地返し」をし、また蓋をして30分蒸らす。この蒸らし時間が玄米を最高に美味しくするコツだ。
 
女性、しかも忙しい子育て世代のワーママにとって、最高の夜仕事は料理なのだ。
 
ワーママたちは忙しい。
平日の朝は子どもたちを保育園に送り込み、一日オフィスで仕事をこなしたら、夕方にはお迎えに行く。基本的に残業はしない。収入が減ると困るので時短にはしたくないが、仕事で育自を犠牲にすることもできない。お迎えのあとダッシュでスーパーに行き買い物を済ませ、急いで家に帰ってからは、子どもの夕食、お風呂、寝かしつけと、戦争が始まる。この戦争に敗北は許されない。
 
夜、夫も子どもたちも寝静まったあと、一人静かなキッチンで食材に向き合う。
宅配の食材はスーパーで買うものよりも質がいいので、定期的に届けてもらっている。帰宅後急いで開梱しとりあえず冷蔵庫に放り込んでいたのを、一つずつ取り出して処理をしていく。
 
野菜は保存方法を間違うと、すぐに傷んでしまう。つまり、きちんと下準備をしたり、保存方法を工夫すると、かなり長いあいだ鮮度を失わず、美味しく食べることができるのだ。
 
例えば、キャベツはカットしてしまうと痛みが速いので、1枚ずつ剥いで使うほうがいい。また芯の部分が黒くなって痛みだすので、先ず届いたら芯を切り取ってそこに湿らせた新聞紙を入れておくといい。新聞紙は毎日交換する。
 
葉物野菜はすぐに萎れてしまうので、すぐに軽く茹でるか蒸しておく。そのあと水分を絞ってきり、適当な大きさにカットして、小分けにして冷凍保存しておくと、使いたいときにすぐ使えて便利だ。お弁当に冷凍のままいれておけば、食べる頃にはちょうどいいおひたしになっている。
 
根菜類は長持ちするのでそのままでもいいのだが、土が付いたままだとそこから黒ずんできてしまうので、土は洗ってから保存するほうがいい。すぐに使えるようにとカットして保存をおすすめする本などもあるが、カットしてしまったらそこから酸化がはじまり、旨味が抜けていってしまうので、カットするなら少し調理しておくほうがいい。おすすめはカットした根菜を軽く茹でて、そのまま出汁につけておく方法だ。出汁はカツオ、昆布、醤油、お酒と塩で作る。この出汁に漬けておくと、使いたいときにすぐに使えるだけでなく、かなり長持ちさせることができる。また料理の応用もかなりきくので、使い勝手がよくなる。忙しいワーママはダンドリが命。こういうことをちまちまと、まめにしておくことによって、普段のルーティンがかなり楽になるのだ。
 
野菜の処理をしながら、お米も炊いておく。
 
お米は炊飯方法を変えると、味が天と地ほど変わる。最近では炊飯器が高機能になってきたので、炊飯器でも相当美味しく炊けるのだが、やはり土鍋で炊くご飯はまったくの別物。お米の旨味を充分に引き出すには、丁寧に炊飯するのが一番だ。
 
お米を優しく洗い、しっかりと浸水させる。お水は浄水のものを使う。水道水だとカルキ臭が邪魔をして、お米の旨味を引き出せない。浸水時間は好みにもよるが、白米なら1時間、玄米なら8時間は欲しい。いかにしっかりと水分を含むかが、美味しい炊飯の命運を分けると、浅草にある老舗米屋の8代目が教えてくれた。
 
浸水が終わったらコンロに乗せて火にかける。弱めの中火で加熱し、沸騰したら火力を弱めて、ごくごく弱火で40分。刻一刻と土鍋から漂う香りが変わっていく。始めは勢いよく蒸気を出していた土鍋は、弱火で炊き始めると静かになって、ふんわりとお米の香りが漂い始める。時間がたつとそれが少しずつ香ばしい香りにかわる。そうなると底に焦げ目が付き始めた合図だ。きつね色のおこげは、鍋で炊飯しない限り食べることができない贅沢だ。
 
お米を美味しく炊く最大のコツは、水分量と火力だ。もともとのお米の素性や水質ももちろん大事だが、そこは調整が難しい。
「こないだのは、ちょっと硬かったよね。だったら今日はちょっと水分を増やしてみよう」と、前回の炊きあがりをもとに水分量や火力を調整していく。最高に自分の好みの炊きあがりに仕上がったら成功だ。しかしそこに向かって試行錯誤を繰り返す行程もまた、炊飯の醍醐味なのだ。
 
料理は、食材と向き合い、その良さをいかに引き出そうかと考え実践する行程が面白い。料理をセラピューティック、つまり、まるでセラピーのように癒し効果があるという人も多い。それは真夜中に料理をしてみると実感する。
 
夫にも子どもにも、なんなら宅急便のピンポンや電話にも、何者にも邪魔されず、夜、ただ一人、静まり返ったキッチンのなかで、ただただ料理に集中する。普段の忙しさや煩わしいこと一切を忘れて、その食材がどうやったら美味しくなるのか、どうやったら最大限に使い切れるのかにココロを砕いて向き合っていく。
 
食は命をつなぐもので、食材は自然の恵みだ。
それらに向き合い、感謝し、ありがたく頂戴する。
無駄にしたり、大切に扱わないということは、つまり自分や他人を大切に扱わないことに繋がっていく。食を丁寧にすることは、つまり丁寧に生きることだ。食をおろそかにすることは、自分の人生をおろそかにすることと同じだ。
 
ワーママたちは、子育てをしながら仕事をする。
イクメンや男子家事参画が取り沙汰されているけれど、やはりまだまだ育自は母親の仕事であることが多く、子育てと仕事の両立は大変である。子育てに専念できない経済的な事情もあるのかもしれないが、そこまでして仕事をするのはやはり、何かを成し遂げ、その背中を子どもに魅せたいからと願う、母親の気持ちなのかもしれない。自分という人間の価値を感じていたい、だから子育てと両立が大変でも、ワーママライフを選択するのだろう。
 
そんなワーママたちのココロを癒し、またがんばろうという活力をくれるもの、それが深夜の料理なのだ。
 
料理することでココロを養い、美味しいものをしっかり食べてカラダを養う。
どんなに忙しくても、美味しいものを食べて、子供の笑顔を見ることができたら、そこから活力が生まれ、また家族も元気になる。
 
夜ふかしも案外、悪いものではないのかもしれない。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

 
 
 
 
http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.51

関連記事