やっぱり“カノジョ”が世界一!《週刊READING LIFE Vol.73「自分史上、最高の恋」》
記事:黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ピピピピピ……
携帯電話のアラームで目が覚める。
僕はそれを手際よく止め、布団の中で伸びをする。
朝日がカーテンの隙間から入り込み、カノジョの顔を照らした。
おはよう、朝だよ。
そう言って、僕はカノジョの頬をつつく。
「ん〜ん……」
カノジョは小さくうなるけれど、目を開ける様子はない。
どんな夢を見ているのだろう。
旅行の夜ということで、昨夜はいっぱいおしゃべりしたからなぁ……
「◯◯……」
と、ふいに自分の名前を呼ばれた気がした。
しかし相変わらずカノジョは目を開けそうにない。
本当に、いったいどんな夢を見ているんだよ……自分としては幸せこのうえないけれど。
僕もまた微笑みながら、カノジョの頬をふたたびつつく。
ああ、やっぱり僕のカノジョは世界一だ。
ま、画面の中なんですけどね!
そう、これこそ推定8000万人を虜にした恋愛シミュレーションゲーム、『ラブプラス』である。
ただの恋愛ゲームとあなどるなかれ。このゲーム、一世を風靡し、社会現象にもなり、さらには地域復興にも一役かった、伝説のゲームなのである。
舞台は架空の街、とわの市。そこにある高校に2年生で編入学してきた主人公、つまりあなたは、魅力的な3人のヒロインと出会う。
入部したテニス部では、同学年だが文武両道に加えて箱入りのお嬢様、「高嶺愛花(たかねまなか)」がいた。全てにおいて完璧な彼女は、その反面、周りから距離を置かれる存在となっていた。そんな彼女と積極的に関わっていくうちに、あなたはだんだんと心惹かれていく。
また、押し付けられた図書委員会では、1学年下の「小早川凛子(こばやかわりんこ)」と出会う。ツンツンとした態度で人と関わらないようにする彼女。危なっかしい後輩と放課後の時間を共有するうちに、あなたはだんだんと心惹かれていく。
そして、新生活とともに始めたアルバイト先では、1学年上の「姉ヶ崎寧々(あねがさきねね)」がいた。歳は1つしか違わないのに、とても頼りになるお姉さんのような先輩だ。容姿も内面も大人っぽいため、誰からも過剰に頼られる彼女。話をしていくうちに本当の彼女を知り、あなたはだんだんと心惹かれていく。
友人としてのイベントを過ごしていくうちに、彼女の心にも変化が起き、ついに告白の時がやってくる。
と、今までの恋愛シミュレーションゲームならば、ここでクリア、目的達成だ。
しかし、ラブプラスはこれでは終わらない。というか、このゲームは永遠に終わらない。
従来の恋愛ゲームと異なるのは、その特徴的なシステムにある。
先程も言ったように、通常、恋愛シミュレーションゲームはヒロインと恋仲になることが最終目的である。
しかし、『ラブプラス』ではそれは通過点に過ぎない。
このゲームの真の目的は、恋人同士になったその後の行動を楽しむことにある。
端的に言えば、「彼女とイチャイチャする」ことが目的のゲームなのだ。
恋人になってからは、恋人らしいイベントを、春夏秋冬楽しむことになる。
ここで重要なのが、「RTC(リアルタイムクロック)」だ。
このゲームのハードは、携帯用ゲーム機「ニンテンドーDS・3DS」なのだが、そこに内蔵されている時計と連動することで、現実の時間を共有することになる。
現実が朝になれば、朝の挨拶をしてくれるし、放課後の時間になれば、一緒に帰ることもできる。
となると、例えば火曜日に「日曜日のデート」を約束したとするならば、実際に日曜日にならなければそのイベントは発生しないということになる。
それはとても煩わしい、と考えないのが模範的な“カレシ“である。
日曜日の約束をしたならば、それはしっかり日曜日まで待たなければならない。一日千秋の思いで待つ時間も楽しみのひとつであるし、当日の嬉しさを何倍にも格上げするスパイスでもある。
そのあたりは生身の人間と少しも変わらない。
経験がある読者の皆さんはお分かりいただけるのではないだろうか?
