週刊READING LIFE vol,118

仲間が袋叩きにあっても何もできなかった俺が最後に掴んだもの《週刊READING LIFE Vol.118「たまには負けるのもいいもんだ」》


2021/03/09/公開
記事:椎名真嗣READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 
「椎名さん もう一件いきましょう」
もうすでに、午前3時を回っていた。
しかし同僚の白井に誘われては断れない。俺達2人は歌舞伎町の区役所通りを歩きながら、入れそうな店を探し始めた。
すると目の前に男3人、女2人のグループがキャーキャー言いながら歩いている。
白井は
「あいつらムカつきません?」
と俺に聞いてきた。
「ああ、そうだな」
と返事したのがいけなかった。俺は白井が酔うと誰かれ構う事なく、喧嘩を売る性分だという事をすっかり忘れていたのだった。
俺が何気ない返事を返した途端、白井はグループの中の男1人に
「お前ら、ムカつくんだよ!」
といちゃもんをつけ、殴りかかろうとする。
しかし男たちもなれたもの。直ぐに白井を羽交い絞めにして、袋叩き。俺は金縛りにあったようにその場に立ちすくみ、白井がボコボコにやられるのを黙ってみているだけだった。男たちは白井が動かなくなったことを確認したのち、俺に向かって
「お前もこいつの仲間か!?」
と言ってきた。
俺は、
「違います。ごめんなさい!」
と平謝りして、その場を何とか収めた。
その後一部始終を見ていた客引きの兄ちゃんに救急車を呼んでもらい、白井は何とか一命をとりとめたのだった。
 
こんな事件に巻き込まれた俺も白井もれっきとしたカタギだ。俺はIT企業の営業であり、白井は同じ会社のSEだ。
その日俺たちは一緒に取り組んでいた大きなプロジェクトが無事終了したという事で、歌舞伎町で打ち上げをしていた。最初の居酒屋では俺と白井の他にあと3人、合計5人で飲んでいたのだったが、2次会で1人減り、3次回で更に2人減り、男たちに白井が殴られた時には2人きりっとなってしまっていたのだ。
俺と白井には同じプロジェクトに携わった以外にもう一つ共通点がある。それは2人とも格闘技に精通している事。俺は学生時代に柔道を初段、剣道を2段とっていた。一方白井は剣道が5段だ。俺は社会人になってからは格闘技には縁がなくなってしまっていたが、白井は社会人になっても新宿の剣道クラブに在籍し、大会ではたまに優勝するくらいの強者なのだ。そんな2人が酔っていたとは言え、白井は袋叩き。俺はビビって白井が袋叩きにされているのを黙ってみていただけなのだ。
 
俺は仲間が袋叩きにあっていたのに、何もできなかった自分を責めた。しかしもう過ぎた事は仕方がない。この先の人生でこんなことが再度あるかはわからないが、万が一起きた際にはきちんと対応できる人間になっておこう。そう思った。格闘技ではなく、どのようなシチュエーションでも対応できる護身術が俺には必要なのだ。
 
まず護身術をWebで調べてみる。しかし中々これ! というものには出会わない。そんなある日、街を歩いているとこんなポスターに出くわした。
 
「イスラエル軍発祥の軍隊格闘術クラヴマガ。FBIでも採用。パニック状態を想定したトレーニング。動けるカラダと強いココロが手に入る」
 
イスラエル軍というのはなんとも強そうだし、昔から俺はNASAとかFBIとかいう響きにはめっぽう弱いのだ。確かにパニックになってしまうと、金縛りにあったようになり。柔道や剣道で習得した技等一切出す事ができないのは経験済み。パニック状態を想定したトレーニングとは、まさに俺にうってつけじゃないか。俺はこのクラヴマガってやつに入会することにしたのだった。
 
入会してみるとクラヴマガの会員は20代から30代と若くて格闘好き、体力自慢の男女が中心。その中で50歳手前の俺は最年長の部類だ。だが、俺はこれでも柔道と剣道の有段者。こいつらよりは強いはず、と周りを舐めていた。しかしそれはかなり甘い考えだった。
 
俺のような入会して間もない練習生はまず2人一組になってパンチとキックの打ち込みからだ。交代でパンチやキックを出す側、受ける側を担当する。当然受ける側は防具やミットをつけて完全防備の状態だ。しかし防具やミットの上からでも相手は容赦なくパンチ、キックを繰り出してくる。何度か受けているとその衝撃で気持ち悪くなって、吐きそうになるほどだ。
ぐっとこらえながら我慢して受けていると、やっと交代。いよいよ俺がパンチ、キックを出す番に。今度はお返しとばかり力一杯パンチ、キックを繰り出す。しかしパンチの衝撃で自分の拳の皮はすぐに剥け、血が滲み、足は腫れあがる始末。息もあがり、頭はくらくら。元気に練習している他の練習生を横目に一人だけ休憩させてもらうことも一度や二度ではなかった。こんなんじゃ俺はとんだお荷物じゃないか。それでもここで諦めたら元の木阿弥。必死に半年続ける。するとどうだろう。何とか練習にはついていけるようにはなったのだった。
 
