週刊READING LIFE vol,102

学びから生まれる予想外のつながり《週刊READING LIFE vol,102 大人のための「勉強論」》


記事:記事:中川文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
あれ? 教室間違えたかな?
 
扉を開けた瞬間、頭に浮かんだ。
昨年、私は当時住んでいた市が主宰する、映像制作を学ぶことのできる講座を受講した。
きっかけは、友人から「面白いから受講しないか?」と誘われたこと。
その友人とは職場が同じだったものの仕事上で顔を合わせることはほとんど無く、しばらくすれ違いの日々が続いていたのだけれど、ある飲み会でたまたま隣に座ったことがきっかけで、同い年だと分かり、面白そうなことに色々首をつっこみがち、という性格も似ていたところから、話せば話すほどに意気投合したのだった。
そんな彼女が「面白かったから2年連続で受講している」という講座。
二つ返事で行くことを決め、申込みを済ませたのだった。
 
講座初日。
会場となる会議室の扉を開けて「おや?」と思った。
 
映像講座、だよな。
 
席に着いているのは白髪交じりの男性。
さらに60代くらいだろうか? という年恰好の男性。
その後ろにも同じくらいの年齢と思しき男性が座っている。
 
映像を、自分で作る講座、だよな?
 
およそ日常的にパソコンを扱うとは思えないような方々が並んで座っており、面食らった。
もちろんその中には私を誘ってくれた彼女もにこにこ手を振っている。
ただ同年代の方は少数で、かなりアウェー感あふれていた。
 
“映像制作を学ぶ講座” と銘打ってはいたが、彼女が「面白い」というだけあって、内容は単純に映像制作ソフトの使い方や動画や写真の撮り方を学ぶものでは無かった。
講座は “映像” というツールを使って、どのように人に情報を届けることが出来るのか、視聴者側は「この映像は見ても大丈夫だ、見よう」とどんなところから判断するのか、といった、人の無意識に働きかけるための仕組みの説明から入り、以前心理学を学んだ私としては俄然、興味がわく内容だった。
とはいってもやはり “映像制作を学ぶ講座” なので、理論を学んだ上の、次は実践編だ。
その講座の卒業制作課題は、講座生同士がお互いのインタビューをし合い、その情報を2分にまとめて一人一本の動画を作る、というもの。
動画は月一回の講座の時間だけで完成させることはできないため、各自時間を作ってインタビューや写真撮影をし、それぞれが家で動画を作り上げてくることになっていた。
動画が出来たら講座生のFacebookグループにアップ、それを講師の方が監修し、フィードバックをもらって修正して再監修に出す、という流れになっていた。
 
そして、この制作に入ってからが大混乱の幕開けだった。
 
いよいよ動画制作に移ろうかとする頃、市の担当の方が “Facebookのアカウントを持っていない” ということが発覚。
聞けば、前任の方が部署替えとなり、代わって初めてその講座を受け持つ担当になったそうだ。
私の父と同じくらいの年齢(アラウンド還暦)であるその担当の方は「いやー、お恥ずかしながら、こういったネット関係には疎くてですね……」と照れながら頭を掻いていた。
ところが、その方は次の回までには自力でFacebookのアカウントを作ってきていた。
「本を読んで勉強しました、あと、息子に教えてもらいました」
と、これまた照れ臭そうに頭を掻いている。
アカウントが作れたら次はグループの作成だが、どうも思うようにいかなかったようだ。その次の回までにグループは出来ていなかった。
なかなかグループが作れない様子だったので、以前からFacebookを使用していて、グループも作ったことがある私は「お役に立てば……」と作り方をお伝えした。
最終的に、その担当の方は講座のアシスタントの方に方法を教わりながらグループを作ることが出来、無事に講座生と講師の方々とでやりとりが出来るようになった。
講座生の中にもFacebookを利用していない、そもそもFacebookってどんなものなの? という方がちらほらいらっしゃった。
 
映像制作は、指定のソフトを使うことになっていた。
ソフトをインストールし、実際に使い方を学ぶ段階になると、これまたワイワイなる。
 
講師の先生が用意されたフォーマットをそれぞれが操作してソフトに取り込むと、
「なんだか上手く取り込めません。画面が小さくなってます」
という方。
「ソフトに写真を取り込んだはずなのに、画面に出てこない」
「消したはず無いのにフォーマットが消えている」
「元の音楽が途中で途切れてしまった」
「そもそも取り込むための画面が表示されない」
「フォーマットがパソコンのどこにいったか分からない」
「パソコンの挙動が重すぎてなかなかソフトが立ち上がらない」
……などなど飛び出す疑問・質問は様々で、カオスとはこのことか! と思った。
何か問題が起こるたびに講師の先生がその方のパソコンを確認する、その間にまた違う方の動作がおかしくなる、の繰り返しで、なかなか先に進まない。
と、ここで怒ることも出来るし、そういう方もいらっしゃるのかもしれないけれど、その講座は違った。
 
