週刊READING LIFE vol,101

家出をしたゆみちゃん《週刊READING LIFE vol,101 子ども時代の大事件》


記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「何か知っていることあるかな、ゆみちゃんについて」
 
あれはたしか、小学校の高学年のことだった。
 
私は昭和38年生まれで、大阪万博の年に小学校に入学した。
当時、私が住む家のちょうど裏には、数軒の家が建っていた。
いわゆる、ご近所づきあいが今と違って濃厚な時期。
近所のおばちゃんやおじちゃんも、真剣によその子を叱ってくれるような時代だった。
 
そんな、親せきでもないけれど付き合いがあった裏の家に住むゆみちゃん。
幼稚園に入る前から良く知っていて、そのころは時々遊んだことがあった友だちだ。
別々の幼稚園に通い、また小学校では一緒になったが、同じクラスになることはなかった。
 
さらには、一度離れてしまうとその間にできた他の友だちとの仲の方が良く、あまりしゃべることもなくなっていった。
しかも、そのゆみちゃんは幼いころから身体が大きく、私の目から見ても特別な存在だった。
成熟した小学生だったのだ。
小学校の高学年になるとその身体つきは、もう子どもの面影がなくなっていた。
さらには、おしゃれにも興味があるのか、頭にはパーマをかけ、服装も小学生の好むようなものではなかったのだ。
言い方を変えると、派手でちょっとヤンキーっぽいのだ。
そんなこともあって、余計私は声をかけることもできなくなっていたのだ。
 
そのゆみちゃんが、ある日突然、家出をしてしまった。
小学生が、家出。
当時、その事実を耳にした私は、すぐさま信じることができなかった。
 
周りの大人たちから聞こえてくるのは、
誰か知らない男の人と一緒らしい。
 
東京に行ってしまったようだ。
 
親には何の連絡もきていないらしい。
 
もう、私はドキドキするしかなかった。
当時の鼓動は今も覚えている。
 
「まるで、テレビのドラマのお話みたいじゃない! え~、ゆみちゃん、一体何があったの!?」
 
その時は、そんな思いでいっぱいだった。
今思うと、ゆみちゃんのご両親はさぞかし心配だっただろうに。
私のドキドキどころではなかっただろう。
 
そんなゆみちゃんの家出の事実を知ってからほどなく、私のところに厳しそうな顔をした男の人たちが訪ねてきた。
 
「ゆみちゃん、知っているよね。ゆみちゃんの最近のこと、なんでもいいからわかることがあったら教えてくれる?」
 
それは、警察の人だった。
子どもながらに、ただごとではない雰囲気を感じ取ったのだが、とても緊張しながら答えたことを覚えている。
 
「最近は遊んでいないから、何も知りません」
 
それを聞くと、警察官たちは私の家を後にした。
 
小学校に行ってから、同じクラスになったこともない私にまで事情を聴きにきたということは、きっとそれだけ情報がなかったんだろうな、と今になって思う。
それでも、小学生が忽然と消えてどこかへ行くなんて、やっぱりミステリアスだ。
 
それからしばらくすると、そんなゆみちゃんのことが話題にもあがらなくなっていった。
それから、季節がいくつか移り変わった頃、ふとゆみちゃんが学校に戻ってきたのだ。
 
「ゆみちゃん! 一体どこへ行って、何をしていたの?」
 
と、私は心の中で叫んだが、直接ゆみちゃんに声をかけることはできなかった。
戻ってきたゆみちゃんは、髪の毛の色が違っていた。
それから、目つきも変わっていたのだ。
時々すれ違ったこともあったが、もう私が知っているゆみちゃんではないような感じがした。
 
ゆみちゃんからも、声をかけてくることはなかった。
ただ、その目が何かを物語っていたのだ。
当時の私にはそれが読み取れなかったのだけれど。
 
「ゆりちゃん、もう私はあの頃の私じゃないんだよ……」
 
一瞬、寂しげな、どこか遠くに心があるような、そんな目が今でも忘れられない。
あの、幼稚園に上がる前に、一緒にままごとをしていたゆみちゃんの気配はもうどこにもなかったのだ。
 
そして、噂通り、男の人と東京に行っていたらしい。
身体は成熟していても、小学校の高学年のゆみちゃん。
どんなことがあったんだろう。
 
当時、私の家の裏にあったゆみちゃんの家。
その後聞くところによると、ご両親の仲はあまりよくなかったらしい。
夫婦喧嘩もしょっちゅうで、子どもたちも居場所がなかったのかもしれない。
そんな大人の事情は、当時の私にはとうていわからないことだった。
 
そんなふうには見えなかったし、とても明るくて積極的な性格だったゆみちゃん。
大人びていて、私なんかよりもずっとしっかりしていたゆみちゃん。
でも、心のよりどころをその男の人に求めないといけないくらい、寂しかったのかもしれない。
一緒に遊んでいたときも、ゆみちゃんの心の中にはずっと気になることがあったのだろう。
そんなことに、私は気づいてあげることができなかったのだ。
 
やがて私たちは小学校を卒業していった。
そのころ、わが家の裏にあった数軒の家は一軒、また一軒と引っ越してゆき、やがてその敷地全体は更地となっていった。
どうやら、土地の持ち主が売りに出すことにしたらしい。
気づいたら、もうゆみちゃんの家もそこにはなく、最後に挨拶をすることもなくそれっきりになってしまった。
 
あの時、幼かった二人には愉しい時間を過ごした思い出が確かにあった。
それから、心が離れて行った小学生時代。
ゆみちゃんの心の変化、環境の変化は子どもの私にはわからないことだった。
ふと、今でもそのゆみちゃんの家があった場所を通ると思い出す。
 
ゆみちゃんは今どこでどうしているんだろうか。
 
結婚して子どももいるのかな。
 
それよりも、元気にしているのだろうか。
 
子どもの頃、近くにいた友だちの心の内側がわからなかった私だったが、今では片づけを通して心の中を整理してゆくことが仕事の断捨離トレーナーをやっている。
 
ゆみちゃんの相談相手にはなれなかった私だが、今、目の前にやってこられる、片づけに悩むお客様が幸せになるお手伝いをさせてもらっている。
 
人の心の中の悩みは他人にはなかなかわからないものだ。
それでも、心を開いて打ち明けてくれることで、今の私ならその力になれる。
 
ゆみちゃん、どこでもいい、どこかで今も元気で幸せに暮らしてくれていたら、それだけでいい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2020-10-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol,101

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