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週刊READING LIFE vol.84

大きいのが取れるとうれしい~耳掃除というお仕事~《週刊READINFG LIFE Vol.84 楽しい仕事》


記事:飯田あゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

※注※
こちらの文章は食事中には決して読まないことをお勧めします。気分が悪くなってもそれは自己責任と心得たうえで読み進める勇気がある、または「そこまでそそられちゃ読まずにはいられない」という突出した野次馬根性のある方のみお読みください。
 
心の準備はよろしいでしょうか?
 
では始めます。

***
 
 
夜中にこっそりパソコンを開く。
 
一人暮らしなのだから別にこっそりする必要はないのだけれど、どうしてもこっそりという気分になってしまうのはこれから見ようとしているものが、真っ当な大人が我を忘れて何時間も見続けるようなものではないと知っているから。
 
ブラウザーを開きYouTubeに飛び「お気に入り」または「履歴」からある動画を開く。
 
それは、針の穴に登山用ザイルを通すような、天岩戸の隙間から往年の横綱小錦を引っ張り出すような、塀の穴に顔だけ挟まって動けなくなってしまった猫を救出するような、……そんな神業のような耳垢取りの動画である。
 
一本見始めると、次々おすすめが上がってくるので、本当に何時間でも見続けてしまう。今回、この原稿を書くにあたり、魅力を再解析しようと冷静に見始めたらあっという間に三時間が経過していて驚いた。麻薬のような動画なのである。
 
最初は
「ぎゃー! 一体何年放置したらこんな巨大な耳垢ができるんだ!?」
「これ、どう見ても耳の穴より大きくないか? この人はどうやって取り出すつもりなんだろう?」
というおぞましいものに対する好奇心で見ていた。
これが快感になってきたのは単なる興味や好奇心、怖いもの見たさという心理だけが隠れているわけではないことに気づいてからだ。
 
耳垢取りは快楽なのである。
する方にとってもされる方にとっても、爽快感と達成感を伴う素晴らしい作業なのである。
 
でなければ、人の耳の中から大きな耳垢をほじりだして見せるだけの動画が、世界中で400万再生なんてありえないじゃないか。
人は、耳掃除動画で快を共有しているのである。
 
だから、私が思う楽しい仕事の最たるものは、「耳掃除をなりわいにする人」なのである。
 
子どものころを振り返ってみてほしい。
母の膝枕で耳掃除をしてもらった記憶がない人は、まずいないのではないか?
そして、その記憶は快感とノスタルジーを誘う甘美なものとして定着しているのではないだろうか?
 
私はそうだ。
縁側で母の膝に頭を預け、竹の耳かきでごそごそされるあの快感。
「もうないよ。全部取ったよ。きれいになったよ。」
と言われても、
「まだある! もっとやって!」
と懇願し、しつこいと叱られた幼い日々。
 
あれは、第一子長女としてしっかり者を演じざるを得なかった私が、母に堂々と甘えられた記憶だからこそ、こんなにも美化されて残っているのかと思っていたが、どうやらそういうことだけではないらしい。
 
人はなぜ耳かきをするのか?
答えは「気持ちがいいから」だ。
耳の中には迷走神経という、人体をリラックスに導く副交感神経の一種が通っている。この迷走神経は、耳かきで触れば触るほど気持ちよくなり快感を生じさせるという。
 
ホモサピエンスの子どもは生まれてから母に抱かれ触れられ、触覚からの快を与えられて育ってきている。
だが、三歳以前の記憶は幼児健忘により失われるため、第一子は特に、下の子が生まれてからの抱っこやおんぶなどの直接的なふれあいの記憶がなくなる。そのため、母から直接的な快感を与えられた記憶として残っているのが小学校中学年くらいまで続いた耳掃除のスイートメモリーなのではないか。
だからこそ、他人の耳掃除を見てこんなにもうっとりとその世界に没入できるのではないか。
 
