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週刊READING LIFE vol.55

ネットで有名なあの人に失礼なことを言ってしまった話《 週刊READING LIFE Vol.55 「変人伝」〜変だけど最高に面白い人物図鑑〜》


記事:射手座右聴き(天狼院公認ライター)
 
 

また、失言をしてしまった。
失礼なことを言ってしまった。
SNSで有名になった「あの人」に。
ドキュメンタリー番組になった「あの人」に。
人とは真逆の生き方をしている「あの人」に。
あなたの気持ちを想像できなくて、ごめんなさい。
久々の再会に舞い上がってしまったんです。
後悔しながら、渋谷を歩いていたら、昔のことを思い出した。
 
私はいままでも失言が多い方だった。
小学生の時、友だちを失言で怒らせた。
「参観日お母さんに来てほしくないんだよ」
何気ない一言に彼は怒った。
「うちのママは入院中で来たくても来られないんだよ」
 
友だちは、しばらく口を聞いてくれなかった。
 
学生アルバイトの時、同僚を怒らせた。
「誰でもできる簡単な仕事だよね」
顔を真っ赤にした同僚は強い口調で言った。
「俺の大事なアルバイトになんてことを言うんだ」
 
人の立場を想像できない。
人の気持ちを想像できない。
失言は、たぶんこんなことで起きる。
 
さすがに学習して、誰かを不用意に傷つけないか。一呼吸置いてからしゃべるようになった。今では、随分相手のことを考えるようになった。
1時間1000円で自分を貸し出す、おっさんレンタルを始めたのも、人の話を聴いて、悩みや困りごとを解消するお手伝いをしたかったからだった。いままで、400人近くの人と依頼を受けてきた。
 
「レンタルをしている人を集めてイベントをやりたいんですよ」
ある日、イベンターさんから連絡をもらった。
それが「あの人」との出会いだった。
 
おっさんレンタル×レンタルなんもしない人。
初めて会ったのは、去年の11月、阿佐ヶ谷ロフトでのトークショーだった。
 
「レンタルなんもしない人というサービスを始めます。国分寺からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます。ごく簡単な受け答え以外はできかねます」というツイートが瞬く間に拡散、フォロワーを増やし、依頼者も日に日に増えていた。
ここ数年いろんな人間レンタルが現れ、消えていった。おっさんレンタルの一人勝ち、と言っていい状況だったと思う。そこに現れた、レンタルなんもしない人。
無料で、しかも「なんもしない」を売りにしているレンタルは、おっさんの逆を
いっていた。1時間1000円で依頼者のために、「なんでもしよう」とするおっさんレンタルに対して、新鮮な感じがしたと思う。
 
「まずお伺いしたいのは、どうしてレンタルを始めたんですか」
司会の方のこんな言葉から、トークショーは始まった。
なんもしない人は淡々と話していた。昔から集団行動が苦手だったこと。仕事でもやりづらさを感じていたこと。コミュニケーションが苦手だったこと。悩みに悩んで、自分ができるのは、「なんもしない」ことだ、と思ったらしい。
四六時中「なんでもしたい」と、仕事も、遊びも、飽き足らず、レンタルまでやっている自分とは真逆だった。
 
一点だけ、彼と激しく一致したことがあった。
「レンタル、という名称は一緒でも、なんもしない人とおっさんレンタルは、
まったく違うサービスなのです」
そんな二人を見て、司会の人は不思議そうにしていた。
 
別物、と思いながらも、なんもしない人に、若干の脅威を覚えていたことがあった。
それは、レンタル依頼のエピソードが、どこか情緒的だった。
心に残るエピソードが多かったのだ。
「会社に行くのを駅で見守ってほしい」
「引っ越しを見送ってほしい」
「離婚届を出しにいくのに、つきあってほしい。変更になった苗字を呼んでほしい」など
いるだけで、人の心に訴える何かがあった。なんもしない、という新しい価値を提供している気がした。なんもしない、の距離感は、多くの人に受け入れられるようになった。
「気を使わず、はっきり言ってくれる」「そっとしておいてくれる」
「淡々と話を聞いてくれる」
 
ややクールでべたつかない距離感は、今の空気に合っていたのかもしれない。
フォロワーもどんどん増えていった。フォロワーが増えれば、依頼者も増える。依頼者が増えれば、エピソードが増える。レンタルなんもしない人は、着々と、フォロワー数十万人のtwitterアカウントになっていった。
 
簡単な受け答えしかしない、そして一見おだやかそうな、なんもしない人だが、実は、納得いかないことでは、戦う人でもあることがわかってきた。
「女性ではレンタル業はできない。男だからできるんだ」というツイートを見た彼は、
反論をしたのだ。
女性がレンタルをした場合、性暴力のリスクがある、と主張する女性に、彼は「それは泣き言だ」と言ったのだった。
Twitterのフォロワーが一気に1000人ほど減ったが、彼は自説を貫いていた、と思う。
 
なんとなく私にはわかる。
「女性だから、性被害にあいそうだから、レンタルはできない」
言われたことはある。そんなとき、思うのは、「そもそも、レンタルをやりたい気持ちなんて、ないでしょ。たまたま話の流れでしょ」ということだった。でも、なんもしない人の立場だと、必死で考えついた自分の仕事だ、という思いがあったのではないか。
 
