週刊READING LIFE vol.131

ある中毒症状者による生存確認方法《週刊READING LIFE vol.131「WRITING HOLIC!〜私が書くのをやめられない理由〜」》


2021/06/06/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
なぜ書くのかと問われると、ちょっと答えに詰まる。もっともらしい理由なんかを答えてみたいけれど、どう言えば伝わるだろう。「書かざるを得ない」から? うーん、ちょっとニュアンスが違う。止められない煙草のように、甘いものについつい手が出てしまうように、それがないと落ち着かないと言った方がいいかもしれない。
何かの中毒、若しくは依存のようなものだ。
書くことなんて、誰にでも、必ずしも必要なことではないのに、気づかないうちに水がひたひたと満ちていくように、いつの間にか私には無視することができない存在となってきている。
 
書くようになったきっかけは、20年以上務めた職場を辞めたことだった。できることなら、続けたかったが、病気が原因で退職することになってしまった。
けれど、まだ定年にはほど遠い年齢で辞めることは、人生を早めにドロップアウトしたような感覚だった。
ドラマだったら、定年後のお父さんが、することがなくて一気に老け込むようになったという設定みたいで、人生の黄昏時が急に迫ってきたような気がした。
 
突然、自分が空っぽになった。
社会人になり、結婚して出産して、子育てしながら仕事も一生懸命にやってきたつもりだった。びっしり埋められていたスケジュール帳が空白だらけになった時、戦力外通告を受けた気がした。
 
私の中には何も残っていない。これからの人生を、何を拠り所にして生きていけばいいのだろう。体調のことを考えると、長時間フルで働くというのは難しかった。短時間のパートを見つけて働き始めたけれど、それでもまだ、満たされないものがあった。
 
私には行く当てもなく、漂うように生きていた。
今までの忙しい日々を振り返ると、その日暮らしの怠惰な生き方のような気がした。
そうかと言って、自分自身で目的地へたどり着けるように、これまでしっかりと舵取りができていたかというと、そうでもなかった。流れの速い川の中を、何とか溺れないように逆らわずに流れていただけだ。流れの勢いで、沈まずに対岸にたどり着けていただけだ。
 
次第に、焦り始めた。
以前から考えれば、時間はたっぷりとある。けれど、そんな時間があればあるほど、これといったものがない自分がくっきりと浮き彫りになり、情けなくなった。時間を浪費し、ボーっと生きていくのが、怖くなった。なのに、これといって、やりたいことも思い浮かばなかった。
流れるように過ぎていく毎日。しかし、流されていたのは私だった。どこにもひっかかることなく、あてどなく漂流していた。
 
舵取りをするためには、目的地を定めなければならないと思った。
そこで、この20年というもの、考えることのなかった「やりたいことリスト」を作ってみた。
思いつくまま並べてみると、24項目あった。その中の一つに、「文章を書いてみること」があった。
昔から、手紙を書くのは大好きなのに、夏休みの宿題に出される作文では、原稿用紙3枚で音を上げていた私だ。それなのに、なぜか「文章を書くこと」にずっと憧れがあった。小学生や中学生の頃、友達と好き勝手に、流行っていた漫画や小説をカバーしたようなものを作ったりしていたから、その時の感覚が奥深くに眠っていたのかもしれない。
いつか自分の想いを、ちゃんと形にしたい。伝えられるようになりたい。その気持ちは、ずっと私から離れていなかった。
 
ひょんなことから、天狼院書店の「ライティングゼミ」を知った。迷いに迷って、受講することにした。課題の締め切りに間に合うかと、毎回ドキドキしながら文章を書いた。毎週2000文字程度の課題を仕上げることが、当面の目標になった。とにかく全部の課題を提出し終えることを、自分に課した。
 
書くことは、自分と対峙する作業だった。いやがおうにも自分を向き合わないと、文章って書けないのだと痛感した。私が思ったこと、考えたこと、感じたこと。それらがどうしてそうだったのか、深掘りして、もう一度頭の中でじっくり転がしてみないと見つからないのだ。
ボキャブラリーの貧困さに情けなくなった。表現するためにピッタリの言葉を探して、気がつけば何日か経っていたこともある。思ったように表現できずに、締め切り間際ギリギリに課題を提出した後、落胆することもしばしばだった。
 