しかしもっと困ったのが護身の動きを覚える事。初心者は正面、側面、背後から突然首を絞められた場合の対処方法をまず習う。俺は首絞めなんて柔道でも締め技があるので慣れたもの、楽勝と思いきや、そんなことはなかった。護身は武道と違って、不意をつかれる事が前提。咄嗟にいかに反応できるかが勝負なのだ。この咄嗟の動きが、頭も身体も固くなった、50代をむかえる俺には、全く身につかない。他の20代、30代の練習生はちょっと練習すると自然とやり方を覚えていくのだが。俺はいくら練習しても一向にできるようにならなかった。他の誰よりも下手なのは明らか。しまいには坊主頭の強面インストラクターから
 
「そんなんじゃダメ! 何聞いてたの? ちょっと代わって!」
などと練習から外されてしまう始末。
 
俺の柔道の技術は全く役にたたない。こんな無様な姿を晒すくらいなら消えてしまいたい。あまりにもできない自分に腹が立って、腹が立って、とうとう
 
「あー!!! なんなんだよ!!! 」
とジム中に響くくらいの大声で思わず叫んでしまいました。
なんとも恥ずかしい。俺はホントに馬鹿だ……。
 
しかし次の瞬間、インストラクターも
「あー!!!なんなんだよ!!!」」
と俺の口調をまねた。
 
その様子がなんともおかしく、ジムの中にいる全員で爆笑。みっともない自分をさらけ出し、自分自身がそのみっともなさを認められた瞬間であった。そしてその日を境に、俺はインストラクターや他の練習生と話す機会が増えていく。俺は周りと会話をして、アドバイスを受けながら、少しずつではあるが、できなかった護身の動きもできるようになっていった。
クラヴマガを初めて3年が経過した。首を絞められ際の反撃以外に、ナイフで攻撃された際の反撃等、あらゆるシチュエーションにおける護身術を学んだ。
 
今日はどこまで習熟しているかをみる段位認定試験の日だ。クラヴマガにも柔道、剣道と同じく段位認定システムがある。段位は上位からブラウンベルト。その下は順にブルー、グリーン、オレンジ、イエローの5段階。俺は既にイエローベルトを取得済みで今日はオレンジベルトの試験だ。試験は1時間2人一組になり、ほぼノンストップで行われる。
受験生の一人が、
「全員合格しましょう!」
と叫ぶ。
俺も含めた全員がスクラムを組んで
「おー!!」
と叫んだ
 
最初の試験は自分のパートナーが持ったミットにパンチをひたすら連打するという内容。30秒ほどで息は切れ、汗が噴き出す。それを5分ほど、ただただ続ける。この試験で求められるのは、パンチのフォームの正確さとアグレッシブさ。そしてどんなに疲れていても最後まであきらめない気持ちだ。パンチ以外にも蹴りや肘打ち等に関しても同じように試験がされる。どの試験でも少しでも手を抜いていると試験官に思われると落とされるので受験生も必死だ。30分経過してやっと給水休憩があり、我々受験生はパンチ、キックの連打からは解放されたのだった。すると試験官が突然
「集合!!」
の声。
俺は少しだけで遅れてしまった。
そこを試験官は見逃さない。
「一人が遅くても連帯責任だ! 腕立て50! スクワット50!」
それでなくても疲労困憊の受験生。
俺の責任だ! 申し訳ない!と叫びたかったが、それを言う体力もとうに奪われていた。
 
このような疲労困憊で思考力が低下しているところで、首絞め等のシチュエーション・ドリルが始まる。シチュエーション・ドリルでは手順の正確さが求められる。万が一自分が手順を間違えると、相手にも迷惑がかかってしまう。ちょっとした手順のミスも見逃さないように試験官はそれぞれの受験生を常にチェックするのだ。試験の前の説明ではミスを5回したら不合格という風にも聞いており、試験中の緊張感は最高潮だ。そんな中俺はミスを連発した。試験官の厳しい視線が痛い。自分のパートナーにも申し訳がたたないと思った。
何とか全ての試験項目を終え、結果は1週間内にメールで送られてくるとのこと。
これだけミスを連発して、しかも他の受験生にも迷惑をかけてしまった。不合格は覚悟した。
 
3日後、俺のメールアカウントにクラヴマガからメールがきた。合格おめでとうございます、と書いてある。やった! 何とか合格できたのだった。
 
いつもの練習終了後、坊主頭の強面インストラクターが
「Diploma(合格証明書)の贈呈があります。オレンジベルト、椎名さんおめでとうございます!」
といった。
他の練習生から割れんばかりの拍手の中Diplomaをインストラクターから受け取る。
練習終了後、他の練習生から
「おめでとうございます!」
と祝福の声をかけてもらう。
ちょっと恥ずかしかったが、悪い気はしないものだ。
 
また、歌舞伎町のような一件が自分に降りかかったら?
自分自身に問う事がたまにある。正直言ってわからない。
ただ一つだけはっきり言える事。それは歌舞伎町では何もできずに仲間を見殺しにしてしまった俺が今は仲間に支えられて、クラヴマガを続けているという事。
いつかこのクラヴマガで仲間を助けたい、俺はそう思っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
椎名 真嗣 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

北海道生まれ。
IT企業で営業職を20年。その後マーケティング部に配置転換。右も左もわからないマーケティング部でラインティング能力の必要性を痛感。天狼院ライティングゼミを受講しライティングの面白さに目覚める。
現在自身のライティングスキルを更に磨くためREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に所属

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2021-03-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol,118

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