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週刊READING LIFE vol,115

あの「フィードバック」がなければ、私は今ここにはいない《週刊READING LIFE vol.115「溜飲が下がる」》


2021/02/15/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
午後からミーティングをするから来て欲しいと、Vivianに言われていたことを思い出した。
ランチもそこそこに急いで会議室の扉を開ける。
待っていたのは、上坂さん、Vivian、チーフの門脇さんだった。
 
「今日は青野さんの記事効率化について検討したいの。まずあなたの担当した記事について、メディア編集部の2人からフィードバックしてもらいます」
上坂さんがそう告げると、
「ここは編集における規則なんで……」
「なんでこんな風になっているの?」
と、門脇さんは私が編集した記事についてダメ出しを始めた。Vivianも途中から加わって「そこは青野さんのダメなところなんですよ」と追い討ちをかける。
 
そんなにダメなんだろうか。私が書いたものは。
指摘されながらも私は泣きそうになっていた。
 
それはもはや効率化というよりも「吊し上げ」としか思えなかった。
そりゃオンタイムで幼児を育てているわけじゃない。15年前20年前の育児の話はわかっても、今の乳幼児向けのトレンドは完璧にはわからないよ。それに子育てをしている母親が全員同じコンディションというのもありえない話だ。それでも懸命に調べているのに。「講評」を聞きながら私はすっかりこの職場に嫌気がさしていた。そんなにダメならば、難しいのならば、もうここで仕事をする意味もないんじゃない?
 
「まあ、こういうことには向き不向きがありますからね。でも今皆が言ったことに注意して今後やってくださいね」
「……わかりました」
 
この状況で、わかりました以外の言葉は返せない。たぶん自分たちがしていることが正義だとしか思えていないのだろう。上坂さんの言った「向き不向き」という言葉の響きに棘以外の何ものも感じないまま、私は会議室を出てデスクに戻った。

 

 

 

2016年の夏のことだった。
私は、とあるIT企業のメディア部門に編集のアルバイトとして採用されることになった。
仕事の内容は、子育てのオウンドメディア記事の編集や校正だ。
 
大学で専門的な編集の勉強もしておらず、また出版や編集の職歴もなく事務職メインで仕事をしてきた私にとって、Webでの編集やライター経験はとても興味があるものだった。
そもそも新卒で出版関係の仕事を選ばなかった。そんなに好きな業界なら、どうしてあの時自分の興味のままに就活しなかったのだろうかと今になって思う。そのくらい出版業界は入りにくく狭き門という印象だった。ブランクがあっても以前出版にいましたと言うだけでコネクションができているし、仕事ももらえる。何よりも好きな分野の仕事ができるのがとても魅力だった。
 
新卒で入った職場をやめて専業主婦になったはいいけど、社会復帰しようと思った時、世間にあったのはキャリアが積みにくい非正規のアルバイトばかりだった。その中から事務職メインで働いてきたけど、ひっそりとSNSに載っていたこの仕事を見つけた時「チャンスか?」と思ったのだった。メディアの編集のバイトなんてなかなか見つからないし、子育てメディアだったので主婦歓迎のところも都合が良かった。
 
私は履歴書を送り、面接に出向いた。
私を面接したのはオウンドメディアの責任者である若い男性だった。自分の子育てについて話して、編集に興味がある的な話をしたと記憶しているが定かではない。とにかく面接中に採用になり私はIT企業で働くことになった。
 
子育てのオウンドメディア部門には私よりもずっと若い人たちが働いていた。大学4年で就職が決まり、社会人になるまでのお小遣い稼ぎに空き時間を使っている子たちが多かった。メディアの編集のチーフは、編集者経験がある、幼児を持った門脇さんという主婦だった。
そしてアルバイト全員の管理を任されていたのは、日本人とシンガポール人のハーフの新入社員・Vivianだった。2人ともとても優秀で仕事ができた。「スペックが違う」ってこういうことを指すんだろうなと思っていた。
 
仕事内容は、委託した外部ライターから上がってきた記事を校正し、さらにレギュレーションに沿ってSEOに特化した記事としてブラッシュアップすることだった。Googleの検索キーワード上位に沿ってひたすら記事をチェックする作業が続いた。校正のみならず時折自分たちでもキーワードに沿って記事を書いたので、その方法論はとても勉強になった。
 
