週刊READING LIFE vol.179

お母さんが子どもにしてやれること《週刊READING LIFE Vol.179 「大好き」の伝え方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/01/公開
記事:塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「またおなかにもどりたい!」
この衝撃的な言葉を聞いたのは、娘が5歳の時だった。
 
あの頃、私と娘は毎日のように言い合いをしていた。
些細なことをきっかけに、どうしても喧嘩になってしまうのだ。
 
お母さんは毎日怒る。
保育園では寝ないと怒られる。
友達が泣くと、何かしたのか先生に聞かれる……。
褒められることはない、もう嫌だ!
そんなことをひとしきり叫んだ後、あの言葉が飛んできた。
 
おなかに戻りたい?!
それが5歳から出る言葉だろうか。
びっくりした私は、なんと返していいのか分からなくなった。
 
保育園に行くようになった頃から、何かと注意することが増えてしまった。
早く準備して、早く着替えて、早く……。
早くを言わない方がいいと分かっていても、ついつい口から出てしまう。
テレビ消して、もう着替えて、食べて……。
逐一色んなことを言うようになってしまっていた。
 
子どもも段々と言うことを聞かなくなってくる。
言うことをきかないというよりは、親の思うようには動いてくれない。
それは当たり前のことなのに、自分の都合で動かそうとしていた。
 
もうできるから、自分でやって! そんな発言も多くなった。
仕事を始めた私は余裕がなく、毎日思うように進まないことにやきもきしていた。
イライラしない方がいいと思っても、その循環から抜け出せないような感じだった。
 
夜布団に入って、今日あったことを振り返ってみる。
どうしてあんなことを言わせてしまった?
何がいけなかった?
保育園が嫌なのか?
あの子のメンタルは大丈夫だろうか?
私もどうしたらいいのか?
色んなことが浮かんでくるが、うまく整理できない。
 
「おかあさんは、わたしのことがきらいなんでしょ」
そんな発言も聞くようになった。
そりゃそうだ、子どもは怒られたら、自分は嫌われていると思うものだ。
 
娘が怒った気持ちも分かる。
私が毎日怒っているのは嫌だろうし、年長後半になればもう午睡の時間はいらない。
友達が泣いたことで事情聴取されるのも、何もしていないから嫌だったのだろう。
色んな我慢が限界に達し、爆発した感じだった。
 
赤ちゃんが叱られることはないし、小さい時は何かできたら褒めてもらえる。
それなのに、大きくなったら親にも周りの大人にも注意されることの方が増える。
それなら大きくなりたくない。
小さいままがよかった。お腹に戻りたい!
温かかった安全地帯に戻りたい! そういう意味だったのだろう。
 
ぐるぐる考えて眠れない私に反して、娘は隣で熟睡し、次の日も何もなかったように保育園に行った。
色々あっても保育園は楽しい場所だったようだ。
 
保育園ではその頃女の子の間で、お手紙の交換をするのが流行っていた。
字に興味をもち、まず自分の名前が書けるようになると、友達の名前、そしてだんだんと文を書くようになっていったのだ。
 
手紙には何を書くのだろう?
「ちゃんって、どうやって書くの?」
「だ、はどうやって書くの?」
何やら一生懸命書いている。
 
「○○ちゃんだいすきだよ」
書き終わったようだ。
 
その際、鏡文字であったり、書き順が違っていても、なるべく注意しないことにしていた。そんな事よりも、手紙を書きたい、何かを伝えたいという気持ちが大切だ。
 
折り紙の後ろや便箋に手紙を書くと、シールなどで可愛く飾る。
そしてお友達のロッカーに、まるでラブレターを出すかのようにさりげなく入れるのだ。
 
お友達から返事が来た時は、喜んで見せてくれた。
するとそこにも、
「〇〇ちゃんだいすきだよ」
と書いてある。
 
暫く私は、手紙に何を書くのか? 友達からは何が書かれているか?
そんなことを楽しみに観察していた。
すると、あることに気がついた。
 
子どもの世界には「だいすき」しかないのだ。
大人のように「好き」「どちらかといえば好き」「ここは嫌いだけど、ここは好き」みたいなのは全くないのだ。
子どもは愛情の表現を出し惜しみすることはなく、好きには必ず「だい」がつく。
何とも爽快だった。
一緒に遊んだ、楽しかった。それで十分「だいすき」なんだなと妙に感心してしまった。
 