それでも、私は書き続けた。誰に強制されたわけでもない。仮にサボったとしても、誰に咎められるわけでもなかった。
 
満足できない。もっと、どうにか書けるようになりたい。そのことが、私の背中を押していた。
もっと、伝わるものを書きたい。もっと、誰かの心に響く文章が書けたならいいのに。
そう思っていると、不思議といろいろなものに興味が湧いてきた。テレビのニュース、雑誌で読んだワンフレーズ、歌詞のキラーワード、ドラマのグッとくるセリフなど、言葉に対してのアンテナが敏感になった。
 
けれど残念なことに、アンテナでキャッチすることが増えたからといって、文章力が格段に向上するわけではなかった。
今度は、増えた情報量に対してのアウトプット力が乏しいことに、高い壁を感じるようになった。どう表現すれば、「そう! そう!」と膝を打ちたくなるようなものにたどり着くのだろう?
吹っ切れない表現力やラストの詰めの甘さ、構成の難しさに、何度も落ち込んだ。苦しみながら続けることに、意味はあるのだろうか? そうもがきながらも、何とか全ての課題を提出することができた。
 
続けてこられたのは、自分との対話で、蓋をしていた感情に風穴を開けることができたからだ。
これまでは、自分が感じた素直な感情を否定することが多かった。「常識的に考えて」とか「他人から見たら」とか、そういったことに囚われて、感じたことにストップをかけがちだったのだ。
ライティングを始めて、ゼミの受講生の方たちの文章に触れたり、様々なものに対してアンテナを立てたりすることが増えたおかげで、感情が動く過程を、今までよりもじっくりと正直に味わえるようになった。
 
書くことで、自分の生存確認をしている気分になった。私が嬉しかったこと、哀しかったこと、人には言えないどす黒い感情も味わうことになった。深掘りせずにスルーしてきたことが、本当は自分の奥底に燻っていることを知った。
 
文章を書くにあたって、一度自分を解放する楽しさや伝わる喜びを感じてしまうと、脳内モルヒネのようなものが出る。痛みや不安を和らげるこの麻薬は、一旦味わえば、中毒症状になってしまうのだろう。
 
ライティングゼミを修了した後、私はその上級コースのライターズ倶楽部に参加することにした。
今までよりも倍以上になった課題の文字数や、圧倒的に上手い方達の文章を読んでは、無力感に苛まれる日々だ。
 
けれど。まだ止められない。漂流し続けて、沈むしかないと諦めるよりは、抗ってみたいと思うようになった。押さえつけていた扉をようやく開くことができた今、様々なことを感じたいし、見てみたい。殻を破って飛び出してきた私の核は、細胞の中に留まることが窮屈になったのだ。
 
書くことにおいて、正解は一つじゃないから、もっとやれることがあるはずだと思う。未熟だからこそ、もっと表現力をつけるために精進したいし、自分にできることを探っていきたいと思う。
少しずつしか進むことができないかもしれないけれど、それでも、ちょっとでも進むことができれば、歩いた後に道のようなものができているかもしれない。そう信じていないと、するりと抜けていく不確かなものだ。追いかけても、いつまでも追いつくことができないという強迫観念が、またもや私の背中を押し続ける。
妹に、「お姉ちゃんって、二択があったら、なぜか大変な方に向かっていくよね」とよく言われる。どういう訳かそうなってしまうのは、自分でも何となく気づいている。きっと、私にはドM成分が多めに含まれているのだろう。
 
簡単に手に入らないものだからこそ、余計に追い求めたいのかもしれない。満足できることなど、永遠に来ないかもしれない。
一歩進んで、何歩か下がる。そして、また進んでいく。
書くということは、その繰り返しだ。でも、地道な歩みを止めない限り、いつの日か、どこかにたどり着けると思いたい。不確実で、得体の知れない何かだけれど、その輪郭に少しでも触れることが現在の目標だ。こうやって悩み苦しんで、時には嬉しいこともあるこの作業は、いかにも人間的で、私の探求心を刺激し続ける。
そして、その狭間で、生きているという実感を味わうために、私は今日もまた書いている。
 
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県出身。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2021-06-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.131

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