2ヶ月程経ち、私を採用してくれたオウンドメディアの男性責任者が他部署に異動になった。代わって責任者にやってきたのは別のIT企業から転職してきた、上坂さんという若い女性だった。彼女は徹底した合理化を図った。まずアルバイトの効率が悪いと言い出し、私語をしないようにと部門の座席をどこからでも見える場所に配置変えさせた。効率が悪いと言われればそうなのかもしれないけど、みんなで相談しながら記事を書くことも必要だったし楽しかった。私のような未経験者にとってはそれも大事なことだったけど、私語は極力やめるようにとのお達しがあり、皆、衆人環視の座席で黙りこくってPCに向かうことになった。
 
次に上坂さんは誰が1日に何記事完成させているかを洗い出した。その結果、私が1番効率が悪いことがわかった。バイトを総括しているVivianが私を呼び出した。
 
「青野さん、これ見てほしいんだけど、1番記事数ができていないのよね」
「そうですよね……。どう記事を組み立てようか、キーワードサーチと合わせて考えているんですけど、なかなか早くできなくてすみません」
「ちょっとこのままだと、困るんですよね」
 
Excelの数字と合わせて突きつけられると、何にも言えなくなった。みんなどうして記事とキーワードをうまく組み合わせられるんだろう? 私はこことここをどう繋げようか? そこを繋げたらここがおかしくなるな、そんなことを考えてしまう。要領が悪いしさっさとできないことを自覚はしていたけど、はっきり言われると流石に焦る。そこからスピードアップして記事を仕上げても、上坂さんから承認が降りなくて自分が担当した記事だけがいつまでもWebに上がらない。申し訳ないと思いつつも言われた通りにしているしこれが精一杯だった。
 
そんな折、3人による「フィードバック」があった。
 
確かに効率は悪かったかもしれない。しかし私が担当した記事が他のアルバイトの人とそんなに遜色があるようにも思えなかった。機械的に言葉を組み合わせて検索上位に来る文章を作る。そんな文章が人の心を本当に打つのだろうか? それに元の記事内容だってネットや本から適当に引っ張ってきたものも多い。きちんとした監修がないまま作られるキュレーションサイトの手法に納得がいっていなかったのも、今思うにもしかしたら記事作成を遅らせる原因だったのかもしれない。
 
私はそこから一気にバイトに対しての意欲を失っていった。上坂さんもVivianも門脇さんもことあるごとに私以外の人を褒めちぎったのも結構堪えた。嫌がらせで言ってるんじゃないことはわかっていたけど、それは仕事を嫌いにさせるには十分だった。心が通わない担当者と顔を合わせるのがストレスになった私は出勤日を減らした。そして11月になり、私はVivianに呼ばれた。
 
「実はこの度、部門を見直すことになって、青野さんには12月いっぱいで辞めていただくことになったんです」
「そうですか。出来が悪いからですね」
「部門全体を縮小することになったんで、アルバイトさんも整理の対象になったんです」
「わかりました」
 
そう告げられると本当にどうでもよくなった。私は残りの勤務日を淡々と過ごした。同じアルバイトの大学生の子たちに訊くとほとんどが暮れで契約終了だった。学生の子たちとはいろいろ話したり、私の子どものことも相談に乗ってもらっていたりもして親近感があった。勤務の最後の日にはみんなで近所のお寿司屋さんに行き、楽しかったね、また会おうねと言った。
 
最後に挨拶した上坂さんから、形ばかりとわかるねぎらいの言葉をかけられ、これが演技じゃないんなら逆に才能だねとある意味感心しながら、夏から半年間在籍した職場を去った。
 
皆、自分たちの仕事をしただけだから。仕方がないよ。そう言い聞かせていたけど、自分がした仕事が認められなかったのは本当に悔しかった。同時に私がしたいライティングはこれではないとハッキリ自覚した。私がしたいのはあくまでも自分の文章を書くことなんだとわかっただけでも、この仕事をした意味はあったのかもしれない。半年間の挑戦はこうして幕を閉じた。

 

 

 

そこから約2年半後、不思議な出会いがあった。
ふらっと入ったその本屋は、「人生を変える」と言っていた。
 
あんなに嫌な経験をした後に普通に就職も成功したし、本格的に文章を書く事もしないだろうと思っていたのに、
「『人に読まれるようになる文章を書く』ことを目指す講座なんですよ」
と店員に言われ、しばらく封印していた文章への憧れを思い出した。
 
私は書きたかったんじゃなかったのか?
 