笑いが起きるのだ。
 
別にバカにしたような、下に見るような笑いでは無くて、あちこち問題が起きまくるのでただ単に「あー、面白い」というような笑い。
きっと、講師の先生がそのような空気を作ってくださったのだと思う。
そのうち、教える人手が足りなくなってきて、以前受講したことのある私の友人や、私も教える側にまわる、というお互い助け合う仕組みが講座内で何となく出来ていった。
以前システムエンジニアをしていたこともあって、私は “新しいシステムをあちこち触ってみてなんとなく使い方を理解する” というのが比較的得意だった。
「自分が力になれるようなことで、講座を進めていく助けになるのなら」
と自分の作品制作も進めつつ、同じ講座生でソフトの使い方で躓いている方への助言も行った。
 
なにより、私の倍ほども人生を歩んできた方たちが、私と同じ場所で一生懸命新しいことに取り組んでいる。
その姿に、純粋に感動した。
なかには私の両親をはるかに超えて、祖母と同じくらいの年齢の方もいた。
その方が、慣れないパソコンを前に「目が痛くなる」と言いながら四苦八苦して自分の作品を作ろうとしている。
そうまでして「伝えたい」と思う何かがある。
そのことが何よりも素晴らしいと思ったし、それを「ソフトの使い方が分からない」という理由だけで諦めてしまうのはすごくもったいない、と思った。
だから、自分が出来るお手伝いはしよう、と。
 
「作った動画を、ファイルにはきだす方法が分からない」
「監修してもらうためにFacebookに動画をアップする方法が分からない」
「YouTubeにアップするために、アカウントを作る方法が分からない」
 
そういった “分からない” のタネはあちこちに散らばっていたけれど、講座生みんなで分かるところをフォローし合いながら、助け合い精神で進んでいった。
そんなこんなでパソコンに振り回される大混乱が講座の最後まで続き、市の担当の方が音頭を取ってくださって時間外の補習授業まで行いながら、なんとかそれぞれ、作品が仕上がった。
Facebookで講師の方のOKが出た時には、皆で「おめでとうございます!」を言い合った。
年齢も、職業も本当にみんなバラバラの、数か月前までは知らない者同士だったのに、不思議な連帯感が生まれていた。

 

 

 

普段生活する中で、親子ほど年の離れた他人と一緒に何かをする、という経験はなかなか出来ないのでは無いだろうか?
医療や介護関係の職の方々などは仕事上、日常的に年の離れた方と接することはあるだろう。
幼稚園や保育園、学校の先生なんかも、かなり年の離れた人たちと日常的に接する。
仕事上ではあるかもしれない。
けれど、 “自分と同じ立場で、異なる年齢層の方々が一緒に学ぶ” というのは、自ら意識的にその場に飛び込まなければ、日常生活ではなかなか体験出来ることではないと思う。
 
今回、私はその貴重な経験を偶然することが出来た。
たまたま、友人に誘われて講座に申し込んで、たまたま、その回には年配の方が多く申し込んでいて、そしてここが重要なのだけれど、たまたま、講座生の皆さんの中に “協力して目標達成に向かおう” というマインドの方が多かった。
おかげで、皆でアドバイスしたり補い合いながら、最終目標の卒業制作課題を仕上げることが出来た。
 
その講座の中で、私はソフトの使い方などの知識を提供することが出来たし、反対に、他の講座生の方から、地域で様々な制作活動に取り組んでいる方がいることや、自分の知らない地元の歴史を教えていただくことが出来た。
 
“新しいことをやろう” と思って行動すると、新しい人と出会ったり、新しい知識を得ることが出来る。
そこで出会う人や知識は、行動する前にあらかじめ自分で予想出来るものもあるけれど、やってみないと分からない予想出来ないものがほとんどだ。
そして、その予想できない出会いにこそ、面白いタネが潜んでいる。
面白そうだと思ったらなんでも飛び込んでみると、そこから数珠つなぎのようにぶわーっと思いがけない人やモノとの出会いが広がっていくものだ。
 
講座で知り合った最年長は、80代を目前にした方だった。
私の祖母と近い年齢なのだけれど、どうしてもそう思えなかったのは、その方の “学びたい” という欲求にあるのだと思う。
その方は “地元で手仕事のものづくりに取り組む方たちを紹介したい” という思いで動画を学ぼうと思いたったそうだ。
いくつになっても新しいことに挑戦したい、学びたい、と思う大人はかっこいいし、そのワクワクが糧となって年齢以上にエネルギッシュに見えるのだろう。
 
この出会いは、私や、講座に参加した皆さんが行動したからこそ生まれたものだ。
やってみようと一歩踏み出してみること。
面白そうなことにチャレンジしてみること。
その小さな行動が、後にたくさんの実りを連れてやってくるかもしれない。
今でもつながって一緒に動画を作っている講座仲間の皆さんの存在が、そのことを証明している。
 
仕事上だけでは出会うことのできない多種多様な人間関係が、私の人生を豊かにするスパイスだ。
 
だから、学ぶことは止められない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県生まれ。
進学で宮崎県、就職で福岡県に住み、システムエンジニアとして働く間に九州各県を出張してまわる。
2017年Uターン。2020年再度福岡へ。
あたたかい土地柄と各地の方言にほっとする九州好き。

Uターン後、地元コミュニティFM局でのパーソナリティー、地域情報発信の記事執筆などの活動を経て、まちづくりに興味を持つようになる。
NLP(神経言語プログラミング)勉強中。
NLPマスタープラクティショナー、LABプロファイルプラクティショナー。

興味のある分野は まちづくり・心理学。

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2020-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol,102

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