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週刊READING LIFE vol.83

書くことに本気で向き合うために、ここにいる。《週刊READING LIFE Vol.83 「文章」の魔力》


記事:青野まみこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「おい、お前の名前が載ってるぞ!」
男子が思いっきり大声で、私のところに言いに来た。
「え……? なに、それ」
「お前の名前が、学年通信に書いてあるって!」
「えー、それ、うちのお母さんの名前じゃないの? PTAのやつとかじゃん?」
「違うって、お前のだって!」
なんだろう……。私は恐る恐るプリントを見た。
 

春は そこまできています。
うめのつぼみも ふくらんでいます。
きくのめも おきあがってきます。
子どもたちの あそぶ声が きこえて来ます。
 
たとえ 風がふいていても
春は そこまできています。

 
あ!
これ、この間、書いたやつだ。
 
え、なに? なに? これ、載ったの?
やったー!
 
体中の何かが、うわーっと騒ぎ出すような、休んでいたエンジンが一斉にかかるような、そんな気がした。
 
小学校2年生の、もうすぐ終わろうとする頃に、学年通信に私が書いた詩が載った。
クラスで、2月の校庭に出て「春を探しましょう」ということで、何か詩を書きなさいというお題が出て、全員書いて出した中から選ばれて学年通信に載ったのだ。もしかしたらまだ残っているかと家の中を探してみたら、何ということだろう! ガリ版刷りの学年通信が出てきた。よくこんなの取ってあったなあ。かろうじて読めた。ちょっと感動してしまう。
 
私は自分の詩が載った学年通信を、帰る道々何度も読み返した。家に帰ると早速、自分の詩が学年通信に載ったことを報告した。
「ねえねえ、お母さん、見て見て! これ、載ったんだよ」
「へえ、すごいじゃないの」
なんだか無性に嬉しかった。そこに父が帰宅してきた。
「なんだ、どうしたんだ?」
「なんだか学年通信に、詩が載ったんですって」
「どれ、お父さんに見せてごらん」
私はプリントを父に見せた。
「お、すごいな。いいじゃないか、いいじゃないか」
父は嬉しそうに、何度も何度もそのプリントを読んでいた。
小さい頃から本を読むことだけは大好きだったけど、特に勉強が人一倍できるわけでもなく、作文も苦手で、体育も図工も抜きん出ていたわけでもなかった娘が、こうして取り上げられたことが父は嬉しかったのだろう。それから父は、何かあるごとに、
「春はそこまで来ています、か。いいねえ、いいねえ」
と言った。
これが、私が「文を書く」ことについて意識した、人生最初の出来事だった。

 

 

 

文章に初めて触れたのは、いつのことだっただろうか。
最初はたぶん、幼児向けの昔話や、童話だったと思う。少年少女向けの世界の名作本も好きだった。『若草物語』は挿絵が好きで、優しいお姉さんが欲しかったなと思ったのを覚えている。
小学校に上がると、図書室に入り浸りになった。世界の名作が山ほど置いてあったからだ。それを片っ端から借りて読んだ。いつもランドセルの中に分厚い本が入っていて、重たいなあと思いながら通学していた。
 
ある時、世界名作以外に、図書室で夢中になるものを見つけた。それは怪盗ルパンシリーズだった。クラスの何人かがそれを読んでいて、よく見かけるのである時尋ねたことがある。
「ねえ、それって面白いの?」
「うん、面白いよ。これ借りてる人多いから、順番待ちなんだよ」
「へえ! 今度見てみようかな」
軽い気持ちでルパンの本を1冊借りた私は、当時それを読んでいたクラスの子たちと同じく夢中になった。アルセーヌ・ルパンといえばシャーロック・ホームズがもれなくついてくるので、続けてホームズのシリーズにも夢中になった。こうして全部制覇したのが小学校4年生くらいだろうか。
 
そのくらいからは、大人が読むような本も読んでいたと思う。
というのも、父が相当に本好きな人だったからだ。
家には、かなりの本があった。吉川英治、司馬遼太郎、池波正太郎、森村誠一、円地文子、有吉佐和子、吉村昭、三浦綾子、……思い出せないくらいの沢山の作家の本があった。通勤の帰りに書店に寄り、文庫本を買い求めてよく帰宅してきた父の姿を覚えている。
父が持って帰ってくる本は、難しそうなものもあったけど、パラパラと数ページめくってみると面白そうな本もあった。父の机に、ポンと置き去りにしている本を立ち読みしては、面白いとそのまま読んでしまうような感じだった。
父の本棚から拝借すると同時に、自分でも本屋で、いいなと思った本を買うようになった。そして贔屓の作家もでき、私の本棚にも本が増えていった。
 
