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週刊READING LIFE vol.84

苦しさから見つけた楽しさの種《週刊READING LIFE Vol.84 楽しい仕事》


記事:峰 亮輔(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「明日もまた仕事か……」
 
このセリフを心の中で何回も思った人は、1人や2人ではないだろう、アルバイトを含め、仕事を経験したことがある人は、皆、一度は使ったことがあるセリフだろう。
 
仕事は、人生の大半を占める。
単純な計算だが、22歳新卒で入社し、60歳で卒業するとし、年休122日とし1日8時間働いたら、1年で1944時間、60歳までで73,872時間使うことになる。
睡眠時間7時間としてを除くと、1年が6205時間なので、年間の3分の1を仕事に使っていることになる。この仕事の時間をいかに過ごすかということは人生にとてつもない影響を与える。
 
実際に働いてみてどうだろうか?
得意先からの要求。上司への苛立ち、会社への苛立ち、人間関係の煩わしさ…
他にも、いろいろなことがあり、本当に仕事が好きであれば、それも乗り越えられるのかもしれないが大半の方がそうではないのかもしれない。
 
「もっと、仕事が楽しければ……」
「もっと周りに恵まれれば……」
「本当に好きな仕事が見つかれば……」
 
いろんな思いを抱えながら日々多くの人が過ごしているのではないだろうか?
私もそうだった。
 
私は15年程前に、製薬会社に営業職として入社した。学生時代は、テニスサークルの部長だった。そこそこ人望はあり、出来たばかりのテニスサークルで部長の私はルールは自由に決められた。リーダーシップもあったため、自分自身も、社会に入ってもリーダーとして生きていけると思っていた。その中で彼は学生の就職活動を見事クリアし、製薬会社に入社したのだった。
半年の研修が終えて、営業として配属をされた。
 
自分で薬の提案をして得意先に喜ばれて、売り上げも上がるという理想を抱いていた。が、その理想は一気に崩れされたのだった。
引き継ぎはうまく行かない。
仲介している卸さんとはうまく意志の疎通が取れない。
むしろ、そんなこともできないのかというばかにされた目で見られて相手にされない。
 
5年後に知ることになるのだが、その時に引き継がれた人から、
「あいつ、使えませんから」
と得意先に言われて担当を引き継がれていく状態だったのだ。
 
その時の私は
「ほんと、この仕事向いてないのかもしれないなぁ。っていうか俺はちゃんとやってるのになぁ、大人はなんでそんなこともわかんないんだ。みんなホント馬鹿なのか?」
 
と自分のことも周囲のことも見えなくなりながら辛い時を過ごしていた。
今でもこの当時、ラジオから流れていた曲を聞くとその時が蘇り少し気持ちが滅入る。
ただ、この時は、自分自身が被害者のような気持ちになっていて、誰か助けてくれないかと心で泣きながら仕事をしていた。
 
そして、自分の心の中はどんどん汚染されていく。
 
「だいたいさ、人は話なんて聞いてくれないだよなぁ、」
 
私は、小学校の頃のトラウマを思い出していた。
それは5年生になり学級会で初めて司会をした時のこと。
小学校の学級会は手をあげて発言しなければならないが、当時ほとんど手を挙げる人がいない。
その場合は、司会がプレゼンしたり、質問したり、笑わせたりして場を和ますことで、ことが進んでいくのだが、当時、人前で話したりする経験のなかった私にとって、みんなの反応を引き出すことができず、ほとんど反応のない悪夢のような50分が過ぎていったのだった。
 
そもそも、私は人の心を察知したり、コミニュケーションが苦手だったのだ。
「なんで営業なんて選んだんだろう……」
 
自分の過去の選択を恨みながら毎日を過ごしていた。
 
そんな私にも転機が訪れる。
製薬会社の営業では、病院に依頼し、薬のプレゼンを10分程度する時間を設けることができるのだ。
自分がやりたい品目ではなかったが、病院で初めてプレゼンの時間を取ることができ、パワーポイントを組み始めてた。プレゼンは研修で練習をしていたが実施では初めてであり、どんなことが起こるのか想定は難しかった。医師相手のプレゼンで怖かったが、準備の中で気がついたことがあった。
 