そのような仮説をもとに耳掃除動画を見直すと、数多ある動画の二つの傾向とそれらがもたらす快感の種類の違いに気づく。
 
ざっくり説明すると、耳掃除動画は大きく①耳鼻科医が行うもの②耳掃除サロンが行うものに分かれている。
 
前者①の耳鼻科医が行う耳掃除動画は、医療として行われている。巨大な耳垢が外耳道をふさぎ、鼓膜がその中に埋もれてしまって音波が届かない状態にまで陥った耳を救出するという、なかなか自分の耳ではお目にかかれない状況を見ることができる。
 
こちらの動画は、視聴しながら手に汗を握ることが多い。パイシートのように幾重にも重なった乾いた耳垢が、あるいは見るからに粘着質の琥珀色をした耳垢が耳毛を巻き込んでものすごい塊となり取っても取っても行く手をふさいでいる。鼓膜ははるかに遠い。
 
そんな難敵を前に、耳鼻科医は耳垢とり専用に開発された各種の道具を適宜持ち替えながら挑んでいく。耳垢を取るには、耳用の特殊ピンセット(耳の奥が見えやすいようにちょうどよい角度で曲がっている)をはじめ、耳垢鉗子(耳垢をがっちりとつまんでひっぱりだす)、吸引(掃除機のように吸い込む力で耳垢を外耳から剥離し取り除く)、異物鈎(いぶつこう。文字通り、異物を掻き出すあるいは削り取るために先端が鈎のように曲がった金属の棒)などを用いる。
 
動画を見ていると、日本の耳鼻科医は優しいので、あまりに堆積した層が巨岩のようになっている耳垢には「耳垢水」と呼ばれる耳垢を柔らかくする薬を使って、患者の痛みを軽減したうえで少しずつ掘り進める処置をしている。それはそうだろう。耳の中にびっちり張り付いて皮膚と一体化しているものを無理やりはぎ取っては、痛みもあるし出血もする。患者からのクレームだってくるだろう。やさしさというより日本の高度な医療サービスの一環としてその方法が定着しているのであろう。それに対して、海外の耳鼻科医は患者よりも自らの達成感優先という姿勢が散見されるように思う。それは、例えればプロ引っ越し業者の技を見るようである。
 
引っ越し業者は家の中の直角に曲がった廊下を前に大きすぎる食器棚を抱えて苦悩する。「これ、どうやっても通らないじゃん」と。しかし彼らは、食器棚を縦にしたり横にしたりナナメにしたりしながら、そっとそっと移動を続け、結局壁にも家具にも傷をつけずに見事難関をクリアするのだ。
 
同じように海外の耳鼻科医は、耳垢の形をできるだけ壊さないよう、そのままの大きさがわかるように引っ張り出す動画が多い。
 
異物鈎で外耳壁にこびりついた耳垢を360度方向からそっとはがす。どうだ、これで引っ張りだせるんじゃないか? ピンセットでつまんで引いてみるか。ダメだ、これでは引っ張る力が弱い。鉗子をくれ。そうだ、その鉗子だ。よし、がっちりホールドしたな、引くぞ! 痛い? そうか、痛いか。まだ外耳の奥で耳垢が耳壁と一体化しているのだな。よし、もう一度異物鈎をやってみよう。
 
動画には音声は入っていないのだが、そんなアテレコをしたくなるような巨大耳垢との闘いが繰り広げられているのだ。そうやって、大きいのが取れると助手とハイタッチして喜んでいるのではないかと想像を掻き立てられるほどに、見ている私も達成感がある。
 
「大きいのが取れるとうれしい」のは、魚釣りでも、タケノコ掘りでも、キノコ狩りでも、なんでもそうだ。獲物のサイズが大きければ大きいほど達成感を満たしてくれる。その夜の耳鼻科医たちは、採集本能を満足させる見事な獲物を前に年代物のワインでも開けて祝杯を挙げているのではないかと想像する。
 
話が思い切りそれまくってしまったが、動画の傾向その①は、耳鼻科医が耳垢栓塞(じこうせんそく)の治療の一環として「小指の第二関節から先くらいの大きさのすごい塊」を取り出すものである。これを、手に汗握る展開がみられるという点で「アクションストーリーもの」と分類する。
 
