週刊READING LIFE vol.84

「楽しい仕事」を探すには「自分の好きなこと」を探すことから始めよう《週刊READING LIFE VOL.84 楽しい仕事》


記事:安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「君はここでどんな仕事がしたいの?」
上司との人事評価の面談で毎年必ず問われる質問だ。
 
「特にありません。個人の生活に負担がかからない程度の異動であればどこでも良いです」
毎年同じことの繰り返し。この面談に何の意味があるのだろうか、と初めは疑問に思っていたが、10年も繰り返すとその感情もどこかに消えてしまった。
 
そもそも何かをやりたくて今の会社に入社したのではない。
そんな感情がにじみ出てしまっているのだろうか、どの部署の面談でも必ず言われる。
 
「君、この会社にいて楽しいか?」
 
楽しくないわ! とすぐさま私を見下している上司に言い返してやりたいが、いつも言えない。上司を見ながら苦笑いし、小さい声でごまかしながらやり過ごしてきた。
 
仕事は楽しいものではない、これは私がずっと思ってきたことだ。
仕事は生活するための手段であり、楽しさを求めたらおそらく続かないだろうし、趣味を超えて自分の興味あるものに取り組むべきではないと考えていた。
 
だからこそ、仕事を選ぶときは何も考えないようにし、どちらかと言えば会社の世間的な評価や他人から良い評価を得たいという、少し卑しい気持ちがどこかにあった。
 
そんな考えだったからか、自分が何をしたいのか分からないまま大学まで過ごし、気がついたら周りは就職し、同学年では私だけ就職浪人することになった。
 
就職浪人になってからは、外向けによく見られたいという気持ちがさらに加速し、加えて家族や友人を見返したいという思いから、大手企業に狙いを定め、ネームバリューだけで会社を選択し、就活を進めた。
 
結果として世間一般で言われる大手企業に入社することはできた。
しかし、入社してからというものの、電話相談やクレーム処理、単純な事務作業ばかりが主な仕事となり、興味があった分野でもなければ、得意な業務でもなかったため、ただただ毎日が苦痛だった。
 
「もっとちゃんと考えて会社を選べば良かったな」
 
何も考えずに就職したことを酷く後悔した。
酷い時には何度も辞表を書く練習をしてはゴミ箱に捨てる、という毎日が続いた。
 
振り返ってみると、これまでの短い人生の中で、私はこれまで何度も同じ過ちを繰り返してきた。
 
後先深く考えず、周りによく思われたい、世間的に光り輝いて見える場所に自分も同じ一員になれば一緒に輝ける、という思いだけで行動してきた。
 
そのため、途中までは充実感に満ち溢れた毎日を送ることができたが、達成してしまうとそこで目標を見失ってしまい、自分は何がしたかったか分からなくなる。一本の光り輝いていた道を通り、明るい未来に向かっていたはずなのに、いざ到着すると急にモノクロの世界になるような感覚に陥っていた。
 
これまで同じような後悔を高校、大学受験でも感じていた。
 
高校受験のときは、バスケットボール部が強豪である学校を選んだ。自分が地域内でも有力な能力の持ち主でもなければ、選抜等にも選ばれたことがない平凡な選手にも関わらず、何の疑問を持たないままにそこだけに進学を絞った。
強豪校で練習すれば自分はいつか上手くなるし、所属するだけで注目を浴びるようになる、といった誤った考えを持っていた。
 
しかし、部活では活躍することができず、控えとして3年間を過ごした。当然、毎日の部活が忙しいこともあり、勉強と両立する力もなかったため、学校の成績もパッとしなかった。結果として文武共に中途半端になり、部活が終わった3年生のとき、私には何も身についていなかった。
 
そんな高校生活を過ごしてしまった反省から、大学は普通の学生として、自分の将来をちゃんと考える時間を設けようと考えた。
 
しかし、大学に入る以前に学力が低かったため、当時の担任からは、県内の大学か、一浪するのが妥当ではないかと言われた。
 
一浪なんて周りからバカにされてしまう。そう思った私は学校の力を最大限に借り、何とか推薦してもらうように動いた。
 
必死さが伝わったのだろうか、学校から推薦はもらえた。しかし、推薦となると当然入れる大学の選択肢の幅は狭く、その限りある大学、専攻から自分の将来を決めることになった。
 
ここで私はまた同じ過ちをしてしまう。
「教師になったら、周りは喜んでくれるかな」という甘い考えで教育大学を選んだ。
 
教育大学への進学ははっきり言って失敗だった。
大学に入学してすぐに分かったが、周りは将来、教師を目指す熱意溢れた学生ばかりで、私は完全に浮いてしまった。
 
その熱意を受け逆に私の教師への気持ちは離れていき、大学2年生のときには完全に教師になることを諦めた。
それからは同じような考えを持った同級生と過ごし、日々突きつけられる現実から目を背け、大人の階段をわざと踏み外す毎日を過ごした。
 
