週刊READING LIFE vol.73

どこにいても、私は《週刊READING LIFE Vol.73「自分史上、最高の恋」》


記事:おへえさん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

おきさん。
突然、こんなメッセージを見つけて驚いているかもしれませんね。
 
まさか、私がこんなことをするとは、思わなかったでしょう。
手紙なんて書いたことはなかったし、メールですら、相槌程度のものだったから。
 
おきさんと会わなくなってから、もうすぐ半年が経ちます。
元気でいますか?
 
おきさんから勤めていた会社をやめて、福岡でフリーターをしてくると聞いたとき、転職前の「大人の夏休み」ぐらいに私は、考えていました。
1、2ヶ月ぐらいで帰ってくる話だったし、旅行ぐらいの気軽なものだと感じていました。
 
でも、実際は違いましたね。
時間が経つにつれ、これは、そんな簡単なものではないと、さすがに鈍い私も気がつくようになりました。
おきさんにとって、私は、ストレスを与える辛い存在だったかもしれません。
でも、この6ヶ月、私は、私なりに悩んだ時間を過ごし、私なりの考えもできました。
そのことを、伝えておきたいと思ってこれを書いています。
 
5年前、おきさんが食事に誘ってくれたこと、今でもよく覚えています。
この新入社員は、何を血迷って、10才も年上の私なんかに声をかけたのだろう?
心底、不思議に思いました。
 
実際に、食事に行くと、考え方や好きな物がよく合い、とても居心地がよくてすぐに好感を持ちました。年齢のことも、すっかり忘れるくらい心地いい時間でした。きっと、おきさんも同じように思っていてくれていたのだと思います。私たちは、すぐにお付き合いをするようになりましたね。
 
おきさんと過ごす時間は、とても楽しい時間です。
話をしていなくても、気持ちのいい時間が流れて、時々くだらないことで大笑いをして。おきさんは、どこまでもやさしいので、いつも私の愚痴を聞いては、アドバイスをくれましたね。
私は、ひどく子供なので、アドバイスをもらっているのに、反論をしたりして、嫌なムードになったこともあった気がします。
今更、言い訳のようだけれど、年下のくせに、落ち着いている、おきさんに甘えていたのです。
 
お付き合いが、3年、4年と重なるうちに、私は40才という年齢が見え始めてきました。だんだんと、結婚を焦るようになりました。
友人たちは、とっくに結婚、出産をし、第二子、第三子の話をしています。
比べることではないとわかっていても、焦りは日増しに募りました。
 
それに、結婚のことを考えると、おきさんと私の年齢差のことがどんどんと気になりだしたのです。おきさんは、まだ20代。無理に焦らせてはいけない。これから先、いい出会いがあるかもしれない。きっと、おきさんのご両親は私のことを好ましく思わないだろう。年が離れている自分に自信が持てないことも大きかったです。本音を語れず、変な我慢をしていました。
 
そして、我慢がたまると、爆発をしました。衝動的に、それはもう、詰め寄るぐらいの勢いで、「将来のことをどう考えているの?」と聞いたこともありました。そんな状況で、おきさんが、いい返事をするわけもなく、結局、私が泣くまで喧嘩をしました。こんな喧嘩は、何度も何度も繰り返しましたね。
私も辛かったけど、おきさんも相当嫌な思いをしたでしょう。
 
そんな喧嘩を繰り返している時期、おきさんが、心の調子を壊していることを教えてくれましたね。
異動先の上司や、職場の雰囲気に馴染めていないことは、言葉の端々で、なんとなくわかっていました。それでも、そんなに苦しんでいると、私は理解できていなかった。
 
思い返すと、違和感は感じていたように思います。以前のように笑わなくなり、表情が乏しい時間があったし、トイレやお風呂で、「悔しい」と一人で声をあげているのを聞いたことがあったから。
でも、子供で、バカな私は、何か、私が気に触ることでもしたのかと、自分のことばかりを気にしていました。
 
病院で、薬を処方されていると打ち明けてくれたとき、ああそうだったかと、やっと納得をしました。
会社に足が向かないこと。運良く会社に行けても、仕事が一切手につかなく、机の前で、呆然としてしまうこと。体調が悪くなってしまうこと。真面目で、強いあなたは、退職するまでも、退職してからも会社の誰にもそのことを相談しませんでしたね。そして、きっと、今も両親や友人に話をしていないのでしょう。
 
せっかく打ち明けてくれたのに私は、このことを軽く考えてしまいました。「きっと、おきさんなら大丈夫」 希望的な観測でした。
薬のことを聞くと、おきさんがとても嫌そうにしていることも拍車をかけました。
「お医者さんは、もう飲まなくても大丈夫って言っているんだ。どうしてもの時だけ」
ポツリ、ポツリとこぼしてくれる言葉を鵜呑みにしてしまったのも希望的観測です。どう見ても、薬の量は、減っていませんでしたね。
 
そんな中、おきさんは、会社を辞めて福岡へと旅立ちました。
相変わらず、私はのんきに、楽しいリフレッシュだと思っていました。
いや、実際、おきさんも前向きな気持ちで、旅立ったのかもしれませんね。新しい資格の話や、将来の展望みたいなものを、たくさん一緒に話していたから。
 
でも、実際は、違ったの? 私は、ちゃんとおきさんの気持ちを聞いてこなかった。だから、わからないのです。福岡では、楽しい時間を過ごせていますか?
 