では、傾向②の耳掃除サロンの動画とはどのようなものか。
 
サロンには医療行為が認められていない、ということもあるのだろうが、こちらの動画は比較的獲物がおとなしい。耳鼻科医が格闘する怪獣のような耳垢はまず出てこない。
 
使う道具も、綿棒や耳かきなどが主流なのではないかと思われる。
 
サロンと耳鼻科医の目的の大きな違いは、サロンは「耳の中の美」を極めようとしているところと「顧客に快楽を届ける」ところにある。だから、耳鼻科のメニューには絶対に登場しない「耳毛カット」が行われるし、耳鼻科医のように大きなものが取れたらそれでおしまいではなく、引っ越し後のハウスクリーニングのように隅々に散らばった細かい耳垢まで完璧に取り切るようにしている。おそらく、施術に30~60分くらいかけているのではないだろうか。大人になった今、人様にそんなに長いこと耳掃除をしてもらえることを考えただけでうっとりする。迷走神経を思う存分快楽で満たしてもらえるのである。
 
サロンの耳掃除動画は、時々液体でぼやけることがある。これは、おそらく、痛みを感じさせないことを最優先しているため、耳垢水を多用しているのではないかと思われる。
 
耳鼻科医も利用する耳垢水だがこれは耳垢を軟化させ取りやすくする働きをする。医療用のものは「ジオクチルソジウムスルホサクシネート」という界面活性剤が主成分の液体で、要は洗剤と同じ働きをする。水との親和性を高め、硬くなった耳垢に水が入りこみやすくするのだ。ふやかして取りやすくするための薬である。肌が弱い人が利用するとかゆみが出ることもあるらしく、耳鼻科では利用ののちぬるま湯で洗い流すことが推奨されている。固い耳垢には直接耳の中に液体をたらして利用するが、耳の奥の三半規管は温度変化による刺激を受けるとめまいや耳鳴りを引き起こすことがあるので耳垢水は常温での利用が推奨されている。そしてこの医療用の耳垢水は、一般には販売されていない。
 
では、サロンではこの耳垢水をどのように入手しているのであろうか? 今回この原稿を書くにあたり、ネットで調べたら自分でも調合できることが判明した。レシピはあえて書かないが、おそらくサロンで使われている耳垢水はサロンで調合されたものなのではないかと想像する。もしかすると、サロンごとに秘伝のレシピが存在するのかもしれない。それくらい、サロンにとっての耳垢水は重要なアイテムなのだ。
 
耳壁に付着した固そうな耳垢を綿棒に浸した耳垢水を用いて少しずつ軟化させ、優しくなでるようにそっと取っていく。大きな耳垢も惜しむことなくダウンサイジングして顧客の痛みが出ないように、丁寧に迷走神経を刺激しながら、快楽のとりこにしていく。自分の達成感などはあとまわし。とにかくお客様がまた来ようと思ってくれる気持ちのよさの提供こそがサロンの腕の見せ所なのだろう。
 
こちらの動画は、①に比べると見ている私たちにとって興奮という点では劣る。だが、母の膝枕で耳掃除を体験するならどっち? と言われると断然②なのだ。痛みをおしてまで自分の耳から怪獣を引っ張り出したい人など、この世にはいないだろう。
つまり、そこには興奮はないけれど、共感と癒しがある。それがサロンの耳掃除動画なのである。これを①の「アクションストーリーもの」という呼称に対して「癒しの追体験もの」と分類することにする。
 
自らの興味の赴くままにずいぶんと長く耳掃除動画について語ってしまったが、私が言いたいのは、これらの動画の撮影者の仕事のすばらしさなのである。
 
アクションストーリーものを得意とする耳鼻科医たちは、自分ではどうにもできなくなってしまった耳の困りごとを解決するスーパースターであり、患者にとっては神である。
「たかが耳掃除、人の生き死にに関する仕事をしているわけでもなし、さほど貴い仕事とは言えないのでは?」 という反論もあろう。が、生きている人間にとって日常的な痛み、日常的な不快、日常的な違和感というのはどれをとっても耐え難い苦しみなのである。それを解決できる技術を持った人間が人類に貢献していないと誰が言えるだろう。
 