結果、就職浪人をし、ろくに将来を考えないまま就職することになった。
同じ過ちを繰り返し、現在に至る。
 
「人は同じ過ちを繰り返して生きる。でも過ちがあるからこそ反省し、人は成長する」
 
小さい頃、ブラウン管の向こう側でやたら偉そうな大人が上から目線で言っていたことを思い出す。そして、現在の自分を見て思う。それは成功者の経験で、自分には関係のない話だと。
 
人は同じ過ちを繰り返す、そしてそのまま悔やんで行き詰まる。だから何をやっても無駄ではないか。
そんな卑屈な考えで毎日を暮らしていた。
 
それでも普段、人として真っ当な生活を送ることができたのは、現在の私の妻が上手く支えてくれていたからかもしれない。
 
妻は私の唯一の理解者である。学生の頃から付き合ってくれ、入社5年目に結婚し、それ以降は一緒に暮らしてくれた。
 
一緒に暮らしてからも私の卑屈さがより一層増している様子を感じ取ってくれ、何か危機感を持ったのかもしれない。普段、私の生活にはあまり口出さない妻が、居間で寝転がっている私を叩き起こして言った。
 
「今の仕事が面白くないって感じ、家で出すのをやめてくれる?楽しくないなら、今の苦しくならない程度に楽しい、軽い仕事を見つけてきてよ」
 
妻がこれほど怖かったことはない。そして半分何を言っているのかすぐには理解できなかった。
 
「今の仕事を辞めていいってこと?」
機嫌を伺いながら確認する。
 
「辞めてもいいけど、次に仕事として繋がる楽しいことを探してきたら良いんではない?」
 
その発想は全く無かった。
私は「仕事=稼ぐもの=つまらないもの」と考えていたため、どうしても「仕事=楽しい」とは思えなかった。
 
悩んでいる私を無視して妻が言う。
 
「私は教師という仕事が面白いし、楽しいと思ってる。もちろん辛い時もあるけど、自分が好きなことを仕事にしたら毎日が楽しいよ!」
 
そんなことは理想だ、と思ったが目の前の妻を見てみたら少し納得ができた。
 
妻は教育大学の頃から教師という職業に対して熱い想いを持っていた。その一方で熱意にのめり込んで「絶対に教師になる」と思っている他の学生に対して「そんな人が教師にならない方が良い」といった考えを持っており、適度に熱量をコントロールしていた。私はそこに共感でき、この人と一緒にいたら楽しいだろうなと思った。
 
そんな昔の思い出を振り返っている私にお構いなしで妻はたたみかけてくる。
 
「今の仕事で楽しむことを諦めたら? 自分のことをもう一度見直して、好きなことを掘り起こした上で、それにまずは取り組む。それで、続けられそうならそのまま仕事してしまったら良いじゃん」
 
必死に言っていることを理解しようとしたが、言っている意味が分からなかった。ただ、その場はとりあえず妻の言うことを聞くしか無かった雰囲気だったため、すぐに「そうだな」とだけ返事してその場をやり過ごした。
 
その後、「仕事=楽しい」という形がどうしても自分の中に落ちず、私は全く眠れなかった。
 
世の中どれほど楽しんで仕事をしている人がいるだろうか。
少なくとも私の周りには楽しんで仕事をしている人は妻以外には思いつかなかった。
 
それならば、自分で好きなことをもう一度探してみようと決めた。
なんでも良い、何か自分が本気で楽しめるものは何かを思い出そうとした。
 
人生の中でこれほど自分に対して向き合った時間は初めてだった。
仕事をどうすれば楽しく思えるか、ということよりも自分は何が好きで、何をやってみたいのかをひたすら考えた。
 
まず思いついたのが、料理だった。
人に料理を提供するのが好きで、家では良く料理を振る舞い、妻が喜んでいる顔を見るのが好きだったからだ。
 
すぐに市内の料理店を調べた。
その中でお洒落なイタリア料理店がスタッフを募集しているのを見つけ、自分が働けるか一度相談して欲しいと伝えた。
 
料理店の店長は話だけなら、と会ってくれる約束をしてくれたので、間隔をあけず次の日の夜には会うことにした。
 
「30歳過ぎて結婚してるなら、この業界はやめたほうが良い」
入店してすぐ、料理が出て来る前に現実を突きつけられた。
 
「おにぎり屋とかラーメン屋、簡単な定食屋ならできるかもね」
私の芯にはまだ自分を良く見せたい、というつまらないプライドが残っていたため、どちらかといえば大衆店のような店は全く興味が湧かなかった。
そのため、店主とは軽く世間話をする程度にし、店で働くどころか、料理人になることを諦めた。
 
