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週刊READING LIFE vol.60

子育ては、子どもを信じて待つことだ《週刊READING LIFE Vol.60 2020年からの「子育て」論》


記事:山本周(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

「大人になっても人生は辛いの?」
リュック・ベッソン監督『レオン』の中で、家族を麻薬捜査官に殺された12歳のマチルダは、主人公のレオンに尋ねる。
 
厚生労働省の自殺対策白書で、現代の日本は、15歳から34歳の若者世代の死因の1位が自殺となっている。先進7か国の中では、自殺がトップにきている国はない。
マチルダの質問に、わたしは、どきりとした。そんな風に思っている子どもが、きっと、日本には、沢山いるだろう。
 
文部科学省のホームページには、2020年度から始まる新しい「学習指導要領」には、子どもたちに、その先にある自分たちの未来につながるよう、学校で、「生きる力」を身につけて欲しいという思いが込められている、とある。まさにその思いとは逆行するような現状が日本にはあるのだ。
 
現在、わたしには、9歳の長男、7歳の長女がいて、子育て真っ最中の父親だ。
妻にも仕事があったため、子どもがまだ小さい頃は、保育園なしには生活が成り立たなかった。わたしは、否応なく保育園の送り迎えなども行かねばならない。積極的に保育園の行事や、懇談会にも参加するようになり、子どもと向き合うことに関心は広がった。
 
そうすると自然に、子育て本や、教育本に興味がいく。観るテレビ番組も、子どもに関することが多くなる。
でも、そういった、さまざまな情報に振り回されるようになると、子どもがどうあって欲しいか、その本来の軸が自分の中でブレていくようになる。どう子どもに接すればいいのかといった、手段ばかりが提示されて、子どもの幸福とは、どういうものなのか、それが置き去りになっていく。
 
映画『レオン』での、マチルダの「大人になっても人生は辛いの?」の問いに、レオンはこう答えた。
「辛いことばかりだ」
 
それはそうかもしれない。人生は楽しいことばかりではない。子どもだって大人だって、人生でうまくいかないことはゴマンとある。
うまくいかないことばかりを見つめたら、確かに、レオンの言うとおりだ。でも人生はそれだけではないのではとわたしは思う。
 
米フェイスブックの最高執行責任者(COO)、シェリル・サンドバーグの著書『LEAN IN』(日本経済新聞出版社、2013年)は、その実体験を踏まえ、女性のキャリア志向についての世間の先入観や、慣習によって無意識に積み上げられていく固定観念を、豊富なデータを用いて論じ、ベストセラーになった。その次作では、一転、最愛の夫を突然の死により失い、失意の底から、文字通り甦生していく様を赤裸々に綴った。
 
彼女が夫の死から立ち直っていく過程で、自分に残された子どもたちに、身につけて欲しいと強く願ったことがある。それは「レジリエンス(折れない心)」だ。逆境に直面した時、その逆境を乗り越える力が、レジリエンスなのである。
 
確かに人生は辛いことが多いかもしれない。生きていて壁にぶち当たらないことなんてない。それでも、辛さや壁に当たって、また立ち上がれる力をつけて欲しい。辛酸な人生でもそこから立ち上がれれば、また新しく道は開けるのだ。
 
この4月に、小学校3年生になった9歳の息子は、少し前まで、何か、学校の授業でできないことや、わからないことがあると、すねるか、泣いてしまうことが多かった。
だから、なんとなくわたしたち夫婦は、彼に、わからないことがあってもいいんだよ、そこから、わかるようになればいいじゃないか、と伝えるようになった。
 
でも、そもそも、彼がそうなってしまった要因があるんじゃないか、と妻とも考えるようになった。わたしたちが、彼に求めすぎていたのだろうか、あるいは、そのままでいいんだよと、彼を否定しないで待っていることができなかったためだろうか。
そんな時、わたしたちは、浅井智子さんと出会った。
 
