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週刊READING LIFE vol.73

燃えあがる恋《週刊READING LIFE Vol.73「自分史上、最高の恋」》


記事:井村ゆうこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

2019年6月。夫と結婚してから13年、ひとり娘が生まれてから5年の歳月が流れていた。平凡だけどおだやかな親子3人の暮らしに私は満足していた……はずだった。我を忘れて何かに夢中になることなんて、もうないと思っていた。誰かを想って眠れない夜を過ごす日なんて、二度と来ないと思っていた。
それなのに。それなのに、私は恋をしてしまった。人生がひっくり返るほどの、恋におちてしまった。
 
きっかけは、友人がFacebookに投稿した記事だった。天狼院書店というところでライティングの勉強をしていて、書いた記事がwebに掲載されたから読んで欲しいと彼女は書いていた。読んでみた。大好きなアーティストに対する深い想いが、巧みな比喩表現を用いて書かれていた。おもしろかった。めちゃくちゃおもしろかった。
彼女は、確かに有能で魅力的な女性だ。仕事もできるし、勉強家で趣味も多い。人をひきつける話し方も知っている。だけど、それまで何度か彼女の書いた文章を目にしていたが、思わず読み返してしまうほどの文章にお目にかかったことは一度もなかった。彼女が「読ませる」文章を書くための新たな武器を手に入れたことはあきらかだった。
 
私も書きたい。
 
胸の中に、小さな火がついた。
天狼院書店のホームページから「人生を変えるライティング教室」のバナーをクリックした。
私は恋におちた。「書く」という恋に。
4ヶ月間のライティングゼミを受講し終わったとき、胸の中の火は燃える炎になっていた。

 

 

 

「今度の日曜日は、夕方から京都に行ってくる。晩御飯は用意して行くから、お風呂と寝かしつけだけお願い」
大阪の自宅からいちばん近い天狼院書店は京都にある。ライティングゼミは平日19時半からのコースを選択したので、自宅から1時間以上かけて店舗まで通うことは叶わず通信で受講した。ライティングゼミを修了してから挑戦し始めた、上級クラスのライターズ俱楽部は日曜日の16時スタートだ。これならば夫に娘を託して通うことができる。初めて京都天狼院へ向かうため阪急電車に乗った日、私のこころは緊張と不安と期待でいっぱいになっていた。遠い昔、初めて男の子とデートするために乗った電車の中で、バッグから何度も鏡を取り出して、自分の顔や髪をチェックしたときのように。
 
ライティングゼミを受講していた4ヶ月間、毎週2,000文字の課題を書いて提出した。毎回、愛しい人へラブレターを書いて贈っているような感覚だった。好きな人には少しでも近づきたい。できるだけ長くいっしょにいたい。私の内なる炎が「書く」ことを欲して大きくなっていった。意中の彼に会いたくて、会いたくて、居ても立っても居られないように、書きたくて、書きたくて仕方なかった。提出した課題に合格点が与えられると、彼との距離が一歩近づいた気がして狂喜乱舞した。落第点を突き付けられると、「お前なんて嫌いだ」と拒絶された気がして、心底落ち込んだ。
 
4ヶ月間で16通のラブレターを書き終わった私は、もうがまんできなかった。もっと彼のことが知りたい。もっともっと「書く」ことを深く理解したい。そのために、上級クラスのライターズ俱楽部に挑戦した。そのために、京都天狼院へ乗り込んだ。
2019年9月。東京・福岡・京都・通信で参加しているライターズ俱楽部の面々とはじめて顔を合わせた。みんな、自分より知識も経験も豊富で、書くことに対して情熱的に見えた。みんな、きっと自分より書けるに違いない。そう思った。田舎から都会の大学へ進学したときと同じように、自分だけ野暮ったくて洗練されていないような、そんな気後れに襲われる。私は自分の中の炎が消えそうになっていくのを感じた。
 
そのとき、ひとりの男の顔が瞼の裏に浮かんだ。人生でいちばん好きになった男。今でもときどき夢にでてくる男の顔だ。彼とは短い間、恋人同士だった。しかし、最終的に彼は別の女性を選んだ。別れを切り出されたとき、本当は泣いてすがりつきたかった。「別れたくない、すてないでくれ」そう口にしたかった。でも言えなかった。お前なんかもう好きでもなんでもないと、徹底的に否定されるのがこわくて口をつぐんでしまった。傷がこれ以上深くならないように、こころにふたをした。
あのときから、私は逃げることで身を守るようになってしまったのかもしれない。ちょっとでも自分を傷つける存在を認めたら、その場から立ち去る癖がついてしまった。
私はまた、逃げ出してしまうのだろうか。恋焦がれている「書く」ということから逃げ出してしまうのだろうか。立ち上がろうと、京都天狼院のこたつにつっこんだ足を動かした瞬間、鋭い痛みが背骨を走り抜けた。足が、完全にしびれていた。
 