次に思いついたのが農家。
食関連で携わることができ、尚且つ人に喜んでもらうことができ、自分の時間を自由にできる職業に見えた。何より子どもがいたら一緒に楽しみながら仕事ができる。こんなに魅力的な仕事は他にはないと思った。
 
「私はなりたくて農家になったんじゃない。何も面白くないし、収入も安定しない。できることならコンビニで働いた方がマシだよ」
ビニルハウスの中でピーマンを見ながら、農家の人は言った。
 
「仲間になるなら歓迎するよ。でも今の職業を捨て、収入がマイナスになってドブをすすってでも生活する覚悟はあるか?家族が崩壊することも想定しておいた方が良いよ」
 
ここにも厳しい現実があった。この農家さんは市内で1番出荷量が多く、世間的には収入が多い農家さんだったが、それでも「厳しい、楽しくない」という言葉が出て来るのは想定外だった。
 
楽しい仕事とは一体なんなのか。
それ以外にも色々な人から話を聞いたが、口々に「仕事は楽しくない」という言葉ばかりで、やはり仕事を楽しくするのは不可能だとさえ思い始めていた。
 
同時に私がいかに恵まれた環境で仕事をしていたか、この機会に思い知らされた。いや、もしかしたらこれまでの人生で自分の思いつきで過ごしてきた私は、十分幸せだったのかもしれない。
 
もっと若いときから色々考えて、経験してみれば良かったなと思う。
 
そんな中、いつも通うカフェの店員から急な誘いを受けた。
「今度コーヒーの淹れ方教室をするので、良かったら来てもらえませんか?」
 
自分でやりたいことが見つからなくなったときだったので、まずは受けてみようと思った。が、これが運命の出会いとなった。
 
「コーヒーは自分の淹れ方、好み、その日の気分によって味が変わります。適当で良いんです。美味しいコーヒーというのはあなた自身で決めてください」
 
私はこの言葉に惹かれた。「適当」、「自分自身で決める」というワードに何かつっかえたものが全て取れた気がした。
 
コーヒー教室もとても楽しかった。
初めて自分の中で、他人の評価を考えず、自分自身でこれを仕事に繋げてみたいと思った。
 
それから間を置かず、コーヒーの器具一式をすぐに購入し、コーヒーに関する本を図書館から全て借り他のことを忘れて勉強した。
 
コーヒーに対する興味は日々高まっていき、冷めることは無かった。
コーヒーに出会ってから3ヶ月もしない間に「コーヒーインストラクター」の資格を取った。
 
今でも毎日コーヒーを豆から挽き、ハンドドリップし、コーヒーに対する愛が止まらない。そしてコーヒーに出会うまでには無かった「毎日が楽しい」という感情が芽生えてきた。
 
徐々にではあるが、本来の仕事からシフトしつつあり、屋台でのイベント出店も決まったところで、仕事として形になる可能性が出てきた。
 
そして、コーヒーだけでなく、コーヒーに合うお菓子作り、お菓子作りに向けた果物の栽培を行っているところであり、元々興味のあったものが全てつながってきた。
 
自分の中では考えられなかった「仕事=楽しい」という形が実現し始めている。本来の仕事が楽しくないものであっても、自分が好きなものは何か、という切り口で見つけようと行動してからは全てが上手く回るようになってきた。
 
私のように仕事が楽しくないと思っている人がいるならば、まずは自分が楽しいと思えるものを見つけることをお勧めする。
 
そして本当に続けることができるならば、自分にとって「楽しい仕事」につながる可能性がある。
 
もし仕事に繋がらなかったとしても、仕事も含め、生活全体の楽しさが増していくことになることを信じて、一歩を踏み出してはどうだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
安平 章吾(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

某大手企業に勤務して9年目を迎える。入社当時は会社の社員であると言うステータスに満足していたが、実際の業務内容が自分の想定したものでなく、また将来に渡って続けられる仕事ではないと感じたため、現在転職を検討中。その中で、自分がやりたいこと、好きなことを仕事につなげたいと考えており、興味を持った職業の方に対し直接お話を聞き、現状を探って回ったこともある。現在は、ライティング、WEB制作、コーヒーが自分に合っていると感じたため、3つを同時並行で勉強し、さらに理解を深める中で職業につながるように模索しているところである。

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2020-06-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.84

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