今の自分を知るキッカケ《週刊READING LIFE vol,101 子ども時代の大事件》
記事:中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
父親は涙を流しながら、僕を叩いていた。
それを遠くから見ていた母親も涙を流しているようだった……。
決して、その時、母親を見ることができなかった。
遠くから、母親の声がかすかに聞こえてくるぐらいだった、「もう、いいんじゃないの?」と。
当時、僕は小学生低学年だったと思う。ちょっとした、「欲」が出てしまい、してはいけないことをしてしまった。正直、今、書くことを辞めたいくらい、思い出したくない、僕にとって、嫌な記憶である。
何を僕はしてしまったのか。
夜遅くに、両親が寝静まった後に父親の財布から、小銭を少しずつ拝借させてもらっていた。
ただ、不思議なことに何かに使った記憶はない。
おそらく、自分の財布にお金が貯まっていることが、単純に嬉しかっただけだった。
ある日、父親が僕らに向かって、「お父さんの財布から、お金を取っていないよな? 何故か財布からお金が減っているんだ、正直に教えて欲しい」と訊いてきた。
その時、僕は心の中でマズイと思った。
そして、すぐに僕も他の兄弟と同じように、「知らいないよ」と父親に伝えた。
「そうか、わかった」と父親は低い声で言った。言った顔は険しかった。
その後、一人ずつ財布を出すように僕らに向かって言った。
一人ずつに父親に財布を出した。
僕の番になった時に、父親は険しい顔をして財布を僕の手から取って、確信したようだった。
「このお金どうした?」
その瞬間、僕は父親に謝った。「ごめんなさい、僕です」と。
いつもだったら、怒られた時は兄弟全員が連帯責任を取らされていたが、その時だけは違った。
一番奥にある畳の部屋に連れていかれて、下を向いて正座をしている僕に向かって、父親が鬼のような形相で言った。
「いいか、お金を財布から取ったことを怒っているんじゃない、親に向かって嘘をついたことに怒っているんだ、その意味がわかるか」
正直、その時の僕には、意味はわからなかった。
ただ、悪いことをしてしまったという罪悪感と痛みに耐えることで必死だった。
今まで、一度も手をあげたことがなかった父親が叩いたのはこの時が最初で最後だった。
それぐらい、父親は人を殴ったり、傷つけたりすることが嫌いな人だった。
何より、嘘をつくことをとても嫌っていた。それぐらい、堅実な人だった。
そんな事件を起こして以降、僕は大人しく静かに過ごしていた。
反抗期という反抗期もなく、大学生くらいになった時、父親が自分の大学生時代の時の話を始めた。
父親の時代はまさに、体育会系が幅をきかせていた時代の真っ只中だった。
半ば強制的に応援団に入らされた父親は、辞めたくて辞めてたくてしょうがなかったらしい。
ただ、辞めるにもスジを通さないといけないなど、本当に大変だったらしい。
そんな時、優しい先輩が力になってくれて、部活を辞めることができたと言っていた。
それから、自分に嘘をつかずに、人に流されずに、一生懸命、勉学に励んだらしい。
そしたら、当時、大学4年生の時に研究室の先生から、「もう君に教えることができることは、今の日本にはない、アメリカに行きなさい」と言われた。
そして、実家に帰って、両親に「僕はアメリカに行きたい」と伝えた。大学にすら行ったことがない両親からしたら、大学を卒業させるだけでも、大変だったのに、まさか、アメリカまで行くなんて、想像もしていなかったらしく、相当びっくりしたらしい。
ただ、そこで、僕の祖父は「思いっきりやってこい、お金の心配はするな」と言って、色々な所に頭を下げて、お金を借りに行って、息子の教育資金をかき集めた。
当時の1ドルは今では信じられないくらい高かったらしい。
そして、無事に父親はアメリカに行くことができ、アメリカで必死に父親は勉学に励んだ。
だから、今の自分があるのだと。
この話を聞いたのは、僕が事件を起こす後だった。
今になっては、もう真相はわからない。なぜ、人を殴ることがきらいだった、父親が僕を殴ったのか。
そこには、両親には嘘をついてはいけないという一番大切にしてきた父親の生き方があり、
それを踏みにじったからかもしれない。
僕も結婚して、子どもが生まれた。
そして、子どもを持つ事でやっと少しわかってきた。
親になるということは、子ども立派に一人前にするという責任が伴う。
それを真面目な父親は、本気で考えていたんだと思う。
そして、両親に嘘をつくことを許してしまったら、大人になって世の中にでたら、簡単に嘘をつく人になってしまい、迷惑を掛ける人間になってしまうと思ったに違いない。
だから、あの時だけは、自分の不甲斐なさを自覚しながら、僕にせめて嘘をつくような人間にだけはなって欲しくないと思っていたに違いない。
あの事件を起こしてから、僕は誰かにどんな小さいことでも、適当なことを言ったり、少しでも間違った事を伝えてしまった時の罪悪は耐え難いものがある。
だから、何かを伝えたりする時は、しっかりと調べてから伝えるようにしているし、誰かに聞いた情報も本当にあっているか、一度は自分で確認するようになった。
さらに、お金に関しても、借りを作りたくなかったので、割り勘の時ですら、少し多めに出す方がなんとなく、自分の気持ちとしては、心地いい。
だからなのか、多くの人からは「真面目だよね」と今では言われるようになった。
そのキッカケは、父親に最初で最後、殴られたからに違いない。
きっと、僕を殴る時に流していた涙は、自分への涙だったと今の僕は思う。
大人になると、誰かに怒られたりする事がない、すべては自己責任として片付けられてしまう。
だから、父親は誰にも恥じることがない人間なれという想いで僕を叩いた。
ただ、叩くことでしか、伝える事ができない自分の弱さにも涙していたのかもしれない。
それ以降、父親はそのことに対しては、一度も触れることはなかった。
父親が病気になって亡くなる前の元気な時に、同じようなにスーツを着て、駅のホームにならんで、電車を待っている時に、交わした会話が忘れられない。
「仕事をしていて、安心して見ていられるのは、お前だけだよ」
この言葉の深い意図までは今の僕にはわからない。
もしかしたら、自分の子ども達が自立した時にわかるのかもしれない。
今の僕があるのは、あの時、父親に本気で怒ってもらえたらからである。
だから、僕も父親のように、自分の弱さを自覚しながらも、授かった子どもが自立するまでは、しっかりと振れずに、怒れる父親でいたいと思う。
あなたにも、親から思いっきり怒られた記憶が残っていたら、なぜ、そこまで怒っていたのか、改めて考えて見てもらいたい。もしかしたら、今の自分を知るキッカケになるかもしれない。
□ライターズプロフィール
中野ヤスイチ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
島根県生まれ、東京都在住、会社員、妻と子供の4人暮らし、奈良先端科学技術大学院大学卒業、バイオサイエンス修士。現在は、理想の働き方と生活を実現すべく、コーアクティブ・コーチングを実践しながら、ライティングを勉強中。ライティングを始めたきっかけは、天狼院書店の「フルスロットル仕事術」を受講した事。書くことの楽しみを知り、今に至る。
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