小学校6年生の時、通っていた塾の国語の先生から、こう言われたことがあった。
「あなたの文章は、いいね」
細かいことは忘れてしまったけど、おそらくは文章題か何かの問題が出て書いたものに対して、そう言われたのだろう。とにかく褒められてすごく嬉しかったことは覚えている。文章を読むことは好き、そして書くことも次第に好きになっていったような気がする。
 
高校に進み、相変わらず本好きは変わらなかったが、特に意識しないで高校の現国の授業を受けていた。その時、それまでの自分が知っていた「文章」への感覚をまるっきり覆すかのような短編に出会った。教科書に載っていた横光利一の『蝿』だ。
 
わずか10分もあれば読めてしまう、原稿用紙10枚にも満たない短編のはずなのに、こんなに細かな描写と、深みのある文なのか。しかも文章が端的で、どの場面も映像として目の前にくっきりと浮かび上がってくる。
私は感嘆した。こんな文が書けるなんて、ものすごい才能だ。
無駄なものを一切削ぎ落としているのに、十分すぎるほどの奥行きがあって、読者に行間を読ませすぎるくらい読ませてくれる文章。この短編に出会って、今もってなお、その文章の断片が思い出せる。
 
どうしたら、こんな文が書けるのだろう。
いつか、こんな文が書けたらいいだろうな。
 
ぼんやりとだが、その時から私はそう思っていたのかもしれない。

 

 

 

「自分から発信して文章を書く」ことをやってみたい、そう思うようになったのは、そこからだいぶ時が経って、ブログを始めようと思った時だった。
 
大学は希望通り文学部に進んで、そこで触れ、書いた文章も楽しかった。でもあくまでそれは「作品ありきの文章」だった。卒論を作る過程も楽しかったけど、それはいくら好きなことでも「書かないと卒業できないから書いた」ものでしかない。
 
卒業してからは、仕事に家庭にと、目の前のことで忙しく、1つ1つをこなすのに精一杯だった。とてもじゃないけど改めて文章を書こうという時間も取れないし、まず落ち着かなかった。そして日々が過ぎて、子どもも手が離れた時、ブログ文化ができていた。
 
「インターネットで、日記みたいな感じだったら、やってみたいな」
 
紙に書く日記はとても苦手で、それまで何度か書いたことはあるけど、1週間と続かなかった。誰も見ないのに書くことがとても重労働に感じ、面倒になり、挫折した日記帳が何冊もあった。でもネットだったらキーボードで簡単に書けそうだし、続けられるかもしれない。そう思ったのもあったけど、自分の中にあることを書き記してみたくなったのだ。ブログで自分の好きなこと、趣味のことなどを書いている人が知り合いにいて、楽しそうだった。好きなことだけ書けばいいんだよね。だったら私にもできるかな。こうして、自分発信の文章をブログに書いていった。
 
ブログに書くことは、趣味の映画を観た感想が多かった。
新作が封切られて、自分が興味ある作品を映画館に観に行き、そのことをブログに書いていた。私は自分が観た作品のことを、自分の言葉で書きたかった。
年に100本、200本と映画を観て、せっせと感想をブログに書く。そのこと自体はそんなに苦ではないけど、ある時ふと思った。
 
「こんな風に、ただ書きっぱなしばかりで、果たしてこれでいいのだろうか」
 
ブログで、同じ趣味を持つ人たちとお友達になることがある。いわゆる「ブログ友」さんだけど、その中でお互いに褒めあって励ましあって感想を交換することが多かった。もちろんそれはそれで悪くはないが、それではただの内輪受けだけじゃないか?
自分の文章として表現したい。もっとよく表現したいけど、どうしたらいいのかがわからない。自分の思うままに、ただ書きっぱなしだけでは何かが違うような気がする。自分として「文を書く」ことに何か指針が欲しい。次第にそう思うようになっていった。
 