逃げ出すな。
 
そう言われている気がした。声の主が恋の神様だったのか、ライティングの王様だったのか、酸いも甘いも知り尽くした人生の師だったのか、それとも単なる空耳だったのか、それはわからない。なんだっていい。確かなのは、その声が私には聞こえたということだ。その声が私をその場に留めたということだ。
書くことから逃げない。ライターズ俱楽部1期目の最初の講義の日、京都天狼院の和室で痺れる足に爪をたてて、私は決意した。
そして2020年3月。私のライターズ俱楽部3期目の挑戦がはじまった。
 
恋した女の日常は景色が一変する。目の前に「恋」というフィルターが出現して、目の前の世界を恋色に染め上げる。
新聞を読んでいても、本を開いていても、映画を観ていても、散歩をしてもいて、誰かの話に耳を傾けていても、頭のどこかで「書く」ことを考えている。初恋の相手を四六時中考えていた少女の頃のように、常に頭の中を書くことが占領している。
 
恋は盲目と言われるが、今回の恋はその真逆のようだ。私は書くために、目を大きく見開く。ひとつでも多くのことばを見つけ、拾い上げようと手を伸ばす。それ、本当はどういうこと? あれ、いったい何だろう? これ、間違ってない? 目に映るもの、耳に聞こえるもの、頭に入ってくるものを疑ってかかるようになった。疑うことは、自分の頭で考えることだ。自分の頭で考えることなしに、書くことはできない。まだちょっとだけ私の中に残っていた、素直さとかかわいらしさといったものが、どんどん消えていく。
 
恋をすると女は綺麗になるとも言われるが、今回の恋はどうだろう。単純に外見だけを取り上げると、あきらかにこちらも真逆をいっていると言わざるを得ない。書く力をつけるために、1冊でも多く本を読みたいし、1本でも多く映画を観たい。1分でも長く「書く」こととデートしていたいのだ。おのずと化粧にかける時間は短縮され、美容院に行く回数は減り、睡眠不足が肌のうるおいを奪っていく。
しかし、そもそも私はもう外見の美しさだけで勝負できるような年齢ではない。内面の美しさが求められる、いい年の女なのだ。では、私の内面は今、どうなっているのか。はっきり言ってぐちゃぐちゃだ。
書くためには、自分の過去の辛い経験や、忘れ去りたい暗い思い出なんかを、もう一度掘り起こしてくることが必要になる。目をつむってやり過ごしていた嫉妬心や劣等感や無力感と向き合うことを迫られる。きれいな清いこころなんて、小さく折りたたんで奥の方にしまっておくしかない。
 
書くことに恋した女の末路は、外見も内面もぼろぼろといったところなのだろうか。
それでも、胸の炎を抑え込むことができないのだから仕方がない。行きつくところまで行くのみだ。
 
昔、恋多き女の先輩が言っていたことばを思い出す。
「1足す1が2にしかならない恋なんてつまらない。3にも4にもなる恋しか、私はしない」
先輩は恋をする度に、綺麗になっていった。恋を食べて生きているような彼女の人生を私は理解できなかった。自分とは違う世界を生きているのだと思った。私はまだ、恋にどっぷり落ちたことがなかった。
 
女40過ぎにして始まったこの恋がいつ終わるのか、私自身にもまったく予想がつかない。不倫しているわけではないから、世間にばれて強制終了なんてことはない。終わりがあるとすれば、立ち直れないほどこっぴどく振られるか、私の熱が突然冷めるかのどちらかだろう。
 
今のところ、胸の炎は燃え盛っている。
「書く」という炎に「小説を書く」という油が注がれ、大きな火柱となって炎を上げている。
天狼院書店には様々なゼミが用意されている。私は現在、ライターズ俱楽部の他に、本気でベストセラー作家を目指すための小説家養成ゼミを受講している。
 
この恋が3でも4でもなく、5でも6でもなく、見たこともない数字になるかもしれない。
そんな予感がすると言ったら、中年女の気の迷いだと笑われるだろうか。
 
 
 
 

◽︎井村ゆう子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
転勤族の夫と共に、全国を渡り歩くこと、13年目。現在2回目の大阪生活満喫中。
育児と両立できる仕事を模索する中で、天狼院書店のライティングゼミを受講。
「書くこと」で人生を変えたいと、ライターズ俱楽部に挑戦中。
天狼院メディアグランプリ30th season総合優勝。
趣味は、未練たっぷりの短歌を詠むことと、甘さたっぷりのお菓子を作ること。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.73

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