「プレゼンしている間は、何にもとめられることがなく話が聞いてもらえるのでは……」
 
基本的にプレゼンは最後に質疑応答の時間があり、プレゼン中、質問をされることは稀である。
 
「もしかしてプレゼンの質を上げたら、質問も来ないし、納得してもらえるし使ってもらえるのかもしれない」
 
そこから懸命にプレゼンの練習をしたのだった。
 
1年目の初めての説明会ということもあり、会議の時間で、リハーサルの時間が取られたのだった。
 
「では、始めさせていただきます。私は〇〇の〇〇と申します。本日は、弊社製品の〇〇についてお話をさせて頂きます」
というおきまりのフレーズからスタートした。
 
その日聞いていたメンバーは7人。偶然、他の営業所から名物所長が現れ、結構緊迫した場だった。
一通り説明が終わると、場にはなんとも言えない空気が流れた。
 
「これは失敗したかもしれない……やばいな」
 
と心の中で思っていた瞬間
 
「やるやないか、これでええやん」
とベテラン営業マンが後押しをしてくれた。
 
他の先輩方も
「それでいいやん。思ったよりうまくてびっくりしたわ」
とかコメントをもらい、心がホッとしたのだった。
 
他の営業所の名物所長も
「新人でこれは素晴らしい。薬の内容や知識は補完していく必要はあるけど、十分や」
と会社から太鼓判を押してもらった瞬間だった。
 
「変でなかったらよかったです」
 
と言いながら心の中は、
 
「めっちゃ嬉しい。少し見返してやったわ」
 
と晴れ晴れした気持ちだったことを覚えている。
 
人間とは単純なもので一度褒められるとその気になってしまう。もしかしたら私はプレゼンが得意なのかもしれないと心のどこかで思い始めていた。
 
そうすると仕事の中でもプレゼンすることが、自分の中で本当に楽しみになってきたのだった。
味をしめた私は、数年後支店の中で最も得意先での説明会回数が多い存在となり、成績も上がっていった。数を多くやろうと思ったのではなく、ただ、楽しかったのだ。
 
多くの説明会をし、楽しんでいると、他の仕事も舞い込んできたのだった。
それは、新卒採用の説明会で学生たちに現役社員としてプレゼンをするというオファーだった。
田舎で就職活動をしていた私には、就職活動へのこだわりがあった。
喜んでそのオファーを受け、新たなプレゼンの場をもらったのだった。
 
「今までにやったことないプレゼンだし、どうしようかな……」
 
あまり案が浮かばない。会社から発表用の資料をもらうが自分では補完されないところもあるなと感じていたこともあり、パワーポイントは苦手だったが、必要な資料を作って本番に臨んだのだった。
それがのちの人生を好転させることをまだ知らない。
 
学生へのプレゼンは喜ばれたようだった。自分が就職活動の時に役に立ったことやその時に使用していたサイトの情報を盛り込んだことも学生からの受けがよかったようだ。
 
この頃になってくると仕事での自分なりのプレゼン術のようなものが確立されてきており、より楽しさを増してきていたのだった。
 
私にとってプレゼンという仕事がどうして楽しいのかというと、いくつかポイントがある。
1つは、私の表現を聞いて相手が
「わかった!!!」とか
「閃いた!!!」
という顔をするのがたまらなく嬉しいのだ。
 
私のプレゼンは基本、パワーポイントを用いてすることが多い。薬の説明にしろ、採用にしろ、基本的にはパワーポイント1枚につきワンメッセージなのだ。それをいろいろな観点から伝えるのだが、特に重要なスライドと自分の中で決めていることがある。
 
そこに行き着くまでの伏線を張り、ストーリーを作り、他のスライドでチラつかせておく。
それを肝のスライドで伝えた時に
 
「あー、このことを言ってるのか、わかったぁ!!」
 
と身を乗り出して反応したり、目を大きく開けたり、笑ったり、そういったことをしてくれる瞬間が私にとってはとてもたまらないのだった。
 
こちらもそのためにストーリーを組んだりしているので、それがわかった時にはプレゼン中でもにやけてしまうかもしれない。
 
2つ目は、再現性があるということだ。同じスライドを何度も使用していると、プレゼンも洗練されてくると共に、全く別の人とやっても、どんな雰囲気でも同じ反応に持っていくことができるようになることがある。何回も見ている人は
 
「同じことやってるよ」
 
と思うかもしれないが、やっている私としては、毎回同じ反応が来るその瞬間が楽しくて仕方がないのだった。まさに古典落語のような再現性だ。
 
3つ目は、相手の背景をプレゼンに盛り込むことだ。薬の紹介なら医師やスタッフ、新卒採用なら学生へのが興味があるようなトピックスや時事の話題などを盛り込んでおくことが大切だ。
極端な例だが、営業をしている時に、プレゼンのために弁当を出すことがあった。医師たちには忙しい中で何か面白いものやおいしものでほっこりとしたいう忙しさという背景に隠れた本当のニーズがあった。それを事前に考え、場合によっては質問したりして得るなかでプレゼン中のお弁当のセレクトにも繋がっていたし、お弁当にまつわるストーリを少し話すことでより親近感が生まれる。今はできないかもしれないが、先生の好みを集めたオーダーの弁当を依頼して
 