浅井さんは、岐阜県の「自然育児 森のわらべ多治見園」園長である。この園は、2009年6月、多治見市内の緑豊かな緑地公園や野外施設、森林や川、里山において、園舎を持たずに保育を行う「森のようちえん」として開園した。今年10周年を迎えている。
わたしたちは、彼女の講演を聴く機会があり、その育児の考え方にとても共感した。
 
その浅井さんは言う。子どもは生まれた時から、より良くありたい、幸せでありたいと願っている。そこに向かう原動力を兼ね備えて生まれてきているのだから、その子どもたちの、その力を、われわれ大人は信じて待てばよい。
 
9年前の長男誕生の時、母親のお腹の中でのトラブルで、彼は、NICU(新生児集中治療室)のある病院に救急搬送された。退院するまでの2週間、妻の搾乳し冷凍した母乳を、入院先の病院に運んだ。わたしは、保育器の中の彼を見つめながら、「元気でさえいてくれたらそれでいい」と何度も思った。
 
そんな子どもへの純粋な願いは、時を経ると記憶から薄れてしまい、わたしも、子どもを大人の枠にはめ込もうとしてしまっていた。ついつい、自分の思いやこだわりが、彼の行く先々でストップを出してしまっていたように思う。
 
浅井さんの、森のわらべ多治見園の第一の理念は、「信じて待つ」だ。
前提としてあるのは、子どもは、放っておいても、自分をより高めようとする生き物であるということだ。大人はそれを信じ切らねばならない。
すると、子どもは、待っていてもらえるんだということを実感し、安心感を得て、その大人を「信頼する」ようになる。
 
わたしたち夫婦は、自分たちに、この姿勢が欠けているんじゃないかと話し合った。
すべてをすぐに変えることはできないかもしれないが、子どもたちのことを信頼し、待つことを心掛けることはできる。
 
少しデータは古いが、2013年に内閣府が、世界7か国の13~29歳の男女を対象に、意識調査を実施した。その結果、「自分自身に満足している」と答えたのは1位の米国が86.0%、6位の韓国でも71.5%だったが、日本は45.8%と著しく低かった。「自分には長所がある」との答えの割合も、日本は68.9%で最下位。他国は93.1%(米国)~73.5%(スウェーデン)だ。日本の若者の自己評価は、相対的に低い。
 
子どもに対し、こうやればいい、これはだめと先回りしてしまう気持ちはわかる。子どもが頑張っている途中、頑張って出した結果を、手放しで喜べず、あれやこれや難クセをつけてしまうこともよくあることだ。もっと高みを目指して欲しいという親の欲求からだろう。しかし、そういったことが自己評価を低くしてしまう要因になっているのではないかと思う。
 
前出のサンドバーグの著書で、彼女は、子どもたちに「レジリエンス」を身につけてもらいたいと願うようになった、との思いは、先に書いた。
さらに、サンドバーグは著書の中で、こう呼びかける。
「子どもたちが、自分はひとりの人間として、大切な存在であるという信念をもてるよう手助けしよう」。
 
子どものことを、信じて待とう。
わたしは、妻とともに、これからもこの姿勢でいようと思う。

 
 
 
 

◻︎ライタープロフィール
山本周(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

京都市在住。2児の父。大学卒業後に10年間勤めた銀行を退職し、2002年、34歳で俳優を経験する。現在は、京都市内にある社会福祉法人に勤務しながら、演出家・松浦友の演劇ユニット、YOU企画に参加、現在まで共に舞台を創作している。ワークショップ講師。主な主演作に『近代能楽集』(作;三島由紀夫)、『人間合格』(作;井上ひさし)、『HELLO OUT THERE』(作;W・サローヤン)、『橋の上の男』(作;ギイ・フォワシィ)、『思い出せない夢のいくつか』(作;平田オリザ)など。天狼院書店には、2019年6月開講「天狼院ライティング・ゼミ」より参加。


2019-12-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.60

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