彼らは、まず、直接的に患者に貢献する素晴らしい仕事をしている。そして、おそらく「より大きなものを取りたい。より複雑な形状のものを、そのままの形で取り出したい」という自らの欲求に対しても忠実であり、仕事を楽しんでいる人たちなのであろう。
 
でなければ、多忙な医師の仕事が終わった後に、わざわざ一円にもならない動画を編集したり、それを全世界に向けて発信したりしない。おそらく、編集しながら「今日の戦いは素晴らしかったなあ」と自分をうっとりほめたたえているのだ。それを見る私たちも、感動と興奮のおすそ分けを頂き喜んでいる。双方の趣味と実益がぴったり一致した「楽しい仕事」の最たるものではないか?
 
癒しの追体験モノを得意とする耳掃除サロンだって、おそらく、地域のお年寄りの癒しの場として大変重宝されているのではないかと思う。なぜなら耳垢栓塞は実は高齢者に多い疾患だからだ。
 
耳垢とは耳の中の皮膚が剥がれ落ちたものと、耳の皮脂腺から出る分泌物が混ざり合ってできる物質である。皮脂腺の分泌量が少ないほどさらっと乾いた耳垢になる。高齢者では、皮脂腺の分泌亢進などから耳垢が硬く外耳道に付着する傾向が強く、また皮膚が薄くなっていることから、そのまま取り出そうとすると痛みや出血を伴うことがあるのだそうだ。そのため、耳垢除去は、高齢者、特に認知症患者ではケアが不十分、あるいは全く行われていないことが少なくないという。ヘルパーさんだって、わざわざお年寄りの耳を傷つけたくはないし、声が聞き取りにくいのはご高齢だからと皆が思い込んでいると、原因が耳垢だとは考えず耳をのぞき込んだりしないのだろう。実際に、国立長寿医療研究センターもの忘れ外来を受診した患者の約1割に、鼓膜が全く見えない高度の耳垢蓄積を認めたとの報告があるらしい。
 
つまり、若い人たちより丁寧に頻繁にケアする必要があるのに、それがされていないのが高齢者の耳なのだ。そんな厄介な耳を痛みもなく、むしろ快感を与えながら丁寧にケアすることで認知症の患者さんにも恐怖を与えず掃除をしてもらえるのが耳掃除サロンの素晴らしいところなのだと思う。
 
そしてこれは想像に過ぎないのだが、耳掃除サロンで働く人たちは、根っから細かい作業が得意で丁寧な仕事をすることが自分の矜持であるという人たちが多いのではないだろうか。
おそらく大企業では
「そんなにもたもた仕事をしていると周りが迷惑なんだよ」
「もっと適当でいいから早く仕上げてくれない?」
などと言われがちな人たちが、耳掃除サロンで水を得た魚のように思い切り自分の才能を開花させている様子が脳内妄想映画館に映写されてしまう。よかったね、あなたの才能が生きる場所がちゃんとあって、本当によかったねと、思わず涙ぐんでしまうほどだ。
 
こんな風に耳掃除とは、世界の隅っこで人類に貢献しつつ、その仕事を見る者にも興奮や癒しを与える素晴らしい仕事なのだと思う。
 
私自身はあまりにも不器用でこの仕事がこなせる自信がないのだが、生まれ変わったら就きたい仕事ナンバーワンが、今のところ耳掃除に関わる仕事なのである。
考えただけでわくわくする。
 
貢献と、自らの快楽と、お金と。すべてが手に入る職業である耳掃除。
こんな楽しそうな仕事って、ないと思いませんか?
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯田あゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

未就園児とワンコにもてる、多肉植物が好きな55歳。書くことを仕事にできたらいいな、というあこがれから天狼院書店のライティングゼミに申し込み、数か月のブランクののち、ライターズ倶楽部に入会。来世ではオードリーの若林君と結婚して耳かきを仕事にしている予定。

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2020-06-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.84

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