週刊READING LIFE vol.186

ビジネスの土台づくりは土づくりと同じだった《週刊READING LIFE Vol.186 本業と副業》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/09/19/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
よく晴れた蒸し暑い日だった。汗をかきながら部屋に入ると、奥から冷茶ポットを持った女性が現れた。四日市市内で肥料の製造・販売を営む服部さんである。
 
「ちょっとこれを飲んでみて」
 
差し出されたのはよく冷えた緑茶だった。濃くて、自然な甘味のある緑茶だ。普段飲んでいるペットボトルのお茶とは味が全く違っていた。
 
「美味しいでしょう? うちのお客さんがつくっている伊勢茶なの」
 
伊勢茶は三重県で生産されているお茶の総称である。「伊勢」とあるから、伊勢市周辺でつくられたお茶だと思っている人も多いが、三重県内の各地で生産されている。工業地帯で有名な四日市も、実は伊勢茶の一大産地である。
 
三重県は静岡、鹿児島に次いでお茶の生産量は全国第3位というお茶どころである。しかし、知名度は決して高くない。
 
「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさすってよく言われるでしょう? そこに伊勢が入っていないのが悲しいのよ」
 
あまりにお茶のことを熱く語るので、「どちらのお茶屋さんですか?」と聞かれることもたびたびあると服部さんは言う。「実は私、肥料屋です」と答えると、「えっ、肥料屋さんなの?」と驚かれるそうだ。
 
服部さんの会社の主な顧客はお茶農家である。顧客の要望、栽培条件など、それぞれの事情、目的に合わせてオーダーメイドで肥料を配合し、販売している。「いい肥料でいい作物を生産者と一緒につくる」というのが服部さんのポリシーだ。
 
「今ね、スタジオキッチンをつくっているの」
服部さんがスマホを出して、まもなく完成する新社屋の写真を見せてくれた。
 
「なぜ肥料メーカーがスタジオキッチンを?」
「ここで伊勢茶を使ったお茶会をしたり、お茶の入れ方教室をしたり、お茶にプラスして新しい体験ができる場があったら面白いでしょう?」
服部さんはそう言いながら、数枚の写真を見せてくれた。ケヤキの一枚板でつくられたテーブルのある、開放的なキッチンだ。大勢の人が集まって、ワイワイガヤガヤと楽しそうにテーブルを囲む様子が目に浮かぶ。
 
生産者と消費者が直接出会える機会は少ない。その出会いの場をつくり、生産者にスポットライトをあてるのがスタジオキッチンを設ける目的なのだ。消費者にとってみても、生産者の顔が見えるのは安心だ。生産者がどんな思いでお茶をつくっているのかを知れば、応援したくなるし、人に話したくなる。それが口コミに繋がり、伊勢茶の知名度アップに繋がっていく。スタジオキッチンはそのためのプラットフォームなのだ。
 
「このスタジオキッチンは、お客様に無料で使って頂くの」
「無料ですか」
「そう。だって、うちの本業は肥料屋だから」
そう言って服部さんは笑った。
 
服部さんの会社は、肥料製造・販売だけでなく、実は建設業も営んでいる。でも会社のホームページには建設業のことは何も記載されていない。農業資材の倉庫や製茶工場の建設など、主に肥料販売先である顧客の要望に応じて工事を請け負っている。請け負う件数もごく僅かに限られている。さらに服部さんは、そこで利益を得ようとは思っていないと言う。
 
「だって、あくまでもうちの本業は肥料屋だから。うちは肥料が売れればそれでいいの」
服部さんは繰り返しそう強調した。
 
私はこれまでにいくつかの企業を取材してきたが、時代の変化に対応するため、あるいは、企業規模を拡大するために事業を多角化し、成長してきた企業が多かった。だから、「本業に徹する」という服部さんの言葉は、私にはとても新鮮に感じられた。
 
しかし、日本のお茶生産の現状は明るい話題ばかりではない。農林水産省の統計によると、お茶の作付面積は緩やかに減少している。平成17年からの16年間で約2割減っているのだ。お茶農家の高齢化が進んでいるのが要因のひとつである。さらに、最近はペットボトル飲料が主流となり、茶葉から入れたお茶を飲む人は減っている。急須を使ってお茶を入れる手間や、茶殻の始末が面倒などの理由で敬遠されているからだ。茶葉から入れたお茶の1世帯あたりの消費量は、平成17年からの16年間で、3割以上減っている。
 
お茶に限らず、日本の農業全体を見ても、生産者の減少と高齢化が進み、先行きは明るくない。そんな現状を考えると、「肥料だけでなく、何か次の新しい事業の柱があった方がよいのではないか?」と素人考えが浮かんでしまう。
 