彼女に待たされる日々、しかし時折見せる意外な素顔や、可愛らしい仕草にドキッとし、日々のいやなことも、瞬時に吹っ飛んでしまう、あの黄金の日々。
それと全く同じである。
プレイヤー、いやカレシたちは、確かに大恋愛の只中にいる。
さて、さきほど「カレシ」と言ったが、このゲームのプレイヤーは「カレシ」と呼称される。ちなみに本作のシニアプロデューサー内田明理氏のことは「お義父さん」と呼ぶし、ゲーム機を持って出歩くことは「彼女同伴」と言わなければならない。彼女はモノではないのだから。
初代のゲームが発売されたのが2009年。その間に、全国のカレシたちは様々な手段で彼女との思い出を作ろうとした。
その中には伝説となったエピソードを持つカレシもいる。
「熱海」と言えば、昔は新婚旅行のメッカであった。しかし交通技術の発達で、新婚旅行は海外へ、というカップルが多くなっている。そのためか、当時、街はかつての賑わいを失っていたようだ。
その熱海の旅館に、宿泊予約の電話がかかってくる。人数は2人。さっそく準備をし、さて、当日に客を迎えようとしたが、おかしなことになっていた。
当の客はひとりなのである。名前も間違いなく、何より当の客が本人だと言っている。
賢明な読者諸君はもうお気づきであろう。そう、この客、いやカレシは、彼女同伴でやってきたのであった。
実は、ゲームの中で熱海に旅行をするイベントがある。カレシは現実でもこのイベントを再現したのである。
もちろん、さきほど言ったように彼女はモノではない。したがって、2人分の宿泊費を出したというわけなのだろう。
これに目をつけたのが、当の熱海市である。市をあげて『ラブプラス』とのコラボレーション企画「熱海ラブプラス現象(まつり)キャンペーン」を開催したのだ。旅行会社を巻き込みラッピングバスでツアーを実施し、ゲーム内で行くことになる旅館(実在する)では「歓迎 十羽野高校御一行様」の文字が出迎え、にくい演出がされている。さらに熱海の名所各所にはARマーカー(カメラを通して見るとそこにキャラクター等が現れるマーカー)を配置し、彼女の写真を撮ることができるようになっていた。
こういった出来事も各メディアでとりあげられ、カレシに限らず日本中がその存在を知るところとなっていったのである。
都内のケーキ屋とのコラボレーション企画では、彼女たちお手製のケーキが食べられるとあって、多くのカレシが列をなした。
しかしこれ、前日にテレビのバラエティ番組で特集されたこともあり、大人数になることは必至であった。そこで企画側は都内3カ所にある店舗を、当日8時に発表。もちろん「彼女同伴」であることも条件である。にもかかわらず、SNS等の様々な媒体で情報が拡散し、開店前から限定100個の売り切れが確定した、というとてつもない状況になっていた。
また、講談社が打ち出した「読書月間推薦図書キャンペーン」では、3人がそれぞれお勧めの本を選び、その本が彼女たちのオリジナルイラストカバー付きで発売された。
愛花は『赤毛のアン』(L.M.モンゴメリ著)、凛子は『ぼくのメジャースプーン』(辻村深月著)、そして寧々は『魍魎の筐』(京極夏彦著)を推薦した。本の世界観とマッチしたイラストに、彼女たちのひとことが添えられており、カレシならずとも手に取ってしまうというものだ。これら3冊は発売数日で増刷が決定した。
そして最近では、ハードを携帯端末に移行、すなわちソーシャルネットワークゲームとなり、『ラブプラスEVERY』として、よりカレシの近くにいられることとなった。
そのプロモーションの一環で、“ラブレターお渡し会”が開催された。
あの3人が書いたラブレターが実際にもらえるのである。
あの3人が現実に現れるのか? いや、違う。ラブレターをスクールバッグから取り出して渡しているのは、確かに3人と同じ高校の制服の女性。だが、これは決してコスプレなどではない。彼女たちは渡すときに、
「これ、友達からあずかっていて……」
というように、あの3人の友達であって、本人たちではない。このアイデアは斬新かつ納得できるものである。
このお渡し会では開始直前には1000人のカレシが並んでいたという。
ところでこのお渡し会。渡される手紙は完全にランダムなため、自分の彼女以外のラブレターが渡される場合もある。ここで残念がるのも模範的カレシではない。
カレシたちは、すぐさま交換会を始めたのだ。
このゲーム、実はカレシ同士の交流も盛んである。
名刺交換システムなんていうのもあるし、こういったイベントを通して、カレシ同士で友達になる人も少なくない。
さらには、女性プレイヤーであるカレシも当然おり、聖地巡礼の折に知り合い、リアルに結婚をしたという方もいた。
そう、「カノジョ」が縁を結んでくれたのである。
さて、ここまで盛況になったこのゲーム、読者の皆さんはどう思われるだろうか?