娘は知らないうちに私のノートに落書きしていることもあった。
そこにもほぼ、ハートマークと「おかあさんだいすき」が書かれている。
子どもはこんなにも、無邪気にシンプルに「だいすき」を伝えてくれる。
 
日々怒ってばかりなのに「だいすき」って言ってくれるのか……。
私は嬉しいというより、何だか申し訳ないような気持ちになった。
私の方は全く愛情を伝えられていなかったからだ。
 
母親が子育ての要である事は、色んなところで見聞きしてきた。
お父さんが不機嫌でもお母さんが機嫌よければ、子どもは大丈夫。
でも、お父さんが機嫌よくても、お母さんが機嫌悪いと子どもは不安定になる、なんて話も聞いたことがある。
それくらい母の影響は大きいということだ。
 
以前出席した子育てに関する講演会では、こんな話があった。
「子育てに何よりも大切なのはお母さんの笑顔ですよ」
「子どもはお母さんには笑っていて欲しいだけです」
「朝起きて笑顔で、おはようと言っていますか?」
子どもはお母さんが笑うことで、自己肯定感を高めるというのだ。
お母さんが笑顔で自分を見てくれると、自分は愛されているという気持ちを持つことができ、愛されるに値する人間だと思うということだった。
 
自己肯定感が高い子は、自分をありのままに受け入れて、満足している。
そして、物事を前向きに捉える力や、主体性、他の人の意見を尊重する力がつくというのだ。
お母さんの笑顔は子育ての基本中の基本、もはや義務であるとも言っていた。
 
「朝から早く起きなさい! 早くしなさい! と言っていませんか?」
「朝から不機嫌な母の下に育った子と、毎日おはよう! と笑顔で言われて育った子の3年があるとして、3年後同じだと思いますか?」
私は耳が痛かった。
まさによろしくないお母さんの話が、全て自分に当てはまっていたからだ。
どう考えても笑顔で迎えられた子の方が屈託なく育ちそうだ。
 
職場の先輩が「母はいつも目が合うと笑顔を返してくれた」と話していたのを思い出した。
その先輩は、誰もが憧れるような、優しくて仕事が出来て、溌剌とした方だった。
今思うと、そのようなお母さんの下で育ったからではないかと思うのだ。
 
ここ数年の自分を思い返してみた。
朝起きてから、頭の中はその後の段取りでいっぱいだ。
洗濯して、朝ご飯作って、着替えて、食器洗って……。
早くしないと遅れる。仕事を遅れるわけにはいかない。顔は険しく、焦っている。
そして、自分だけが忙しくしているようで、イライラしていたのだ。
 
お母さんは家の中で笑っていないといけない、不機嫌でいてはいけないという話は何度も聞いたことがある。
笑顔でいるのに何か特別な能力がいるわけでもない。
それなのに、そんなこともできないのが常だった。
「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのであって、笑うのも訓練です。お笑い番組を見てでも笑って下さい」
そんな風にも言っていた。それくらいお母さんの「笑顔」は欠かせないということだ。
 
そして、「笑顔」の他にもう1つ、子どもの成長に欠かせないものとして「スキンシップ」があげられていた。
「だっこして! と言われた時は、100%してあげてください」
怒ったり、わめいたり、子どもは色んなことで要求を通そうとすることがある。
全ての要望に、応える必要はないけれど、もし「だっこして」という時は、頭で考えた要望ではなく、情緒からの欲求なので応えて欲しいということだった。
 
また、子どもが学校から帰って来た時に「どうだった?」と言葉で聞くだけでなく、背中に手をあてる等、スキンシップをしながら聞いて欲しいと言うのだ。
そうすると子どもは、触られる=自分に関心を持っている、と感じることができるそうだ。
 
普通に話すより、手を握って話したり、肩を組んで話した方が強く心に残ったりする。
スキンシップをしながら入ってきた情報の方が強く残るのだ。
 
中学の時、落ち込んで泣いていた私に友達が手を握りながら励ましてくれたことを今でも覚えている。心が温かくなったし、すぐ立ち直った。あれは心だけでなく、体からも温かさを感じたからではないかと思うのだ。
 