ある時、Twitterのフォロワーさんが「ライターを募集している」と書き込んだことがあった。私は「映画のことしか書いてないけど、応募してみたい」と書き込んだ。トライアルを書いて欲しいとのことで、観た映画について文章を作って提出したが、結果は不採用だった。
やはり自己流では難しいのだなと、その時思った。ではどうすればいいのかがわからなかった。教えを請う人も思い当たらなかった。
仕事が忙しくなったこともあって、私はいつしかブログを更新する頻度が少なくなっていた。映画の感想や、日々のことも、SNSへの短文の投稿のみになることが多くなった。書くことの指針を見つけられていなかった。

 

 

 

ほぼ惰性で続けていたSNSだったが、ある日、それを大きく変える出会いがあった。
きっかけは、Facebookで友人がつけた「いいね!」だった。
 
その人が「いいね!」を押した天狼院書店という不思議な名前の書店の説明が、面白いと感じた。
書店なのに、読むだけじゃない、なんだか書くことをやっているらしい。
本も売っていて、カフェもあるらしい。
調べてみると、職場からそんなに遠くないところじゃないか。
なんか、面白そうだし、本屋さん好きだから行ってみようかな。そんなわけで、1週間の仕事が終わった金曜日の帰りにでも寄ってみることにした。
 
池袋はとてもよく知っている。でも天狼院があるのは池袋というよりも、「ほぼ雑司ヶ谷霊園入口」だ。いや「ほぼ東池袋」と言ってもいい。どこからも中途半端な場所にある本屋さんなんて相当珍しい。まあよくある小洒落た本屋さんっぽいけど。そう思って、奥池袋にあるビルの外階段を登り、2階へ上がって少し重ためなドアを開けた。
 
中に入り、並んでいる本を眺める。
この感じ、好きかも。選んでいる本のセンスも好きな感じだ。
一通り見ていると、カウンターの中にいた人が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。こんにちは。どうやってここを知ったのですか?」
「Facebookで知りました。何か、文章を書くこともなさっていると読みまして」
「そうなんです。文章を書くコツがあるので、それを皆さんに伝授している講座があるんですよ」
説明を聞いていて、どんどん惹かれていった。ここで講座を受けてみたいと思うようになった。
それまで、本格的に文章を書くことを教わろうという気にはなれなかった。街のカルチャースクールでやっている文章教室も知ってはいたけど、講師の先生の書き方に左右される気がして仕方がなかった。講座に魅力を感じなかった。
 
ではどうして天狼院の講座を受けてみようと思ったのか?
それは「コツがある」というとても単純明快な誘い文句だったからだ。それに、店主さんも実績があるみたいだし。いくらいい講座を聞いていても、先生に実績がなかったらリアリティがなくなってしまう。実績という担保があるなら安心できそうだし、何よりも書店の雰囲気が私は気に入っていた。ここでなら、自分の中でずっと考えていた「文章を書くこと」への答えが見つかるかもしれない。その場で私は受講することにした。
 
それが昨年の6月のことだった。
そこから約1年が経ち、私はいくつかの講座を受けてきた。
ブログ時代、自分でいいと思っていて書いていた文章の書き方は、やはり自己流でしかなかったことがはっきりとわかった。何しろプロが読んで、基準に達しなかったら掲載されないのだ。シビアだし、でもそうでなかったら文章なんて上手くならない。私は、そんな公平で、厳しいシステムが気に入った。ある時は掲載になって嬉しいし、またある時は労力かけて書いた文章がけんもほろろにNGを出されるが、でもそれでいいと思っている。
 
本気で文章が書けるようになりたいから、ここにいるんだ。
自分の独り相撲じゃないことを書けるようになりたいから、ここに来たんだ。
自分が培ってきた、本が好き、文章が好きということにきちんと向き合いたい。
それには、書いて書いて書くことで、自分が苦労して掴み取らないといけない。それを地で行っているところに出会ったんだ。
 
いつになったら、自分が納得のいくものが書けるのかはわからない。でも少なくとも、書くことに覚悟を決めたきっかけはもらった。
子どもの頃からぼんやりと思っていた、書くことの嬉しさを味わいたい。いつか自分が書きたいと思った、無駄のない流れるような文を目指して、今日も私は書くことに向き合っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

天狼院ライターズ倶楽部所属。
東京生まれ東京育ち。3度の飯より映画が好き。
フルタイム勤務、団体職員兼主婦業のかたわら、劇場鑑賞した映画は15年間で2500本。
パン作り歴17年、講師資格を持つ。2020年3月より天狼院ライターズ倶楽部に参加。
好きなことは、街歩き、お花見、お昼寝、80年代洋楽鑑賞、大都市、自由、寛容。

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2020-06-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.83

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