「今日は、みねスペシャルです」
 
といって出したこともあった。(今ではできないが……)
 
そう言った事前の作りこみによって相手の反応は大きく変わってくるのだ。
 
4つ目は、アドリブだ。
同じことを繰り返している中に突如、ふと言葉が出てくる瞬間がある。そんな時に思い切って声に出してみるのだ。これは本当にすごい賭けなのだが、成功した場合自分自身もびっくりするぐらいの反応を引き出すことがある。
特にいつもまとめの言葉はその場の雰囲気を見て決めている、出た質問や反応をプレゼンのなかで盛り込むことで臨場感が生まれるからだ。ただし、凝りすぎると滑って返って事故になることがあるので要注意だ。
 
時を戻そう
 
私の学生へのプレゼンは、毎年依頼されるようになり、ついには新卒採用で会社の人事へ異動することが決まったのだった。そして、人事に異動した後、先輩から学生向けに話す資料について引き継ぎを受けている時に驚いたことがあった。
 
「えっ、先輩、これ僕が昔作ったスライドですよね……」
 
自作のスライドが会社の公式のスライドとして採用されていたのだった。
 
「いやー、みねが昔使ってたスライド結構使えたからさ、パクちゃったんだよね」
先輩はパクったことをあっさり告白をしていたが、その時にとてつもなく喜んだのだった。
 
人事にいた6年間はそのスライドを使って、年間50を超えるプレゼンをしていたのではないだろうか。その時間が私とっては本当に楽しい時間だった。
 
私の中で最も印象に残るのは役員へのプレゼンだった。採用計画のプレゼンをするのだが、これは、準備を3ヶ月から4ヶ月ほど要する毎年の採用の行方を左右する大切なプレゼンなのだった。
準備は自分たちの部署の資料だけではなく、マーケティングや営業など会社のあらゆる部署からヒアリングや資料を集め、とにかく大掛かりで時間がかかるのだ。
その時は、プレゼンする資料の10倍近いスライドがサブスライドとして準備された。
プレゼンは、普段会議が行われない役員専用の会議室で行われる。
役員の席次はソーシャルディスタンスが十分に取られた状況で、一人一人にレーザーポインターが置かれている。何かあればいつでもスライドに光が当てられ質問できという恐ろしい状況であり、こちらも始める前から手がとんでもなく汗ばんでいる。
自己紹介をしてスタートした瞬間、レーザーポインターを持つ手が震えている。
無理やり肘を脇に当てることで震えを抑え、アジェンダを話し始めた。その時
「ちょっと待ってくれ!!」
1人の役員から声がかかった。もうすでに資料がダメだったのか?
 
「やばいどうしよう……」
 
私の中で焦りが止まらない。ここで4ヶ月の苦労が水の泡かと思ったその瞬間
 
「みねって漢字でどう書くの?」
 
「えっ…… 左に山をかく、峰竜太のみねです」
とスクリーンに写し出されているスライドの上にレーザーポインターでなぞったのだった。
 
それを見た役員は爆笑していた。役員なりのアイスブレークだったのだろう。
とっさのアドリブが功を奏したのか、雰囲気もよく進んでいったが、
 
そして最後、その役員からデータを見ながら、本日1番の難しい質問がきたのだった。
そのスライドは用意していなかったが、頭に答えを入れていたため、スライドなしのアドリブで答えることができた。
役員はニコッと笑い、採用計画は無事に会議を通過した。
 
胃は痛くなったが、今考えるととんでもなく良い経験をさせていただいたプレゼンとなった。
 
私は、仕事のスタートは挫折や苦しさの連続だったと思う。年次が若い頃は特にそうだった。ただ、その中で一生懸命行うことで、仕事の楽しさを発掘することができたのだった。その一つの発掘が新たな仕事を呼び、新たな仕事もその楽しさが生かされた。
 
最初はうまくいかないこともある。
昔のトラウマを引きずり出す時もあるだろう。
その中でもがき光を探し続けていれば、必ず自分の楽しい仕事の種が生み出される。継続していれば花が咲いて自分を助ける実になるのかもしれない。
 
私は、今でもプレゼンが楽しい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
峰 亮輔(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-06-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.84

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