この体で感じる感覚が、欠けている人が多いということだった。
この感覚が希薄だと、大人になってから自分に実感がなく、あてのない自分探しの旅を始めてしまうというような話もあった。
また、子どもの頃に愛情を持って触れられた経験があると、大人になって人に触られた際に、それが好意からなのか、そうでないのか、体感で分かるというのだ。
 
小さい時は授乳などで抱っこすることが当たり前だが、重たくなってくると段々抱っこもしなくなり、スキンシップはどんどん減ってくる。
日本人はハグなどをしないし、体で感じる経験は余計少ないのかもしれない。
とにかく子どもの愛着形成に「スキンシップ」も非常に重要だということだった。
 
あの衝撃的な発言を聞いた日から、抱っこだけはしようと気をつけてきた。
けれど、何か子育てに明確な指針ができたわけではなく、相変わらず手探り状態だった。
そして、年長の後半はあっという間に過ぎ、娘は春に小学生になった。
 
学校に行き始めて2か月ほど経ったある日、今までにない珍しい宿題をもらって帰ってきた。
お便りには「今日の宿題はお家の人に抱っこしてもらうことだよ、と子どもたちに伝えてあります。よろしくお願いします」と書かれてあった。
抱っこが宿題?
「きょうのしゅくだいは、だっこ!」
娘も帰宅して、真っ先にそれを伝えてきた。
 
その日は「しゅくだい」という、いもとようこさんの絵本が読み聞かせの本だったようだ。
本に出てくる先生からの宿題も「おうちのひとに抱っこしてもらってください」というもので、みんな「えー」「はずかしい」などと大騒ぎする。
忙しいお母さんに、宿題をちゃんと伝えて、果たして抱っこをしてもらえるのか……?
そんな内容の本のようだ。
 
お便りには、続いてこんなことが書かれていた。
幼稚園や保育園とは違うのに、係の仕事をしたり、固い椅子に45分間座って頑張っています。
遊んでいても時間になると戻ってくるし、本当にみんなよくやっています。
でも、頑張っている分、疲れも出てきているようなので、今日は「抱っこ」が宿題です。
抱っこされることで、お家の人の愛情を肌で感じて安心すると思います。
 
また、抱っこの宿題が出た翌日は、子どもが本当に穏やかになり、友達に優しい接し方ができたり、授業での粘り強さがみられるなど、子どもたちの心の安定が図れるようです。
子どもを抱っこしてあげられる期間はそれほど長くはないと思うので、抱っこしてあげられる期間にしっかりと抱っこしてあげて下さい。
 
何と心温まる宿題なんだ。読み終わって娘を見ると、なんだかそわそわしている。
照れくさそうにしていたが、抱っこね! と久しぶりに体を持ち上げてみた。
「重い!」
足も長くなって、うまくおさまらない。
「歩いて! 歩いて!」
「はいはい」
あっちに行ったり、こっちに行ったり、家の中を動きまわり、最後鏡の前にやってきた。
「きゃははははは」
すると、そこには自分の笑顔と、娘の満面の笑みがあった。
それは最近見たことのない笑顔だった。
 
あっこれか!!
これだったんだ! これだけでよかったんだ!
 
子どもは、身をもって感じる「大好き」を求めている。
子どもに何をしてあげられるか?
子どもは何を求めているのか?
それは、大それたことでなく、日常のちょっとしたことだった。
 
子どもに母の笑顔とスキンシップが必要なのは、花が水を必要とするのと同じだ。
それがないと元気がなくなってしまい、その後の成長にも関わってくる。
最初は意識していないといけないが、やり続ければ、それは習慣となる。
 
子どものように無邪気に「大好き」と伝えられなくてもいい。
怒ってしまうこともあっていい。
でも、笑顔を増やし、スキンシップをとることだけは意識してやっていこう。
これだけは3日坊主にならないようにする!
蝉の声が賑やかな朝、アサガオに水をやりながらそう誓った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良女子大学卒業。
一般企業をはじめ、小・中・高校・特別支援学校での勤務経験を持つ。
興味のあることは何でもやってみたい、一児の母。
2022年2月ライティング・ゼミに参加。
2022年7月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2022-07-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.179

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