週刊READING LIFE vol.89

おばさん宣言《週刊READING LIFE Vol,89 おじさんとおばさん》


記事:東ゆか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「おばさん」という言葉はどうしてこうも響きが悪いのだろう。
 
「ば」という汚い音。
その後に続く「さ」というカサカサした感じ。
「ん」はその後に続いて、言い放った相手への反論を受け入れない感じ。
「お」は苦し紛れにつけた丁寧な接頭辞。
 
いつか「おばさん」なんて言われる日が来るのだろうか。いや、実はもう来ていて、年下の子達からは心のなかではそう呼ばれているのだろうか。
いつか来る「おばさん」と呼ばれる日を想像してゾッとする。
 
ある日の夕方、駅からの帰り道で中学校の前を通った。校門から出てきた小柄な女の子にちらりと目をやると、見えるはずのないパンツが丸見えだった。
思わず二度見をすると制服のスカートのチャックが全開で、それが正面にきていたのだ。思わず「あなた! チャックが開いてるよ!」と声を掛けた。
 
女子中学生は知らない人に突然声をかけられたギョッとなり、私の指摘に自分の下腹部に目をやって更にあたふたとした。
「ありがとうございます……」
 
驚きと気恥ずかしさでチャックをすぐさま閉めたのを見届けて、私は「いいえ」と声を掛けてそのままスタスタと歩き出した。
 
知らない人に声をかけるのは勇気がいるけれど、あの子がこのまま道すがらパンツをちらつかせながら歩いたり、電車に乗ったりするのは気の毒だ。
突然自分の下腹部がスースーすることに気づいて、青ざめる瞬間を想像すると心が痛む。
女の子が恥ずかしい思いをしなくて良かったと思った後に、こんなことがふと浮かんだ。
 
「私の声の掛け方、なんだかおばさんぽくなかった?」
 
どの辺がおばさんぽかったというと「あなた」の部分だ。
若い女の人なら、知らない人に「すみません」と声を掛けはしても「あなた」なんて言わないんじゃないだろうか。
というもの、接客業をしていた時代に、色々と文句をつけてくるおばさ…ご婦人たちは決まって店員を「あなた」呼んでいたような気がする。
 
「あなた、もうちょっと早くできない?」
「あなたさっきお釣りくれたかしら?」
 
「あなた」は相手を敬うときに使う言葉だが、対面で相手のことを「あなた」と呼ぶと、時と場合によっては一周回って相手を下に見てる感じがすると接客業で言いがかりを受ける度に感じていたのだ。
 
女子中学生が恥ずかしい思いをしないように声をかけたのに、咄嗟に出た「あなた」についてもやもやとしてしまった。
「私もついにおばさんかなのか」と少し落ち込んだ。
 
しかし、この行動自体は全く間違っていない。
女の子が恥ずかしい思いをしなくて済んだということはもちろんだが、それよりも見知らぬ男性から視姦されることを考えたらとても許せなかった。
それがきっかけで、もしかしたら思い出したくもないような目に遭うかもしれない。
そんなことを下着が見えていることに気づいてから、彼女とすれ違う数秒の間に行動に移せたことは褒められて然るべき行動だったはずだ。
 
でも知らない人が恥をかいたり、嫌な目にあったりするのは、他人に全く関係のないことであるとも言える。
知らない女の子が傷ついたり恥をかいたりすることを未然に防ごうとするのは、ある程度の「お節介力」がないとできない。
お節介というのは、「おばさん」と密接に関わる言葉で、Googleの検索窓に「お節介」と入力されるとその次に「おばさん」がサジェストされる。多くの国民がお節介だと感じることには「おばさん」が関わっているのだ。つまり、他人にお節介をやけるのはおばさんになった証なのだ。
 
また、知らない人に咄嗟に話しかけることのできるのは「心がオープンになっている」と受け取ることもできるが、ある程度羞恥心が欠如していないとできない芸当だ。
それが相手の恥を知らせるようなことなら尚更である。しかし指摘された相手は「助かった」と思うので、ありがた迷惑にならないお節介である。
 
私にもこんなことがあった。
自宅のマンションを出てしばらく歩いていると、誰かがこちらに向かって猛ダッシュしてくる足音が聞こえた。なんだろうと振り返ろうとしたときに「ちょっとあなた、スカートが……」と40代ぐらいの女性から呼び止められた。
 
家を出る前にトイレに行ったことを思い出して最悪の事態が頭をよぎり、一瞬で血の気が引くのが分かった。
反射的にスカートの裾を掴もうとしたところ、裾は本来あるはずの位置になく、タイツと下着の間に挟まれていた。予想した通りの最悪な事態が起こっていた。
その女性は私がスカートの裾をタイツから抜き取るまで私の背後にいてくれて、まくり上がったスカートが人目に付くことを避けてくれた。
 
あたふたと裾を引っ張り出して「ありがとうございます」とお礼を言うと、女性は「ふふふ」と笑って颯爽と私を追い抜いて行ってしまった。
 
目的地までの1時間ほどの道すがら、あの女性の一言で恥をかくことを免れた。
「あの人がいなかったら……」と考えるとゾッとして、女性の背中に向かって心のなかで何度も何度もお礼を言った。
 
同時に、知らない人のスカートが捲れ上がっているのを見つけて、それを見つけるやいなや猛ダッシュして声を掛けるなんて、なかなかできることじゃないのではないかとも思った。その人にとって私が恥をかこうとかくまいとまったく関係ないことだ。
それでもそこにあったのは「この人が恥をかかないように」という純度100%の親切心だ。
 
「あなた」なんて声をかけたことにしょんぼりしてしまったが、見知らぬ女の子に恥をかかせたくないというお節介な使命感を持つことは決して間違ったことではないと思う。
それを実行に移せた自分は上出来だ。うまくおばさん化していっていると思う。
 
「おばさんになりたくない」なんて思っていたが、お節介=おばさん ということなのだとしたら、私は喜んで「おばさん」になって良いのかもしれないと思った。
いや、やっぱりおばさんは響きが悪いから、「お節介な人」ぐらいがいいかな。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
東ゆか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

湘南生まれの長野育ち。音楽大学を声楽専攻で卒業。フランスが大好き。書店アルバイト、美術館の受付、保育園の先生、ネットワークビジネスのカスタマーサポート、スタートアップ企業OL等を経て現在はフリーとして独立を模索中。

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2020-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.89

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