次に彼に会ったのは、今年の2月だった。DJイベントのゲストに彼を呼ぼう、ということになった。たまたま、一緒にイベントをする友人が、なんもしない人と会ったらしいのだ。これも何かの縁なので、声がけしようという話になったのだ。
「楽しそうだけど、これはハードルが高いな」
直感的に思った。
なぜなら、彼に興味をもってもらえるオファーをする必要があったからだ。
ただ、「DJイベントに来てください」ではダメだろう。
2時間トークした間柄だ。
なんもしないことの価値をわかった依頼をしないといけないだろう。
3日間考えた答えは、こうだった。
「適当な時間に来て、適当な時間に帰ってください」という依頼をした。
 
「何時にくるだろうね」というみんなの期待感を、
イベント内の遊び要素にしたいと考えたのだ。
 
答えはOKだった。ほっとした。なんでこんなに、考えなくちゃいけないんだ、と少し
癪では会ったが、また彼に会えるのが楽しみだった。
 
その日、東京は雪だった。そもそも、ここまでたどりつくことができるだろうか。
オープンから1,2時間、やきもきしたが、彼の気配はなかった。彼が来たのは、
相当盛り上がっている後半の時間帯だった。が、みんなのノリに戸惑うこともなく、淡々とリズムをとり、写真撮影に応じていた。
 
来るタイミング、考えてくれてたんだな。そう感じて嬉しかった。
 
今年の夏になると、彼はさらに勢いを増していた。
嬉しいはずだったが、彼の呼び名に少し焦りを感じ始めていた。
「レンタルさん」と呼ばれるようになっていたからだ。
まずいよ。レンタルさんは。
業種の代名詞は危険だ。宅急便、ウォッシュレット、サランラップ、などなど。
NO.1のブランド名が業種の代名詞になってるのは、圧倒的だ、という証拠だ。
おっさんレンタルよりも、一般化したんだな。そう認めざるを得なかった。
 
9月のある日、テレビをつけると、彼のドキュメンタリーをやっていた。
悔しいけれど、見ることにした。
いきなりびっくりした。奥様、お子様と別居したと言う。
より自由に、なんもしない、をするためなんだそうだ。
番組のあと、ツイッターは荒れていた。家にお金も入れず、妻子と離れて、レンタル活動をする。批判も増えていた。しかし、私は、そうは思わなかった。彼がそうせざるを得ない気持ちになっているのだ、となんとなく想像した。自分自身に正直に、真面目に向き合っているからこそ、できる選択、という気がしたのだ。たとえ、それが世間一般から相当変わっているとしても、だ。
 
この番組での批判を受けてか、彼はこの時期に無料レンタルをやめた。
1回1万円にする代わりに、もっと家にお金を入れるのだと言う。
彼は、「なにもしない」ことの価値を、わずか一年で作り出したのだ。
 
それに比べて、自分はもう、5年もレンタルされているのに、成長しているのだろうか。とも思った。でも、実際、会社を立ち上げてからはどうにもならない感じだったのだ・
 
その日も私は、仕事に追われて、ぼんやり歩いていた。レンタルのことなど
ちっとも考えずに。
突然向こうから、「あ、射手座さん」と声がした。
見ると、「なんもしない人」が立っていた。
8ヶ月ぶりの再会。懐かしさに嬉しくなった。
まるで、古い友人にあったような気持ちで話しかけてしまった。
「なんもさん、お久しぶりです。お元気でしたか」
「はい」
「この前、テレビ見ましたよ」
「あ、僕、テレビないんで」
「あ、そうでしたね」
「はい」
嬉しくて、記念撮影をすることにした。
「写真撮っていいですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
「はい」
「これから、レンタルですか」
「はい」
 
この後に、私は失言をしてしまったのだ。
「それじゃ、またどこかで。がんばってください」
「あ、はい」
一瞬、顔が曇った気がしたが、笑顔で別れた。
 
別れて、3分ほどして、はっ、とした。
俺はなんてことを言ってしまったのだろう。
後悔の言葉が空から降ってきた。
 
「がんばって」はまずいだろう。
すごく後悔した。つい嬉しくて、
つい応援したくて言ってしまった、「がんばって」の一言。
 
彼には禁句だった。
「がんばれない」から「なんもしない」を選んだ人に、
一番言ってはいけない言葉ではなかったか。
 
また、相手の気持ちを忘れてしまった。相手の立場を忘れてしまった。
しかし、今回はこれでおわれない気がした。
でも、あらためて真意を伝えよう。
 
私はツイッターを開いた。
 
8ヶ月ぶりに「レンタルなんもしない人」にメッセージした。
 
「さきほどは、ありがとうございました。お会いできて嬉しかったです。
言い方間違いしました。今日も一日、なんもしないでくださいね。また、どこかで」
 
彼からはお礼の言葉が返ってきた。
簡単な受け答えだったけど、嬉しい受け答えだった。
 
「なんもしない」、ということは、「とんでもない、なにかをしている」ことと
同じかもしれない、と時々思う。
 
また、どこかで会える気がした。

  
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。新婚。会社経営。40代半ばで、フリーのクリエイティブディレクターに。退職時のキャリア相談をきっかけに、中高年男性の人生転換期に大きな関心を持つ。本業の合間に、1時間1000円で自分を貸し出す「おっさんレンタル」に登録。4年で300人ほどの相談や依頼を受ける。同じ時期に、某有名WEBライターのイベントでのDJをきっかけにWEBライティングに興味を持ち、天狼院書店ライティングゼミの門を叩く。「人生100年時代の折り返し地点をどう生きるか」「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:スマステーション(2015年),スーパーJチャンネル, BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2019-10-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.55

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