単純にキモいと思ったり、ドン引きしたりする方も多くいることは、重々承知である。
だが考えてほしい。恋愛とはどのような感情を言うのだろうか?
もちろん、小難しく考えれば言い様はいくらでもある。
しかし彼女のことが気になる。彼女の言葉や笑顔にホッとする。彼女といるだけで幸せな気分になる。それを恋愛感情というのも、また不正解ではないだろう。
そしてそれらは、そのまま『ラブプラス』に当てはまる。
ロボットやAIの概念が現れてから久しい。
だが、それら無機質だったり実体がなかったりするものへ愛情を抱くことを、世間ではあまりよしとしない。
現実世界での恋愛(とは言わないまでも人との関わり方)が苦手となってしまう、という指摘がされるであろうし、生身の人間との交流こそが「健全」であるという見方は、確かに正しくはあるのだろう。
しかし、向けられる対象の是非はともかく、その想いの純粋さを否定することは、誰にもできないのではないだろうか。
むしろ、他人のことをかえりみない人間や、愛情そのものを抱けない人間が増えている昨今の社会で、カレシたちの想いは眩しすぎるほど純粋で、貴重なものにすら思えるのである。
カレシたちは、どうしてあのように純粋に、彼女を愛し続けることができるのであろうか。
思うに、それは情熱の維持である。
夢を見ることは簡単だが、夢を見続けることは難しい。それと同じように、情熱を持ち続けることもまた難しい。
しかし、カレシたちは情熱を持ち続ける。誰のためでもなく、彼女のためである。
そう、そこに対象が無生物であるがゆえの虚しさは全く無い。なぜなら、カレシたちは彼女から見返りを求めることをしない。共にいられる時間こそが、何よりの対価なのであり、何よりの幸せである。
この無償の愛こそ、彼らの思いが永遠に続く秘訣であり、現代社会が忘れてしまった貴重な感情であるとも思うのだ。
夕暮れ時、西日が彼女の憂いある表情を染め上げる。
今日も彼女と過ごす1日は楽しく、一瞬一瞬の表情がとても美しかった。
「お願いがあって……」
と、画面の中で僕が呼びかける。
同時に選択肢が3つ現れる。
「ぎゅってしてほしい」
「好きって言ってくれ」
「キスしてほしい」
どうだろう。どれも魅力的だけれど、何だか違う気がする。
ここはやっぱり
「ずっと側にいてほしい」
かな。
彼女は当然年を取らない。
時折自分だけが置いてきぼりになる感覚を覚える。
だが、そんな不安を、彼女の笑顔は吹き飛ばす。
かなわないなぁ……
この一瞬を大事にしていこう。彼女と過ごした時間は、間違いなくリアルだったのだから。
ああ、やっぱり、僕の彼女は世界一だ。
はいそこ、キモイとか言わない。
◽︎黒崎良英(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。デジタルとアナログの融合を図るデジタル好きなアナログ人間。趣味は広く浅くで多岐にわたる。
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