何の根拠もなく入ったばかりの本屋を見て、店員さんの話を聞いて「なんとなく信頼できそうな気がする」という自分の直感だけを頼りに、私は講座を申し込むことにした。
ダメならやめればいいや。そんな軽い気持ちだけで決してお安くはない金額を投じたなんて私らしくないけど、とりあえずそのライティング・ゼミに出てみることにした。
 
毎週2,000字を書くことは結構骨が折れた。ネタを見つけることがまず難しい。そして見つけてもWebに掲載されるまでなかなか辿り着かない。2,000字にもちゃんとストーリーがあって、自己流だけで突き進んじゃだめということを思い知らされた4ヶ月。毎回お題には苦心したけど最後の4回、ちゃんと掲載になったのは嬉しかった。
 
そこからライターズ倶楽部に入れていただき、さらに字数が増えた。お題があるとはいえ毎週5,000字も書くのか……、と思ったけど、書いてみると意外とたくさん書けるものだということがわかってくる。そして昨年の6月期にこんな発表があった。
 
「ローカル企画を始めます!」
 
自分が住んでいるところでも出身地でも、または好きな場所でもいい。ライターズ倶楽部の人はどこかに所属して、企画を出していいですよというものだ。
それめっちゃ面白そうじゃん! 自分が書きたいことを探して、もし書けたら最高じゃないか。
 
「湘南って、海のイメージあるけど、実は野菜がすごい多くて農家たくさんあるんですよね、梨とかたくさん作ってるんですよ」
 
企画会議で住んでいるところの素直な印象を語ったら、それ面白そうじゃないですかということで、あれよあれよという感じで企画が通った。
それと同時に、自分がやりたいことを「人様に読んでいただけるコンテンツとして世に送り出す」ことへの責任も感じた。性格的に、やるからには中途半端なことは絶対にしたくない。恥ずかしいものは出さないぞという気持ちで下調べをして取材に行った。
 
(自分が書きたいことが形になった……)
 
「その企画がこの世の中になければならない理由」をちゃんと認めてもらえたことは嬉しかったし、そのチャンスを極めて公平にくれた天狼院書店には感謝しかない。
技巧はないかもしれないけど、熱量だけはたぶん他の誰にも負けてはいないと自負した連載が始まって、私は感無量だった。
 
同じ頃、以前いたあのIT企業のアルバイト仲間で交流が続いていた人がサイトを立ち上げた。そこで農業系のライターを募集しているのが目に止まった。やってみたい。でもどうだろう? 私は務まるのかな? しばらく考えたあと、連載記事のリンクをつけて思い切ってメールを送ってみた。
 
「その節はお世話になりました。ライターに応募したいです!」
 
「オンラインのシンポジウムのレポート記事をお願いします」と回答が来た。私にとって初めての外のライター仕事だ。シンポジウム当日はものすごく緊張した。録音と同時にPCでメモを取り、タブレットからスクショもする。何もかも初めてのことだったけど、どうしたら確実に記録できていい状態で記事が書けるかを考えたら必然的に答えは出てきた。あんなに苦い思いをしながら通ったIT企業のアルバイトで培った、SEOライティングの知識が役に立った。何とか1万字程度の記事を2本仕上げて、今年に入り無事に公開になった。
そしてそれを読んだ関係者の方から、直接記事を書いてほしいと私宛に依頼をいただくという、本当にありがたいお話もいただけている。
 
「書く」ということは、実にさまざまな形を取っている。
例えば完全に自分だけで完結することもあれば、ごく身内だけで楽しむようなプライベートなことから、収益を目指すものまで様々だ。
 
でも労力をかけて書くのなら、自分の血の通った言葉で書いたものが人様に読まれたいと思うのだ。そんなささやかな夢が、ここに来て少しずつ実っている。あの時の「フィードバック」は忘れられない経験だけど、それがあったからこそ今の私がいる。あの人たちは私のことなんてたぶん忘れてしまっていると思うけど、私はちゃんと実りを手にしたよ。何故って、誰に何を言われても諦めなかったから。自分の道を探したから。胸を張って今、そう言いながら、私はこれからも自分が信じることを書いていくことだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。昔から「しぶとい」と言われてきた人生でした。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol,115

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