週刊READING LIFE vol,120

お客様への手土産 、おすすめはありますか《週刊READING LIFE vol.120「後悔と反省」》


2021/03/22/公開
記事:射手座右聴き (天狼院公認ライター)
 
 
ピシッ。
つむじ風が右の頬を鋭く切ったような痛みが走ったのは、
こんな一言を聞いた瞬間だった。
「で、今日は何か新しい情報ありますか」
クライアントの課長さんに言われたのだ。
痛っ。そうきたか。
「あ、はい。そうですね。あの」
私はしどろもどろになった。
「特にないですか」
課長が残念そうに言った。
うわー。やってしまった。なんということだ。
「山本さん(私の本名)がいらっしゃるというから、何か新しい情報とか提案があるのかと思っていました」
つむじ風は今度は左の頬を切りつけた。
「いや、すみません。お久しぶりですし、ご挨拶に伺おうと思って」
課長は、拍子抜けしたような顔を0.1秒だけ見せて、笑顔に戻った。
「そうですか」
 
そこからあとの話はあまり覚えていない。
ただ、はいはい、とうなずいていたと思う。
天気の話、共通の知り合いの話、季節の話。1年前ご一緒した仕事の話など。
沈黙が多くなった頃、ミーティングは課長の言葉で終わった。
「そろそろ次の打ち合わせがあるので、このへんで」
 
時間にして30分ほど。
「ではまた会いましょう」
課長は笑顔で送ってくれたが私は恥ずかしさでいっぱいだった。
深々とお辞儀をして、エレベータがしまったとき、
私の顔は真っ赤だったと思う。
 
恥ずかしかった。私は手土産を忘れたのだった。
お菓子は買っていった。前日、デパ地下を巡って買った焼き菓子。
何個くらいがいいだろう。課内で食べてもらうものがいいのか。
いやいや部全体で食べてもらえるものがいいんじゃないか。
迷いに迷って大きめの詰め合わせにした。
 
準備万端、そう思って伺ったが、土産違いだった。
そう。情報という土産の方が喜んでもらえたのだ。
なんということだ。勇気をだしてやってみた営業は残念な結果になった。
 
恥ずかしいけれど、言おう。私には営業の経験がなかった。
44歳まで働いていた広告会社では、制作部門ひとすじだった。
クライアントとの連絡、交渉などはすべて営業部門の仕事だった。
私は、営業さんの指示のもと、TVCMや新聞広告の企画制作をしていた。
なのに、こんな風に思っていた。
「制作案件を受注できるのは、自分たちの企画力だ」
と。
 
広告の仕事はコンペが多い。コンペでいいアイデアが採用されることで初めて仕事が成立する。だから、いい企画を立てることがビジネスの最短距離。
つまり、自分たち制作部門が仕事の鍵を握っている。そんな風に自負していたのだった。
 
事実、コンペで勝つ時はこう言われた。
「山本さんのおかげで、仕事が決まりました」
そして、私は額面通りに受け取っていたのだ。
そうだ。自分たちはいい企画を立てることで仕事に貢献している。
だから、営業さんは、
自分たちの言うことを聞くべきだ。仕事を円滑に進めるために。
そんな風に思っていたから、営業さんにわがままなリクエストした。
納期を伸ばして欲しい。もう少し予算をとってきて欲しい。
無理な要望事項には、クライアントを説得して欲しい。
 
そう思っていたし、周りもそんな風に振る舞う先輩が多かった。
つまり、自分たちは広告の企画制作の仕事をしているから、
営業さんはクライアントに常に付き添ってくれ、そんな風に本気で思っていた。
 
が、それは大きな間違いだった。冒頭のエピソードのように、
営業音痴な自分ができるきっかけでもあった。
 
しかし、あるときからこの考えが変わった。
そのきっかけは、○○社の山本さん、から、フリーランスの山本さんに
変わった時だった。
 
ある日のことだった。友人から電話をもらった。
「動画制作の仕事があるんだけど、やってもらえないだろうか」
ありがたい依頼をくれた。
早速打ち合わせに行くと、こんな風に言われた。
「山本さん、こんな内容で見積もりをくれるかな」
え? 見積もり。クライアントに直接渡す見積もりか。
 