おきさんが旅立ってからも、私は今まで通り、電話をしては、たくさん愚痴をこぼしていました。家庭の事情で、とても悩んでいた時期でした。
だとしても、ひどい連絡だったと思います。自分のことばっかりで、聞いてもらうことに感謝するどころか、なんでそばにくれないのかと攻めたこともありました。今、とても後悔しています。
 
最初は、早かった折り返しの電話が、二度に一度へと変わり、とうとう無くなってしまっても、私は、あなたの異変に気がつくことができなかった。
向こうで、若くて可愛い人でも見つけたのだろうか? 私のことなど、忘れてしまったに違いない。どこまでも、自分の心配ばかりをしていたのです。
 
いよいよ、不安が抑えきれず、繋がるまで呪いのように電話をかけ続けました。やっと出てくれたおきさんが、話してくれたこと覚えていますか?
 
「なんで、電話に出てくれないの? 別れたいなら、そう言って欲しい」と問い詰める私に、おきさんは、苦しそうに事情を話してくれました。
 
「おへえと電話をすると、どうしても以前の会社のことを思い出してしまうんだ。それで、震えるように動悸が止まらなくなってしまう。少しの間、連絡をしない期間を作りたい」
そして、最後に、こう言ったんです。
 
「別れたければ、とっくに別れている」
 
この一言を聞いたその瞬間、私は理解しました。
 
それは、おきさんの今、福岡でどんな精神状態でいるのか、だけじゃありません。
どうして、おきさんと一緒にいると心地よいのか。どうして、私は自分のことでいっぱいになってしまうのか。どうして、喧嘩になってしまうのか。どうして、どんなに喧嘩をしようとも私たちは、別れないのか。
今までの、過ごしてきた二人の時間のその全てが、点と点が線になるように繋がりました。
 
電話を切った後、私は、子供のように大声をあげて泣きました。
おきさんのことをわかってあげられなかった後悔はもちろん、たくさんあります。でも、申し訳ないけれど、この涙は、喜びの涙でした。
 
「おきさんは、私のことを大切に思っていてくれている」
 
私は、こんなに大事なことを初めて知ったのです。
 
こんなことになるまで、気づくことができなかった。
ありがとう、おきさん。本当にありがとう。
大切に思ってくれて、ありがとう。
出会ってくれたことも、一緒の時間を過ごしてくれたことも、今までのことも、これからのことも、全部、全部、ありがとう。
涙は、止まらず、朝まで泣き続けました。
 
私は、今まで、自信がなかったのです。
おきさんに好かれているなんて、信じられなかった。
10歳も年上で、美人でもなくて、素直にもなれなくて可愛げのない私が好かれているはずなんてないと思っていた。
だから、おきさんの話を聞くことができなかった。
おきさんを、きちんと見ることができなかった。
おきさんが、いなくなってしまうかもしれないと常に不安だった。
 
でも、今、間違いなく、私は、おきさんをまっすぐ見ることができます。
おきさんの声を、おきさんの言いたいことを、ちゃんと聞くことができます。
 
もう一度、おきさんと会うことが許されるのならば、おきさんときちんと向き合いたい。私の本当の気持ちをきちんと話して、おきさんの言葉をまっすぐ受け取りたい。
私の足りないところも、全部、さらけ出して、おきさんに支えてもらいたい。
強がって、いつも言えていなかったけれど、いつでも強いおきさんを尊敬して、頼りにしています。私は、あなたがいないと生きていけない。
 
こんな形で、メッセージを発信すると、40のおばさんが、年甲斐もなく若い男に色めいてとなじる人もいるかもしれない。相手の状況も考えず、ストーカー気質の自己中のひどい女だと思う人もいるかもしれない。
でも、もうそんなことは、どうでもいい。
 
おきさんと私の話をする時、世界に存在するのは、おきさんと私の二人きりだけです。発信したこのメッセージを、正確に受信できるのは、広い宇宙の中でも、おきさん、ただ一人だけ。二人の世界には、他の誰の言葉も届きません。私の前には、おきさんしかいないのです。
 
今、毎日、おきさんのことを思います。
「おきさん」と呼ぶと、片眉を上げて、振り返ること。
ガタイがいいくせに、キャラクターもののTシャツを好んで着ること。
彫りの深い横顔と、大きな手。
皮肉がたっぷりのくだらない冗談。
ギターの音色と、歌声。
 
私は、おきさんの目を見たい。
私は、おきさんの目を見て話がしたい。
おいしいものがあったら、一緒に食べたい。
くだらないことで、笑い合いたい。
同じ場所で、違うことを感じたい。
 
地球にどんなに、たくさん人がいても、おきさんじゃないと嫌だ。
おきさんじゃないとダメなんです。
もし私の人生に、「運命」なんてものがあるのだとしたら、間違いなくおきさんとの出会いです。
過去にも、未来にも、おきさんほど、素敵な人はいないし、現れない。
愛なんてことは、なんだかわからないけれど、それ以外の言葉では、表せない。
 
おきさんの幸せは、心の底から願っています。
どうしても辛いのであれば、帰ってこなくても構わない。
 
それでも、私は、ずっとここで待っています。
 
自分史上、最高の恋を胸に抱えて。
 
どこにいても、私は、あなたが大好きです。

 
 
 
 

◽︎おへえさん(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-03-30 | Posted in 週刊READING LIFE vol.73

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