ぽっかぽかのおしり《週刊READING LIFE vol,104 私を支える1フレーズ》
記事:なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
私には子供がいません。結婚は40代ギリギリ手前でした。子供は好きだけど、それから出産しても高齢だし、健康体に産んであげられないかもしれない、そう思ったら子供は諦めようと思いました。周りにいた同年代の人が幾人か40代になってから出産しました。それなら私もと思ったこともありましたが、やはり高齢ということが頭を過ぎり踏み出すことができませんでした。それと同時に踏み出す勇気が出ない理由がもう一つありました。
結婚して数カ月後に乳がんであることが分かりました。手術することになりました。命に別状は無い段階でしたが、範囲が広いということで胸の全摘出が必要と言われました。更には取る範囲が広いので胸の再建は難しいと言われました。結婚したばかりで胸を取らないといけない、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。私自身は身近に乳がんになった人がいたので、私もなっちゃったか、くらいにしか思いませんでしたが、そんな人が妻になった夫に対し申し訳なく思いました。それでも胸を取ったくらいでは子供を持てなくなるわけではありません。まだうっすらとした希望はありました。
ところが子供は諦めようという思いを決定づけたでき事がありました。手術が終わり、入院している時に担当医師から話がありました。卵子凍結するかどうかの相談でした。手術は終わったけれども、私の乳がんはリンパ節に乗って転移している可能性も否めないため、抗がん剤を行う必要がありました。抗がん剤は細胞も攻撃する薬で40代以上の女性の場合、閉経することもあるということでした。そのため、抗がん剤を始める前に私の卵子を取って凍結しておき、癌治療が終わってからその卵子で受精を行うというものでした。
閉経はまだもう少し先だと思っていただけにこの話はかなりの衝撃でした。そして、それを2週間ほどの入院中に決めなければなりませんでした。手術をしてまだ癒えない状態の時に、考えなければいけないこととしてはかなり重いものでした。今する決断で子供のいる人生か、いない人生かが決まる、手術をして胸を取るよりも大きいことでした。
私は高校生の時に大好きだった漫画があります。「ぽっかぽか」という漫画です。郊外に一軒家を買った夫婦と一人娘のとても温かい内容の物語です。その中で「ぽっかぽかのおしり」という言葉が出てきます。妻である麻美が、娘であるあすかと一緒にお風呂に入った時の歌として書かれています。麻美があすかと楽しくお風呂に入っているシーンです。お風呂上がりの湯気がほこほこの子供が思い浮かびます。お母さんと一緒に楽しいお風呂だったんだろうなあ。幸せの象徴的な表現だと思いました。私もこんな可愛い子供のいる温かい家庭を築きたいな、と思いました。この時の私には子供を持たない選択肢はありませんでした。
でも現実は子供を諦めないといけないかもしれない。かなり悩みました。夫とも相談しました。これから始まる抗がん剤がどんなものかはわからない。そんな状態で決めないといけない自分の人生を呪いました。あの可愛い幼子の笑顔を私は見ることができないのかと思うと不公平だとも思いました。でもどう思ったって時間はどんどん過ぎていきます。身近に抗がん剤治療をしていた人がいました。それを何年も見ていました。元気になったと思ったら入院して、を数回繰り返しているのを見ていました。もし、私がそうなったら子供に迷惑がかかるかもしれない、そう思い卵子凍結は止めました。
それから数年、1年半ほどの抗がん剤が終わって身体の調子も戻ってきました。でも子供を持つ選択をしなくて良かったと思っています。抗がん剤中はある制限が課されます。重たい荷物は持ってはいけないということです。抗がん剤は全ての細胞を攻撃します。がん細胞も、元気で正常な細胞も等しく攻撃します。そのため骨がもろくなり、筋肉もかなり落ちるということでした。経験してみると、抗がん剤前はとても力持ちだったのに荷物を持てなくなりました。更には1年半、荷物を持たないようにしていたためか筋肉自体も落ちて治療が終わった後も重い物を持つと腕が吊るようになりました。これでは体重がどんどん増える子供になんて対応できません。抱き上げてあげることができません。多分それでは自分が許せなくなるでしょう。
でも時折あの「ぽっかぽかのおしり」が頭を過ぎります。夫婦二人の大人な静かな生活もいいけれど、子供がいる賑やかさも持てないだろうか、と考える様になりました。私には年の離れた妹がいて、妹の面倒を見ていました。だから子供のいる家庭が頭の中にあります。それを私が実践できれば楽しい家にできるかもしれないと考える様になりました。私は面白いことが好きなので思いついたことを夫の前で色々やってみました。子供っぽいことを言う、はしゃぐ、何か物語の人物を演じてみる、自作の踊りをするなど。
そうやって日々を過ごしているうちに、毎日どこかしらで笑いが起こるようになりました。ご飯時のちょっとした会話の中にも楽しさを作ることができるようになりました。そして子供がいなくても面白くて楽しい家庭は作れると思えるようになりました。「ぽっかぽかのおしり」が表す、湯気でほこほこの子供の上気した感じを表現できるようになりました。高校生の時にこのフレーズに出会ったことで子供を持てないという大きな現実に直面しても子供がいる様な明るさを持った家庭を作ろうと思うことができました。
湯気でほこほこのほっぺたを赤くして満足げな子供の顔は何者にも代えがたいものがあります。いつもあの顔を思い浮かべるからこそ色々なことを面白がれるようになりました。
□ライターズプロフィール
なつき(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
東京都在住。2018年2月から天狼院のライティング・ゼミに通い始める。更にプロフェッショナル・ゼミを経てライターズ倶楽部に参加。書いた記事への「元気になった」「興味を持った」という声が嬉しくて書き続けている。
この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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