「だからこそ、私は今の子どもたちが農業をやりたいと思えるようなことをやっていきたい。生産者さんには農業経営者になってほしい。そのために、肥料屋としてできることを考え、実行していきたい」
と服部さんは言葉に熱を込めた。
 
服部さんの会社では、顧客に合わせて肥料設計をして提案するほか、市場や他県の情報を自ら収集し、顧客に無料で提供している。例えば、三重より一足先に鹿児島で新茶取引が始まると、結果をまとめて顧客に知らせる。顧客はそれを見て、今年の相場はどうなりそうかを予測できる。何よりも、忙しい合間を縫って情報収集する手間を省くことができるため、顧客からは喜ばれている。どこまでも顧客に寄り添うのが「服部流」なのである。
 
服部さんにとっての「仕事」とは「肥料を売ること」ではないのだ。「顧客の売上に貢献すること」が仕事なのだ。最適な肥料を提案したり、有益な情報を提供したり、消費者や異業種の生産者と出会う場をつくることで、茶葉の品質や生産量が上がる。そうすれば、結果として肥料の販売に繋がる。肥料が売れるというのは、服部さんにとっては「仕事の結果」なのだ。
 
服部さんが口にした「先に貢献する」という言葉を、私は心の中で繰り返していた。
 
自分でビジネスをするようになって、私は「売る」ということの難しさをいつも感じていた。最初は何を売ったらいいのか分からなかった。誰に売ったらいいのかもボンヤリしていた。宣伝したからといって売れるわけではない。流行の売り方に乗らなければいけないのだろうか? そんなことも考えてみたりした。
 
「カンタンに売れる」と謳った広告を見るたび、ちょっぴり心が動いた。でも一方で「そんなカンタンなわけがないだろう」とも思う。そうすると、「そう思ってしまうのは、お金は汗水垂らして得るものだというメンタルブロックがあるからだ」と諭される。それで、一層モヤッとする。
 
「売ろう、売ろう」とするほど売れない。でも売らなければ売れない。そのジレンマに陥ると身動きができなかった。「どうしたら売れるだろうか?」と考えるほど苦しかった。
 
だから服部さんの言葉は身にしみた。服部さんは「肥料を売ろう」とはしていない。売り込まなくても、既存顧客からの継続と紹介とで売れているのだ。それは、目の前の顧客のために自分たちができることで貢献し、信頼関係を築いてきたからにほかならない。
 
「だってうちは肥料屋だから」と服部さんは何度も口にしたけれど、実は服部さん自身が「肥料」なのだと私は思った。
 
ビジネスの土台づくりは土づくりと似ている。まず耕して元肥を入れて作物を育てる土台をつくる。種を蒔いた後は、追肥で生長を助ける。花が咲き、実を得られるまでには、時間と手間がかかるのだ。そして、収穫後には「お礼肥」を施す。服部さんが顧客に対してしていることも同じなのだ。それが「信頼」という土壌をつくり、成長のサイクルを回していける理由なのだろう。
 
私は「自分だったら?」と置き換えてみた。誰のためにどんな貢献ができるのか? 私は誰を応援したいだろうか? その人がどうなったら私は喜びを感じられるだろうか? そんな風に視点を変えてみたら、幾人かの顔が思い浮かんだ。まずその人たちのために、私にできることで貢献してみよう。そう考えてみるとやれることはいくつもあった。それは例えば、話を聞かせてもらうことだったり、私が得た気づきを発信することだったり、ご縁をつなぐことだったり、「こんなことできる?」と頼まれたことに応えたりすることだった。
 
昔は「そんなの時間ばかり使って、骨折り損のくたびれもうけじゃないか」と思うこともあった。でも今はそうは思わない。「誰のために、何を」が自分の中でブレない限り、骨折り損だとは思わない。元肥の効果はゆっくり表れる。たとえ収入に結びつかなかったとしても、経験やノウハウの蓄積という「実」は得られる。それを積み重ねていくことで、唯一無二の存在になれるだろう。服部さんの会社のように。
 
「売る」のでなく「貢献する」、ここから始めてみよう。私は服部さんの話を聞きながら、ようやく地に足をつけた感覚を味わっていた。
 
服部さんは「伊勢茶」と書かれたパッケージの写真を私に見せながら、嬉しそうにこう言った。
 
「いつかね、東京に住む人から、三重のお茶を見つけたよと言ってもらえる日がくるといいなと思うのよ」
 
服部さんの見ているゴールは、どこまでも顧客に寄り添っていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

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2022-09-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.186

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