恥ずかしながら、初めての経験だった。
自分の見積もりを直接クライアントにだす。
普通の人には、あたりまえのことだろうが、私には経験がなかった。
私の書いた見積もりを直接ではなく、営業の人が自分たちの書式で書いていたのだ。
さあ、困った。
クライアントの持っている予算が見当がつかなかった。
普段見ている各項目の単価と、今、自分が書こうとしている見積もりと
合っているのか、不安になった。
さらに、私のギャラというのは、どのくらい、と思われているのだろうか。
皆目見当がつかなかった。
 
安く書いたらどうだろう。と思った。
いや、しかし、自信がないのか、と思われる気がした。
適正な価格とは何か。自分で説明できないとダメだ。と思った。
そうか。営業さんてこういうこともやってるんだ。
 
次にスケジュールだった。一体クライアントさんはどのくらいの納期を想定しているのか。他社とくらべて、私の納品のスピードはどのくらいか。
これも見当がつかなった。また、クライアント内部でどのくらいの確認の時間を取ればいいのか、情報がなかった。
 
なんだ、営業さんてこんなに確認することがあるのか。
 
質問してやっと書いた見積もりとスケジュールを提出すると、新たな疑問が生じた。なんと、メールの返信に、クライアントの担当者が3人追加されていたのだ。
 
あー! この3人の役職ってなんだろう。序列ってどうだろう。
メールに書く順番どうしたらいいだろう。
また、悩んでしまった。
 
次の悩みは、納期だった。2人の自分が戦い始めた。
企画制作者としての自分とクライアントに向き合う営業としての自分。
企画か納期か、どう悩んでいる間にも時間は経っていくのだ。
 
やっとだした企画にクライアントから修正が入る。
無理だ、と答えたい企画制作の自分と、クライアントのリクエストには答えたい、という営業の自分。
 
仕事が進むたび、2人の自分の葛藤があった。
 
悩みながらも迎えた撮影の日だった。
企画制作者としての自分は、撮影スタッフが仕事をしやすいように
空気を作ろうとする。
同時に営業の自分として、クライアントともコミュニケーションをとっていく。
 
ああ。いままで自分はどれだけのことを営業の人たちにまかせていたんだろうか。
 
そう。あらゆる局面で聞かれることはひとつ。
「山本さんは、どうしたらいいと思うんですか」
クライアントさんからも。
スタッフの方々からも。
 
いつも聞かれて、いつも答えなければならない。
それが広告制作の営業という仕事だった。
 
クライアントさんと、直接仕事をするたびに、自分の世間知らずさにがっかりした。それと同時に、こう思った。
 
「なぜ、営業を経験しておかなかったんだろうか」
 
私は大きな勘違いをしていたのだ。
 
営業とはクライアントさんのいうことをスタッフに伝え、寄り添って、関係性をよくし、物事を円滑にする仕事だ、と思っていたのだった。
 
しかし、実際は全然ちがった。
 
彼らは環境を整えてくれていた、だけではなかった。
先の先まで読んで、かつ、私をコントロールしていたのだった。
プロジェクト全体を見ながら、
時に私のモチベーションを高め
時にクライアントを説得していたのだ。
クライアントに対して、知見から助言をし、責任を負っていたのだった。
 
そう。営業とは、私が想像するよりも一段高いレイヤーでアイデアやスキルを
発揮していたのである。
 
なんだ。知れば知るほど、営業ってすごいじゃないか。
 
手土産って、お菓子だけじゃない。
日々の気遣いも、解決策を示すアイデアも、新しい有益な情報も
すべてはクライアントへの手土産なのか。
 
50すぎて気づいたけど、気づかないよりよかったよ。
 
そして、一仕事おわったら、スタッフとクライアントをどう労うか。
それもまた、営業の仕事なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
射手座右聴き (天狼院公認ライター)

東京生まれ静岡育ち。広告会社を早期退職し、独立。クリエイティブディレクター。再就職支援会社の担当に冷たくされたのをきっかけにキャリアコンサルタントの資格を取得。さらに、「おっさんレンタル」メンバーとして6年目。500人ほどの相談を受ける。「普通のおっさんが、世間から疎まれずに生きていくにはどうするか」 をメインテーマに楽しく元気の出るライティングを志す。天狼院公認ライター。
メディア出演:声優と夜遊び(2020年) ハナタカ優越館(2020年)アベマモーニング(2020年)スマステーション(2015年), BBCラジオ(2016年)におっさんレンタルメンバーとして出演

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2021-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol,120

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